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《10月7日(金)-1》

鈴木雄介から、こんなツイートを見つけたぞというメールが来た。
「原発関連でおバカ発言を連発している経営学者の池田信夫は『熊楠KUMAGUSU』撮影当時 NHKの社員で担当者だった うざかったんで打ち合わせで殴った事がある 改めて当時の俺を褒めてあげたい」
呟きの主は、映画監督の山本政志氏。6月30日、下北沢でお見かけした智内さんのお知り合いである。
 ⇒なんでもない下北沢の夜
M.A.P.after5でも、いつの間にか“池田信夫”のことを何度か取り上げてしまった。ウンコを踏んづけてしまったようなものである。
おっと失礼、M.A.P.after5のポリシーに反する発言であった。しかし、3.11以来、少しばかりハッキリとモノを主張しないと、きっと後で後悔すると思い始めたのである。だから、ツイッターでの突発的な無遠慮な呟きも、M.A.P.after5に転記することにしたのだ。
大震災から211日目の午前2時である。

【この日呟いたこと……】

※ミュージシャン鈴木慶一氏が入院した哲っちゃんについてツイートしていた……
「心配です。私の生涯初レコーディングは“されど私の人生”でした」
そこで僕はメンションとやらを送ってみた。
2:13
先日のライブで、哲っちゃん、皆さん体に気をつけてって言ってました。僕は「ちょっと太ったんじゃない、ダメだよ」って言われた。札幌まで見舞いに行こうかなあ、と。 @keiichi_suzuki


※いったい何時に眠ったのだろう。いったいいつ起きたのだろう。いつのまにか出掛けなければいけない時間が近づいてくる。フォローしている沖縄関連の呟き……
「基本的に沖縄の方言は「ア、イ、ウ」の3母音で構成されています」
まただ、と思いつつまた「メンション」してみた。
2:13
「沖縄の言葉は音素が少ない」と勘違いされがちですね。でも実際には少ないが「エ」も「オ」もあるし「エー」「オー」はたくさん。「声門破裂音」や「ディ」や「ファ」、音韻は日本語よりずっと豊かです。@okinawa2go



ツイッターなどというものに関わっていると、ほとんど眠っているような状態なのに、世界のいたる場所、全ての人間と繋がっていると勘違いすることがあるらしい。極めて危険である。早く、ここから離れよう……


《2月10日》ア行に続き、カ行です。

ちょっと面倒なので、後日書きますが……

でも、ならば何故「カ行」をこの日に記事にするのか。
それは宮澤寿君が宇夫方隆士さんに盛岡弁を習いに来ていたから。
(M.A.P.事務所の奥の部屋にて)
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全て、後日です。


《One Break》
昨年の3月21日以来、ほぼ10ヶ月ぶりに沖縄語音韻講座を再開します。いよいよ本編です。
まずはア行から。
同時に、声門破裂音のア行も説明しましょう。
沖縄語の「あ・い・う・え・お」には声門破裂音とそうではないのと2通りあるということは、10ヶ月前の記事で書きました。
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上段が声門破裂音をともなわない音で、下段の赤文字が声門破裂音です。[ʔ]は声門破裂音を表すIPA表記です。この[ʔ]の有無が「弁別的な機能を果たしている」ということが、沖縄語の特色なのだということも書きました。
まず、10ヶ月前の記事をお読みください。
 ⇒声門破裂音について【沖縄語音韻講座プロローグ(5)】
厳密に言うと、声門破裂音と区別するために、声門破裂音でない音には、その前に[’]を付けます。
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沖縄語50音表のア行は、この2行で確定です。

日本語にも、声門破裂音の「ʔあ」「ʔい」「ʔう」「ʔえ」「ʔお」と、そうではない「’あ」「’い」「’う」「’え」「’お」の両方の音が存在しているのだけれど、どちらを使っても言葉の意味が変わることはないので、意識して使い分けられることもなく、したがって表記は弁別性のない「あ」「い」「う」「え」「お」の一通りしかありません。従って、聞き分けることもしません。

しかし、沖縄語の場合は、声門破裂音かそうでないかによって、意味が変わってしまう単語があります。

「ʔうとぅ」:音、「’うとぅ」:夫
「ʔいん」:犬、「’いん」:縁
「ʔおーじ」:扇、「’おーじ」:王子
……etc.

