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宇夫方女史が沖縄にいる頃、小生高山正樹は午前中人形町の主治医へ。2ヶ月前に貰った薬が切れた。正月のドサクサで、禁を破ってちょいと味の濃いものを食べたりしているうちに、健康ゲームも少し飽きてきた。そんなことを思いながら、事務所に戻って仕事をする。

このブログを読んでくださる方は、小生は酒ばかり飲んでいてちっとも仕事をしていないと思われているかもしれないが、そんなことはない。昨日だって税理士さんが来て、昨年、M.A.P.で働いてくれた60人くらいの源泉徴収表を作成し、山猫合奏団の合わせの開始時間ギリギリに間に合わせたのだ。僕の健康を害しているものがあるとすれば、酒よりも仕事だ、なんてね、嘘ばっかり。
酒をやめないのなら身体を動かすしかない。今夜は市民劇の稽古である。喜多見から鹿島田の稽古場まで自転車で行く。20km弱といったところかな。自転車に乗りすぎると、精子が減少するって知ってた?まあ、もうどうでもいいけれど。

稽古場に着く頃は、もう真っ暗である。多摩川の向こう岸の東京が、なんだか異様だ。
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厳密にいえば日本語には二重母音は存在しない。たまたま母音が続けて出てくるに過ぎない。例えば英語の[day]などは「二重母音」だが、それは言語学的には1音節である。日本語で母音がふたつ繋がる場合は、あくまで2音節なので連母音という。
連母音とは、「愛(あい:ai)」とか「上(うえ:ue)」とか、母音が2回続けて出てくる場合に限っていうのではない。「貝(かい:kai)」とか「杖(つえ:tue)」とか、言葉の途中に母音がくれば、必ずそこには連母音([ai][ue])が存在する。
ところで、「音節」と「モーラ」は違うらしい。

なんでまた唐突にこんな話を始めたのか。

M.A.P.after5は、複数の連載読み物の集合体である。市民劇の成り行きだけが御所望ならば、「川崎市」のカテゴリの中の「枡形城・落日の舞い」というサブカテゴリをピックアップして読んでいただければ事足りる。だがそうはいかないのがM.A.P.after5。こっちの連載とあっちの連載が、時に化学反応を起こし始める。
「連母音」についても、今回の市民劇の稽古のハナシをしたくて持ち出してきたことなのだが、間違ったことを書かないようにと調べていたら、沖縄語と関係するとても興味深いことがたくさん見えてきたのだ。それを語るために、唐突ではあるが、言語学的な導入が必要だった。

英語などの発音記号では、長母音は[a:]とか[i:]というふうに表記する。一方沖縄語の長母音は、例えば沖縄語辞典では[aa][ii]と表記している。しかしカナで書く時は、「ゴオヤア」とは書かず「ゴーヤー」とするのが一般的である。
 ⇒関連記事「うちなぁ」か「うちなー」か(比嘉光龍さんからの回答)
それはいったい何故なのか。音節とモーラの微妙な違いと、なにか関連があるのではないか。

また、日本語の連母音と沖縄語の長母音の関係には法則性がある。いくつか例を挙げれば、日本語の連母音[ai]は沖縄語では[e:(ee)]となり、[au]は[o:(oo)]、[oo]は[u:(uu)]となる等など。
 ⇒関連記事「うちなーぐち講座《2》の2」
今まで僕は、この関係を口蓋化や高舌化との関連で考えようとしていた。「言語の省エネ化」として、一般化できないだろうかと思ったのである。

ところが、どうもそう単純ではないらしい。話しは沖縄にとどまらないのだ。
日本の話し言葉には、古い時代から二重母音(連母音)が極めて少なかったという。二重母音が出てくると、母音融合を起こして一文字の母音(長母音の場合もある)に変換してしまう。しかし、書き言葉は依然二重母音を保持して、母音融合を起こしたがる話し言葉と対立していたというのである。やがて、書かれた文字の通りに話すことが「正しい」とされるのだが、母音融合は無くならず、江戸弁をはじめとするアウトローの方言に、たくさん受け継がれて現存している。

僕は、母音融合の有る無しを、地域差だと考えていた。だが、どうやらそうではないらしい。これを書き言葉(権威)と話し言葉(スラング)の対立として捉えたらどうなるか。すると、沖縄語(ウチナーグチ)も、新たな相貌を帯びてきて興味が尽きない。

