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6月 7日火曜日: もうひとつの実験

《6月7日(火)-1》
東日本大震災から89日目。
ひとつ前の記事から数分後のこと。

【また呟きたくなった】
なんだかいやだな、依存症みたいで。ただ、会社の書類を開く気にならないだけなのだが。

0:13
AKB48のCDには握手券が付いているのでアホが一人で何枚も買うらしい。このムダ、被災地のために使えないのか。握手券だけ売れよ。


もっと過激に叫びたかったのだが何故か自主規制した。それでもまだ誰かに反論されそうな気がしたので、追加で呟いておいた。
0:26
山猫合奏団“セロ弾きのゴーシュ”のCDに大島純との握手券、10枚付けちゃいましょう!


いつ寝たのか、そしていつ起きたのか。どうやらTVは一晩中ついたままだったらしい。
節電。どうも真剣さが足りねえな。

また、みの山もん太郎のズボ!。
6:39
浜岡原発と高級魚クエ。Mもんた「人の命かおいしい魚か、究極の選択ですね」。なんで俺はこんな番組見てるんだ!

6:46
浜岡原発を停止した菅直人。途端に菅降ろし。菅直人がダメだというが、どこがダメなのか、誰か冷静に教えて?真実を隠す政府というが、首相が変わればなんて、本当に信じてるの?

6:56
「たとえ世界が明日終わりであっても、私はリンゴの樹を植える」去年収穫したゴーヤーから採った種を眺めながら、少し遅れたけれど、今年もこいつを植えて育ててみようかなと思う。野菜の汚染を調べる機械って高いのかなあ……

7:10
親父にはもう自力で生きていく力が残っていない。血液検査した結果がそれを物語る。「家のほうがいいなあ。でもばあさんが大変だ」時々表れる薄い意識の中で親父がそう呟いた。三本の命の管に繋がれている親父だが、数日中に家に戻そうと決めた。


9:14、「米、オスプレイの普天間配備を表明」をリツイート
9:30、「米軍人、自宅の門柱に不発弾放置」をリツイート
11:30、「東京多摩方面、水がたまりやすい場所で0.5~1.0μSvを計測」をリツイート


昼過ぎ、たいして腹も空いていないのに飯を食う。ダメだねえ、ホントに。
事務所行って仕事しよう……

事務所にて。
ゴヤーの種を水に浸したティッシュの上に乗せて芽が出るのを待つ。

去年沖縄タウンで買った苗の子供たち。
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そして、一昨年のゴーヤーの孫ふたつ。
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“ゴーヤー栽培日記2011”の始まり。
孫のほうがかわいいのだが、さてどんなことになるのやら。もうひとつの実験である。またこれでひとつ、逃げにくくなった。

仕事しろよ。


東日本大震災から87日目……

日本共産党都議連が調べた東京各地の放射線量(2011年5月6日~20日)の等高線図、社会学者の宮台真司氏が、これは「お子様をお持ちの方や妊娠している方にとっての重要情報」だとツイッターで呟いていた。
 ⇒http://www.jcptogidan.gr.jp/html/menu5…(pdf)
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この図によると、毎時0.12マイクロシーベルトの地点が、年間1ミリシーベルトを越えるので危ないよとされている。年間積算の根拠はICRP(国際放射線防護委員会)の考え方によって、24時間365日で計算している。
(※因みに文部省の計算方法は屋外に8時間、木造家屋16時間とし、家屋内にいる時間は0.4掛けしている。そうすると年間1ミリシーベルトになるのは毎時0.19マイクロシーベルト以上ということになる。)
日本共産党都議連が地上1mの高さで調べた結果によると、練馬区から江東区あたりより北及び東側で「あぶない数値」である毎時0.12マイクロシーベルトを越える放射線が計測されたようだ。地表近くならもっと数値は高いだろう。さらに、これには内部被曝は含まれていないわけで、実に驚きの数値である。
(※狛江で放射線を自前で計っている人がいて、その人のサイトによると、地上1mで毎時0.14マイクロシーベルト、地上1cmだと毎時0.2マイクロシーベルトを越えているようだ。)

【そこで僕は呟いたてみた】

《宮台真司氏に向けて》
10:35
ということは、食べ物などを考慮すると、子供などは東京から避難するのが賢明ということかしらん?