これが「弁別的」ということであって、従って正しい沖縄語を習得するためには、どうしても声門破裂音を自由に使い分け、聞き分けられなければならない、というわけです。

この声門破裂音を具体的に理解するために、我々が無意識に発音している母音が、いったいどういう時に声門破裂音になり、またどういう時にならないのかを、実際に実験してみたいと思います。
まず、「あ」の一音だけ単独に発音してみてください。欠伸をしながらとか、息遣いの荒い状態であるようなことがなければ、その「あ」は、きっと声門破裂音です。「い」も「う」も「え」も「お」も、一音だけ発音すれば声門破裂音になるはずです。
次に「あいうえお」をひとつの単語であるかのように、「あいうえお」と、一気に続けて声に出してみてください。その場合、きっと最初の「あ」だけが声門破裂音で、後に続く「い」「う」「え」「お」は破裂しない音で発音されているはずです。
この実験でわかることは、日本人が普通に発音する場合、語頭の母音は自然に声門破裂音になり、語中の母音は声門破裂音にはならないということです。

沖縄語でも、単語の途中に声門破裂音が現れることはありません。ということは、声門破裂音の「弁別的」な問題は、単語の最初の一音だけに着目して、それが声門破裂音ではない場合だけを意識していればいい、なぜなら、それ以外は、日本語と同じだから、ということになりそうです。

そこで、新沖縄文字を考案した沖縄語を話す会の船津好明先生は、声門破裂を伴わない音の方にだけ、新しい文字をあてがいました。以下が新沖縄文字を使ったウチナーグチ50音表の、ア行の部分です。
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上段の赤文字が声門破裂音(ということにしておきましょう)。下段が声門破裂を伴わない母音です。
「あ」には、声門破裂音ではない新しい文字はありません。それは、声門破裂音ではない「あ」が語頭にくる単語が、沖縄語にも存在しないからです。
また声門破裂を伴わない「お」の音には、新字ではなく既存の「を」の字を船津先生は充てられました。
※しかし、「を」と表記しては[wo]と発音されてしまう惧れがあり、この船津先生の選択に、僕は疑問を持っています。それについては下記記事を是非お読みください。
 ⇒「うちなーぐち講座《2》の2」

さて、僕自身が学習者としてこの新沖縄文字を実際に使ってみて、このア行に関して、少し戸惑ったことがありました。それについて、補足説明が必要であるように思います。

繰り返しますが、声門破裂音は語頭にしか現れません。単語の中間で現れる母音は、すべて破裂しない音です。
しかし、新沖縄文字の表記法では、語頭に破裂しない母音が来た時だけ新文字を使うというのがルールです。それ以外はすべて、つまり語中の破裂しない母音に対しても、見慣れた通常の仮名文字を使って表わすのです。

実際には、「あ」にも声門破裂音とそうでない音が存在するのですが、しかし文字はひとつです。それは先に述べたように、単語の頭に声門破裂音ではない「あ」が来ることがないからなのです。

当初僕は、音と文字が1対1に対応していないことに、大変戸惑いました。しかし今は、それで新沖縄文字に不備があるとは思っていません。新沖縄文字は、日本の仮名文字に慣れた方々が、できるだけ負担なく沖縄語を学べるアイテムとして開発されたものですから、論理的整合性よりも現実的な使い易さを優先することは正しいし、それこそが他の言語学者の方々が考案した表記法と、新沖縄文字が一線を画しているところで、だからこそ沖縄で沖縄語を守ろうとする多くの人たちから歓迎され、採用され始めている理由なのでしょう。

しかし、にもかかわらず、あえて指摘させていただきたいことがあります。

再度、上の新沖縄文字の50音表を見てください。下段の赤文字は「声門破裂音ではない音」ですが、それに対して上段は「声門破裂音」なのかというとそうではなく、「弁別性のない表記」というのが正しい説明でしょう。「声門破裂音」であることを強調する必要はないという判断があるようです。なぜなら、通常日本語を使っている学習者は、特に意識しなくても、「声門破裂音」については正しく発音するであろうということが、暗黙のうちに期待され信じられているからだと思うのです。確かに、実験結果はそれを裏付けているようにも見えます。

しかし、果たしてほんとうにそうでしょうか。

「あなた」という単語を、単独に発音すれば、いわゆる「標準語」を使う日本人は、語頭の「」は自然と声門破裂音になります。しかし単語は、一連の文章の中で使われることの方が多いのです。
「わたしと、なた」
句読点「、」でワンブレイクを入れれば、「あなた」の「」は声門破裂音のママでしょう。
しかし……
「わたしとなた」
……と続けた時、「あなた」の「」は途端に声門破裂音ではなくなってしまいます。

