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2008年9月、朝日新聞の「窓」というコラムで、沖縄キリスト教短大などで非常勤講師をされている親富祖恵子さんのことが紹介されています。「沖縄文字」を用いたユニークな授業を始めたという記事。

「沖縄文字」というのは、もう何度もご紹介している船津好明さんが1986年に考案されたものです。
沖縄語は発音が独特なので、「しゃ・しゅ・しょ」などと2文字のかな文字を組み合わせて表してきた、だが、本来は1音節1文字が望ましい、そこで独自の沖縄文字が考案された、というふうに、朝日新聞の「窓」では説明されています。でも、この記述では誤解されそうです。まるで「しゃ・しゅ・しょ」も、沖縄文字では新しい文字に置き換えられているかのようです。決してそんなことはありません。

また、その一ヶ月前の8月の沖縄タイムスでも、親富祖恵子さんの授業と船津好明さんのことが紹介されています。しかしこちらは「沖縄口には、2~3の文字を一つの音で発音するものもある」とだけあって、それでその先どういう文字を考案したのかの説明がなされていないので、やっぱりよく分からないのです。

そこで、さらにその一ヶ月前、今度は琉球新報の記事ですが、これがなかなか分かりやすいので、ちょっと長いのですが、引用します。
「従来は『お前』を沖縄口で表記するのに『っやー』『っいゃー』など、仮名二、三文字を組み合わせて表記しなければいけなかったが、これらの表記法では、沖縄口を知らない人にとってはどこまでが一音か分かりにくく、読み間違いが多かったのだという。沖縄独特の音を分かりやすく表記したいと船津好明さんが一音を一文字で表す『沖縄文字』を考案。『てぃ』『とぅ』など沖縄独特の二十七の音を、一音一文字にしている」

ウチナーグチの表記について、今日のところはこれ以上の説明はいたしませんが、沖縄文字に興味のある方は下記からどうぞ。
沖縄文字一覧

今日は先日の「沖縄語を話す会」で頂いたお土産のはなし第一弾です。

最初にご紹介した朝日新聞のコラムの続き。
「船津さんとともに東京の『沖縄語を話す会』で活動する国吉真正さんは、ハングルやロシア文字のように、沖縄文字をパソコンで入力できるようにするソフトを開発した」

そのソフトが入ったフロッピーが、お土産第一弾です。
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また、右が2008年9月の朝日新聞の記事、左が8月の沖縄タイムス。
さらに7月の琉球新報の記事がこれです。
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親富祖恵子先生のお顔と沖縄キリスト教短大の授業風景の写真も載っていますね。

この沖縄キリスト教短大の図書館(沖縄キリスト教学院図書館)に、今日、宇夫方路がお邪魔しました。

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以下、宇夫方女史からの報告です。
11:45 
「父の紹介で、キリスト教学院の図書館へ。沖縄関係のものは収集したいということでおーでぃおぶっく4種類、そして、セロ弾きのゴーシュも含めて5枚お買い上げいただきました。その上、『県立図書館にも、行って御覧なさい、電話入れておくから』と、ありがたいお言葉を頂きました。お昼休みにかかってしまったので、慌てて失礼しました。」


キリスト教学院及び短大の学生さんたちへ。
どうぞ私たちのCDを、聞いてくださいね。そして気に入ったら、是非買ってくださいませ。“おきなわおーでぃおぶっく”は沖縄のあっちこっちで買えますし、“セロ弾きのゴーシュ”は普久原楽器沖縄市本店(沖縄市)か、リウボウFMステーション(那覇市)で買えます。

(なお、2008年7月22日の琉球新報の記事全文が下記から読むことが出来ます。)
http://ryukyushimpo.jp/news…


おきなわおーでぃおぶっくの“儀間進のコラムを読む”の制作がいよいよ始められそうです。
そのご報告をするために、儀間進さんとお会いしました。
17:00
儀間先生はパソコンをお持ちではないので、最近高山正樹が書いた儀間先生についての記事やウチナーグチの記事などをプリントアウトしてお持ちしました。
(ちなみに儀間先生は携帯電話も持っていらっしゃいません。そういうものは持たない、インターネットのようなものもやらないと心に決められたそうです。高山がそれを聞いたら、きっと羨ましがります。)