ウチナーグチのカテゴリの下に「母音融合」というサブカテゴリを作ってみた。そして、それらのすべての記事に若干手を入れた。市民劇の話題だけが御所望の方にも、お読みいただければとてもうれしいのだが、役者には無用だろうか。

もちろん、専門的な言語学の知識を全く持たないこの僕には、母音融合の背景について、云々する能力も資格もないのだが、理が勝ちすぎている不幸な役者なので、日本の語り物のことばの形を、今一度じっくり探ってみたいと思ってしまうのだ。そんなことをしているから、自分の芝居は一向に弾けないのではあるが。

日本の語り物は二重母音(連母音)を大切に発音するという僕の思い込みが、果たして正しかったのかどうか。そういえば狂言には、特有の母音融合があるではないか。

例えば[au]は[o:]となる。
「謡う」は「うたう」ではなく、[utoo]と発音されるのがその例だ。
また、形容詞の「~しい」は「~し」となる。これは[ii]という二重母音(連母音)を嫌った結果である。
「ややこしや、ややこしや」


ほんとにややこしくなった。ここらで、話しを市民劇の稽古に戻そう。しかし少し記事が長くなりすぎた。ひとつワンブレイクを入れることにする。


先日告知した朗読会、午後5時開演。その1時間ほど前に、会場入り。立川駅から歩いて12分。Cafeばくだん畑。
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怪奇幻想朗読百物語 第八夜

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僕は3度目になる。
 ⇒1度目:2009年2月20日 遠藤周作「蜘蛛」
 ⇒2度目:同年3月14日 夏目漱石「蛇(永日小品より)」

そして本日の演目は……

●矢内のり子「悋気の火の玉」
●河崎卓也「もう半分」
●高山正樹「紅い手(夢丸新江戸噺し)」

開場間際、矢内さんと河崎さんが最後の確認をしている。
河崎卓也さんと矢内のり子さん

河崎さんの台本を、ちょっと見せていただいた。
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「おまえ」→「おめえ」
「だいいち」→「でえいち」
これ、沖縄語とおんなじ音韻変化である。ウチナーグチの音韻講座を丹念に読んでくださっている方なら(そんな方がいらっしゃるのかどうか)、聞覚えのある話だろう。
こうした落語の言葉(江戸弁)が、台本にどう書かれているのかが知りたかったのだ。なるほど、ルビを振っているんだな。

僕はまだどう読むか決めかねている。

【11月29日にようやく追記】
先にやられたお二人の朗読(?)を聞きながら考えた。「紅い手」は派手な噺ではない。おかしな噺でもない。だから結局、普通に静かに読むしかないと思っていたのだが、急遽それはやめることにした。僕は会場をできる限り明るくしてもらった。そして……

行きつけの飲み屋、開店前の仕込みの時間。時間を持て余した落語家が少しばかり早く店にきてしまった。そこで新作落語の練習を始める。奥で仕込みをしているだろう女将さんに聞こえるような声で。
僕は先日お亡くなりになったばくだん畑の奥様が、この会場のどこかで聞いていてくださるというイメージを、その設定にダブらせた。
落語の内容は、街道沿いの居酒屋に立ち寄った男が、その店の女将さんに、なぜ江戸を逃げてきたのかを語るという形で進んでいく。実際の落語なら、落語の中の「地の文」は、時に主人公の男性が話しているようでもあり、あるところは落語家の言葉として書かれていたり……、しかしこの場では、稽古している落語家が読んでいる台本に書かれた単なる地の文なのである。
こんな複雑な構造にして、それを枕で喋って、落語を朗読するという困難さを煙に巻くことにした。

果たしてそれは成功したのかどうか。お亡くなりになった奥様に、楽しんでもらえる出来栄えだったのかどうか。

僕は、この日のことを書きあぐねていたのだが、観に来ていた山猫合奏団の楠定憲氏が翌日、なぜか「宮澤賢治考」で僕の朗読をネタにしてトットと書いた。
 ⇒宮澤賢治考「読むも語るも」
その記事に、やっぱり観てくれた白石准氏と河崎卓也氏がコメントをつけてくれたが、僕は未だにそれには何も答えていない。

ありがたいことに、文芸評論家の大友浩さんがいらしてくださった。そして、10月21日のご自分のブログで取り上げてくださった。過分な評価に恐縮している。
 ⇒芸の不思議、人の不思議「『紅い手』の朗読」