単独で「とぅ」を発音すれば「ʔうとぅ(音)」になります。一方「’うとぅ」を単独で発音するのはなかなか難しい。かなり練習を要します。
しかし、文章になるとどうでしょうか。
例えば「うるさいとぅ」と言ってみましょう。声門破裂音は意識しなくても大丈夫だという期待が正しければ、「うるさいとぅ」は「うるさい音(ʔうとぅ)」になるはずです。しかし結果は逆です。続けて発音すると「’うとぅ」になります。「うるさい音」と言っているつもりが「うるさい夫」になってしまうのです。

つまり、文章の中間で使われる単語については、破裂しない音よりも、むしろ声門破裂音にこそ気をつけなければならないということなのです。

この問題にしばらく僕は困っていました。しかし、母音が頭にある単語が出てきたら、無条件にその単語の前にワンブレイクを入れて話せば、この問題はクリア出来るということに、最近気が付きました。そしてこれにはさらに想定外のうれしい発見があったのです。
母音から始まる単語の前にワンブレイクを入れ、破裂音を意識して発音すると、自然と単語の頭の母音が強調されます。それを母音から始まる単語の全てで行うと、沖縄のネイティブな人たちの雰囲気が出てくるのです。そのコツがわかれば、標準語の文章でも沖縄の人っぽく話すことができるようになります。これはいったいなぜなのでしょうか。

僕はこう考えました。
「沖縄語は声門破裂音かそうでないかによって意味の違う単語があるために(あったために)、声門破裂音をより強調して発音するという傾向が昔からある。たとえ標準語を喋っている時でも、沖縄の人の身体に染みこんだこの沖縄的発音の傾向はそのまま残っている。」
この発見に僕は最近益々確信を持ってきました。

今現在、新沖縄文字を使って沖縄語の勉強をしているのは、殆ど沖縄の人たちです。その人たちが、文章途中の声門破裂音に苦労しない理由も、ここにあるのではないかと思うのです。つまり、沖縄の人たちは、母音が頭にある単語が出てくると、無意識にわずかなブレイクを入れているのです。

しかしながら、それをするためには、文章の中でどこが単語の頭なのか、それが判断できなければなりません。しかし、沖縄語初心者にとっては、それがなかなかむずかしいのです。
従って僕は、単語の頭の母音については、声門破裂音にも専用文字を充てて欲しい、と思っているのです。そうなれば、新沖縄文字は、ますます沖縄語習得に便利なグッズになるでしょう。数少ないヤマトゥンチュのユーザーの意見ではありますが。

さて、船津先生は如何お考えでしょうか。



宇夫方女史が沖縄にいる頃、小生高山正樹は午前中人形町の主治医へ。2ヶ月前に貰った薬が切れた。正月のドサクサで、禁を破ってちょいと味の濃いものを食べたりしているうちに、健康ゲームも少し飽きてきた。そんなことを思いながら、事務所に戻って仕事をする。

このブログを読んでくださる方は、小生は酒ばかり飲んでいてちっとも仕事をしていないと思われているかもしれないが、そんなことはない。昨日だって税理士さんが来て、昨年、M.A.P.で働いてくれた60人くらいの源泉徴収表を作成し、山猫合奏団の合わせの開始時間ギリギリに間に合わせたのだ。僕の健康を害しているものがあるとすれば、酒よりも仕事だ、なんてね、嘘ばっかり。
酒をやめないのなら身体を動かすしかない。今夜は市民劇の稽古である。喜多見から鹿島田の稽古場まで自転車で行く。20km弱といったところかな。自転車に乗りすぎると、精子が減少するって知ってた?まあ、もうどうでもいいけれど。

稽古場に着く頃は、もう真っ暗である。多摩川の向こう岸の東京が、なんだか異様だ。
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厳密にいえば日本語には二重母音は存在しない。たまたま母音が続けて出てくるに過ぎない。例えば英語の[day]などは「二重母音」だが、それは言語学的には1音節である。日本語で母音がふたつ繋がる場合は、あくまで2音節なので連母音という。
連母音とは、「愛(あい:ai)」とか「上(うえ:ue)」とか、母音が2回続けて出てくる場合に限っていうのではない。「貝(かい:kai)」とか「杖(つえ:tue)」とか、言葉の途中に母音がくれば、必ずそこには連母音([ai][ue])が存在する。
ところで、「音節」と「モーラ」は違うらしい。

