6月13日土曜日: 12日の26時(6月の沖縄6)
国際通りを歩いていたら、本物と思われる島バナナに遭遇。

ずんぐりむっくり。これだ!
⇒偽物らしき島バナナの記事を読む。
黄色くなったのをバラ売りしてた。

隣にはサトウキビが。
へえ、最近はちゃんと袋に入って売ってるんだね。
島バナナを3本150円で購入。
今日はまだ食べちゃダメ。明日まで待つこと。
バナナをポケットに入れて、“生活の柄”に向かいます。

西岡美幸さん、玉城さん、金城君、乾杯!
2時間後、宇夫方路さんは稽古へ。入れ替わって、長池朋子さんが合流。

お開きは深夜25:00過ぎ。
宿まで長池さんに送ってもらって26:00。
今朝、起きてから、既に22時間が経過……
旅の続きへ
ずんぐりむっくり。これだ!
⇒偽物らしき島バナナの記事を読む。
黄色くなったのをバラ売りしてた。
隣にはサトウキビが。
へえ、最近はちゃんと袋に入って売ってるんだね。
島バナナを3本150円で購入。
今日はまだ食べちゃダメ。明日まで待つこと。
バナナをポケットに入れて、“生活の柄”に向かいます。
西岡美幸さん、玉城さん、金城君、乾杯!
2時間後、宇夫方路さんは稽古へ。入れ替わって、長池朋子さんが合流。
お開きは深夜25:00過ぎ。
宿まで長池さんに送ってもらって26:00。
今朝、起きてから、既に22時間が経過……
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6月12日金曜日: かりゆしウェアー(6月の沖縄1)
書斎のドアを開けて、そうしたら見えた夜明けです。

羽田を7時前に出発する一便の飛行機に余裕を持って乗るために、息子に頼んで羽田まで車で送ってもらいました。
息子は免許を取ったばかりで、車を運転したくて仕方がありません。でも自分の車など持てる身分ではありません。だからこんな時、親父の無理な頼みにもすんなり応えてくれるわけですが、はたして、いつまで都合よく運転手として息子を使うことができるでしょうか。
ともかく、息子に専用の車をあてがってやるなどという親馬鹿は決してしないことが肝要ですね。
沖縄へついて、まずは“かりゆしウェアー”を買うことを思い立ち、そこで国際通りのキーストーンへ向かいました。

購入した“かりゆしウェアー”に、さっそく着替えました。
郷に入れば郷に従え? いや、沖縄の懐に飛び込んでのゲリラ戦に備えた迷彩服、気分は戦闘服なのです。
おっと、ここは沖縄、なんとも危ない言葉遣い、反省。
いろいろと複雑な思いが重なっているのだとご理解いただき、どうかご容赦を。
つまり、たくさんの気になることがあって、それで東京を離れ難かったのだけれど、それらを押しても沖縄へ行くことを選択したのだということなのです。
なんだか、よくわからないはなしで申し訳ありません。
「いざ、出陣!」
またまた、やめなさい、そういう言葉を使うのは……
再度、ご容赦を。
ほんとうはね、戦う相手は、自分自身なのです。きっと。
旅の続きへ
羽田を7時前に出発する一便の飛行機に余裕を持って乗るために、息子に頼んで羽田まで車で送ってもらいました。
息子は免許を取ったばかりで、車を運転したくて仕方がありません。でも自分の車など持てる身分ではありません。だからこんな時、親父の無理な頼みにもすんなり応えてくれるわけですが、はたして、いつまで都合よく運転手として息子を使うことができるでしょうか。
ともかく、息子に専用の車をあてがってやるなどという親馬鹿は決してしないことが肝要ですね。
沖縄へついて、まずは“かりゆしウェアー”を買うことを思い立ち、そこで国際通りのキーストーンへ向かいました。
購入した“かりゆしウェアー”に、さっそく着替えました。
郷に入れば郷に従え? いや、沖縄の懐に飛び込んでのゲリラ戦に備えた迷彩服、気分は戦闘服なのです。
おっと、ここは沖縄、なんとも危ない言葉遣い、反省。
いろいろと複雑な思いが重なっているのだとご理解いただき、どうかご容赦を。
つまり、たくさんの気になることがあって、それで東京を離れ難かったのだけれど、それらを押しても沖縄へ行くことを選択したのだということなのです。
なんだか、よくわからないはなしで申し訳ありません。
「いざ、出陣!」
またまた、やめなさい、そういう言葉を使うのは……
再度、ご容赦を。
ほんとうはね、戦う相手は、自分自身なのです。きっと。
(文責:高山正樹)
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5月24日日曜日: うぶ沖縄報告5月の2の3 “Bar土”
100店(飯-002)
ちょっと“じんじん”に
お披露目公演のご案内のために顔を出して…

