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10月10日月曜日: 用賀“キンのツボ”で

《10月1日(土)》
大震災から205日目……
今日の線量。
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ここは用賀。
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記事は後日。


《6月4日(土)》
東日本大震災から86日目……

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をぅどぅい
うた
しまくとぅば


この路を……
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行く、と決めた
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※何人もの方が舞台を撮影され、そのデータがたくさん届きました。しかし、創作舞踊“真鶴の祈り”で照明で作った道は、高山正樹が袖中から撮影したピンボケ画像にしかありません。ここでの舞台の画像はこれだけ、他の画像は琉球舞踊専用ブログなどにて、追ってご紹介する予定です。

本当にたくさんのお客様にお越しいただき、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました!

ひやみかち!
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宇夫方路は、この日、川崎市の幸区にある夢見ヶ崎という特別養護老人ホームで琉球舞踊を踊ってきた。老人ホームには予算がない。交通費として僅かな謝礼を貰ったようだ。
 ⇒琉球舞踊専用ブログのこの日の記事

果たして、これはプロとしての仕事なのかどうか、なんとも微妙なハナシである。
たとえば、僕がもう少し三線がうまくなって、老人ホームからお呼びが掛かったらどうするか。プロではない。ギャラを要求するなんてとんでもない。もし交通費程度の謝礼でなんて言われたら、「ハイ、喜んで」と、きっとふたつ返事だろう。

しかし、今、そんなアマチュアがたくさんいる。老人ホームや病院などで行われる小さなコンサートはアマチュア花盛り。たまに問い合わせを頂いても、それ相応のギャラをお知らせした途端、こういう施設でそんなお金を取るなんて信じられないみたいな反応をされる。

たまにロビーですばらしいピアノを見つけたりすると、こちらから営業みたいなことをしてみることもあるのだが、たいがい「うちはアマチュアのボランティアの方々が定期的に演奏家を開いてくれるので間に合ってます」、なんてことになる。

かくして、プロの音楽家の生活の糧を得る場所は次第に少なくなりなり、余程お金と時間に余裕が無ければ、プロの演奏を生で聞く機会は得られなくなる。

琉球舞踊と山猫合奏団、一見全く無関係なようだが、意外に近い場所にいて、お互い全く相手の実感が見えていないというハナシ。

僕は山猫合奏団の東京ニャイト倶楽部の録音を終え、宇夫方路も戻ってきて、7時からは2011年M.A.P.三線教室の稽古始めだった。
どちらも書きたいことは山ほどあるが、きりがないのでやめておこう。

ただ、武富節に「尺」の音が三種類あるのでは、という僕の話に、持田明美先生は「もしかするとそうかもしれない」とおっしゃった。定かなことは分からない。ただ、このことをウチナンチュの三線の先生に話しても、きっと満足な答えは返ってこないような気がする。持田先生はヤマトゥンチュ。弁証法的に言えば、ウチナンチュの三線の先生は即自、ヤマトゥンチュの三線弾きは対自。この先、さらに即自且対自へと発展できるかどうか、これは沖縄文化全般に言える課題であるようにも思うのだ。

なんともたいそうなハナシになってしまった。ともかく不確かなことを、あまりネットで垂れ流すことはやめたほうがいい、と、十二神将の干支の件で思ったばかりではないか。
「尺」の音については、もう少し探ってみよう。しかし、それがここ東京近辺にいて可能なのかどうか。

因みに、沖縄では三線の人間国宝の先生でも、定年まで普通の会社に勤めている。どんな名人でも三線だけで生活できる人などいない。それが東京では、ギターの如く三線を弾くヤマトゥンチュが、たくさんのお弟子さんを集めて生活していたりする。毎日のように東京近郊でミニライブに出演する三線弾きの技量は、沖縄で学ぶ若者たちに遠く及ばないと聞いたこともあるが、僕に判断できるはずもない。

三線の稽古を終えて、狛江市“中央公民館のつどい”での発表会の打ち合わせを、持田先生とM.A.P.の事務所でして、それから酒菜へくり出した。
スーさんは酒菜を喜多見で唯一の割烹だと豪語する。半ば冗談にしても、年季の入った料理の腕前、肴にはこだわりと自負があるに違いない。それなのに、今までまともに出てくる肴を紹介していないことに気がついた。きっと店の照明が暗い所為だな。