終演後、少しだけだが大友さんとお話することができた。
「落語は、熊さんだろうが大家さんだろうが、その言葉の出所はいつも落語家本人なのです。だから、つっかかろうが言い間違えようが、傷にならない。話す度に違う芸なのです。」

これを聞いて僕は考えた。今も考えている。
実はこの記事だが、なんとか三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川江戸資料館公演の前にアップしたかった。しかしそれができなかった理由がここにある。ひとつの音符の間違いが傷になるクラシック音楽と、ミスが傷にならない即興性の強い落語という芸、それを対等に合体させることは、論理的に不可能なことなのではないか。こんなネガティブなことを、プロデューサーが本番前に書いてはいけない。せめて本番を見極めたうえで書こうと思ったのだ。
だが結局、それについてはいまだ語れない。そして、考え続けている。

先に出て、立川の駅近くの居酒屋で待っていてくれた楠氏と白石氏。
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何を話していたのか、今となっては思い出せない。

» 続きを読む

昨夜は沖縄語を話す会でした。そっちは宇夫方女史の担当。間もなく沖縄語を話す会の専用ブログにて。
その後、ハンサム・マーキーさんと、五味さんと、楽しい夜を過ごしました。記事はまたまた後日ですけど。
※話す会の専用ブログ・楽しい夜の記事、アップしましたよ(10/26)

というわけで、本日の朝食は事務所で、と、あいなりました。
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収穫したゴーヤーのスライスにノンオイルドレッシング。豆腐に減塩醤油。健康ゲーム進行中。

昨日の記事にもちょいと書きましたが、今夜の朗読会の原稿作りに苦労しています。
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でも、もうそろそろお出掛けのお時間です。只今午前10時半。え、本日17時開演でしょ、ちょっと早くない? いえいえその前に、ちょいと行くところがあるのです。もしかすると、わたくし高山正樹の来年度の最大イベントとなるかもしれないことの始まり。

おいおい、どうするんだよ、朗読原稿。大丈夫。「だいじょうぶ」と読むか、「デージョーブ」と読むか。まあ、しんぺーするなってことよ。「だい」が「でー」、「ぱい」が「ぺー」、これウチナーグチとおんなじ音韻変化。そんな話を今夜のマクラにでもしてみるか。まあ、電車ん中でゆっくりと考ーるさ。「かんがーる」なんて読むなよ、「かんげーる」って読みやがれ、こんちくしょー。

音韻講座音韻講座と思いつつ、書く時間が取れません。ああ、いつになるんだろう。
今日は、「ねーらん」(丁寧語なら「~ねーやびらん」)のハナシとか、口蓋化のハナシとかが出てきました。皆さん「へー」とか「ふーん」とか聞いていましたが、さてはM.A.P.after5、みんな読んでねえな。(「ないな」が「ねえな」になる現象と口蓋化の関係は只今研究中。只今はウチナーグチでは「たでーま」になる。)
実は、「ねーらん」についても、[ai]が[ee]になることについても、かなり突っ込んだことを書いた記事がM.A.P.after5にはあるのです。

 ⇒「ねーらん」についてと、[e]が[i]に、[o]は[u]に変わることについて
 ⇒「上舌化(高舌化)」(ロシアで[e]が[i]に変わっていった興味深いハナシ)
 ⇒母音の舌の位置を示した図のある記事

舌の位置を示した図を小さくして再掲。
  母音の舌の位置図

あ、そうか、あんまり突っ込み過ぎているから読んでくれないのか……。ではありますが、沖縄語を話す会の皆さま、是非ともこれらの記事を一度くらい読んでみてくださいませ。

ともかく、口蓋化も上舌化(高舌化?)も前舌化も、小生まだまだきちんと理解していない。勉強して、そしてらもっと突っ込んだ記事を書きます。

そして今日も“中む食堂”へ。
これで4回連続の「喜多見で沖縄語を話す会」→「中む食堂」というパターン。

ポチギ。
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しかし、ポチギってなんだ? 沖縄のウィンナーらしいが、いい加減なことをまことしやかには書かないというのがM.A.P.after 5のポリシー。ちなみに『沖縄大百科事典』にも『おきなわキーワードコラムブック』にも『沖縄いろいろ事典』にも「ポチギ」なる項目はありません。これも突っ込んで調べて、わかったら報告します。

おとといに続き、今日も炙る。
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滑り落ちるバター!