それから稽古へ。
終ったのは12時近く。
それから疲れた体を癒すために、ホテルに帰る前に生ビールを一杯飲もうかなと、“土”に寄った時には、もう24日の0時半を過ぎていました。
偶然、この日はチーズデー。大阪のしんちゃんこと中村慎一さんが、ふた月に一度くらい、大阪からチーズを担いでやって来るそうです。
毎回種類は違うのですが、今日は13種類のチーズが用意されていました。
そういうことならば、予定のビールを変更して、やっぱりチーズとワインを注文するしかないでしょう。

ブルーチーズは苦手なのですが、進められる通りの順番で口に入れると、以外においしく食べられました。
お皿の9時の位置に乗っているのがフランスのクロタンというチーズで、ヤギの乳で作ったチーズです。(沖縄のヤギじゃあないのね。)これのほうがブルーチーズよりずっと臭かった……

左の方がしんちゃんです。大阪のちんどんやのサックス吹き。
真ん中がごうさんからお店を任されている兵庫県出身の大西君。
カウンターの中にもう一人、アルバイトの貴恵さんです。

金曜日から月曜日まではランチをやっています。こちらはごうさんが担当。

というわけで、“Bar土”は、100店シリーズの「昼ごはん夜ごはん」で紹介されているのです。
時間があれば食べに来たいけど、今回も残念ながら無理かな。
(“土”に、生粋のウチナンチュがあんまり来ないというのはどういうことなのかなあと、高山正樹は思っているようですが、貴恵さんはどうなんだろう、今度行ったら聞いてみようかな……)
⇒前回の“じんじん”
⇒前回の“土”
⇒前回の、ごうさん
お披露目公演のご案内のために顔を出して…
それから稽古へ。
終ったのは12時近く。
それから疲れた体を癒すために、ホテルに帰る前に生ビールを一杯飲もうかなと、“土”に寄った時には、もう24日の0時半を過ぎていました。
偶然、この日はチーズデー。大阪のしんちゃんこと中村慎一さんが、ふた月に一度くらい、大阪からチーズを担いでやって来るそうです。
毎回種類は違うのですが、今日は13種類のチーズが用意されていました。
そういうことならば、予定のビールを変更して、やっぱりチーズとワインを注文するしかないでしょう。
ブルーチーズは苦手なのですが、進められる通りの順番で口に入れると、以外においしく食べられました。
お皿の9時の位置に乗っているのがフランスのクロタンというチーズで、ヤギの乳で作ったチーズです。(沖縄のヤギじゃあないのね。)これのほうがブルーチーズよりずっと臭かった……

左の方がしんちゃんです。大阪のちんどんやのサックス吹き。
真ん中がごうさんからお店を任されている兵庫県出身の大西君。
カウンターの中にもう一人、アルバイトの貴恵さんです。
金曜日から月曜日まではランチをやっています。こちらはごうさんが担当。
というわけで、“Bar土”は、100店シリーズの「昼ごはん夜ごはん」で紹介されているのです。
時間があれば食べに来たいけど、今回も残念ながら無理かな。
(“土”に、生粋のウチナンチュがあんまり来ないというのはどういうことなのかなあと、高山正樹は思っているようですが、貴恵さんはどうなんだろう、今度行ったら聞いてみようかな……)
⇒前回の“じんじん”
⇒前回の“土”
⇒前回の、ごうさん
4月22日水曜日: 本番当日だって忙しいのです!
おきなわ堂へ。
M.A.P.の扱う“OKINAWA100シリーズ”
新しいものが出たようです。

今回は「昼ごはん夜ごはん」及び「ラーメン」を入荷、近日中にM.A.P.で販売開始です。
カフェ・SMOOTHギャラリーへ。

那覇バスターミナルから国際通りへ入って20秒の右側。
4月8日から開催されている“April GARDEN 5+1”展です。
目覚めた金城君が紅型を出品しているのです。

