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《One Break》
昨年の3月21日以来、ほぼ10ヶ月ぶりに沖縄語音韻講座を再開します。いよいよ本編です。
まずはア行から。
同時に、声門破裂音のア行も説明しましょう。
沖縄語の「あ・い・う・え・お」には声門破裂音とそうではないのと2通りあるということは、10ヶ月前の記事で書きました。
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上段が声門破裂音をともなわない音で、下段の赤文字が声門破裂音です。[ʔ]は声門破裂音を表すIPA表記です。この[ʔ]の有無が「弁別的な機能を果たしている」ということが、沖縄語の特色なのだということも書きました。
まず、10ヶ月前の記事をお読みください。
 ⇒声門破裂音について【沖縄語音韻講座プロローグ(5)】
厳密に言うと、声門破裂音と区別するために、声門破裂音でない音には、その前に[’]を付けます。
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沖縄語50音表のア行は、この2行で確定です。

日本語にも、声門破裂音の「ʔあ」「ʔい」「ʔう」「ʔえ」「ʔお」と、そうではない「’あ」「’い」「’う」「’え」「’お」の両方の音が存在しているのだけれど、どちらを使っても言葉の意味が変わることはないので、意識して使い分けられることもなく、したがって表記は弁別性のない「あ」「い」「う」「え」「お」の一通りしかありません。従って、聞き分けることもしません。

しかし、沖縄語の場合は、声門破裂音かそうでないかによって、意味が変わってしまう単語があります。

「ʔうとぅ」:音、「’うとぅ」:夫
「ʔいん」:犬、「’いん」:縁
「ʔおーじ」:扇、「’おーじ」:王子
……etc.

これが「弁別的」ということであって、従って正しい沖縄語を習得するためには、どうしても声門破裂音を自由に使い分け、聞き分けられなければならない、というわけです。

この声門破裂音を具体的に理解するために、我々が無意識に発音している母音が、いったいどういう時に声門破裂音になり、またどういう時にならないのかを、実際に実験してみたいと思います。
まず、「あ」の一音だけ単独に発音してみてください。欠伸をしながらとか、息遣いの荒い状態であるようなことがなければ、その「あ」は、きっと声門破裂音です。「い」も「う」も「え」も「お」も、一音だけ発音すれば声門破裂音になるはずです。
次に「あいうえお」をひとつの単語であるかのように、「あいうえお」と、一気に続けて声に出してみてください。その場合、きっと最初の「あ」だけが声門破裂音で、後に続く「い」「う」「え」「お」は破裂しない音で発音されているはずです。
この実験でわかることは、日本人が普通に発音する場合、語頭の母音は自然に声門破裂音になり、語中の母音は声門破裂音にはならないということです。

沖縄語でも、単語の途中に声門破裂音が現れることはありません。ということは、声門破裂音の「弁別的」な問題は、単語の最初の一音だけに着目して、それが声門破裂音ではない場合だけを意識していればいい、なぜなら、それ以外は、日本語と同じだから、ということになりそうです。

そこで、新沖縄文字を考案した沖縄語を話す会の船津好明先生は、声門破裂を伴わない音の方にだけ、新しい文字をあてがいました。以下が新沖縄文字を使ったウチナーグチ50音表の、ア行の部分です。
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上段の赤文字が声門破裂音(ということにしておきましょう)。下段が声門破裂を伴わない母音です。
「あ」には、声門破裂音ではない新しい文字はありません。それは、声門破裂音ではない「あ」が語頭にくる単語が、沖縄語にも存在しないからです。
また声門破裂を伴わない「お」の音には、新字ではなく既存の「を」の字を船津先生は充てられました。
※しかし、「を」と表記しては[wo]と発音されてしまう惧れがあり、この船津先生の選択に、僕は疑問を持っています。それについては下記記事を是非お読みください。
 ⇒「うちなーぐち講座《2》の2」

さて、僕自身が学習者としてこの新沖縄文字を実際に使ってみて、このア行に関して、少し戸惑ったことがありました。それについて、補足説明が必要であるように思います。

繰り返しますが、声門破裂音は語頭にしか現れません。単語の中間で現れる母音は、すべて破裂しない音です。
しかし、新沖縄文字の表記法では、語頭に破裂しない母音が来た時だけ新文字を使うというのがルールです。それ以外はすべて、つまり語中の破裂しない母音に対しても、見慣れた通常の仮名文字を使って表わすのです。

実際には、「あ」にも声門破裂音とそうでない音が存在するのですが、しかし文字はひとつです。それは先に述べたように、単語の頭に声門破裂音ではない「あ」が来ることがないからなのです。

当初僕は、音と文字が1対1に対応していないことに、大変戸惑いました。しかし今は、それで新沖縄文字に不備があるとは思っていません。新沖縄文字は、日本の仮名文字に慣れた方々が、できるだけ負担なく沖縄語を学べるアイテムとして開発されたものですから、論理的整合性よりも現実的な使い易さを優先することは正しいし、それこそが他の言語学者の方々が考案した表記法と、新沖縄文字が一線を画しているところで、だからこそ沖縄で沖縄語を守ろうとする多くの人たちから歓迎され、採用され始めている理由なのでしょう。