沖縄から帰ってきた日の夜です。
今日は喜多見で沖縄語を話す会の第2回。11月9日の第1回に続いての開催です。
第1回も参加してくださった夏子さんと金城さんです。
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夏子さんについては以前ちょっとご紹介したので、今日は金城さんのこと。
金城さんは伊江島のご出身です。伊江島は本部(もとぶ)半島の北西に位置する島。沖縄本島から約10kmという近さですから、美ら海水族館などからも、伊江島のシンボルであるタッチュー(城山)がよく見えます。
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かつてこの伊江島には、沖縄での日本軍最大の飛行場があり、そのために、あの沖縄戦で熾烈な戦いが繰り広げられた島でもあります。
金城さんは今更あらためて勉強する必要のないくらいウチナーグチが堪能です。でも、私達の沖縄語を話す会に参加してくださいました。金城さんも、きっと充実した時間を楽しんでいらっしゃるのだと思います。うちなーぐち初心者のメンバーたちにとっても、金城さんのような方が一緒にいてくださることが、とっても楽しくて嬉しいのです。
「あめーけんちゃけんちゃ、ちゃーちゅーぱんじゃやてぃー」
伊江島の言葉です。沖縄本島からたった10kmしか離れていないのに、我が沖縄語を話す会の國吉眞正先生にしても、この言葉をスッと理解することはできませんでした。
「あめーけんちゃけんちゃ」は「あらー、まー」みたいな感じ。那覇あたりのウチナーグチなら「あいえーなー」といったところでしょうか。「ちゃー」は「ずーっと」、これは那覇や首里でも同じ。「ちゅーぱんじゃ」「がんじゅー」、つまり「元気」ですね。
久しぶりに会った人に、「あらまあ、ずっと元気だった?」と、はじけて思わずハグでもしそうな言葉です。沖縄本島の首里那覇周辺の沖縄語で表現するなら、「あいえーなー、ちゃーがんじゅーやてぃー」

こんな難しい勉強を、最初からやっているわけではありません。でも話はこんなふうにあっちこっちへ脱線します。これがまた楽しいのです。

で……
うちなーぐち講座《6》
今日正式に習った言葉は「~やん」。日本語に訳せば「~だ」「~である」。基本的に勉強したは、たったこれだけです。

後は単語を少し。眼鏡は「がんちょー」で、砂糖は「さーたー」、間違いが「まちげー」だとか。単語は頑張って憶えようというわけではなく、ボチボチと、「へー、そうなんだ」みたいにゆるーいテンポでやっていきます。
「がんちょーやん」は「眼鏡である」で、「がんちゅーやん」は「元気である」だね。「なかなか上等やん」なんて言いながら。

あ、そうだ、ちょっと面白い単語のハナシはご紹介しておきましょう。
「スプーン」は「スプーン」ですが、「匙(さじ)」なら「けー」。「しゃもじ」は飯を掬う匙だから「みしげー」、鍋で使う「おたま」は「なびげー」。おー、分かりやすい。

そして新しい仲間のご紹介。夏子さんのルームメイトで広島出身の西武門(にしんじょー)もみ子さんです。
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独学で三線をやってます。西武門もみ子はもちろん芸名。「もみ子」の「もみ」は広島名物もみじ饅頭の「もみ」、西武門は「西武門節」からとったようですが、沖縄の人なら女性の名前にいくら芸名でも「西武門」とはつけないかな。北海道で言えば「すすきの花子」ってところでしょうか。でも、いい感じ。

今日もあっという間に終電近くなってしまいました。今日はここまで。
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みなさま、末永く宜しくお願いします。

比嘉光龍さんにお会いした時に頂いたプリントと同じものが、ネットにアップされました。
「日本語」と、「うちなぁぐち」と、「うちなぁやまとぅぐち」を比較した表です。
これは、光龍さん自身によるものです。
http://blog.goo.ne.jp…

実は先ほど、光龍さんにふたつほどの質問のメールを送っていたのです。それに対して、さっそく丁寧なお返事が届きました。
まず質問その1です。
日本語=「おじいさん」
うちなぁぐち=「たんめー(士族)」「うすめー(平民)」
うちなぁやまとぅぐち=「おじぃ」

比嘉光龍さんは、「うちなぁやまとぅぐち」について、言語学では「ミクストランゲージ(Mixed Language)」に分類され、「スラング(俗語)」と同じような言葉と定義されているとし、次のように書いていらっしゃいます。
「それをもう少しくだけて言うと『タメぐち』のようなものだと思って下さい。仲間うちで使う、仲間だけしか知らない言葉のようなものです。それは、目上の人や学校の先生などには使えない」