5月2日までやってますので、ぜひ覗いてみてください。
そして本番…

もうちょっといい撮影場所なかったのかしらん。
でも、いったい何の本番?
M.A.P.の扱う“OKINAWA100シリーズ”
新しいものが出たようです。
今回は「昼ごはん夜ごはん」及び「ラーメン」を入荷、近日中にM.A.P.で販売開始です。
カフェ・SMOOTHギャラリーへ。
那覇バスターミナルから国際通りへ入って20秒の右側。
4月8日から開催されている“April GARDEN 5+1”展です。
目覚めた金城君が紅型を出品しているのです。
5月2日までやってますので、ぜひ覗いてみてください。
そして本番…
もうちょっといい撮影場所なかったのかしらん。
でも、いったい何の本番?
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3月27日金曜日: またもや宇夫方路の沖縄報告その12
16:00、琉球新報。
7:00、沖縄タイムス。
そこで受付の山田早希さん(左から2番目)を囲んで記念撮影。

(山田さんの右から玉城さん、金城君、そして宇夫方隆士、父です。)
国際通りで買い物。

キーストーンというお店。金城君お勧め。
いってみればM.A.P.のライバル。でも私たちは正直に、いいものならばライバルだってなんだって紹介していきます。
だから、当ブログを、今後とも御贔屓に!
わたくし宇夫方路は、18:00より稽古。
これをもちまして、今回の「またもや宇夫方路の沖縄報告」は終了です。ご愛読、ありがとうございました。
⇒沖縄報告その1から読む
7:00、沖縄タイムス。
そこで受付の山田早希さん(左から2番目)を囲んで記念撮影。

(山田さんの右から玉城さん、金城君、そして宇夫方隆士、父です。)
国際通りで買い物。

キーストーンというお店。金城君お勧め。
いってみればM.A.P.のライバル。でも私たちは正直に、いいものならばライバルだってなんだって紹介していきます。
だから、当ブログを、今後とも御贔屓に!
わたくし宇夫方路は、18:00より稽古。
これをもちまして、今回の「またもや宇夫方路の沖縄報告」は終了です。ご愛読、ありがとうございました。
⇒沖縄報告その1から読む
3月11日水曜日: うぶかたみちの沖縄日報(7)帰る日
おきなわおーでぃおぶっくのCD販売を委託している高良レコード店です。

どこかな…

あった!

国際通り久高民藝店で金城君と玉城さんと待ち合わせ。

金城君お勧めのお店“キッチン椿”は2F。


食後はコーヒー。

帰る日、稽古の時間まではマッタリと…
バスで太鼓の稽古場へ
稽古が終ったら空港へ向かいます。
どこかな…
あった!
国際通り久高民藝店で金城君と玉城さんと待ち合わせ。
金城君お勧めのお店“キッチン椿”は2F。
食後はコーヒー。
帰る日、稽古の時間まではマッタリと…
バスで太鼓の稽古場へ
3月 9日月曜日: うぶかたみちの沖縄日報(3)
【うぶかたの報告】
車を降りると、真喜ちゃんが下向いてなんか言ってます。
「あ、マンホールが闘牛だ」

ちょっとご相談があって、劇団創造で制作を担当されている又吉さんと、赤道の春日国際ホテルのロビーで待ち合わせ。

制作で一番大変なのはお客さん集め。
「そうなんですよね。本番当日雨が降ったりしたらお客さんは入らない。そんな時、雨のせいにするけど、本当は制作の問題なんだよ」
先日の「人類館」の公演は大入りでした。
「あれはがんばった」
劇団創造は再来年50周年を迎えるということで、今、企画検討中。まだ何をやるのか決まっていないのに、井上真喜ちゃんと金城史彦君とわたし、3名予約しました(笑)。
創造の稽古場を見せてもらいました。