しかし、にもかかわらず、あえて指摘させていただきたいことがあります。

再度、上の新沖縄文字の50音表を見てください。下段の赤文字は「声門破裂音ではない音」ですが、それに対して上段は「声門破裂音」なのかというとそうではなく、「弁別性のない表記」というのが正しい説明でしょう。「声門破裂音」であることを強調する必要はないという判断があるようです。なぜなら、通常日本語を使っている学習者は、特に意識しなくても、「声門破裂音」については正しく発音するであろうということが、暗黙のうちに期待され信じられているからだと思うのです。確かに、実験結果はそれを裏付けているようにも見えます。

しかし、果たしてほんとうにそうでしょうか。

「あなた」という単語を、単独に発音すれば、いわゆる「標準語」を使う日本人は、語頭の「」は自然と声門破裂音になります。しかし単語は、一連の文章の中で使われることの方が多いのです。
「わたしと、なた」
句読点「、」でワンブレイクを入れれば、「あなた」の「」は声門破裂音のママでしょう。
しかし……
「わたしとなた」
……と続けた時、「あなた」の「」は途端に声門破裂音ではなくなってしまいます。

単独で「とぅ」を発音すれば「ʔうとぅ(音)」になります。一方「’うとぅ」を単独で発音するのはなかなか難しい。かなり練習を要します。
しかし、文章になるとどうでしょうか。
例えば「うるさいとぅ」と言ってみましょう。声門破裂音は意識しなくても大丈夫だという期待が正しければ、「うるさいとぅ」は「うるさい音(ʔうとぅ)」になるはずです。しかし結果は逆です。続けて発音すると「’うとぅ」になります。「うるさい音」と言っているつもりが「うるさい夫」になってしまうのです。

つまり、文章の中間で使われる単語については、破裂しない音よりも、むしろ声門破裂音にこそ気をつけなければならないということなのです。

この問題にしばらく僕は困っていました。しかし、母音が頭にある単語が出てきたら、無条件にその単語の前にワンブレイクを入れて話せば、この問題はクリア出来るということに、最近気が付きました。そしてこれにはさらに想定外のうれしい発見があったのです。
母音から始まる単語の前にワンブレイクを入れ、破裂音を意識して発音すると、自然と単語の頭の母音が強調されます。それを母音から始まる単語の全てで行うと、沖縄のネイティブな人たちの雰囲気が出てくるのです。そのコツがわかれば、標準語の文章でも沖縄の人っぽく話すことができるようになります。これはいったいなぜなのでしょうか。

僕はこう考えました。
「沖縄語は声門破裂音かそうでないかによって意味の違う単語があるために(あったために)、声門破裂音をより強調して発音するという傾向が昔からある。たとえ標準語を喋っている時でも、沖縄の人の身体に染みこんだこの沖縄的発音の傾向はそのまま残っている。」
この発見に僕は最近益々確信を持ってきました。

今現在、新沖縄文字を使って沖縄語の勉強をしているのは、殆ど沖縄の人たちです。その人たちが、文章途中の声門破裂音に苦労しない理由も、ここにあるのではないかと思うのです。つまり、沖縄の人たちは、母音が頭にある単語が出てくると、無意識にわずかなブレイクを入れているのです。

しかしながら、それをするためには、文章の中でどこが単語の頭なのか、それが判断できなければなりません。しかし、沖縄語初心者にとっては、それがなかなかむずかしいのです。
従って僕は、単語の頭の母音については、声門破裂音にも専用文字を充てて欲しい、と思っているのです。そうなれば、新沖縄文字は、ますます沖縄語習得に便利なグッズになるでしょう。数少ないヤマトゥンチュのユーザーの意見ではありますが。

さて、船津先生は如何お考えでしょうか。



沖縄語の音韻講座を始めから読む

『沖縄大百科事典』の「琉球方言の子音」の項において、「琉球方言の子音の特徴」として、第一番目に声門破裂音(glottal stop)の[ʔ]があることを上げています。
ʔ は、声門破裂音を表すIPA表記(国際音声記号)です。
(以下、青字は『沖縄大百科事典』より引用)
「ʔは語頭に立ち、母音や半母音w、jの直前に位置する」

まず半母音について確認をしておきましょう。
上の分の中の[j]は、ローマ字でいえば[y]のことです。半母音については、前回の音韻講座でもちょっと触れましたが、音声学的にきっちり説明しようとするとけっこうややこしいのです。でもここでは、子音だけれども他の子音とはちょっと違って、母音的な正確を併せ持つ子音である、くらいにで事足りるのではないでしょうか。例えば[wa]ですが、これ[u]と[a]を、すばやく連続して言った感じじゃありませんか。[ya]は[i]と[a]、[yu]は[i]と[u]みたいな感じ。だから[ya]は母音的であり、従って、その前に別の子音が来ることができるというのです。[r]が付けば[rya](りゃ)、[n]が付けば[nya](にゃ)とかいう音になるわけですね。

そこで、ʔ(声門破裂音)に話を戻しましょう。先の文章の「母音や半母音w、jの直前に位置する」の意味は、まず母音の「あ・い・う・え・お」と、子音の「わ」と「や・ゆ・よ」の前にʔがくっつくことがあり、くっつくと、それらの音が声門破裂音になるということです。
さて、では声門破裂音とはどういう音なのでしょうか。これまでも、何度も苦しい説明をしてきました。

FM世田谷に出演した時は、さっぱり分かりませんという話をしました。
儀間進さんはウッと荷物を持つ時のように喉仏の下あたりに力を入れるとおっしゃいました。津嘉山さんは[ʔwa]を言う時、「う」と「わ」を一緒に言うのだとおっしゃっていました。
ちょうど一年前には少し言語学的に説明してみました。