天然ものの鰤。
氷見の天然ブリ
それから白子ポン酢。
白子のポン酢あえ
鹿の刺身。酒菜の鹿は一昨年の暮れ以来。
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あら、素材で勝負のツマミばっかり、あんまり料理の腕は関係ないね。まあ追々とね。
健康ゲームの効果が頭打ちなので、後は夜の酒宴を減らすしかないと思っていたのだが、さて弱った。

あ、そうだ、鹿は日曜日の“らりゅぬ”でも食べた。もしかすると同じ鹿じゃないのとスーさん。鹿肉の流通事情がよく分からないのでなんともいえないが、今度“らりゅぬ”に行った時の話題ができた。

さて、“酒菜”は安いか高いか。少なくとも“らりゅぬ”よりは安くつく。だからなんだというハナシではないのだが、客も謙虚さを失うと、いつしか味音痴になりかねないと、自分自身に言い聞かせているのである。
(高山正樹)
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諸般の事情により延期していた公演ですが、ようやく正式日程が決定いたしました。是非ともご支援と応援のほど、宜しくお願い申し上げます。

宇夫方路教師披露公演(名称未定)

宇夫方路

日時:2011年6月4日(土)※時間未定
会場:成城ホール
出演:宇夫方 路
    玉城流喜納の会
    玉城流喜納の会関東支部関りえ子琉球舞踊研究所
料金:未定
主催:宇夫方路教師披露公演実行委員会、(株)M.A.P.
協力:玉城流喜納の会、玉城流喜納の会関東支部関りえ子琉球舞踊研究所

詳細が決まり次第、琉球舞踊専用ブログ等にて、順次お知らせいたします。

横浜市金沢区の金沢公会堂にて。
金沢区民参加ステージ2010 第2回公演「潮の音」
「潮の音」のチラシ
昨年から始まったこの公演は、金沢区を拠点として活動する様々なジャンルの芸術家を一堂に会しての催しです。
私は佐藤美智子さんと「仲里節」を踊ります。私も佐藤さんも金沢区とは関係がないのですが、昨日の記事でも書きましたが、野村流古典音楽保存会の水谷亮介さんに声を掛けていただいての出演となりました。

私たちが楽屋入りしたときは第一部のお芝居の準備中でした。
地元の民話を元に作られた「身代わり観音」というお芝居には、金沢区民の皆さんが出演します。小学生も一緒です。金沢区にお住まいの水谷さんご夫妻は村人役でのご出演。
水谷さん御夫妻
奥様がかわいい!
さらに水谷さんは、このお芝居の音楽を担当していらっしゃるとか。大活躍ですね。

第二部はいよいよ地元の芸術家たちの競演です。
筝・尺八、かっぽれ、民謡、パントマイム、三線、フラダンス、創作舞踊というさまざまなジャンルの舞台が続きます。
水谷さん出番は5番目。お琴の嶺井幸枝先生の伴奏で水谷さんの独唱が2曲。3曲目が「仲里節」で、私たちが踊るのです。地元の方たちは、琉球舞踊を見たことのない人がたくさんいるとのこと、そこで踊りも見せたいという水谷さんの思いから、私と佐藤美智子さんが踊ることになったのです。
宇夫方路と佐藤美智子さん
「仲里節」は今度の私のお披露目公演でも踊らせていただこうと思っている曲です。本当は踊り手が舞台に出る前に、袖で琉歌を歌うのですが、これが難しい。発音もイントネーションも難しいのです。今回は残念ながら歌なしでやりました。
沖縄語と唄三線を頑張って勉強して、お披露目公演では何としても歌入りでやりたいと思っています。

私が所属している玉城流喜納の会では、通常は安冨祖流の地謡をお願いします。毎年夏に行われる古典芸能コンクールを受けるときにも安冨祖流の音楽で踊ります。コンクールの本番は琉球新報が用意するCDで踊るので、受験生は予めそのCDを買って練習するのです。そんな関係もあって、三線を習うなら安冨祖流の古典と決めていました。
けれども、実際に県人会のフェスティバルや琉球新報主催の公演など、色々な舞台で踊るときには、野村流の地謡で踊ることもしばしばです。同じ曲でも、歌い方や伸ばし方が微妙に違って、微妙だからなおさら音取りが難しいのです。でも、安冨祖流でも野村流でも踊れなければプロとはいえないのです。
今回野村流の水谷さんの地謡で躍らせていただいて、踊り手と地謡との気持ちが合えば、流派は関係ないと感じました。一緒にやらせていただけたことは、とても有意義だったと思っています。