なんと贅沢な空間。うらやましい。
又吉さんに色々とお頼みした後、那覇に戻ってジュードーチョップへちょっとご挨拶。
今日は看板猫ちゃん少しだけ動いてくれました。


なんちゃって。国際通りのドトールで、壺屋の工房で働いている西岡美幸さんにお会いするのが今日の最後のスケジュール。

熊本出身の方。かわいいシーサーを持ってきて見せてくださいました。

沖展で毎年入選していらっしゃるとのこと。でも入選作品はとっても怖い顔の迫力あるシーサーなんですって。
その怖いシーサーの写真は後日送ってもらうお約束をして、今日はかわいいシーサーだけをご紹介します。

以上、二日目の報告終了でーす。
車を降りると、真喜ちゃんが下向いてなんか言ってます。
「あ、マンホールが闘牛だ」
ちょっとご相談があって、劇団創造で制作を担当されている又吉さんと、赤道の春日国際ホテルのロビーで待ち合わせ。
制作で一番大変なのはお客さん集め。
「そうなんですよね。本番当日雨が降ったりしたらお客さんは入らない。そんな時、雨のせいにするけど、本当は制作の問題なんだよ」
先日の「人類館」の公演は大入りでした。
「あれはがんばった」
劇団創造は再来年50周年を迎えるということで、今、企画検討中。まだ何をやるのか決まっていないのに、井上真喜ちゃんと金城史彦君とわたし、3名予約しました(笑)。
創造の稽古場を見せてもらいました。
なんと贅沢な空間。うらやましい。
又吉さんに色々とお頼みした後、那覇に戻ってジュードーチョップへちょっとご挨拶。
今日は看板猫ちゃん少しだけ動いてくれました。
……変身!
なんちゃって。
熊本出身の方。かわいいシーサーを持ってきて見せてくださいました。
沖展で毎年入選していらっしゃるとのこと。でも入選作品はとっても怖い顔の迫力あるシーサーなんですって。
その怖いシーサーの写真は後日送ってもらうお約束をして、今日はかわいいシーサーだけをご紹介します。
以上、二日目の報告終了でーす。
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2月 5日木曜日: 儀間進氏(沖縄5日目の午後)
創業25周、金城君行きつけの店「あやぐ食堂」のメニューです。

食い過ぎた。といって、これ全部食べたわけじゃないよ。
さて儀間進先生、なんとかお元気になられたようで、本日お会いできることになりました。先生行きつけの本屋さんの裏にあるカフェにて。
お会いするなり…
「うまいこと書いていたねえ」
「え…」
先日の琉球新報に書いた小生の拙い文章のことでありました。このお言葉は、少しく弱っていた僕にとって、なによりの薬でした。
「しかしあんなに琉大文学に気を使わなくていいですよ。琉大文学を知っている人なんて殆どいないのだから」と素敵な笑顔。
「琉大文学」のことなんか一言も書いていないのに、恐れ入りました。
「第三の目が必要なのです。それがないと立体にならないからね。」
儀間先生。今のお言葉、肝に銘じます。そしてこの上ないエールとして受け取らせていただきます。ありがとうございました。
今日は、平良とみさんや兼城道子さんのお名前もあがりました。平良とみさんは全国区ですが、兼城道子さんは今はなき「乙姫劇団」の僕が大好きだった間好子さんの跡を引き継いでいらっしゃるお方。
さあ、後は当たって砕けろです。
ではまた、と別れると、儀間先生は本屋さんへ。
僕もちょっと行ってみよう…

「先生、何かお勧めの小説は?」
「僕、小説は読まないの」
「うふふ…」
じゃあ、「おきなわおーでぃおぶっく」を聞いてください!って、言えばよかったな。
帰りがけに榕樹書林へ御挨拶。ついでに「人類館」納入。
御店主の武石さんの笑顔です。

『大城立裕全集』がありました。
武石さんは「りつゆう」と音読みで呼び捨て。大城立裕先生が文豪であることの証明ですな。文人の号は音読みという決まりがあった名残りかな。政治家伊藤博文は「ひろふみ」、文人伊藤博文は「はくぶん」ということです。
宿に車を置いて、国際通りを“じんじん”に向かいます。

“じんじん”のお通しは、ゆしどうふ。

未来の沖縄を背負って立つ若者3名+沖縄オバア化の止まらない東北岩手の女と、ウチナーヤマトグチを操る年齢不詳の独身美女と、「ヤマトンチュではない、俺は宇宙人だ」と加齢臭を漂わす髭のおっさん。