あんまり参考にしたくないWikipediaですが、そこには「子音の類型の一つ。閉じた声門が開放されて起こる破裂音。咳をする直前に感じられるような声帯の締め付け具合から一気に息を出したときに出る音。」となっています。
まあ、いくら文章で書いたって、よく分かりませんよね。

さて、次に「ʔは語頭に立ち」ということは、必ず単語の頭で使われ、単語の途中に現れることはないということです。そして、母音や半母音から始まる単語には、ʔが付く言葉と、ʔが付かない言葉があるよということをいっているのです。

「この音声が弁別的な機能を果たしているのは、日本語のなかで琉球方言だけである。」
さて、これはどういう意味なんでしょうか。これは日本の中で沖縄の言葉だけに声門破裂音があって、他の地域にはないということを表現しているのではありません。他の地域では、ʔが語頭に付こうが付くまいが意味は同じだが、沖縄の言葉の場合はʔが付くか付かないかで意味が変わってしまう場合がある、ということなのです。それが「弁別的」という意味です。
 ⇒(参考記事)音韻と音声の違いについて

さて、一応、声門破裂音については今日のところはこのくらいにして、前回の50音表(もう50音ではありませんが)に、声門破裂音の行を付け加えてみましょう。
声門破裂音があるのは母音と半母音の[y]と[w]です。

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さあ、これでとりあえず準備完了。次回からは、いよいよ音韻講座の本編です。でも、今日のこの50音表が完成形なのではありません。、本編の中で、さらに修正していかなければなりません。沖縄語の音韻講座、本編(1)【ア行】へ

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前回(第3回)の喜多見で沖縄語を話す会は、去年の12月3日、事務所の小部屋でやりました。
12月14日、アサヒタウンズに紹介記事が掲載されると、多くの方からお問い合わせがあり、12月25日の忘年会を兼ねた“金城さんの沖縄料理を食べる会”をご案内したところ、たくさんの方にお越しいただきました。

そして本日、今年最初の“喜多見で沖縄語を話す会”の日がやってきました。
大盛況です。この短い期間でこんなふうになるなんて、きっとこれが「うちなーぐち」の力なんですね。
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ところで、M.A.P.after5ウチナーグチ講座のほうがちっとも進んでいませんなあ。
ということで、ここらでちょちょいと半母音のお話を。

【沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)】
沖縄語の音韻講座を始めから読む
半母音も、言語学的に突き詰めればなかなか難しく、様々な考え方、説明の仕方があるようですが、ここでは日本語と沖縄語を考える上で必要なことだけ、簡単に説明いたします。厳密じゃないと怒らないでくださいませ。
日本語の母音は、あ・い・う・え・お の五つ。それに子音(k・S・T……)がくっついたものがあって日本語の音が出来ているわけですが、その子音と思しきものの中に、半母音がふたっつ混ざっています。それがWとYです。
この2個の子音が他の子音と違うところは、このWとYは、母音と他の子音の間に挟まって機能する場合があるということです。例えば、ひゃ(hya)とか、びゅ(byu)とか。
この母音と子音の間に挟まる[y]については、日本語と沖縄語に特に違いはないので、もう忘れてください。しかし[w]の方はそうはいかない。日本語の50音表には、母音と子音に挟まる[w]は見当たりませんが、沖縄語にはあるのです。それが[kw]と[gw]です。

そこで、前回の沖縄語の音韻講座プロローグ(3)の50音表に、この新たな2行を加えることにしましょう。

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この日の川岸さんのお土産、シークァーサー。
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さあ、これで沖縄の50音表が完成して、いよいよ音韻講座の本編に入れるのか、と思いきや、そうはいかないのです。
母音と子音に挟まれない場合の、つまり他の子音と同じ使われ方の[y]と[w]と、本来の母音と、こいつらが、沖縄語の音韻において、もっとも曲者なのです。結論から言うと、この沖縄語における半母音と母音は、それぞれ声門破裂音とそうでない場合とを分けなければいけないのです。

「あぬ うとー うとぅ うっちょーん」(あのご主人は評判がいい)
「うとー」「う」は破裂しない。「うとぅ」「うっちょーん」「う」は破裂する。

富久さんの頭も、破裂寸前です。
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声門破裂音については次回に詳しく。
沖縄語の音韻講座、プロローグ(5)へ
とりあえず声門破裂音のサブカテゴリーだけ作ってみました。
今日もあっちへ脱線、こっちに転覆。そのあたりは五味さんのブログへ。
 ⇒この日の五味さんの記事 

そういうわけで、肝心要のお勉強の方は、たったふたつの構文を習っただけで終ってしまいました。
うちなーぐち講座《8》

くれー、ぬーやが。(此れは何?)
くれー、ムーチーやん。(此れは餅だ)

くれー、ぬーやいびーが。(此れは何ですか?)
くれー、ムーチーやいびーん。(此れは餅です)
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金城さんが作ってきてくれました。間もなく鬼餅(ムーチー)。初孫ができたので、皆さんに配るためにいっぱい作ったんだって。
くゎっちーさびたん。(ごちそうさまでした)
(※あれ、「くゎ」じゃなくて「くぁ」じゃないのかって?そうなんです。「くゎ」って書いたり「くぁ」って書いたり、色んな人が色々な書き方をしているのです。これが沖縄語の表記問題です。それを何とかしようというひとつの提案が「新沖縄文字」なのです。)