「拝啓、儀間進先生」の記事に目を通された儀間さんは、「ずいぶん買いかぶられたなあ」と、照れたように笑っていらっしゃいました。
また、沖縄のお年寄りのことを、何と呼べばいいのかについて、比嘉光龍(ばいろん)さんに質問してお答えを頂いた記事「光龍さんからの回答」を読んだ儀間先生、いわく「こんなこと聞かれたら僕は困っちゃうなあ」。

沖縄のお年寄りを「オジイ」とか「オバア」とか、近頃のネットやテレビ、ガイドブックなどでは、みんな普通にそう呼んでいます。でも、これはウチナーグチではありません。いわゆるウチナーヤマトグチです。光龍さんの論を借りれば、ウチナーヤマトグチは一種のスラング、正式の場で使われる言葉ではないということになります。
(ウチナーグチとウチナーヤマトグチの違いについても、いずれきちんと高山正樹がお話しするはずです。)
最近、沖縄の市場などで、初対面のお店のおばあさんに、気易く「オバア」と声をかけるような観光客もいるのだとか、さすがにそれは失礼ですよねえ。

ウチナーグチで「おじいさん」「おばあさん」と言う場合、士族と平民で言い方が違います。おじいさんについては光龍さんの記事にも書きましたが、士族が「たんめー」、平民が「うすめー」です。おばあさんは士族が「ぅんめー」で、平民が「はーめー」。ちなみに士族でも一番上の王族では「はんじゃんしーめー」と言います。
(※今回「ぅんめー」の表記は、光龍さんがインターネット等で使われているものに従いました。)
もちろん、今の沖縄に、琉球王朝時代の階級制度があるわけではありませんが、ご自分の家系がどういうものか意識している方もたくさんがいらっしゃるようです。光龍さんは、できることならばまず相手の方がどう呼ばれたいかを確かめるのがいいとおっしゃいます。
また、沖縄語を話す会の國吉さんは、「たんめー」、「ぅんめー」でいいのではないかというご意見でした。

おじいさんやおばあさんの呼び方ばかりではありません。沖縄語の敬語は、相手がどういう身分・立場かを把握して、厳密に使い分けられなければなりません。言葉によっては発音も違います。士族だけが使う音韻さえあるのです。(これもそのうち高山正樹がお伝えします。)

儀間さんから興味深いお話しを伺いました。王朝ともっともゆかりのある首里のはなしです。
敬語の使い分けは、特に平民が敏感。自分の身分に不相応な敬語で話しかけられるとザワザワと鳥肌が立って、じんましんが出る人もいる。(これは儀間さんのユーモアでしょうか。)
上流階級の人は少々のことは気にしない。特に王族ぐらいに高い身分になると、どんな言葉にでもニコニコと受け答えらされる方が多いのだとか。
ところが、士族でも中流階級ということになると、自分のステータスを守らなければならないから言葉にうるさい。士族に対する礼を失した言葉には見むきもしないという人もいる。
「“たんめー”に向かって“うすめー”といったらつむじ曲げますからねえ」
儀間さんは、こういうことが完全になくなるのには、あと100年かかりますとおっしゃいました。

「ジジイやババアではまずいけれども、僕はオジイやオバアでいいと思うのだけれどねえ」
儀間さんはそうおっしゃって、私たちの大好きな笑顔を浮かべられたのでした。

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おい、立ち話かよ……
(宇夫方路の報告を元に、高山正樹が宇夫方路のフリして書きました。)

儀間進さんの「シマクトゥバ」連載20年の特集記事が沖縄タイムスに掲載されたことは先日ご紹介しました。
http://lince.jp…
今日から、宇夫方路女史は沖縄出張、帰るまでにタイムスに寄って、新聞を貰ってくる予定にしていました。でも、それよりも一足先に、昨日、沖縄語を話す会の國吉さんから記事のコピーを頂くことができました。

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僕たちの大好きな儀間さんの笑顔は、少しも変わらずに健在です。
このインタビュー記事の中で、儀間進さんは、ご自分が日常で触れてきた言葉を連載で取り上げてきたと語っていらっしゃいます。

ちょうど今、儀間さんの初期の文章を読み直しています。そしてたくさんのことをあらためて教えていただいているのですが、今日はその中から、「沖縄のあいさつ語」というエッセイについて、お話ししたいと思います。