なんでまた唐突にこんな話を始めたのか。

M.A.P.after5は、複数の連載読み物の集合体である。市民劇の成り行きだけが御所望ならば、「川崎市」のカテゴリの中の「枡形城・落日の舞い」というサブカテゴリをピックアップして読んでいただければ事足りる。だがそうはいかないのがM.A.P.after5。こっちの連載とあっちの連載が、時に化学反応を起こし始める。
「連母音」についても、今回の市民劇の稽古のハナシをしたくて持ち出してきたことなのだが、間違ったことを書かないようにと調べていたら、沖縄語と関係するとても興味深いことがたくさん見えてきたのだ。それを語るために、唐突ではあるが、言語学的な導入が必要だった。

英語などの発音記号では、長母音は[a:]とか[i:]というふうに表記する。一方沖縄語の長母音は、例えば沖縄語辞典では[aa][ii]と表記している。しかしカナで書く時は、「ゴオヤア」とは書かず「ゴーヤー」とするのが一般的である。
 ⇒関連記事「うちなぁ」か「うちなー」か(比嘉光龍さんからの回答)
それはいったい何故なのか。音節とモーラの微妙な違いと、なにか関連があるのではないか。

また、日本語の連母音と沖縄語の長母音の関係には法則性がある。いくつか例を挙げれば、日本語の連母音[ai]は沖縄語では[e:(ee)]となり、[au]は[o:(oo)]、[oo]は[u:(uu)]となる等など。
 ⇒関連記事「うちなーぐち講座《2》の2」
今まで僕は、この関係を口蓋化や高舌化との関連で考えようとしていた。「言語の省エネ化」として、一般化できないだろうかと思ったのである。

ところが、どうもそう単純ではないらしい。話しは沖縄にとどまらないのだ。
日本の話し言葉には、古い時代から二重母音(連母音)が極めて少なかったという。二重母音が出てくると、母音融合を起こして一文字の母音(長母音の場合もある)に変換してしまう。しかし、書き言葉は依然二重母音を保持して、母音融合を起こしたがる話し言葉と対立していたというのである。やがて、書かれた文字の通りに話すことが「正しい」とされるのだが、母音融合は無くならず、江戸弁をはじめとするアウトローの方言に、たくさん受け継がれて現存している。

僕は、母音融合の有る無しを、地域差だと考えていた。だが、どうやらそうではないらしい。これを書き言葉(権威)と話し言葉(スラング)の対立として捉えたらどうなるか。すると、沖縄語(ウチナーグチ)も、新たな相貌を帯びてきて興味が尽きない。

ウチナーグチのカテゴリの下に「母音融合」というサブカテゴリを作ってみた。そして、それらのすべての記事に若干手を入れた。市民劇の話題だけが御所望の方にも、お読みいただければとてもうれしいのだが、役者には無用だろうか。

もちろん、専門的な言語学の知識を全く持たないこの僕には、母音融合の背景について、云々する能力も資格もないのだが、理が勝ちすぎている不幸な役者なので、日本の語り物のことばの形を、今一度じっくり探ってみたいと思ってしまうのだ。そんなことをしているから、自分の芝居は一向に弾けないのではあるが。

日本の語り物は二重母音(連母音)を大切に発音するという僕の思い込みが、果たして正しかったのかどうか。そういえば狂言には、特有の母音融合があるではないか。

例えば[au]は[o:]となる。
「謡う」は「うたう」ではなく、[utoo]と発音されるのがその例だ。
また、形容詞の「~しい」は「~し」となる。これは[ii]という二重母音(連母音)を嫌った結果である。
「ややこしや、ややこしや」


ほんとにややこしくなった。ここらで、話しを市民劇の稽古に戻そう。しかし少し記事が長くなりすぎた。ひとつワンブレイクを入れることにする。


音韻講座音韻講座と思いつつ、書く時間が取れません。ああ、いつになるんだろう。
今日は、「ねーらん」(丁寧語なら「~ねーやびらん」)のハナシとか、口蓋化のハナシとかが出てきました。皆さん「へー」とか「ふーん」とか聞いていましたが、さてはM.A.P.after5、みんな読んでねえな。(「ないな」が「ねえな」になる現象と口蓋化の関係は只今研究中。只今はウチナーグチでは「たでーま」になる。)
実は、「ねーらん」についても、[ai]が[ee]になることについても、かなり突っ込んだことを書いた記事がM.A.P.after5にはあるのです。