金城さんの沖縄料理を食べる会
“喜多見で沖縄語を話す会”の忘年会 の日です。
前回の、夏の“食べる会”の記事へ

なんてったって主役は金城さんが作った料理です。
まずはてびち。野菜はレタス。これが旨い!
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注:「てびち」については、本記事の後ろをお読みください。

ミミガー(左下)とターンムディンガク(田芋田楽)
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定番のラフテー。
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元々は沖縄の保存食でした。えっ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、煮込んで煮込んで溶け出したラードがミソ。
その秘密をお知りになりたければ、古波蔵保好・著「料理沖縄物語」がお勧めです。
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そしてお待ちかねソーキそば。
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全て金城さんが、沖縄から直接食材を取り寄せて、3日前からたっぷり時間をかけて作ってくださったものです。
あ、サーターアンダギーが山盛りだ。これも金城さんの手作り。
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旨いものは、人を幸せにしますなあ。

今日、初めてお会いした方々も多く、皆さんに自己紹介をしていただきました。
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(※どぅたっちでお会いした日高さんの自己紹介。ASAのジャケット着ている方は比嘉くん。若そうに見えますが、奥様とお子様を沖縄に残して、東京の新聞販売所で働いていらっしゃいます。今日は夕刊の配達を終えて駆けつけてくれました。比嘉さんのお母様は読谷で織物をしていらっしゃるのだそうです。こんど詳しいことを聞いてみよう。)

TOMIHUSAさんは今の沖縄が抱える現実をお話くださいました。
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間近を轟音をあげて飛びヘリ。これが島の実態です。
(※画像提供TOMIHUSAさん)

そして、船津好明さんが、こんな琉歌を詠んでくださいました。

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沖縄は遠いが、沖縄語を習いながら、喜多見で歌と踊りを楽しみましょう。

船津先生御自身が考案された新沖縄文字が使われています。
例えば「うちなー」など、本来なら伸ばす単語を、琉歌のサンパチロク(八八八六というリズム)を崩さないために、「うちな」と詠んでいらっしゃいます。そうか、一音一文字の沖縄文字は、この沖縄特有の調子を理解するためにも、大変有効なのだということが分かりました。これは沖縄の古典芸能に関わっている方々に対して、大きな「売り」だということにあらためて気がついた。また一つ、先生に教わりました。感謝です。

さあ、新生沖縄語を話す会の第一歩を祝って、「歌とぅうどぅい」の宴の始まりです。
始まりはやっぱり「かぎやで風」から。
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「かぎやで風」と書いて「かじゃでぃふう」と読む・・・、これについて、興味深い新聞記事を見つけました。次回の沖縄語を話す会で、ご披露したいと思います。少々お待ちを。

大崎の忘年会でも歌ってくれた西武門(にしんじょう)もみ子さんが、今日も大活躍です。
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先日の沖縄の旅で、通りがかったバス停、もみ子さんを思い出してちょっと写してきました。
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注:「西武門」についても、本記事の後ろをお読みくださいませ。

最後に残った若者(?)で記念撮影。
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次回は来年1月の18日です。皆様、お待ちしてまーす。

そして、金城さん! ほんとうにご馳走様でした!!

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《高山正樹》
那覇空港到着(16:00)。新城亘さん國吉眞正さんと、ホテルのロビーで待ち合わせて、沖縄国際大学、西岡ゼミの研究室へ(18:30)。
亘さんが西岡敏准教授に繋いでくださったのです。
新城亘さん 西岡敏准教授「ウチナーグチを守ろう」
最近の沖縄で、よく聞かれるスローガンです。
行政も動き始めているようです。あの悪名高き方言札の時代を思うと、隔世の感があります。しかし、いったいどうしたらウチナーグチをきちんと残していけるのか、なかなか困難なのです。
そのひとつに、表記の問題があります。このことについては、M.A.P.after5でも幾度か書いてきました。
http://lince.jp/hito/freetalk…
http://lince.jp/hito/kiritan…
今、何人かの言語学者の方々が、それぞれの表記法を唱えていらっしゃいます。しかし、どれがいいのかの評価は定まっておらず(というより大方の人は表記問題には無頓着です)、また言語学とは関係のない人たちは、自分の喋る音を、カナを駆使してその都度書き表わしているというのが現状なのです。
例えば儀間進氏のエッセイでさえ、同じ「どぅ」という表記でも、[doo]と読むべき場合があったり、[du]だったり、[duu]だったりするのです。ウチナーグチをある程度理解している方々なら問題なく読み分けてくださるでしょう。しかし、ウチナーグチのわからないものにとっては、これは大変に困ったことです。「どぅ」という表記を自然に読むとどうなるか、漫画で自由な擬音に慣れている若者と、明治の頃の小説をたくさん読んでいらしたご年配の方とは違っているかもしれません。そういう中で、間違った発音のウチナーグチが氾濫していくという事態が起こっています。

この日、國吉眞正さんは、船津好明さんの考案された新沖縄文字が、いかに優れているかについて、精力的に語られました。このお歳で、これほど情熱を持っていらっしゃる國吉さんに、あらためて頭の下がる思いがしたのです。