楽屋でも舞台裏でも、スタッフや他の出演者の皆さんがとても一生懸命で、私たちも気持ちよ躍らせていただきました。ありがとうございました。また機会があれば、是非呼んでいただきたいと思いました。
みんなで記念撮影
(左から、私、水谷さんの奥様、水谷亮介さん、嶺井先生、佐藤美智子さん)
(宇夫方路)
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【サンディエゴからの第四報】
(日本時間28日午前10時30分・現地時間27日午後6時30分)

姉妹都市のイベントが終わってから、衣装のままヒロさんのお店に移動しました。ヒロさんが日本食レストランを経営されていることは、一昨日ちょっとご紹介しましたが、あらためて……
Hiro Nitta さんのお店はこちらの2軒です。
 CHOPSTIX ~Sushi & Teriyaki Cafe~
 CHOPSTIX TOO ~Sushi & Noodle Cafe~


お世話になったお礼に、ショッピングセンターの一角にある“TOO”のほうのお店の前で、琉球舞踊を御披露することにしたのです。
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今日は日曜日でお休みでしたが、営業しているショッピングセンターでお買い物中のお客様を集めて、“ちゃっぷスティック2”の入口のところで踊りを見せちゃおうという企画。

只今準備・搬入中。
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最初はパラパラだったお客様ですが、「かせかけ」「四ツ竹」「日傘」「太鼓囃子」と演目が進むにつれ、だんだん増えてきて、最後にはみなさんとっても喜んでくれました。
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お別れの記念撮影をしたはずの実優さんですが、イベントのあとは単独行動だというので、それならご一緒しましょうと、赤い靴の衣装のまま連れてきちゃいました。
羽島実優さん

それからもう一人のゲスト、ジョセフくんのこと。
赤い靴のパーティーで一人の女性に声を掛けられました。
「わたしの息子も琉球舞踊を習っているのです」
息子さんのお名前はジョセフくん。お話を伺うにつれ、もしかするとという心当たりの男性がいます。
佐藤さんが最高賞を受けた時、外国から受験しに来ていた若い男性がいました。踊りが上手でいい男だったので、おばさんたちは密かに注目していたのですが、もしかするとその時の彼がジョセフくんではないのか。
お母様によると、ジョセフ君は昨日まで沖縄に行っていて、今、家で寝ているとおっしゃるので、是非起こして呼んでくださいということになったのです。

わざわざやってきてくれた彼は、やっぱりあの時の彼でした。
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ジョセフくん、私たちの踊りを三板(サンバ)で盛り上げてくれました。きっと旅疲れだろうに、ありがとう。

最後はカチャーシー。
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でも今日は特別、最後の最後、ジョセフくんが私たちのために躍ってくれました。
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お休みのお店の中で軽く打上げ。お店のビールとジュースで乾杯。
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右手前の若者は、私のパソコンをネットに繋いでくれたヤス君です。
今日もせっかくのお休みを返上して手伝ってくれて、最後に自慢のサックスまで披露してくれました。
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ヤス君はこのあとデートの約束があるとかで、1曲だけ演奏してそそくさと帰っていきました。ヤス君、いろいろありがとう。

あっという間の楽しい時間。もうネオンに灯が点ります。
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報告小休止。続く。
(報告:宇夫方路 代筆:高山正樹 いつものこと?)

旅の続きへ


【サンディエゴからの第三報】
(日本時間28日午前7時・現地時間27日午後3時)

ひとつ報告漏れ。
宮城文子さんの沖縄のお土産です。嘉手納銘菓。
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前にも一度おはなししましたが、嘉手納の基地騒音は24時間ぶっ通しで、やっぱり住んでみなければわからないと文子さんが言っていました。

では本題。
式典は正午から始まりました。日本は27日の朝4時ですね。
会場は  Bahia Resort Hotel, Mission Bay Ballroom

サンディエゴ・横浜姉妹都市協会
“赤い靴はいてた女の子”永遠の友情の証に

少女像贈呈祝賀昼餐会

サンディエゴは、日本の横浜と姉妹都市です。今年はサンディエゴと横浜が姉妹都市となって50年、その記念行事として、サンディエゴにはスモモを、横浜の根岸森林公園にはハナミズキを記念植樹するなど、さまざまなイベントが行われてきました。
昨年、姉妹都市の横浜が開港150周年ということで、サンディエゴには赤い靴の女の子の像が建てられることになりました。今日の式典はその完成祝賀昼餐会として行われたのです。横浜からもたくさんの人が参加していました。
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「私たちはどこかしら ……」
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「18番テーブルね、いい番号。」