このエッセイの中で、儀間さんは、沖縄には毎朝家族同士で挨拶を交わすという習慣がないと述べ、琉球大学の石川清治先生が語られた面白いはなしを紹介しています。

「ある小学校で、お父さん、お母さんに朝のあいさつをしましょう、という事で実践をした。子供たちは家庭で毎朝あいさつをする。一日目、朝起きて、おはようございますと声をかけたら、お母さんがびっくりした。お父さんは眼鏡を落としそうになった。一週間ほどたったある日、お母さんはカシマサヌヒャー(うるさい)と怒鳴った。お父さんはワカトーン(わかっとる)といった。」

さらに儀間さんは、それに続けてこう書くのです。

「よくわかるのだ、そのお父さん、お母さんの気持ちが。(中略)他人行儀な、おはようございますよりも、眼をこすりこすり寝床から台所にやってきて、ごはん まあだ? ときくほうがずっと自然なのだ。」

そして、たしかに沖縄には紋切り型の「おはようございます」のような言葉はないけれど、朝、「オバア」が起きてくれば「ウーキンソーチー(お起きになりましたか)」というし、もし道で目上の人に出会い、その相手が木陰で休んでいれば「イチョーミセーミ(坐っておいでですか)」と声を掛ける、それが沖縄のあいさつなのだと。
(※「イチョーミセーミ」の表記について、コメントを必ずお読みください。)

この話を國吉眞正さんにしました。すると國吉さんも、自らの幼い頃のお話をしてくださったのです。学校へ行く道々、誰かに会えば必ず声を掛けなければならなかった、たとえば畑で芋を収穫している大人がいれば、「お芋をとっているのですか」という、すると相手からは「学校へいくのかい」と返ってくる。もし黙って通り過ぎようものなら、どこどこのあの子は、口もきかずに通り過ぎたといって大変なことになる。だから沖縄では、ちいさな子供でさえ、いつもアンテナを張って、状況を把握して適切な言葉を捜し、臨機応変に対応していたのですよと。
考えてみれば、朝の9時も過ぎているのに、おはようございますではないでしょう。雨が降っているのにgood morningというのもおかしい。状況によって変わる挨拶の言葉、至極あたりまえのことなのかもしれません。

僕自身のことですが、僕は朝起きると、よくカミサンに、「起きたねー」とか、「起きましたか」とか言われます。そう言われた時の感覚をあらためて思い起こしてみるのですが、別段、特に気になったことはありません。しかし、朝はじめて顔を合わせたら、まずおはようございますのあいさつだろう、という風に、もしかしたら心のどこか奥の方で、そう感じていたのかもしれないとも思うのです。

起きたねー?
起きちゃ悪いのか。

坐っておいでですか?
見りゃわかるでしょう。

学校行くのかい?
この時間に小学生がランドセル背負って歩いていれば、それ以外には考えられないだろう……

「ウーキンソーチー」といえば、文化という伝統が背後で支えていてくれるから、その言葉に託された心もちも自然と相手に伝わるのでしょう。しかし、それをそのままヤマトグチに直訳してしまえばギクシャクする、そんな様々な例を、儀間さんは他のエッセイでもたくさん語ってくれています。

今日、この話を、高校3年になる娘にしたのです。

「あのさ、うちのかあちゃんさあ、朝、よく、起きたねーっていうよなあ。」
「うん」
「あれはね……」

娘は大変面白がって僕の話を聞いていました。

「國吉さんに聞いたんだけどね、毎朝母ちゃんが起きたねーっていうのはさ、あれが母ちゃんの挨拶で、あなたたちをちゃんと気遣っているのですよというメッセージなんだ」

僕は洗濯物を干しているカミサンに聞こえるように、わざと大きな声で話をしました。涙腺の甘い母ちゃんは、その時、きっと涙ぐんでいたのかもしれません。
30年近く、ずっと沖縄のことを考え続けていたのに、言葉についてはなぜかとても無頓着でした。もっと若い頃に、今のように言葉に対する具体的な関心が僕の中に生まれていたらと、ちょっと無念な気持ちもあるのです。

そうして儀間さんは、無味乾燥な共通語と、変わっていく沖縄の言葉の双方へ、たっぷりと皮肉を込めて、このエッセイを結んでいます。

「沖縄口のその場その場に応じたあいさつが消えて、どんな場でも一語ですますことのできる、共通語のさよなら、おはように代わったのも無理もないと思う。型があるというのは、何より手軽で便利であるから」