 ⇒「ねーらん」についてと、[e]が[i]に、[o]は[u]に変わることについて
 ⇒「上舌化(高舌化)」(ロシアで[e]が[i]に変わっていった興味深いハナシ)
 ⇒母音の舌の位置を示した図のある記事

舌の位置を示した図を小さくして再掲。
  母音の舌の位置図

あ、そうか、あんまり突っ込み過ぎているから読んでくれないのか……。ではありますが、沖縄語を話す会の皆さま、是非ともこれらの記事を一度くらい読んでみてくださいませ。

ともかく、口蓋化も上舌化(高舌化?)も前舌化も、小生まだまだきちんと理解していない。勉強して、そしてらもっと突っ込んだ記事を書きます。

そして今日も“中む食堂”へ。
これで4回連続の「喜多見で沖縄語を話す会」→「中む食堂」というパターン。

ポチギ。
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しかし、ポチギってなんだ? 沖縄のウィンナーらしいが、いい加減なことをまことしやかには書かないというのがM.A.P.after 5のポリシー。ちなみに『沖縄大百科事典』にも『おきなわキーワードコラムブック』にも『沖縄いろいろ事典』にも「ポチギ」なる項目はありません。これも突っ込んで調べて、わかったら報告します。

おとといに続き、今日も炙る。
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滑り落ちるバター!


昨年暮れの第1回に続き……
金城さんの沖縄料理を食べる会Part 2

今回はPushPullのスペースを借りて開催しました。
ご参加くださいました皆様、ありがとうございました。金城さんのお料理、堪能して頂けましたでしょうか。

いつものごとく、記事は、後日追記しますが…

取り急ぎ料理を撮影した画像を一枚…
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…と、いいますか、あんまりよろしい画像がないのです。
ピンボケばっかりで…
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皆様のお手元に画像等ございましたら、お送りくださいますようお願いいたします。

コメントも、記事が出来上がるのを待たずに、記憶のまだ定かなうちにお寄せくださいませ。皆様のコメントが、また新しき仲間を呼ぶことでしょう!

…っつっても、なかなかコメントしてくれない方が多くてねえ、まあ、そこがまたいいんですけどね。控えめというわけではなく(そんなやついねえってか?)、ブログにコメントなんかしんきくさいよって感じ、個人的にはとっても好き。でも、対外的にはちょっと淋しい……?

4月5日、トミヒサさんから届いた画像。その中から珠玉の一枚を先行公開。
豚の着ぐるみ。
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追記…4月21日
間もなく3週間になろうとするのに、今更追記とはなんとも間の抜けたハナシですが、M.A.P.after5ではいつものこと。どうかお許しください。
何で小生高山正樹、こんなピンクの豚の着ぐるみを着ているかというと、皆様にあらかじめお知らせしていた通り、本日のサブタイトルは『花見の宴』、着衣のどこかにピンク色をというお願いを、自ら責任もって実践したのであります。
わー(私)はわー(豚:声門破裂音)です、ってなもんだ。
そして、豚の後ろで不思議なものを眺めるかのように見上げている天使のような少年は、この日急遽私達のために三線を弾いてくださった金城さんの三線の先生、松尾慎吾さんのお子さん、みそら君であります。
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慎吾さんはみそら君が生まれるとき、分娩室で三線弾いて「童神」を歌った。すると、みそら君は泣き止んだ。なんて感動的な情景でしょう。松尾慎吾さんのご紹介はあらためて追記します。(って、いつだ?)

追記…5月21日
前回の追記からもう一か月、こいつはいけません。いい加減誰も読んじゃあくれない記事になっちまった。でも、始末はつけないとね。
ともかく主役を紹介していないのがまずい。Yusukeさん、画像をお借りしますね。
タミーこと金城さんです。
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人指し指がなんともいいですなあ。
グツグツ……
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テカテカ……
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うまそ……

手伝う人、片野さん。
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食べる人、日高さん。

産地直送のそばも用意されてます。
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まだお預けの感じ?
でも、みそら君と日高さんは食べてますな。
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美味い料理があればあとは旨い酒。
まずは予定通り基本の泡盛“やまかわ”から。
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W山川。
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一応“花の宴”なので、“さくらいちばん” これも予定通り。
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それから黒糖酒2本。
沖永良部の“昇龍”と奄美の“菊乃露”
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そして、今比較的入手しやすい泡盛で、最も曲者はこの“白百合”
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泥くせー。しかし、なれると病みつきになる。