確かに、沖縄の地方紙のコラムなどで、お年寄りを「オジイ」や「オバア」と呼ぶ最近の風潮は失礼でけしからんというなご意見を目にしたこともあります。(僕としては、敬意と愛情を持って使われれば「スラング」も悪くはないと思っていたのですが。)
では、沖縄のお年寄りを、ウチナーグチで呼ぼうとしたとき、どのように呼べばよいのでしょうか。
目の前にいるお年寄りが元「士族」か「平民」かなどわかりません。元士族の方に「うすめー」と言ってしまったら、気を悪くされるかもしれないし、かといって誰でも彼でも「たんめー」では、男性のお客さんだれかれ構わず「社長さん」と呼ぶ安キャバレーのホステスさんみたいで、これも気が進みません。というか、どちらにしても、そうした区別のある呼び方を使うことはどうなのだろう。言葉狩りはしたくはないが、なんだか難しい。沖縄語を話す会の國吉眞正さんは、もう今は、みんな「たんめー」でいいのではないですかとおっしゃっていました。
そこで、光龍さんのご意見も、聞いてみたくなったのです。

1「おじいさんのことをどう呼べばいいのでしょうか。今はどのご老人に対しても『たんめー』でいいのでしょうか。」

それに対する光龍さんのお答えは、次のようなものでした。

これは、そうは呼べませんと答えておきます。一つに統一した呼称が必要だとの考え方から、少し視点を変えて考えてみて頂きたいのですが、明治12年までは琉球王国で身分制度が存在したので、二つ、もしくは三つの「おじいさん」の呼称が存在しました。しかし、現在のうちなぁは、複雑かつ日本と言う国の一部です。そこに琉球王国時代の身分制度の呼称をあてはめようとするとかなり無理が生じます。そこで、相手にどう呼んでほしいのか問うということが面倒でも必要だと思います。個人はそれで対応できるのでしょうが、お年寄りの総称ですが、うちなぁぐちでは「御年寄い(うとぅすい)」、もしくは「思しーじゃ方(うみしーじゃかた)」と呼べばとても丁寧ですので、お年寄りよりは良いと思います。

なかなか難しいですねえ。みなさんはどうお考えでしょうか。
僕はチョイ悪おやじ。元不良なので、スラング万歳「オジイ」で、いっちゃおうかなあ。今度、儀間進先生にお会いした時に「オジイ」って、最大限の親しみを込めて呼んで見ようかな。そうしたらどうなるのでしょうか。

質問その2は長母音について。
光龍さんの作った表では、唯一「うちなぁ」だけ二重母音の二番目に小さな平仮名を使って、後は全て「ー」の文字を使っています。それは何故なんだろう。そういえば、ウチナーグチには二重母音は無いのだろうかということを考えながら、質問してみようと思ったのです。

2「うちなぁ」と「うちなー」、さらには「うちなぁー」もありそうですが、これには何かルールのようなものがあるのでしょうか。

光龍さんの回答。

これは、確かに問題ですね。私は「うちなぁ」と表記します。しかし、語尾の小さな「ぁ」ですが、これは棒線でも良いと思います。私は、うちなぁぐちを表記する時に、カタカナは何かうまく表現できていない気がしてひらがな表記にすることにしました。それらは、実践うちなあぐち教本の著者比嘉清さんや、ラジオ沖縄の伊狩典子さん、また、私のうちなぁぐち師匠である、うちなぁ芝居の名優「真喜志康忠(まきしこうちゅう)」先生の芝居を漫画化した新里堅進さんの本(琉球新報出版から三冊出ています)などを参考にする所が大きいです。

ただ、語尾の母音を棒線にするか、それとも、母音を文字化するかどうかは、私自身試行錯誤、変更に変更を繰り返して、母音はすべて棒線で書くことにしました。それならば「うちなぁ」は「うちなー」と表記しなければなりません。ただ、「うちなぁ」と言う表記だけは「ぁ」にしています。それは、沖縄タイムス紙に二年近く「光龍ぬピリンパランうちなぁぐち」と題して連載をしたのと、琉球新報紙にも「光龍ぬアハーうちなぁぐち」、また現在、おきなわJOHOという月刊情報誌に「光龍ぬうちなぁぐちアリンクリン」と書いてきたので、慣例でというところが大きいです。