おきなわおーでぃおぶっくの、儀間進のコラムを読むという企画は、今日ご紹介した「沖縄語のあいさつ語」というエッセイから始めることに決定しました。

《追伸》
昨日、楠定憲氏は自分の家だってそれと同じだったと語りました。いつだって親父は、おお起きたかとしか言わなかった。「おはよう」なんて、家庭で交わした憶えがないと。
さて、これは楠さんの家庭に限ったことだったのか、あるいは彼の故郷、四国の香川全体にいえることだったのか、それは定かではありません……

「沖縄の挨拶」その《2》へ

月に2回の“沖縄語を話す会”に、今日もお邪魔しました。
國吉眞正さんと船津好明さんから、とてもたくさんの貴重なものを頂いたりお預かりしたり。
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ひとつひとつについて、お話したいことがたくさんあるのですが、相変わらずやらなければならないことが山積みで、すぐにご報告というわけにはいきそうにありません。
落ち着いて、
ウチナーグチ講座のように、ぼちぼちとご披露していこうと思っています。

たくさんのお土産は「お宝」でもあり「宿題」でもあり、それらをカバンいっぱいに詰め込んで、大崎から吉祥寺に向かいます。

吉祥寺は、今、沖縄の町といってもいいほど、沖縄の方たちが多く住んでいたり、沖縄の居酒屋がたくさんあったりするらしいのですが、でも今日は時間が無いので、街をゆっくり見る暇も無く、まっすぐに前進座劇場へ。

急ぎ足。自然と斉藤哲夫の懐かしき歌を、心の中で口ずさんでいます。

♪きちじょーじからー みなみへおりてー…
♪ちきちきちーきちじょーじー、ちきちきちーきち きちきちきちじょーじー……

劇団コーロ。“ハンナのかばん”
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ユダヤ人少女ハンナ・ブレイディのかばんには、ホロコーストの真実が詰まっている。
ユダヤをめぐる現況は、そう単純ではありません。でも、「今、何故ホロコーストなのか」、そんなありがちな質問をする気もありません。ただ、歴史に学ぶことが、対立を持続するためにあるのだったら、歴史など忘れ去ってしまったほうがいい。

僕は、島尾敏雄氏が1972年に書いた「大城立裕氏芥川賞受賞の事」という文章の一節を思い出していました。
(1972年ということは、斉藤哲夫「吉祥寺」の前年ですね…)

「彼(大城立裕)の目がひとつではなく、いわば複眼の構造を持っているということだ。小説の表現の世界で期待できるのは、この複眼の構造ではないだろうか。(中略)つまり『カクテル・パーティー』に登場するそれぞれの人物は、それぞれが被害者であると同時に加害者でもある条件を背負っている。作者が、そのところに目を据えている姿勢を、私ははっきりと読みとり、そのことに読後の充実を味わうことができた」

今ユダヤの人々は、ホロコーストの経験を、未来へ向けて、どのような精神的遺産として位置づけていこうとしているのでしょうか。
そして“ハンナのかばん”を演じる俳優の皆さんたちは、ハンナのかばんの中身に、どのような関心を寄せているのでしょうか。さらには、それはどれほど切実な関心なのでしょうか。できることならば、この舞台が終った後も、ずっともち続ける関心であって欲しいと願うのですが、しかし役者とは因果なもので、次々と新しい興味に乗り換えることができなければ、どうもやっていけない職業でもあるようです。

島尾敏雄氏は、さらにこう述べています。

「(大城立裕氏が)『沖縄のもっている荷の重さ」と書いた琉球弧を、文学的な複眼の構造で見た場合、それは言い知れぬ豊饒な母体として写ってくるのを私は払いのけることができない。しかし(中略)その母体を享受することのできる者が、限られていることも、どうしようもないことに思う。でも大城氏の場合は明らかにそれを手に入れている。琉球弧は内発的な表現力を生み出す母体として彼の前に横たわっている。彼はただ手をのばしてつかみとりさえすればいいのだ。
私は琉球弧の中の奄美に十二年も住んできたが、その条件が私の内面にわかちがたくはたらくところまで、まだたどりつけないでいる。ひとつのかすかなのぞみは、奄美の土着の世界への尽きない関心を失っていないことだ。」


劇中、白石准ちゃんが生演奏でピアノを弾いたのです。そのことを語ろうと思っていたのですが、それを語るならもっと適任の方々がいるように思うので、僕は遠慮することにしましょう。
http://juninho.blog…