M.A.P.after5でも、新沖縄文字について、ちょっとだけご報告したことがあります。
http://lince.jp/hito/hisabisa…
しかし、今までのところ、まだきちんと詳しくご紹介はしていません。それは、M.A.P.として、様々な表記法を比較検討するまでに到っていないからです。
しかしながら今日は、船津さんの考案した新沖縄文字について、率直に思っていることを語ってみたくなりました。

「僕も当初、この新しい文字に、ちょっとした違和感を感じたのです。どの音にどの表記を当てるかは単なるルールに過ぎないのだから、どんな記号を使おうとかまわないはずだ。ならば今ある仮名文字を使って、この音のときはこう書くという決まりを作ればいいだけのことではないか、その方が一般にも受け入れてもらいやすいのではないかと。でも、実際に新沖縄文字を使って教えてもらうと、仮名文字を使うよりもはるかにわかりやすいのです。それは何故なのかと考えてみました。それは、新沖縄文字は、ここでこの発音をしなさいというわかりやすい指示となっているからなのです。いつも使っている仮名文字での表現ではそうはいきません。ややもすると、沖縄特有の音韻ということが、たいへんにぼやけてしまう。
また、現状、既存の仮名文字を使ってたくさんのウチナーグチの文章が書かれていますが、それらはいったいどのルールで書かれているのか、そもそも一定の決められたルールに拠っているのか、さっぱりわからない場合が多いのです。
その点、この新沖縄文字を使うと、この音で発音せよという明確な指示を伝えることができるのです。その意味で、新沖縄文字は、ウチナーグチを学ぼうとする初心者にとっては、たいへん有効な指針となるのです。」

僕のこの素人の意見に、若き言語学者の西岡敏先生は、ありがたいことに理解を示してくださいました。

ふと見ると、研究室の壁に、M.A.P.でも販売している50音表が貼られてありました。
調子に乗って、恐れを知らぬ素人は、なおも発言を続けます。
「沖縄の音韻を理解するためには、まず日本語の50音表のいい加減さを理解することが有効だと思うんです。」

さて、ここで……
前回のウチナーグチ講座で、次回は「半母音について」と予告しましたが、せっかくなので、半母音のことをお話する前に、この際「日本語の50音表」について、ちょっと考察してみたいと思います。

というわけで……
【急遽開催!沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)】
沖縄語の音韻講座を始めから読む

仮名は、基本的には表音文字です。例えば「た」という文字は[ta]という音で読まれなければなりません。仮名1個が1個の音に、一対一で対応しています。
日本語には母音が5つあり、それぞれがすべての子音と完全に対応しているため、50音表は日本語の仮名を理解するためにはとっても便利なアイテムです……、ということになっています。

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はたして、ほんとういそうなのでしょうか。正しくは、「日本語の5つの母音は、子音と完全に対応していた」と、過去形でいうべきなのです。

わたしたち日本人は、たとえば「た」と「ち」は、それぞれ同じ子音[t]に母音の[a]と[i]がくっついていると思っています。しかし実はそうではありません。「た」は[ta]ですが、「ち」は[ti]ではありません。[ti]なら、それは「てぃ」と読まれなければならないのです。現代人は「ち」を[ci]と発音している。つまり「ち」の子音は[t]ではなく[c」なのです。
しかし、古代の大和では、「ち」は「てぃ([ti])」と発音していたらしい。同様の例はたとえば「さ行」にも「は行」にも、それ以外にもたくさんあります。つまり、その頃は、今よりもずっと、50音表の整合が取れていたのだといわれているのです。しかし、その後の音韻変化によって、その音自体は変わっていったのですが、50音表は旧来の並びのまま使われ続け、結果日本語の50音表の音韻的整合性は失われていきました。

ところが、沖縄語には、この日本語では失われた音韻が、昔のまま残っているのです。「てぃ」とか「どぅ」とかがそれです。さて、そうした音を、既存の日本語の50音表に入れ込もうとしたら、どうすればいいのでしょうか。沖縄語特有の音韻のために、新しい行を付け加えればいいのでしょうか。いえいえそうではありません。まずは現行の50音表を、現在の発音(子音)の通りに並び替えてみればいいのです。そうすると、新たな50音表の中に、沖縄語特有の音韻の、納まるべき指定席のあることがわかるはずです。

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※例えば、●赤丸のところには「てぃ(ti)」が入ります。
※また、このほかに、声門破裂音がらみと、j・wといった半母音がらみの新しい行が必要となります。

この新しい50音表に新沖縄文字を当てはめていけば、沖縄特有の音を、容易に理解することができるのです。

各行の詳しい説明は、後日“沖縄語の音韻講座”でお伝えしていく予定です。
沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)へ

さて、西岡ゼミの研究室に戻りましょう。
表音文字の「かな文字」について、「仮名1個が1個の音に対応している」と述べましたが、しかしこれはあくまでも基本です。例えば、「~へ」という助詞は、[he]ではなく[e]と読まれています。というより「え」ではなく「へ」と書かなければならないというほうが正確でしょうか。また、かつては「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と読ませたとか、「けふ」は「きょう」だった、などなど。
http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
こうしたことは、実は沖縄語にもあるのです。特に古典的な文章にそれが多い。これが沖縄語の表記の問題を、さらにややこしくしています。