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「番茶も出ばな、18歳!」
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「あのう……」

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テーブルに置かれた引き出物(赤い枡に入ったチョコボール)も赤い靴の少女の絵も、昼餐会の責任者、ビショップ金子さんが全てお一人で作られました。お歳は八十を越えていらっしゃると伺いました。頭が下がります。
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赤い靴のモデルになった少女は、実際にはアメリカには行かれなかったと聞きました。この少女は病気の治療のためにアメリカに行くことになっていたのですが、出発前に亡くなってしまったのだとか。
※話は伝わっていく間にどんどんと変わっていきます。“アメリカからやってきた宣教師の養女となった少女が、結核にかかってアメリカに渡ることができなかった”というのが「赤い靴」の「定説」のようです。まあ、それにも様々異論異説があり、赤い靴は挫折した共産主義の象徴だとか、そんなことあるわけないとか、侃々諤々。それでいいんです。伝説とは変遷していくもの。一応、サンディエゴの「赤い靴」は、どの説とも関係ありませんということらしい。ただ永遠の友情を祈念する象徴。アメリカっぽい。
(高山正樹)

・・・PROGRAM・・・
開会の辞 ビショップ金子(サンディエゴ・横浜姉妹都市協会会長)
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祝辞 シェリー・ライトナー(サンディエゴ市市議会議員)
挨拶 松永 春(赤い靴記念事業団団長)
祝辞 遠藤雄介(在ロスアンゼルス日本国首席領事)

日米国家斉唱

~昼餐会~

琉球舞踊 玉城流喜納の会関東支部関りえ子社中
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挨拶 マイケルB.ビクスラー(サンディエゴ港湾局行政理事)
挨拶 鈴木正之(横浜・サンディエゴ友好委員会委員長)

「赤い靴はいてた女の子」合唱 かぐや姫合唱団
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閉会の辞 ビショップ金子


かぐや姫合唱団というのはサンディエゴ在住の日本人の方々が、週に何回か集まって歌の練習をしているグループです。「かぐや姫」って、とっても意味深なお名前ですね。故郷を遠く離れ、でもいずれ戻っていく方々。“赤い靴”の他、懐かしき日本の歌をいくつか歌われました。
そのあと、閉会の辞の前に、プログラムにはないセレモニーがありました。
マイケルB.ビクスラーさんと鈴木正之さんとの間での写真交換。ビクスラーさんによって横浜の大変古い貴重な写真が横浜市に返還され、鈴木さんからは今の横浜の写真はサンディエゴ市に贈呈されました。
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さらにそのあと、これもプログラムには無かったのですが、かぐや姫合唱団とは別の、横浜からやってきたというグループが“赤い靴”を歌われました。
そのグループの中に一人若い女性がいて、少女の役をされていたのですが、彼女のソロになると、会場はシーンとなって、うちのメンバーはみんな涙を流して聞いていました。

その女性は羽島実優さんとおっしゃいます。元々はオペラが御専門。でも歌では音符に縛られて言葉を思ったように伝えられない、そう考えた彼女は、1年前から朗読の勉強をはじめました。そのおかげで、最近は歌でも言葉を伝えられるようになってきたとおっしゃっていました。
彼女の朗読の先生は岡田和子さんだとか。あららら、和子さんならよく存じ上げております。亡くなられたご主人、島さんとは舞台でご一緒させていただいたこともあります。
※ちなみに、岡田和子さんは、私たちがお世話になっているふじたあさやさんの妹さんでいらっしゃいます。(高山正樹)

実優さんはお友達と二人でユニットを組んで朗読をやったりしています。
うちの山猫合奏団おきなわおーでぃおぶっくの話もとっても興味をもって聞いてくれました。
お別れの前に、実優さんを交えて記念撮影しました。
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最後に、ビショップ金子さんご夫妻(中央右)とも写真を撮らせていただきました。金子さんは80歳を越えていらっしゃるんですよ。お若くてびっくりですよね。
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(今回の式典への参加は、片野さんやそのお知り合いの方の御尽力で実現しました。両端のお二人は受付のお手伝いをされていらっしゃいました。たくさんの皆さんに感謝!)