本ブログ初登場のお二人は、まじめにご紹介。
Funny Style代表、新里玲王奈くん。
Funny Styleのブログへはこちらから。
⇒http://funnystyle.ti-da.net/
教育学を専攻していた親川志奈子さん。
あれ、教育学やってたのは琉球大学で?それともハワイで? で、今は何をしているとご紹介すればいいの?
うーん、不手際お許しを。あらためて正しく御紹介するために、是非再会の機会がありますように。
今のところは、ミステリーということにしておきましょうね。
では三日続けての「土」です。

ごうさんです。

おやすみなさい。

井上真喜さま。金城くんを首里の家まで、よろしくお願いいたします。
旅の続きへ

食い過ぎた。といって、これ全部食べたわけじゃないよ。
さて儀間進先生、なんとかお元気になられたようで、本日お会いできることになりました。先生行きつけの本屋さんの裏にあるカフェにて。
お会いするなり…
「うまいこと書いていたねえ」
「え…」
先日の琉球新報に書いた小生の拙い文章のことでありました。このお言葉は、少しく弱っていた僕にとって、なによりの薬でした。
「しかしあんなに琉大文学に気を使わなくていいですよ。琉大文学を知っている人なんて殆どいないのだから」と素敵な笑顔。
「琉大文学」のことなんか一言も書いていないのに、恐れ入りました。
「第三の目が必要なのです。それがないと立体にならないからね。」
儀間先生。今のお言葉、肝に銘じます。そしてこの上ないエールとして受け取らせていただきます。ありがとうございました。
今日は、平良とみさんや兼城道子さんのお名前もあがりました。平良とみさんは全国区ですが、兼城道子さんは今はなき「乙姫劇団」の僕が大好きだった間好子さんの跡を引き継いでいらっしゃるお方。
さあ、後は当たって砕けろです。
ではまた、と別れると、儀間先生は本屋さんへ。
僕もちょっと行ってみよう…

「先生、何かお勧めの小説は?」
「僕、小説は読まないの」
「うふふ…」
じゃあ、「おきなわおーでぃおぶっく」を聞いてください!って、言えばよかったな。
帰りがけに榕樹書林へ御挨拶。ついでに「人類館」納入。
御店主の武石さんの笑顔です。

『大城立裕全集』がありました。
武石さんは「りつゆう」と音読みで呼び捨て。大城立裕先生が文豪であることの証明ですな。文人の号は音読みという決まりがあった名残りかな。政治家伊藤博文は「ひろふみ」、文人伊藤博文は「はくぶん」ということです。
宿に車を置いて、国際通りを“じんじん”に向かいます。

“じんじん”のお通しは、ゆしどうふ。

未来の沖縄を背負って立つ若者3名+沖縄オバア化の止まらない東北岩手の女と、ウチナーヤマトグチを操る年齢不詳の独身美女と、「ヤマトンチュではない、俺は宇宙人だ」と加齢臭を漂わす髭のおっさん。

本ブログ初登場のお二人は、まじめにご紹介。
Funny Style代表、新里玲王奈くん。
Funny Styleのブログへはこちらから。
⇒http://funnystyle.ti-da.net/
教育学を専攻していた親川志奈子さん。
あれ、教育学やってたのは琉球大学で?それともハワイで? で、今は何をしているとご紹介すればいいの?
うーん、不手際お許しを。あらためて正しく御紹介するために、是非再会の機会がありますように。
今のところは、ミステリーということにしておきましょうね。
では三日続けての「土」です。

ごうさんです。

おやすみなさい。

井上真喜さま。金城くんを首里の家まで、よろしくお願いいたします。
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10月28日火曜日: ほんとうの強行軍の記憶
沖縄に関わっていると、人と人の「つながり」ということを改めて思うのです。
高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。
巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)
その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
⇒《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)
ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。

和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。
でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。
確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。
識名壕へ入る入口。

もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。
女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。
本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。

これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。
和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。

遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。
夕方、大城立裕先生のお宅にお邪魔して…
そして夜。
国際通りからちょっと入った竜宮通りという路地に見つけた「小桜」というお店。