終演後の、御主人様が去ったあとのピアノ…
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朝から何も食べていなかったので、有名な“いせや”へ。
劇団あとむの面々。
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楠さんと、織田さんと、大女優改め天才の…
やーめた、また名前変わるかもしれないから、今度会ったとき名前変わってなかったら紹介するね、今ちゃん。

(ちなみに、youTubeの斉藤哲夫「吉祥寺」に“いせや”が出てきます。)



7月12日日曜日: にんじんしりしりー考

今日の朝食。
ソーキ汁と「にんじんしりしりー」。
ソーキ汁と「にんじんしりしりー」

「にんじんしりしりー」は、先日、県民ショーとかいうテレビ番組で、沖縄の定番として紹介されらしいですね。
普通は卵と炒めるのですが、今日は鶏の卵じゃなくて鱈の卵、要するにタラコをまぶしてみました。

ちなみに「にんじん」はウチナーグチで“ちでーくに”といいます。
だからといって、「ちでーくにしりしりー」と言わなければダメだなどとは申しません。

では、「しりしりー」とは何ぞや。

例えばはなまるマーケットのサイトでは…
「しりしりーって『すりおろす』って意味なんです」
とか書いてある。

また別のサイトでは…
「『しりしりー』というのは、『すりすり』という意味のうちなーぐち(沖縄方言)です。例えば、『誰かの頬にすりすりする』というのは、うちなーぐちでは、 『しりしりする』と言います。」

まあ、目くじら立てるのも大人げないのですが、人参をすりおろしちゃっては「にんじんしりしりー」にはなりません。キンピラの人参より、もっとずっと太く切らなきゃ、あのシャキシャキ感がなくなってしまいます。
沖縄の家庭には大概常備されている「しりしり器」(穴が大きいスライサー)に人参を擦りすけると、確かに「しりしりー」という感じがします。しかし我が家には「しりしり器」が無いので、カミサンは普通に包丁で切ってます。ちょっと時間が余計にかかるというだけのこと。つまり、うちではしりしりーしないで「にんじんしりしりー」を作るのです。
(もはやそれは「にんじんしりしりー」ではない?)

「しりしりー」は「すりすり」のことだというのは間違いないと思いますが、「しりしりする」をウチナーグチだと言ってしまうのはどうなんだろう。元来「~する」というウチナーグチはない。「~する」の「する」はウチナーグチ(首里※)では「シュン」なのですから。
では、「しりしりーしゅん」がウチナーグチとして成立するのかどうか、今度の沖縄語を話す会で聞いてきますね。
(※コメントをお読みください。8/2日追記)

日本語は極めて豊かな擬態語を持っているといわれます。ウチナーグチも同様。ウチナーグチと日本語の擬態語や擬音語を列挙比較して、その感覚の違いを考察する研究なんて、すごく興味深そうです。

ともかく「にんじんしりしりー」とは、比較的新しい言葉なのでしょう。だって「しりしり器」のようなスライサーがなければ、この「しりしりー」という感覚は出てこないと思われますから。

いずれにしても「にんじんしりしりー」という言葉は、「うちなーぐち」ではありません。これは「うちなーやまとぐち」の範疇です。

異論歓迎。
また新たな情報があれば、コメントにてご報告します。
(高山正樹)

まずは…
過去の記事を加筆更新しました。
沖縄語を話す会夏の宴(7/4)

一昨日、昨日、そして今日、三段落ちの猫。
なんと無防備な。
籠の外で寝る猫(一郎)
籠から出しても、どうやら君たちは、野良にはなれそうもない。

横目で猫を見て、こいつら幸せなのか不幸なのか、そんなことを考えながら書斎に入る。

ウチナーグチの音韻について、そのうちきちんと体系的にまとめてご説明しますなどと、春ごろ、このブログに書いた。
http://lince.jp/hito/okinawamap…
しかしながら、言語学をきちんと勉強しなければ、なかなか無責任な説明などできないことが分かってきた。

『沖縄語辞典』の「母音音素」の説明の中に、こういう記述がある。
「発音のしかたは大体標準語のそれに近いが、uは円唇母音であり、oは標準語のそれと同じ、ないし、わずかに広めである。」

なんとも厄介である。
円唇母音とは唇を丸くする、要するにちょっと口をとんがらす感じだろうか。ならば「標準語」はとんがらさないのかといえばそうでもない。例えば江戸っ子の無声音、寿司の[su]の[u]は、ほとんど平べったい口のママ出す[u](非円唇母音)だが、関西人が「すし」と言えば、ちょっと粘った有声音の「su]となって、この場合は明らかに円唇母音である。
明石家さんまが「すし食った」と言ったならの記事