また、拗音(「ちゃ」とか「ぎゅ」とか)は、1モーラ(※)でありながら大文字1個に小文字をくっつけて2文字で表わしています。(※モーラ:一定の時間的長さをもった音の分節単位。)
新沖縄文字は一音(1モーラ)につき一文字を基本としていて、「てぃ」は「て」と「ぃ」をくっつけた新しい図案の一文字で表しています。
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西岡先生は、「こういう文字のことを言語学では合字というんですよ」と、世界の他の合字の例を上げて教えてくださいました。
「でも、拗音はそのまま使うんですね」
これは学者の視点だと、密かに感じたのでした。「一音一文字」ということの統一性を確保しなくてよいのか、新沖縄文字の考案者で数学者でもある船津好明さんは、これについてなんとおっしゃるのか、今度聞いてみたいなあ。

「パソコンで使える文字にするということも重要ですが、検索ということを考えた時、文字の順番も重要です。」
「パソコンの検索ですか?」
「いえ、辞書に掲載する文字の順番です。辞典などを引く時にはどうしても必要なことです。元来50音表はサンスクリットの音韻学がその起源だといわれています。その並びにも意味があるのです。新しい50音表は、是非そのあたりを考慮して作るのがいいと思いますよ」
なるほど、こういう話を聞くと腕が鳴ります。あ、これは船津先生にお任せすることですね。素人がでしゃばってはいけません。

そして、もうひとつ、忘れてはならない重要なことを西岡先生はおっしゃいました。
「首里や那覇あたりなら、この新沖縄文字で十分ですね」

西岡先生も、数年前に沖縄語の表記法を試案として考えられたことがあり、それをネットで公開していらっしゃいます。それは奄美から波照間島の音韻にまで及んでいて、並べられたその多様な音韻をあらためて眺めていると、目がクラクラしてくるのです。
http://www8.ocn.ne.jp/~nisj/

結論として、言語学的に沖縄語の音韻を網羅するのならば、新沖縄文字もまだまだ改良する必要があるのかも知れないが、ウチナーグチを勉強するためのアイテムとしての有効性は、西岡先生も十分に認めてくださったようです。
実は西岡先生は、船津さんの「美しい沖縄の方言」を大切に持っていらっしゃいました。
http://lince.jp/hito/densetu…
この「美しい沖縄の方言」は、西岡先生が沖縄語の勉強を始められた時の、最初の教科書だったのだそうです。
最後に、西岡先生は、もし新沖縄語を使った書籍を出版するようなことがあれば、推薦文を書いてくださるということを快くお約束してくださいました。
「この本には思い入れがありますから」
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新しい50音表が出来上がったら、またお伺いさせていただきたいと思います。
西岡先生どの。本日は、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。
(文責:高山正樹)
旅の続きへ

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昨日、録音終了後、ささやかなお疲れさん会をしました。
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(野郎どもはiPhoneの液晶を見つめているの図)

一夜明ければ、次へ向かって走り出さなければなりません。
船津好明さんのご紹介で、「沖縄語を話す会」の事務局長、國吉眞正さんに、新宿でお会いしました。
國吉眞正さん
(國吉さんの右には、もう一人いらっしゃるのですが、今日のところはご紹介を控えます。)

たっぷりと5時間近く、お話ししました。ウチナーグチについて、お伝えしたいことが山のようにあるのですが、しかし、ブログというような時間にせっつかれた場所では、なかなかご報告することは困難です。したがって、慌てて語ることは諦めました。いずれアカデミックに、“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Siteに専用のページを作成して、そこできちんとまとめようと考えています。

とはいえ、今までのブログ記事と関連のあることを、エピソードっぽくご披露しましょう。

まずは鼻濁音のはなし。
去年の12月、アナウンス講座なるものを見学した際に、僕はこんなことを書きました。まずはお読みください。
http://lince.jp/hito…

3ヶ月前は、ずいぶんと講座の先生に気を使って書いているようですが、あらためて僕は、「鼻濁音が日本語の美点というのはおかしい」と、大きな声で叫びたい気持ちになってきました。
沖縄には鼻濁音はありません。それは、なにも沖縄に限ったことではないのです。日本のかなり多くの地域で、鼻濁音などないのですから。

八木政男さんとお会いした時にも、この話題が上りました。
http://lince.jp/hito…
ウチナーグチに「はなむにー」という言葉があります。まあこれは、風邪なんか引いたときの「鼻声」みたいな状態を指す言葉ですが、沖縄では鼻濁音も同様に笑われる対象、風邪ひきの優男(やさおとこ)がもてるのは、江戸という街だけということなのかもしれません。
役者の場合、経験上、標準語なら鼻濁音であることが正しい場合でも、時に確信犯的に鼻濁音を採用しないことがあります。そういう経験談を、去年もアナウンス講座の先生にお話ししてみたのですが、黙って無視されました。
また鼻濁音には強弱があって、時に鼻にかかる度合いが強くて、鼻濁音としては実にすばらしいのですが、しかしなんとも気持ちが悪いという場合もあるのです。
おきなわおーでぃおぶっくのCDのはなしですが、津嘉山正種氏の「人類館」のこと、ウチナーグチの部分は当然ですが、地の文でも、本来は鼻濁音でなくてはならない箇所の多くを、津嘉山さんは鼻濁音で語ってはいません。この「人類館」という作品にとっては、それが正解であり、「美しい」と思うのです。
そして昨日、あの、久米明さんの「ノロエステ鉄道」の朗読でさえ同じだったのです。伺ったところによると、久米さんは「沖縄を読む」ということで、鼻濁音をどうするか、かなりお考え下さったようです。結果、大城立裕先生がおっしゃった「鼻濁音の気持ち悪さ」は完全に払拭され、逆に「清い」美しさが加味されたと思います。