「小桜」とは、M.A.P.がプロデュースする三笑亭夢丸さんの落語の題名。気になったのでカシャと一枚。
大城立裕先生のお誕生会でお世話になった「じんじん」へ。

沖縄特有のおしぼりコースターです。

ちょっと疲れているみたいな高山の様子を見て、ママが体に優しいメニューを作ってくれました。すごくおいしかったのです。

ありがとうございました。
ななしん屋でママに再会。

三線を借りて定番の安里やユンタをやってみた。
何もしないという歌い方。テクニシャンの高山正樹には、これがなかなか出来ないのです。その奥深さに、高山は、真剣に三線を習おうと心に決めたのです。
⇒《前回の「ななしん屋」の記事》
そして「土」へ。

ごうさん。結婚おめでとう。今奥さんのお腹にいるお子さんが二十歳になったとき、ごう(のん)さんは80歳か。日本一かっこいい80歳になってください。
⇒《前回の「土」の記事》
他にもいくつかお話したいことがあるのですが、それは後日ということで…
高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。
巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)
その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
⇒《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)
ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。

和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。
でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。
確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。
識名壕へ入る入口。

識名壕の中から見た入口。

四角くシルエットに見えるのはウガミ(拝み)の場所です。帰り際に、先生がお線香を供え、手を合わされていらっしゃいました。
もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。
女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。
本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。

これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。
和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。

遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。
夕方、大城立裕先生のお宅にお邪魔して…
そして夜。
国際通りからちょっと入った竜宮通りという路地に見つけた「小桜」というお店。

「小桜」とは、M.A.P.がプロデュースする三笑亭夢丸さんの落語の題名。気になったのでカシャと一枚。
大城立裕先生のお誕生会でお世話になった「じんじん」へ。

沖縄特有のおしぼりコースターです。

ちょっと疲れているみたいな高山の様子を見て、ママが体に優しいメニューを作ってくれました。すごくおいしかったのです。

ありがとうございました。
ななしん屋でママに再会。

三線を借りて定番の安里やユンタをやってみた。
何もしないという歌い方。テクニシャンの高山正樹には、これがなかなか出来ないのです。その奥深さに、高山は、真剣に三線を習おうと心に決めたのです。
⇒《前回の「ななしん屋」の記事》
そして「土」へ。

ごうさん。結婚おめでとう。今奥さんのお腹にいるお子さんが二十歳になったとき、ごう(のん)さんは80歳か。日本一かっこいい80歳になってください。
⇒《前回の「土」の記事》
疲れた…。
あした朝、東京へ帰ります。

あした朝、東京へ帰ります。

他にもいくつかお話したいことがあるのですが、それは後日ということで…
9月12日金曜日: 沖縄2日目(大城立裕氏のお誕生会)
午後、FM沖縄へ。

ここから入ればよかったのですが、ここは関係者専用で、お客さんの入口は違うのかなと、ちょっと勘違いして、ひとつ北側の道に入り込んでしまったのです。
下の画像の一通入口の標識の道です。

で、この一通を入ってしまってどういうことになったかというと、ちょっと地図をご覧ください。《地図を見る》
国立劇場おきなわの北東にFM沖縄があって、その北側には広大なCamp Kinser。その間に細い一通の道路があるのですがお分かりになりますか?その道は国道58号へ抜ける一本道、入ったが最後行くところまで行くしかありません。
FM沖縄の裏手も、多分米軍の敷地のようで、この道の両側ともずっと金網が続いているのです。
ことさら、だからどうだという話ではないのですが、小説「カクテル・パーティー」の時代からずっと続いているのだろう異質なものの存在から与えられる不安感を、ちょっと感じたということでしょうか。
もし地図が無かったら、58号に抜けるまでの不安はもっと大きかったのかもしれません。「カクテル・パーティー」の冒頭に主人公が語るキャンプの中の思い出と通じるものがあるような気がしたのです。
そんなことがあって、ちょっと手間取ったのですが・・・
放送制作部の部長、山川悦史さんにお会いすることができました。
そしたら、既に昨日番組の中で紹介してくださったとのこと、全てがゆっくりのこの島で、こんなテンポで事が進むなんて奇跡です。
FM沖縄は若いエネルギッシュな会社、沖縄の新しい姿、ちょっと淋しい気もしますが、これって本土の勝手な思いですね。
そしてその夜・・・
いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。
実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。
大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!
そして記念撮影です。

左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?
そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。
さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。