沖縄語を話す会の勉強会で、ネイティブな沖縄の方が、ヤマトンチュの喋るウチナーグチは何だか違うとおっしゃっていたが、たぶん、こうしたわずかな違いが、その方の違和感の正体なのだろう。そう思うと、ちょいと絶望的になる。

沖縄語を覚えるのに、なにも言語学など必要ではない。わかっちゃいるが、小生、こういうアプローチをしなければ気がすまない。他にもそういう性質(たち)の人たちが、少数だとしてもきっといるに違いないと、そういう御同輩に満足いただけるような説明をするために、もう少し頑張って勉強してみようと思っている。

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まず、M.A.P.after5うちなーぐち講座《1》の記事をお読み頂きたい。
http://lince.jp/hito/okinawamap/benkyoukai…

ヤコブソンの「一般言語学」の中に、こんな記述を見つけた。
「私が子供のとき見た変化を例にとると、標準ロシア語の母音のパターンに一つの顕著な変化が起こった.無強勢の、特に強勢のある音節の直前の位置で、/e/と/i/の二つの音素は、モスクワで私の祖父母の世代には区別されていた.私どもや、もっと若い世代のことばでは、この二つの音素は、一つの/i/になってしまっている.中間の世代、すなわち私どもの父母の世代では、この区別は任意的である.(中略)たとえばわれわれは、保守的に話すときは昔風のことばを使う.モスクワのロシア語で、私どもの父母の世代は、親しい間のおしゃべりでは、強勢のない/e/と/i/を区別しなかった.二つの音素を融合させてしまうという、新しいやり方をするのは、実際の年齢よりも若く見られるためである.」

ウチナーグチを考えようとする者にとって、実に興味深い記述ではないか。ヤコブソンは、ただ単にエピソードを語っているわけではない。彼はここから、文化の構造の全貌を、言語という地平で解き明かそうとするのである。

例えば、今ここでご紹介する余裕も能力もないが、ヤコブソンの「失語症」に関する考察は、ウチナーグチと大和の言葉の間に起きたダイナミズムを考える上で、極めて示唆に富むように思われる。そこに、個別の歴史という特殊性を重ね合わせた時、失ってはならぬもの、回復しなければならぬもの、変わっていっていいものを峻別する可能性が開けるのではないかとさえ思うのである。

ああ、この書斎に篭っていると、これが会社のブログであることを、すっかり忘れてしまう。頭を冷やして、少しばかり限定的な話をしよう。

やはりヤコブソンの「一般言語学」から。
「発生的には相対的な広さと狭さで対立し、聴覚的にはエネルギーの高度集中と低度集中(集約/拡散)で対立する口蓋母音は、若干の言語ではある位置では[ae](発音記号のaとeのくっついたやつのつもり。)―[e]で、他の位置では[e]―[i]で具現され、したがって、同じ音[e]が、ある位置では拡散の項を具現し、ある位置では同じ対立の他方、すなわち集約の項を具現することになる.双方いずれの位置においても、関係は依然として同一である.二つの開口度、これに対応して二つのエネルギーの集中度(最大度と最少度)が、双方いずれの位置においても対立している.」

ちょいとウチナーグチからズレるかなと思いながら、僕は、書斎の中で、まるでお経のような声を出してみる。
「あ」から「い」に向かってだんだん音を変えていく。しかし、なかなかうまくいかない。なぜなら、「い」に比べて「あ」は、舌の位置が奥の方にあるからだ。そのことを理解して、口の形を変えながら、舌をだんだん前に移していくことを意識するとうまくいく。しかし、その間に「え」の音は聞こえてこない。
今度は、「あ」を発音したまま、まず舌を前の方に移してみる。すると[ae](発音記号のaとeのくっついたやつのつもり)の音になるではないか。そして、この日本語にはない[ae]から「い」に向かってだんだん音を変えようとしてみると、意外に簡単に出来る。舌はそのまま、唇を、ただ横に拡げていけばいいだけである。そして、[ae]の音は、きちんと途中「え」を通過しながら「い」の音にたどり着く。つまり、「え」と「い」は、舌の位置が同じ位置(前)にあるからだ。「あ」から「い」に移動した時は、ショートカットしてしまったために、唇の横の広がりが「え」と同じ時、舌の位置は、まだ「え」よりも奥にあったというわけである。