(中略)

表記は高山さん御自身でお考え下さい。では、また、いつでもご質問下さい。御無礼さびら。
比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)


この中略の部分には、表記について、もっと突っ込んだことが書かれてありました。光龍さんの主張は、基本的には柔軟にということなのですが、これについては当方勉強不足、もう少しそのあたりの現状を把握してからあらためてご紹介いたします。

このメールを公開することをお許しくださった比嘉光龍さんに、心から謝辞を申し上げます。


さて、今日の本題に入る前に、もう少し寄り道をさせてください。

初めて沖縄語を話す会にお邪魔した時(4/4)に、沖縄の3母音についてお話ししました。
まずそちらを、是非お読みください。
http://lince.jp/hito/okinawamap/benkyoukai…

その復習と補足です。

《復習》
大和の母音の[e]が、ウチナーグチでは[i]に、[o]は[u]となる。
それでよく沖縄語は3母音という言われ方をするが、実はそれは間違いである。
短母音の[e]も[o]も、数は極めて少ないが、存在する。
長母音の[e:]と[o:]は、いくらでもある。
大和の[ai]が[e:]、[au]が[o:]となる。
《補足》極めて少ない[e]も[o]について。
それらの多くは感動詞(ane=あれ)か、擬声語(horohoro=衣ズレの音)である。
それらの言葉の殆どに、[e]や[o]を使わない言い方(変わり語形)がある。(三百=[sanbeku]には、[sanbyaku]という言い方もある。)
上記以外の言葉は、唯一、haberu=蝶のみである。
(コメントの【補足】も、必ず併せてお読みください。7/11追記)

さて、ここからです。(いつもM.A.P.after5の“うちなーぐち講座”はややこしいので、頑張ってついて来てくださいね。)
M.A.P.after5では上記のように説明はしたものの、実は、一つの疑問があったのです。
上に述べた[ai]→[e:]、[au]→[o:]という「ルール」の他に、大和の二重母音や長母音と沖縄の長母音との関係には、もっと多くのルールがあります。例えば、[ou]及び[oo]は[u:]となる。(通りtoori→tu:ri※注)
しかし「扇」はうちなーぐちでは「おーじ」です。なぜ「うーじ」とならないのだろうか……
※注:「トゥーリ」は[tu:]か[tuu]か、これについてもお話ししたいことがありますが、これは別の機会に…

そして、色々と調べ始めたのです。でも、ウチナーグチに関するものをいくら探しても、満足のいく答えは見つかりませんでした。ところが、日本語の歴史に、この疑問を解く糸口があったのです。

日本の鎌倉時代から室町時代にかけて(1200年頃)「オ列の長母音」は、口の開き方の広い狭いによって区別がありました。口を広く開けた方を「開音」、狭い方を「合音」といいます。
「開音」は[au]が長音化したもの[ɔ:]、「合音」は[ou]が長音化したも[o:]です。
つまり「扇」がウチナーグチで「o:ji」となったということは、「扇」の「おー」が、もともと「開音」であったからではないのか。つまり、平仮名で「扇」を表記すれば、「扇」は「あうぎ」だったということなのです。
(但し、元禄時代、紀元1700年頃には、大和ではこの発音の区別は無くなっていたようです。けれども、文字としては「あうぎ」という風に書き分けていたのでしょう。)

これで、なぜ「扇」がウチナーグチで「うーじ」ではなく「おーじ」となるのか、そのことの説明がつきました。満足。

比嘉光龍さんにお会いした時、この話をしたら、「それ自分で考えたの」と、光龍さんの大きな目が、さらに大きくなりました。

このことに関連して、高山正樹は「社長とは呼ばないで」に、またわけのわからないことを書きました。
http://lince.jp/mugon…

【補足】
例えば「王子」も沖縄語では「おーじ」となります。これも「扇」と同じ事情なのですが、但し、この場合の「お」は声門破裂音ではない「お」なので、新沖縄文字を提唱する船津さんの表記法に従って「をーじ」としました。しかし、「を」と書くと、どうしても[wo]という発音を想起します。確かに現代日本では「を」は[o]と発音されるということになっているので、声門破裂音ではない「お」の文字として「を」使用するのは一見問題なさそうにも思えますが、大和の古典芸能の世界では、いまだ「を」を[wo]と発音しています。この伝統的な発音は、芸能の世界では今後も受け継がれていくでしょう。
従って、「新沖縄文字」においても、無用な混乱を避けるために、声門破裂音ではない「お」については、新規に文字を考案することを、私は提案したいと思っています。
本記事において、そのあたりの事情を解説せずに、「王子」を「開音」の例として使っていたため、とても分かりにくい説明に「なっていました。そこで、「王子」に関する部分を削除し、この補足を付記することにしました。
(2011年2月5日高山正樹)