うまかったんだなあ、これが。
まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)
沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。
儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・
じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと、井上真喜ちゃんと、再び「土」へ。実は「土」のマスターの「のん」さんから、大城立裕氏の「カクテル・パーティー」が図書館にないというメールが届いていて、ならば「おきなわ堂」の店長さんに持ってきて頂いてそれを届けることにしたのです。初版本だけどちょっと傷ものなので3000円也。
(ほんとうは「のん」さん、大城立裕氏に文句がいっぱいある人、でもだったらまず「カクテル・パーティー」くらい読まなきゃねえ。というか、CD買ってくれればいいのに、なかなかインテリさんの場合、そうはいかないんですよね。私たちが「カクテル・パーティー」を宣伝すればするほど、古書を扱うおきなわ堂さんが儲かるだけ? CDは買ってくれないし、大城先生に著作権料が入るってことも全くないわけだし、あーあ、なかなか難しいなあ・・・)
おまけ:
「のん」さんのメールによると、「のん」さんも「苗」に時々かつお飯を食いに行くし、「島思い」で歌ってるかなちゃんとは多分友達らしいということなので、その函館出身のかなちゃんの写真をご披露します。

ここから入ればよかったのですが、ここは関係者専用で、お客さんの入口は違うのかなと、ちょっと勘違いして、ひとつ北側の道に入り込んでしまったのです。
下の画像の一通入口の標識の道です。

右下のアカバナーの咲いてるところがFM沖縄の敷地です。
ちなみに、正面は米軍Camp Kinserのゲート。裏門という感じ。
ちなみに、正面は米軍Camp Kinserのゲート。裏門という感じ。
で、この一通を入ってしまってどういうことになったかというと、ちょっと地図をご覧ください。《地図を見る》
国立劇場おきなわの北東にFM沖縄があって、その北側には広大なCamp Kinser。その間に細い一通の道路があるのですがお分かりになりますか?その道は国道58号へ抜ける一本道、入ったが最後行くところまで行くしかありません。
FM沖縄の裏手も、多分米軍の敷地のようで、この道の両側ともずっと金網が続いているのです。
ことさら、だからどうだという話ではないのですが、小説「カクテル・パーティー」の時代からずっと続いているのだろう異質なものの存在から与えられる不安感を、ちょっと感じたということでしょうか。
もし地図が無かったら、58号に抜けるまでの不安はもっと大きかったのかもしれません。「カクテル・パーティー」の冒頭に主人公が語るキャンプの中の思い出と通じるものがあるような気がしたのです。
そんなことがあって、ちょっと手間取ったのですが・・・
放送制作部の部長、山川悦史さんにお会いすることができました。
そしたら、既に昨日番組の中で紹介してくださったとのこと、全てがゆっくりのこの島で、こんなテンポで事が進むなんて奇跡です。
FM沖縄は若いエネルギッシュな会社、沖縄の新しい姿、ちょっと淋しい気もしますが、これって本土の勝手な思いですね。
そしてその夜・・・
いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。
実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。
大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!
そして記念撮影です。

左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?
そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。
さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。

うまかったんだなあ、これが。
まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)
沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。
儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・
じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと、井上真喜ちゃんと、再び「土」へ。実は「土」のマスターの「のん」さんから、大城立裕氏の「カクテル・パーティー」が図書館にないというメールが届いていて、ならば「おきなわ堂」の店長さんに持ってきて頂いてそれを届けることにしたのです。初版本だけどちょっと傷ものなので3000円也。
(ほんとうは「のん」さん、大城立裕氏に文句がいっぱいある人、でもだったらまず「カクテル・パーティー」くらい読まなきゃねえ。というか、CD買ってくれればいいのに、なかなかインテリさんの場合、そうはいかないんですよね。私たちが「カクテル・パーティー」を宣伝すればするほど、古書を扱うおきなわ堂さんが儲かるだけ? CDは買ってくれないし、大城先生に著作権料が入るってことも全くないわけだし、あーあ、なかなか難しいなあ・・・)
おまけ:
「のん」さんのメールによると、「のん」さんも「苗」に時々かつお飯を食いに行くし、「島思い」で歌ってるかなちゃんとは多分友達らしいということなので、その函館出身のかなちゃんの写真をご披露します。

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