勿論、返信なんか来ない。だから……
10:39
「子供などは東京から避難するのが賢明ということかしらん?」なんて、こんなことを呟きたかったわけではないのに

……と、自分で収めておいた。

たしかに、アメリカの環境保護庁が定める一般人の年間許容被曝量は1ミリシーベルトである。但し、これは医療被曝を除く人工放射線について言っているのだ。ということはさ、計量された数値から、もともとの自然放射線量を引いて考えなければ危険云々なんて言えないんじゃないのかしらん。そして、この自然放射線量ってのが結構多いのである。世界平均年間2.4ミリシーベルト、米国環境保護庁が決めた年間許容被曝量の2.4倍だってんだから。

ますますわからなくなった。

2.4ミリシーベルト÷365÷24=毎時0.27マイクロシーベルト

ありゃ、ということは今の東京の放射線量は、世界平均の自然放射線量より小さいってことになっちまう。それって変じゃない?
で、あっちこっちと調べてみたのだ。
この2.4ミリシーベルトという自然放射線量には、内部線量と外部線量が含まれていることが分かった。ラドンを吸い込んだり食べものから入ってきたりする内部線量の合計が1.5ミリシーベルトくらいで、残りの0.9ミリシーベルトくらいが、今問題にしている外部線量。

年間の自然外部線量を毎時に直すと……
0.9ミリシーベルト÷365÷24=毎時0.1マイクロシーベルト

つまり、自然放射線の平均値である毎時0.1マイクロシーベルトに、年間の人工放射線許容量1ミリシーベルトに達してしまう毎時0.12マイクロシーベルトを足すと、毎時0.22マイクロシーベルトとなる。今のところ、東京あたりの放射線は全く心配いらない。もし、毎時0.22マイクロシーベルトを越えるような放射線が計測されたら、その時はじめてちょっと嫌だなと思えばいいということになる。

一生懸命考えてみたのだが、さて、これって安心デマなのか?

いや待てよ。セシウムだとかなんだとか、変なもんが飛んできているから放射線量が高くなっているんだよねえ。それが問題なんだよねえ。つまりそれなら世界平均と比べても意味はなく、もともとその地域はいったいどのくらいの自然放射線量だったのか、その数値と今現在の放射線の数値との差がどうなのかが分からない限り、やっぱり不安は解消しない。例えば、もともとの数値から毎時0.05マイクロシーベルト増えたとして、その中で普通に生活していると、どの程度変なものを吸い込んで、それが内部被曝量をどのくらい増やして、それが体にどんな影響をもたらすのか、それがはっきりわからない限り、とても安心なんかできないってことなんだ。
これって不安を煽っているのか?

でも、どうやらこうやって、ひとりひとりが自分の住んでいる場所について、自分で考えていくしかないらしい。

今日のところの結論。
晴れたら大いに自転車に乗ろう。でもマスクしてね。

しかし、荷物もゴミも、自転車じゃあ運べない。
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ふーっと溜息ついて……
【昨日からのことを呟いてみた】

15:05
この道を行くと決めた。

15:09
宇夫方路の創作琉球舞踊“真鶴の祈り” ボクは秘かに、震災に沖縄を重ね合わせて踊るようにと伝えていました。

15:15
昨日小屋入りのあと、自宅に戻った父親の容態が悪化、緊急入院との知らせ。その後も頻繁に電話やメール。それを無視し続け、結局帰れず。今日、事務所には持ち帰った大量ゴミ。残務整理に追われて、未だ父親の詳細を知らず。




東日本大震災から85日目……
朝から、喜多見の公民館でひとり古典の稽古をする宇夫方路。終わる頃を見計らって、ボクも公民館へ。
「もう少し待って、間もなく終わるから……」
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古典なんて、さっぱりわからない。ごろんと横になって天井を眺めていた。

「真鶴(まじるー)の祈り」
そうじゃないな、古典だろうが新作だろうが、踊りのことはさっぱりわからないのだ。それなのに、高山正樹が構成だという。構成って何なのだろう。

「そこからそっちへ歩く意味がわからない」
「視線の位置の問題じゃない、ちゃんと周りの世界を見てくれればいい」
「最後の入羽の歌のどこかに、さりげなくカチャーシーのモチーフを入れてくれないか」
「できるなら、稲穂を拝み掲げることはしないで欲しい。伝えたいのは神への感謝ではない。未来と、それに向かう個人の意思なのだ。たとえ神が不在だとしても、人は希望を見つけて祈ることができる。大切な大切な一本の稲穂を、しっかりとその手に抱えながらさ。」

先生方に従って「東日本大震災被災地支援チャリティー公演」とした。「収益金の一部」などという常套句。いったいいくら寄付できるのだろう。「赤字だったので」などというペテンは許されない。ということは、僕の意思だということか。80人からの方々が関わる公演となった。しかし、けっこう孤独なのである。
「僕はさ、今回の震災に、密かに沖縄のことを重ね合わせているんだ」