《おまけ》
「赤い靴」の歌は通常4番までなのですが、実は5番まであるのです。それを歌うのは実優さんたちのグループだけなのだそうで、そういえば先に歌った地元のかぐや姫合唱団の人たちは確かに4番まででした。

1:赤い靴 はいてた 女の子
 異人さんに つれられて 行っちゃった
2:横浜の 波止場から 船に乗って
 異人さんに つれられて 行っちゃった
3:今では 青い目に なっちゃって
 異人さんの お国に いるんだろう
4:赤い靴 見るたび 考える
 異人さんに 逢うたび 考える

5:生まれた 日本が 恋しくば
 青い海眺めて ゐるんだらう(いるんだろう)
 異人さんに たのんで 帰って来(こ)

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【サンディエゴからの第二報】
(日本時間27日午前8時10分・現地時間26日16時10分)

サンディエゴでの今日の予定(日本は朝だから昨日ですね)は、8時半までに朝食を終えて準備する予定でした。
私は田中さんと同室でしたが、ふたりとも2度寝して、8時過ぎに起こされてびっくり。大慌てで朝食を食べて(何があっても食事は食べるのです)、化粧して、髪を結って、なんとか間に合わせました。

現地の日本人学校で踊りを披露しました。
まずはお昼休み時間に中庭の特設野外ステージで…
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「四ツ竹」…
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「日傘」…
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私は関ゆうこさんと「太鼓囃子」を披露しました。
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そのあと、4年生の教室へ。「古典芸能を学ぶ」という授業がおこなわれ、「かせかけ」「貫華」「繁昌節」を踊りました。
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最後に子供たちとカチャーシーを踊り、日本から持っていったお土産「星の砂」を渡しました。
子供たちは、星の砂と聞いて目を輝かしました。

学校を後にして、サンディエゴの北にある高級住宅地、ラホヤに行きました。“ラホヤ”って、宝石って意味らしい。

海辺に公園があって、アザラシがたくさん寝そべっているのを見つけました。
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ラホヤの街が一望に見渡せるMt. Soledad Veterans Memorial。
丘の上には記念碑が建っていました。
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戦争で戦った兵士たちが祀られているのです。
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きっと、沖縄で戦って死んだ人もいるんでしょうね。
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沖縄の摩文仁の丘を思い出しました。
もしかすると、一緒に祀るのが本当じゃないのかな。
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M.A.P.三線教室発会記念「はいさい三線の宴」が大盛況のうちに終わりました。
それに合わせて、山川夏子さんが自主的にブログを立ち上げてくれました。
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…
やることが早い。つまり、「三線教室」はafter5というブログからは卒業ってことかな。「おきなわおーでぃおぶっく」「楽天市場」に続いて三つ目の卒業です。
 ⇒おきなわおーでぃおぶっく情報
 ⇒沖縄mapのつぶやき
というわけで、「三線の宴」の模様は夏っちゃんが新しいブログ「はいさい狛江三線サークル」で報告してくれることを期待して、こちらではM.A.P.after5的情報のみのお知らせです。

やっぱり「かぎやで風」からですね。
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※真ん中の方は川崎仙子(かわさき・のりこ)先生です。
書けば「かぎやで風」、読めば「かじゃでぃふう」、ですよね國吉先生。
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國吉眞正さんも皆さんに混じって自己紹介をしてくださいました。
“ぎま”のママと、おじょうも来てくれました。
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真剣なお顔で演奏を聞いている……
宇夫方隆士さんが、裏方に徹して、こんなにたくさんのお料理を作ってくださいました。
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おなじみのYusuke夫妻です。
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後ろに写っている変なおっさんは高山正樹、山猫合奏団のメンバーです。
おじょうとママ、再び。
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おじょうはプロ歌手。その歌声はM.A.P.after5の【あっち】【こっち】で聞くことができます。

國吉眞正さんと大城洋子さんは、実は旧知の間柄なのです。
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その他のお客様の中にも、今後after5的なお付き合いに発展しそうな方々がいらっしゃいますが、そうなった時には、あらためてブログ掲載のお許しを頂いてご紹介できればと思っています。

二次会は歩いて5分、“中む”でやりました。
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もちろん、新城亘先生とは、三線教室だけのお付き合いではなさそうなので、別カテゴリーが用意されているのです。