宴もたけなわ。いよいよ松尾慎吾さんの登場です。
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松尾さんはライブ活動の他、色々なところで三線を教えていらっしゃいます。近いところでは仙川のカルチャーセンター。宇夫方路が琉球舞踊を教えていたカルチャーセンターです。松尾慎吾さんが教えているのは民謡が中心らしい。一方、M.A.P.主催の三線教室は安富祖流の古典。仲良くしましょ。
※松尾さんの沖縄には2種類の[i]と[u]があるのだというはなし。M.A.P.音韻講座的話題で興味深い。高山正樹の研究課題になりそう。
インターネットであっちこっち松尾さんの記事を探していたら、この日の松尾さんのBlog発見。
 ⇒http://matsuoshingo.blog…
コメントしちゃおっと。

山猫合奏団、チェリストの大島君も参加してくれました。
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川岸さんもいます。國吉先生もいらっしゃいました。水才君も来てくれた。
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もちろんトミヒサさんも。
やっぱり最後はカチャーシー。
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鍋も踊ってる?
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最後はぐちゃぐちゃ。(左の方で、食ってるやついるし……)
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松尾慎吾さま、本日はほんとうにありがとうございました。

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沖縄語の音韻講座を始めから読む

『沖縄大百科事典』の「琉球方言の子音」の項において、「琉球方言の子音の特徴」として、第一番目に声門破裂音(glottal stop)の[ʔ]があることを上げています。
ʔ は、声門破裂音を表すIPA表記(国際音声記号)です。
(以下、青字は『沖縄大百科事典』より引用)
「ʔは語頭に立ち、母音や半母音w、jの直前に位置する」

まず半母音について確認をしておきましょう。
上の分の中の[j]は、ローマ字でいえば[y]のことです。半母音については、前回の音韻講座でもちょっと触れましたが、音声学的にきっちり説明しようとするとけっこうややこしいのです。でもここでは、子音だけれども他の子音とはちょっと違って、母音的な正確を併せ持つ子音である、くらいにで事足りるのではないでしょうか。例えば[wa]ですが、これ[u]と[a]を、すばやく連続して言った感じじゃありませんか。[ya]は[i]と[a]、[yu]は[i]と[u]みたいな感じ。だから[ya]は母音的であり、従って、その前に別の子音が来ることができるというのです。[r]が付けば[rya](りゃ)、[n]が付けば[nya](にゃ)とかいう音になるわけですね。

そこで、ʔ(声門破裂音)に話を戻しましょう。先の文章の「母音や半母音w、jの直前に位置する」の意味は、まず母音の「あ・い・う・え・お」と、子音の「わ」と「や・ゆ・よ」の前にʔがくっつくことがあり、くっつくと、それらの音が声門破裂音になるということです。
さて、では声門破裂音とはどういう音なのでしょうか。これまでも、何度も苦しい説明をしてきました。

FM世田谷に出演した時は、さっぱり分かりませんという話をしました。
儀間進さんはウッと荷物を持つ時のように喉仏の下あたりに力を入れるとおっしゃいました。津嘉山さんは[ʔwa]を言う時、「う」と「わ」を一緒に言うのだとおっしゃっていました。
ちょうど一年前には少し言語学的に説明してみました。

あんまり参考にしたくないWikipediaですが、そこには「子音の類型の一つ。閉じた声門が開放されて起こる破裂音。咳をする直前に感じられるような声帯の締め付け具合から一気に息を出したときに出る音。」となっています。
まあ、いくら文章で書いたって、よく分かりませんよね。

さて、次に「ʔは語頭に立ち」ということは、必ず単語の頭で使われ、単語の途中に現れることはないということです。そして、母音や半母音から始まる単語には、ʔが付く言葉と、ʔが付かない言葉があるよということをいっているのです。

「この音声が弁別的な機能を果たしているのは、日本語のなかで琉球方言だけである。」
さて、これはどういう意味なんでしょうか。これは日本の中で沖縄の言葉だけに声門破裂音があって、他の地域にはないということを表現しているのではありません。他の地域では、ʔが語頭に付こうが付くまいが意味は同じだが、沖縄の言葉の場合はʔが付くか付かないかで意味が変わってしまう場合がある、ということなのです。それが「弁別的」という意味です。
 ⇒(参考記事)音韻と音声の違いについて