口を横に拡げる、それはイコール舌の位置が下から上に上がっていくことと同じ(厳密にいえば違うのだが)。要するに、「え」と「い」は近しい関係。「え」の時の舌を、上に上げると「い」になるのだ。「お」と「う」も同じ関係にある。「お」の舌の位置を上げれば「う」になる。これを「上舌化(高舌化)」、」という。ウチナーグチは、かつてこの「上舌化(高舌化)」が起こったというのが定説である。「雨(あめ)」が「あみ」に、「雲(くも)」が「くむ」に。
これを、ヤコブソンが示したロシアの事例([e]→[i])を比較すると、とても興味深い。

それにしても、ローマン・ヤーコブソンの「一般言語学」という本は、20年以上も前に、文化人類学や構造主義の本を読み漁っていた頃に買ったもの、まさか今になってまたこの本を開くことになろうとは。しかし、あまりにも難解に過ぎる。近いうちに、もう少し簡単な言語学の本を、見つけてこようと思っている。でないと、生きているうちにウチナーグチをマスターすることなど絶対にできない。

しかし、こういう性格なのです。許してください。

7月 5日日曜日: 一本ゴーヤー

昨日、沖縄語を話す会で頂いたゴーヤーの苗です。
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沖縄語を話す会では、ゴーヤー談義に花が咲きました。

「一本ゴーヤー」という言葉があるのだそうです。
一本の苗で60個のゴーヤーが成るから、一本で十分だということ。
「何本も植えちゃいけないという意味かと思ってた」というご意見も。
確かに一本の苗で60個も成るんじゃあ、近くに植えないほうがいい。何本も植えちゃいけないというのも間違いではなさそうです。

ゴーヤーは連作しちゃダメだというが、そんなことはない。きちんと土を返して肥料をやれば大丈夫。その話を伺いながら、土地を耕すことなどせず、一年休ませて自然に回復するのを待って、そしてまたゴーヤーを植える、昔はどこでもそうだったのかなと、思ったりしました。

棚を作らず、スイカみたいに地面を這わす地ゴーヤーというのもあるとか、熟れて赤くなったゴーヤーは甘いのだとか、ゴーヤーのワタの天ぷらがおいしいとか、ゴーヤーの話は、まだまだたくさんありそうでした。

さて、頂いたゴーヤーを大切に育てて、私たちはいったいいくつ収穫できるでしょうか。
でも、

サボテンも枯れるという事務所、大丈夫かな。

2日後のゴーヤーへ

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ウチナーグチの勉強は小休止。
大崎の沖縄語を話す会、その“夏の宴”です。
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何人かの方の御挨拶やお話は、もちろん全てウチナーグチです。
我々の理解度は…
國吉眞正さんの主宰者挨拶:高山10%、宇夫方10%
 船津好明さんの柳宗悦に関する話:高山90%、宇夫方10%
 Yさんの御挨拶:高山3%、宇夫方10%
 演芸大会の沖縄芝居のせりふ:高山0%、宇夫方0%
 雑談:高山93%、宇夫方95%
  (時々顔を出すウチナーグチが分からない)
 乾杯の音頭(かりー):高山0%、宇夫方100%
  (要するに知っていたかどうかの違い)


でも、この「かりー」、昭和38年に国立国語研究所が出した「沖縄語辞典」には載っていませんし、「乾杯」という意味のウチナーグチ自体が、この辞典には全く見当たりません。

比嘉光龍さんは、琉球新報の『光龍ぬアハー!うちなぁぐち』というコラムで、次のように書いています。
「『嘉例(かりー)』は日本語の『かれい』から来ているらしく、意味は広辞苑に『めでたい先例』だとある。」
「これが乾杯の意味で使われだしたのはどうやら戦後のようで、うちなぁの経済界の有志たちがはやらせたようだ。」
「うちなぁぐちには『乾杯』に当たる言葉がなかったようだ。」


なるほど、してみると、やっぱり「うちなーぐち」と「うちなーやまとぐち」の線引きは、なかなか難しいですね。

するとまた、日本における乾杯の起源が知りたくなりました。
取り敢えず、こんなサイトを見つけました。
http://www.uraken.net/zatsugaku…
真偽のほどは、各自でお調べくださいませ。