事務所に戻って、急いで最終の告知記事を書いた。
 ⇒http://lince.jp/hito/kokuti…

そして新百合ヶ丘での最後の稽古に顔を出す。カルチャーの生徒さんたちも、地謡さんも、沖縄の先生方も、全員集まる。僕は舞台監督助手か、大道具か、楽屋係か、金庫番かみたいな顔をして稽古場の隅に座っていよう……

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【この日の夜呟いたこと】

22:32
明日のリハがさっき終わった。手前味噌だが、相当おもしろい。最近国立劇場や三越劇場あたりで観た琉球舞踊関係の公演よりずっといい。夜はまだけっこう空きがある。みんな来ないかなあ。

22:37
親父の傍で三線を弾いてみた。そしたら親父はびっくりするほど目を開いてこっちを見た。親父を家に連れて帰ってきてよかったと思った。これから二日に一度くらいは親父の傍で三線の練習をしようと決めた。あと何回、親父に三線を聞かせられるだろうか。




5月31日火曜日: だからよ~

東日本大震災から82日目……

竹田圭吾氏の呟きを読む。

「そこまで反原発を唱えるなら、なぜ同じ熱意で反米軍基地と言わないのだろう。汚染や放射線が心配とか、要するに自分の身の安全を心配してるだけじゃないか。と、もし自分が嘉手納町民や名護市民だったら」
「宜野湾、普天間に行ったことのある人はわかると思うが、小学校の真上を米軍機が轟音を立てて飛んでいく。毎日の騒音だけではなく、沖国のヘリ墜落みたいな事故が起きたら…と思うと、親は多分気が気でない。米兵が女子小学生を集団暴行した時さえ『沖縄の子どもたちを救え』は日本中には響かなかった」

一言、だからよ~、というコメントをつけてリツイートしてみた。

M.A.P.after5には「沖縄」というメインカテゴリの下に、「基地のこと」というサブカテゴリがある。
その最初の記事は2008年9月12日、大城立裕氏の誕生会の記事。
 ⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/otanjou…
大震災のちょうど2年半前のことであった。


5月29日日曜日: 台風一過(暫定投稿)

《5月29日(日)-1》
東日本大震災から80日目……
台風一過。

大城立裕さんに娘を会わせたいと思った。東京の事務所にいる宇夫方女史に、先生の都合を聞いてくれるように頼んだ。
しばらくして、僕の携帯に大城先生から電話がかかってきた。午前中は台風の片付け、午後は芝居を見に行くので残念ながら時間が取れないとのこと、わざわざ直接の御連絡、恐縮至極である。
昨日、県立博物館に娘を連れて行ったことをお話した。すると池宮城さんのこと、そして佐藤優氏の話になった。

「台風は大丈夫でしたか」
「たいしたことはなかった。あっという間に通り過ぎたからねえ」

どんなに威力が大きくても、あっという間に去ってくれるならなんとかなる。どうやら、だらだらと居続ける奴のほうが厄介らしい。
地震と津波。それと原発。較べてはいけないと思いつつ、ふとそんなことを思った。

たいしたことはなかった? そういってもねえ。

今日の那覇。
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どっからか飛んできたとしか思えない自転車。
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こいつは危ないが、放射能とどっちが危ないの?
確率的にはどうなのさ、池田信夫、答えてみろ!

パラダイス通りへ。
あら、ななしん屋。扉が壊れてる。息子さんが修理中。
ママ、裸足だし、すっぴんだから出て来れないって。
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そういえばママ、6月4日の公演プログラムに、広告掲載ありがとうございました。

おや、土の看板。
土は上?昇天しちゃった?
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あらまあ。
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「ごうさん、いる?」と声を掛けてみた。
2階から「ああ」と眠たそうな声。
ごうさんがどんな状態で寝ていたのか、もしmixiなどというものをおやりの方がいらっしゃいましたならばごうさんの日記にて……
 ⇒http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1729899092…
「起こしちゃってごめんね」
「ううん、いいさー」
「扉、すごいことになってるねえ」

などとハナシつつ……

「お土産に泡盛とか買いたいんだけど、いいお店知ってる?」
「案内してあげようか」

壊れたドアをそのままに、ごうさんは着替えて出てきてくれた。

「大変だねー」などと声を掛けつつ……
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国際通り。
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沿道の植え込みは、みんな塩水にやられている。
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でも、きっとすぐにすくすくと復活するんだろうなあ。