沖縄という風土の中で、鼻濁音に出会うと、とても違和感を感じます、そんなお話を、今日もしたのでした。鼻濁音は美しいものだ、それが正しい日本語なのだということが、まことしやかに語られるのはいかがなものでしょうかと。

もうひとつ。「わー」のはなし。
「私」も「豚」も、ウチナーグチではどちらも「わー」だというはなしです。
FM世田谷の“せたがやじーん”に出演した時もこの話をしました。
http://lince.jp/hito…
儀間進さんとの雑談をご紹介した時も、「わー」のしゃべり方について触れました。
http://lince.jp/hito…

つまり、「私」も「豚」も「わー」であるという言い方は、実は正しくありません。「私」も「豚」も、ひらがなで表記するならどちらも「わー」と書くしかないということなのです。
言語学的に言うと、豚の方の「わ」は声門破裂音(Glottal_stop)という子音です。声門(声帯)を閉じた状態から、発声と同時に声門を開いて声を出す破裂音なのです。国際音声記号では、クエスチョンマーク(?)から下の点を外したような記号が使われます。PCではこんな記号はありませんから、ここでは便宜上「?」で代用しますが、「私」の「わー」の「わ」は「wa」で「豚」の「わー」の「わ」は「?wa」です。
これをむりやりひらがなを使って表記しようとすると、「ぅわ」というのが一番近いのかもしれません。しかしやっぱり近いだけで「ぅわ」ではないということが問題なのです。ウチナーグチに触れたことのない大和の人たちには、この「わ」の前の「ぅ」は聞き取れません。というより、「ぅ」ではないのです。日本語の感覚で「ぅわ」を読んでしまうと、それはやっぱり「うわ」であって、これは声門破裂音ではありません。

母音と「わ行」と「や行」と、それらの関係については、そのうちきちんと体系的にまとめてご説明したいと思います。
また、ウチナーグチの表記についても、いろいろな考え方があるようで、もう少しきちんと調べて、その勉強結果をご報告したいと思っています。少々お待ちくださいませ。

その他、「口蓋化」や「高舌化」など、なんだかちょっとおもしろくなってきました。ウチナーグチを考えることで、日本語を再発見することにもなりそうです。
(文責:高山正樹)

おなかすいた…
そうだ、喜多見のお寿司屋さんにいた菊地さんとこ行こう!
「おや、久しぶりだねえ」
菊地さん
今は歌舞伎町で板さんやってます。
花粉症で鼻声(ハナムニー)の男が江戸前の寿司を食う…
ご馳走さんでした。

さあ、帰ろう(けえろう、これも高舌化?)…
夜の新宿


今日午前中は宜野湾の嘉数で太鼓の稽古。
ということで宜野湾にお住いの儀間進さんと、普天間飛行場の南にある田園書房で1時にお会いすることにしました。2階の、テーブルと椅子が置いてあるちょっとしたスペースにて、儀間さんの「うちなーぐちフィーリング」をオーディオブックにする企画の現状報告、30分くらいのつもりでお話を始めました。

「たくさんの若い人たちを交えて読みたいのです。」

すると儀間さんから出てきた名前……

比嘉光龍(ばいろん)さん「正統派の方言をしゃべるねえ」
親富祖恵子さん「首里のおばあちゃんから首里言葉を教わったから上手だよ」
知念ウシさん「外国人と結婚してラディカルな考え方を持っている人だ」
伊狩典子さん「首里言葉は、日本で言うと京都の言葉みたいなところがあってね、首里言葉はお高くとまっていてねと思う人もいる、それがいいという人もいる」
小那覇全人さん「この人がいいかな」
玉城満さん「この人に言えば14、5人集まるんじゃないかな」
(註:この方はあの「笑築歌劇団」を主宰されている方。でも今は政治の道に。奥様がプロダクションをやっていらっしゃるという話は聞いたことありますとは高山正樹談でした。)
吉田妙子さん「女優さんだね」
そしてやっぱり
八木(はちき)政男さんと北村三郎さん。一番は何と言っても北島角子さん。「若い人たちを指導するなら八木さんが適任だろうな」

こうして並べると、御年配の方も結構いらっしゃいますね。そしてみなさんこの道ではいっぱしの方々です。ご協力頂ければそれはそれは嬉しいのですが……。
ただしゃべっても生きた言葉にはならないよと儀間先生、そこはほんとにきちんとやらなければいけないと肝に銘じております。でも、だからといって、しゃべれる方々だけでこの企画をやっても、企画自体が生きたものになって拡がっていくかどうかはまた別です。たくさんの若者たちが、今はしゃべれないけれど、この企画を通して生きたウチナーグチを考え、八木さんのような方にご指導を受けて、一生懸命練習して、そうして出来上がったオーディオブックには、ちょっと拙いかもしれないけれど、色々な意味で彼らの生きた言葉が収録されている、そうなれば素敵だと思うのです。ハードルは高いけれど、なんとかやり遂げたいと思っているのです……
ということを、今度お会いしたときに儀間さんにお伝えしなきゃね。

「この間、目の前に八木(はちき)さんが立っていたので、ポンと肩を叩いて、実はこういうふうな話があって、お声が掛るかもしれませんといっておきました」
先生、お気遣いありがとうございます。