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電話で話しているアメリカ人に、今からそっちに行くという事を伝える時、I'm coming. といいます。決してI'm going. とはいいません。英語のgoとcomeを、日本語の「行く」と「来る」だと思ってしまうのが間違い、goは離れる、comeは近づく感じだと思えばいいでしょう。私があなたに近づくのだから、comeが正解です。

駅に着いたら生憎の雨、家にいる沖縄出身のカミサンに電話をして、傘持って迎えに来られるかどうか聞いてみる。すると、「来れる」とか「来れない」とか、一見まるで幼児の鸚鵡返しのような(それも「ら」抜き言葉で)返事が返ってきます。でも考えてみると、これって英語のcomeと同じではありませんか。ただ、その「来る」という感覚の背景に、英語と同じ「近づく」イメージがあるのかどうか、それは定かではありません。かみさんに聞いても、「わからんさー」とツレナイお答え。
さて、ウチナーグチでは、こういう場合どういうのだろう。そこで、こういう時は、“沖縄語を話す会”の國吉眞正さんに伺うしかないと、ご迷惑を顧みず、質問のメールを送ってみたのです。

國吉眞正様
まことに恐縮なのですが、次の文章を、うちなーぐちに翻訳してはいただけませんでしょうか。

1:「あした、うちに来れる?」
2:「行けたら行くよ」
(うちの女房は「来れたら来るさ」言います。)

3:「あした、海に行ける?」
4:「行けたら行くよ」
(この場合は、うちの女房も「行けたらいくさ」と言います。)

何とぞご教授のほど、よろしくお願いいたします。


すると、國吉さんは早々に回答メールをくださいました。

はいさい、高山さん。
むちか(難)しー質問やいびーさやー。

1:あちゃ(明日)ー、わったー(我達)やー(家)かい、く(来)らりーみ。
2:いー、く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ。
※この頃は、まぎらわしくなったので、私は「いー、い(行)かりーねー、い(行)ちゅさ。」
と言っております。

3:あちゃー(明日)、うみ(海)かい(い)行ちゆーすみ。
4:「いー、いかりーねー、いちゅさ。」

しかし、沖縄人の思考のプロセスというか、この分野を調べると何かが分かりそうですね。(笑)


國吉さん、ありがとうございました。
本当ですね、「ち(来)ゅーさ」は、うちなーんちゅの、どういう精神のあり方と結びついているのでしょうか。とても興味があります。それを理解した時、はじめてこの言葉の使い方の大切さが見えてくるのだと思います。

「沖縄語」と「日本語」は、やはりかなり近しいので、「ち(来)ゅーさ」と「行くよ」のような食い違いは、どうしても居心地が悪くて、修正したくなってしまうものなのかもしれません。しかし多勢に無勢、こういうとき、いつだって変わってしまうのはウチナーグチのほう。しかし、もしこの違いが、文化の個性と密接に関係しているのだとしたら、「come」と「行く」と同じように、差異は差異として残しておくことの方が望ましいのではないでしょうか。

いずれにしても、「来(ら)れたら来るさ」はやはり間違い。日本語を使うなら「行けたら行くさ」と言わなきゃね。
「く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ」と「行けたら行くさ」を使い分けられてこそ、「沖縄語」と「日本語」の真のバイリンガルだといえるのではないでしょうか。
バイリンガルとは、二つの文化を知る人の謂いなのですから。そして、二つの文化を相対的に獲得できた時、沖縄も日本も、より豊かになれるのだ思うのです。


インターネットの情報に疲れています
検索エンジンのシステムがブラックホールというのも頂けません。

ところで、M.A.P.after5はなんでもかんでもごちゃ混ぜのおもちゃ箱、そこからやがてピックアップされ、カテゴライズされた情報を、暫時Officialなサイトに公開していくという、当初の基本方針は変わりません。
http://lince.jp/hito…
(おまけ⇒http://lince.jp/mugon/shounin…

しかし、その元ネタは、やっぱりきちんとしたものでありたいという至極当たり前のことを、あらためて気をつけていこうと思っています。

だから、このところ、毎日勉強です。
勉強中

そういう姿勢を理解し応援してくださる方々もいらっしゃるわけで、ありがたい限り、國吉眞正さんから、このような本が届きました。
「沖縄語の表記について」
表記の統一と沖縄文字の導入(ご提案)
沖縄語の表記について

國吉さん。ありがとうございました。
一生懸命、でも楽しんで勉強しています。

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高山正樹 Masaki Takayama
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