しかしです。ここで新たな疑問が沸き起こってきたのです。

1:元来古く(日本の鎌倉時代以前の)沖縄で、その頃は大和でもそうだったように、[au]または[ɔ:]と発音されていたものが、大和とは全く違った音韻変化の道を辿って[o:]に変わっていったのか。
2:あるいは、元禄時代以前に大和からやってきた言葉の[au]または[ɔ:]が、既に確立されていた沖縄の音韻体系の中に組み込まれて、[o:]と言い換えられたのか。
3:はたまた、元禄時代以後、すでに大和では発音の区別が無くなっていたのに、大和から文字としてやってきたものに「あう」と「おう」の区別があったため、沖縄ではそれを音でも区別したということなのか。

ああ、興味は尽きません。
このことは、沖縄の歴史的仮名遣いをどう考えるのかという問題と、深く関わっているのではないか、そうとも思われてきました。

ともかくです。何百年も頑なに保持してきた仮名遣い(蝶々=てふてふetc.)を、日本は明治になってあっさりと放棄してしまったわけですが、その大和では失われてしまった区別が、その成り立ちや変遷がどうであれ、ウチナーグチに[o:]と[u:]という音の違いとして、はっきりとした形で残っているということは間違いなさそうで、とても興味深いことです。

もちろん、全てをひとつの公式に当てはめてしまうことは大変危険ですが、そのことをわきまえていれば、公式を探り出そうとすることは、極めて深く、楽しいことです。
そして、ウチナーグチを通して日本語を考える、これは日本を相対化するという、日本が国際社会で真に自立するために必要でありながら、しかし日本人が極めて苦手とする思考回路を鍛えるために、とても有効なことでもあると思ったのです。

【追伸】
そうしたら、沖縄語辞典に、こんなことがあっさりと書かれていたことを、後になって知りました。
「標準語の『開音』に対応するooは首里方言でooに、また『合音』に対応する標準語のooは首里方言でuuに、それぞれ対応するのが普通である」
うーん、『沖縄語辞典』は、たいしたもんだ。

この日の次の記事を読む

昨夜は鳥の研究。本日はガラっと変わってウチナーグチの研究です。

ウチナーグチの母音について、[e]が[i]に、[o]は[u]に変わるので、だから[a]、[i]、[u]の三つしかないのだというような言われ方を、よく耳にすることがあります。これって、ちょっと昔、かの伊波普猷先生が、何かの書物で書いてしまって、それが定説っぽく伝わったので、そう思い込んでいる人たちが多いということらしいのです。

ちなみに、[e]が[i]に、[o]が[u]に変わることを高舌化(高母音化)といいます。[a]と[i]と[u]は、極めて区別しやすい安定した母音なので、この三つしか母音を持たない言語は、アラビア語やブライ語など、世界中にいくらでもあります。

しかし実際は、沖縄語の母音は三つだけではありません。確かに、短母音での[e]と[o]は極めて少ないのですが、皆無ではありません。例えば「蝶」のことをハベル(haberu)というように、[e]や[o]の短母音も存在するのです。
また、連母音[ai]は長母音[e:]に、同様に[au]が[o:]に変わるというのも、ウチナーグチの特徴で、つまり[e]と[o]も、長母音でならいくらでも存在するということですね。

この[ai]→[e:]、[au]→[o:]という変化は言語学的には普遍的な現象で、この変化によって3母音体系から5母音体系に移行した言語も多いのです。サンスクリット語などもそれです。逆に5母音から3母音へ単純化された言語もあり、ウチナーグチもそのひとつだということになっていますが、ということは、ウチナーグチはその後、再び[e]と[o]を、[e:][o:]という形で組み込んだということなのでしょうか。

もともと日本語の母音は8音だったとか6音だったとか、いろいろな説があるのですが、ともかくそれよりもずっと前の紀元300年くらいに沖縄と大和のことばは分化されたというのが、今のところ一番有力な説ではあるらしいのです。しかし、もともと大和の言葉の基本母音は3音であって、だからウチナーグチは、こうした音韻に関しても古い大和言葉を残しているのかもしれないというような試論もないわけではありません。だとすると、大きく変化したのは大和の言葉のほうだということになりますね。でも、この説はちょっと無理があるかな。