それから儀間さんの話しは流れに流れて、あの伝説的な雑誌「琉大文学」のこととか、そして「わー」と「わー」のはなし。
「わー」と「わー」をラジオでしゃべった時の記事
「わたし」と「豚」の発音の違い。そこで儀間さんは実演してくださったのですが、やっぱりよくわかりませんでした。どっちかが、「ゥわー」で、最初にウッと荷物を持つ時のように喉仏の下あたりに力を入れるのだそうです。
「ゥっ」「ゥを」「わゥッ」「ゴボ」「ブホ」「ゲポ」……、苦しい、だめだ、やっぱり、できない。無理です。
津嘉山さんは「う」と「わ」を一緒に言うのだとおっしゃっていましたが……
「をゥ」「オェ」、やっぱり無理です。

それから「やー」と「やー」も同じ。「家」と「あなた」
やっぱりどっちかが最初にイッと喉仏の下あたりに力を入れる。
「ィやッ」「うんや」「もういや」「いやん」「ばかん」「うっふん」……。できません。

方言のはなし。宮古は全く違う。沖永良部は沖縄に近い。鹿児島や熊本には沖縄と同じような言い方がたくさんある云々……。

このあたりですでに時間は2時半を回る。もう予定を大幅にオーバー。
「では、もうそろそろ……。」
「ごめんなさいね。僕は真面目な話がダメなんです。雑談が好きでね、雑談ばっかりなんですよ。教師をやっていた時も、教員室で雑談ばかり、後ろで聞き耳を立てている人がクスクス笑っていたり、お前うるさいからあっち行けと言われたりしたんです。だから今度高山さんが来た時はしゃべらないようにしますから」
「それはダメです。高山は儀間さんの雑談が大好きなんですから」
「いやいや」と儀間さんは笑っていらっしゃいました。
で、今回は儀間さんのお写真を撮るのを忘れてしまいました。

儀間さんとお別れして「おきなわ堂」へ御挨拶に。
本日の商品展示状況。
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あ、coccoの隣だ!

人類館のチラシを置いて頂きました。
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それからちょっと頼みごとがあって琉球新報へ。
今日はいい天気でした。
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13:45 保幸氏と連れ立って、東京世田谷の三軒茶屋にあるキャロットタワー26階展望ロビーに到着。
その一角にサテライトスタジオ「キャロット」はある。
デジタルカメラでカシャ!その画像は「おきなわおーでぃおぶっく」のブログに載せた。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

ブースの中では、(というか、この箱、上が開いているのである。つまり外の音が筒抜け。)神(じん)太郎さん、生放送中である。
神さんは、展望ロビーをうろついている僕を見つけて、窓の中で軽く会釈してくださった。初対面なのになあ、ははあ、たぶん事前にホームページなどを見てくださっているということですな。

音楽がかかっているスキを見はからってスタジオの扉をたたく。出ていらっしゃったのは美しい女性、まずは御挨拶。中には神さんとこの素敵な女性スタッフのお二人だけ。なんだかとても微笑ましい感じでうれしくなった。

14:00 改めてスタジオ入り。番組が始まるまでの30分間、別番組が放送されている間を使っての打合せ。というか、打ち合わせらしいことは、“セロ弾きのゴーシュ”のどこを流すのかと、“カクテルパーティー”も御紹介くださるということで、それのどの辺を聞いていただきましょうかという2点だけ。後は雑談。でもきっと、この雑談の中から、神さんは話すことを決めているのだろうなあ。

30分の間にも、神さん担当のスポットのおしゃべりが2回ほどあって、その時は僕らは黙って神さんの前に座っているのである。

14:30 いよいよ本番。FM世田谷“せたがやじーん”、世田谷で活動している人を紹介する番組。ほんとは事務所は狛江市なんだけど、最寄駅は喜多見なので問題ないとのこと。
特別に緊張することもなく、雑談の流れのまま突入。
いきなり神さん、「なんとご紹介したらいいのでしょうか」と来た。
考えてみれば当然そこからだよなあ、でも何にも考えずにやってきたので、さて弱った。なにしろ一番答えにくい質問なのだから。
「さて、何なんでしょうねえ…」
でも、きっとこの一言で、本日の高山正樹像が決定したのである。神太郎と高山正樹との暗黙の決まり事。「飄々として、何となくいい加減な感じの変なおっさん」、後はそれを演じ切ればいいのである。

「小金井芦州さんのお弟子さんだったそうで」
おっと、いきなり予想外の展開。30分の雑談では全く触れなかったこと。この神さん、ただものではない…

ウチナーグチの「わー」と「わー」のはなし。(これも打合せなし。というより、ほとんどが雑談では話題にしなかったことばかり。たぶん、これが神さんの作戦なのかもしれない。)
沖縄では、「わたし」は「わー」で「豚」も「わー」。でも微妙に違うらしい。沖縄出身の僕のかみさんにはその違いがわかるのだが、僕にはわからないというはなし。
「まあ、最近かみさん太ってきたので、わーが私でも豚でもおんなしようなものなんですけどね」
いい加減な男である。

15:00 あっという間の30分であった。
へえ、ラジオって、こういうものだったのか。神さんが投げてくる球をどう打ち返すのか、なかなか面白い経験をさせてもらったのである。

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保幸氏曰く、「隣に座っていて冷や汗が出たよ」

15:10 携帯メールの着信音。
「聞いたよ、おもしろかったよ、わーより」


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高山正樹 Masaki Takayama
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