夏っちゃんの記事を見てから、もしかすると追記するかもしれません。とりあえず、“M.A.P.after 5”的には、このくらいにしておきましょうね。

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(※太字をクリックすると楽しめます。きっと…)

ゴーヤーの種からさっそく芽が出た!
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たくさん芽が出たゴーヤーの種へ

にんまりしながら、電車に乗った。
久しぶりに代田橋の沖縄タウンに向かう。
沖縄タウンマップです。
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三線屋さん“とぅるるんてん”
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“どぅる天”のメニューがある“SABANI”というお店。
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そして首里製麺のお兄ちゃん。
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「久保頼野(よりの)さんて、知ってる?」って聞いたら、「えっ」という顔して、お兄ちゃんの顔に心なしか緊張が走ったみたい。久保さんとは、この首里製麺のお店を最初にはじめられた方。
「ちょっと偵察してきてって頼まれたからさ」
「いやあ、久保さんにはお世話になりっぱなしで……」
少し意地悪だったかな。でもホントなんだもんね。
 ⇒宇夫方路が久保先生とお会いした日のこと
 ⇒高山正樹が久保先生とお会いした日のこと
今日もソーキそばを注文しました。うん、確かにおいしい。でも、やっぱり何か少し違う。ベタな沖縄でなければいけないといっているわけではないのです。なんだろうなあ、この感覚。もう少し考えてみようっと。若き店長どの、また来るね。

さて本題。今日の目的はゴーヤー祭りだったのです。
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ゴーヤーの苗木の無料配布があるのです。おお、もう並んでる。
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200個限定。あぶれても一株100円でいくらでも売ってます。並んで待つ時間を考えたら、買った方が安いかも。

それからもうひとつ。
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13:00からの唄三線“おてもやんず”のライブです。
そういえば、去年の沖縄そばの日のイベントにも唄三線おてもやんずが出演していたっけ。その時のメンバーはいったい誰だったんだろう。
で、今年のメンバーはこちらです。どっかーん!
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左から宇夫方路(仲田幸子さんではありません)、西武門もみ子山川夏子という、コアなM.A.P.after5ファンならお馴染みの方々です。
M.A.P.琉球舞踊教室の生徒さんのりえちゃんと黒田さんも見にきました。
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しつこいですが、真ん中の人は仲田幸子さんではありません。

顔の広い夏っちゃんは沖縄タウンの関係者と記念撮影。
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左のお兄ちゃんはMCのルンルン金城さん。あの電波少年でブレークしたなすびの元相方。ずっと待っていたのに戻って来なかったんだって。今はW金城というコンビで活動しています。(※夏っちゃん情報。でもインターネット見ると“金城塾”って名前じゃないのかしらん…)

さあ、いよいよ始まりです。
一曲目は国頭捌庫理(クンジャンサバクイ)
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そして二曲目、何故か“おてもやん”です。
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踊っているのは仲田幸子さんではなく宇夫方路さんです。
最後は“つぃんだら節”。野底マーペーの伝説を、夏っちゃんが紙芝居で語りました。
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伝説といったって神代の時代じゃありません。薩摩の匂いがプンプンする。そんな昔のことじゃないのに、現実ではあり得ない伝説が生まれ語り継がれてきたということは、祈る以外にないほど抗えない支配の中に当時の民衆が置かれていたということなのかもしれません。薩摩なんて決して神の如く絶対的な存在ではなく、ただ隣の国であっただけのはずなのに。
沖縄民謡と紙芝居、もっともっと進化させて再演期待。M.A.P.とコラボしましょ!

コンサートを終えたら、お腹空きました。
“たきどぅん”へ。
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男性は15時半から御出演のタケシィさんです。
 ⇒タケシィさんのブログのこの日の記事
そして16時20分出番の照屋三線倶楽部のホープ!
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子どもには勝てませんねえ、タケシィさん。
 ⇒照屋三線倶楽部のこの日の記事

注文を取りに来た彼は、ノーズウォーターズのベーシスト、ヘンザン君です。
ノーズウォーターズはブレーク間際?(夏っちゃん情報)
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あらポチギ。宇夫方さんの好物。


タケシィさんのライブを見て、帰途についたのでありました。
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《おまけ》
これがゲットしたゴーヤーの苗です。
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5日後のゴーヤーへ

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高山正樹 Masaki Takayama
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