また変なことを言うと、きっと誰かに叱られる。でも頭の中がそうなっちまっているんだから仕方がない。

「大震災の被災地に較べれば、みんな長閑な風景に見えてくる。誰も死んでいない。そして大地に恵みを与える陽の光……」

この島のどこかにあるであろう核兵器のことを忘れていればのハナシだけれど。

この後のことは、後日追記することにしましょうね。



5月14日土曜日: バラバラの想念たち

東日本大震災から65日目……
【この日呟いたこと】

10:27
僕がフォローし参考にしている早野龍五氏とか野尻美保子氏を、御用学者という人もいますよ。

10:38
無責任かもしれません。でもね、問題は原発が安全か否かではないのです。アイヌやインディアンや、かつての彼らの生き方を踏みにじり否定し続けてきた文明というものを、今こそ根源的に問い直そう。そして結論が出るまでは100年でも200年でも、あの世へ行ってもオイラは反原発。


それから、リツイートしたこと……
「豊見城市与根であす不発弾処理」
「東電はスケープゴート。米GE社、日立、東芝……」



自宅にて。
お前たちがいなければ、逃げ出していたかもしれない……
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おい、新聞、読ませてくれよ。
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近頃、情報はTwitterから得る。
だが、眉に唾をつけながら読めば、新聞も悪くない。Twitterは短すぎる。

間もなく夜10時。
先日のNHKホールで行われたプラシド・ドミンゴのコンサートの模様。
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白石准発見。
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バラバラの想念たち……


5月 2日月曜日: そして俺は今日も稽古に

《5月2日(月)》
東日本大震災から53日目……

【この日呟いたこと】

10:38
やっとリツイートできるようになった。この間、沖縄の基地関連でリツイートしたいことがあったのだけれど、もう間が抜けてしまった。それにしても例の20mSv、なぜ大世論にならないのか。愚民と呼ばれてもかまわないではないか。

17:47
オヤジが緊急入院。まだ意識があるのに、延命治療するかしないかを聞く病院。悪名高き……、無責任なこと言えないよな。それより原発。いや東北の被災者か。いったい沖縄はどうした?無力感。そして俺は今日も川崎市民劇の稽古に行くらしい。



そして、最後の稽古に出掛けていったのである。


4月24日日曜日: 蟹を食う夜

セブンイレブンのポイントカードが溜まったのです。
なんだか、もうすぐ満足に海産物が食べられなくなるような気がして、ポイントを蟹に変えたのです。
それを、朝から解凍していたのです。
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そうして、本部で晩餐。ふくやさんで焼き鳥も買ってきました。
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テレビで、地方統一選挙の速報を見ながら……

【そして呟いたこと…】
23:04
敦賀市長の当選インタビュー。その質の低さにびっくり。敦賀の人たち、ほんとにこんな人を選択したの。手出しができない近隣市町村に住む人たちの思いは如何に。


単純でないことは分かっているのです。沖縄の基地と同じように。
でも、沖縄の基地と同じように、原発などなくていい、大震災から45日目の夜だからなのか、僕はそう思っているのです。


4月23日土曜日: 虹が出た

《4月23日(土)》
東日本大震災から44日目……

「沖縄ノート」の「集団自決」記述をめぐる訴訟、最高裁上告棄却。

【この日呟いたこと…】
15:14
僕は大江健三郎氏の提示する「事実」と沖縄の「イメージ」に100%同意はしていない。でも「沖縄ノート」が僕の人生を方向付けたことは間違いない/沖縄タイムス | 喜ぶ大江さん「強い励ましに」

夕方、虹が出た。
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こんな時こそ呟いてみようとしたが、Twitterのシステムの不具合で叶わなかった。

夜は市民劇の稽古である。


裏ニンジンの日
今年のニンジンの日(2月3日)は旧暦の元旦でしたが、今日は裏ニンジンの日です。
ただそれだけ? なんだか詰まんないなあ。

そこで調べてみました。

沖縄本土復帰から2年足らずの出来事。1974年の3月2日のことです。那覇市の小禄で雨水管の工事中に不発弾が爆発しました。聖マタイ幼稚園のすぐそばでした。作業員3人と園児の女の子が死亡しました。他に34名が重軽傷を負いました。
爆発したのは、旧日本軍が埋めた地雷でした。自国に地雷を埋める国ってあるのだろうか。

今年の2月8日の沖縄タイムスは、その前日の7日に浦添市立浦城小学校の体育館取り壊し現場で、米国製の砲弾が発見されたことを報じています。
「発見された不発弾は信管が残っていることなどから後日、現場で処理される予定。陸上自衛隊が土のうで固定するなどして安全措置を取った」

これは、日本のどこかの裏のニュースなんかじゃありません。これこそ沖縄の日常的な表のニュースなのです。沖縄の戦後は、終わってなんかいません。日本人として、考えるべきこと、ありませんか。

「詰まんないなあ」なんて、大変不謹慎なことを言いました。


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高山正樹 Masaki Takayama
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