それはそれとして、ウチナーグチに見られる変化と同様の現象は、大和の言葉にもあります。
ちゃきちゃきの江戸弁では、大根を「でーこん」、大概にしろは「テーゲーにしやがれ」といいます。どうです、これ、ウチナーグチで起こった変化と全く同じです。といってもこの音の変化は、やっぱり世界中にある現象なので、特にウチナーグチと大和の言葉を、ことさら関連付ける類の話ではありません。

ほかにも東北弁と比較するのもとてもおもしろいのですが、今日のところはこの辺で。

さて、今、僕に興味があるのは、こうした変化が何故起こるのかということなのです。もちろん政治や経済の「力」が大きく影響してきたということも否定できません。時にその「力」が、理不尽な「暴力」であったこともあるわけで、それは決して許されることではありません。しかし、長い歴史における言葉の変化を知れば知るほど、行きつ戻りつ、大きなうねりを伴いながらも、人智の及ばない根源的な何ものかへ向かって変わっていこうとする「言葉の不思議」も見えてくるのです。そうしたとき、言葉の平板化も、鼻濁音の衰退も、「ら抜きことば」も、言葉の乱れとは全く別の顔を見せ始めるのです。

[e]が[i]に、[o]が[u]に変わる高舌化は、口や舌の動きが小さくなるので、一種の省エネですね。そのようして労力を減らしておきながら、空いた[e]と[o]の席に、まったく別の出自をもつ連母音を長母音化して座らせたウチナーグチ。これ、勉強を始めたばかりの僕には、なんとも不思議なことなのです。
1から24までの正方形の駒を、1個の隙間を利用して順番に並び替えていく、あの懐かしいパズルを思い浮かべます。
今のコンピューターには、ハードディスクの中のデータを整理してくれる「デフラグ」という機能があります。あれ、結構時間が掛かりますよね。なんだか言葉も、それに似た作業を、気の遠くなるような年月をかけて行っているのではないのか、そう思えてきたのです。

生きたウチナーグチを残す、そうしたいと思って「おきなわおーでぃおぶっく」の新しい企画を始めたわけですが、しかしほんとうの意味での生きたウチナーグチとはどういうものなのだろう、甘受すべき変化も、見極めなければならないのではないか、なんだか迷宮の入口に立っているような、そんな不安に僕は包まれています……

というようなことを考えながら、「沖縄語を話す会」の勉強会へお伺いしたのでした。
上級者と初心者に別れての勉強。僕は初心者のテーブルに席を頂き、見学させていただきました。
本日のテーマは「無(ね)ーらん」の二つの使い方について。
「飲んでない」をこの表現を使っていうと「ぬでーねーらん」といいます。
「飲んでしまった」は「ぬでぃねーらん」といいます。
これって、よく使われる表現なのですが、難しくないですか。飲んだのか飲まないのか、真逆の意味です。病院で薬を飲んだか飲まないか、間違えて看護士さんに伝えたら大変なことになってしまいます。

グループごとの勉強会を適当なところで切り上げて、後半はみんないっしょになって昔物語(んかしむぬがたい)を読みます。
今日の題材は「大里ぬ鬼(うふじゃとぅぬうに)」です。
このはなし、オバアから聞いたことがあるよとか、うちのほうではこういうんだとか、実に楽しく豊かなひと時です。

あっという間の2時間半、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。もっとたくさんのことをご紹介したいのですが、間違ったことをお伝えしてはいけないので、僕自身もう少し勉強してから、お話ししたいと思っています。

【復習】
この勉強会で習っているのは、基本的には首里の言葉ということで、帰ってからちょっと調べてみたのですが、沖縄本島の中部、今帰仁(なきじん)地方では、なんと「飲んでない」も「飲んでしまった」も、どちらも
「ぬでぃねん」
というのだそうです。では、どのように区別するのでしょうか…
それは「飲んでない」の方を
「ぬでぃ ねん↑」
と微妙な間を入れて上昇調で言うことによって区別するのだそうです。
うーん、ウチナーグチのCD、やはりハードルはかなり高そうですねえ。

訳あって、もう「さき、ぬまん」


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高山正樹 Masaki Takayama
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