さて、一応、声門破裂音については今日のところはこのくらいにして、前回の50音表(もう50音ではありませんが)に、声門破裂音の行を付け加えてみましょう。
声門破裂音があるのは母音と半母音の[y]と[w]です。

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さあ、これでとりあえず準備完了。次回からは、いよいよ音韻講座の本編です。でも、今日のこの50音表が完成形なのではありません。、本編の中で、さらに修正していかなければなりません。沖縄語の音韻講座、本編(1)【ア行】へ

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最近事務所が忙しくて、なかなか仕事が7時までには終りません。また嬉しいことに、だんだんと“話す会”のメンバーも増えてきました。加えて車椅子の方からお問い合わせをいただいたこともあり、“喜多見で沖縄語を話す会”の会場を、階段を上がらなければならないM.A.P.事務所から、近くの公共施設に移すことにしました。
喜多見地区会館の第2会議室。
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小田急線喜多見駅から徒歩2分くらいのところです。

先々週の第5回では、日本語の「~は」を、ウチナーグチではどういうのかということを教えてもらいました。それと一緒に、代名詞も勉強したのですが、それをちょっと専門的に説明してみましょう。

      近称 中称 遠称
日本語  これ  それ  あれ
沖縄語  くり  うり  あり

ところで、沖縄語には、[e]が[i]に、[o]が[u]にという、いわゆる「三母音化」(※高舌化・高母音化)の歴史があるということは、今まで何度かお話してきました。
 ⇒「三母音」というサブカテゴリーを作りました。
(※高舌化と口蓋化の関係を研究中です。)
さて、その法則からいえば、「これ」が「くり」に、「あれ」が「あり」にという近称と遠称については、なるほどと納得がいくのですが、中称が三母音化のパターンに当てはまらないのは何故なのでしょう。日本語の中称は「それ」、そこから類推すれば「すり」となりそうなものです。
『沖縄大百科事典』の「琉球方言の代名詞」の項に、こんな一文があります。
「琉球の形は古語の〈おれ〉に対応する形にさかのぼる」
ということは、日本語の古語では、「それ」のことを「おれ」といっていたということなのでしょうか。「おれ」が三母音化すれば確かに「うり」になりますよね。また調べたらご報告します。

しかし、“喜多見で沖縄語を話す会”では、こんなややこしい専門的な勉強をしているわけではありません。今日のはなしは高山正樹の趣味ですね。だいたい、メンバーがこのブログを読んでいるってハナシは聞いたことありませんし。

で、今日は「これ(くり)」「それ(うり)」「あれ(あり)」関連のお勉強をしました。
「この」と「その」と「あの」です。ウチナーグチで言うと「くぬ」「うぬ」「あぬ」です。

あぬっ人(ちょー)、いっぺー肝(ちむ)清(ちゅ)らさいびーん
あの人は、とっても心やさしいです。

美(ちゅ)ら海水族館なんてありますが、「ちゅら」に「美しい」という字を当てると、ちょっと違うのだ。「ちゅら」は「清い」というイメージに近い言葉なのだ。

こういうこだわりって、頑固な年寄りの小言なのでしょうか。そんなハナシをしながら、今日もあっという間に過ぎた2時間半でした。

今日は前回よりもちょっと増えた面子でafter勉強会。場所は“酒菜”。
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夏っちゃんのグー!
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今日は旧暦の1月1日です。
沖縄の正月といえば「若水」。そのことについては新暦の1月1日に書いたのでそちらをお読みください。
 ⇒A Happy New Year !(雑煮・沖縄・若水)

さて、沖縄で新年の挨拶はどういうのか。
「いいそーぐぁちでーびる」(※「ぐぁ」については音韻講座プロローグ《4》を参照)
訳せば「良いお正月ですね」といったところでしょうか。
『沖縄語辞典』で「おめでとう」を逆引きすると「(新年のあいさつ)’iisjoogwaçi」と出てきます。

でもね、本当にそうなのかなあ、と思うのです。紋切り型の日本語と、ウチナーグチをいっしょくたにしていいのだろうか。
去年の7月に「沖縄のあいさつ」という記事を書いているので、まずはどうかそれを読んでみてください。
 ⇒http://lince.jp/hito/aisatu…

柳田国男が『毎日の言葉』という本を書いています。その中の、「あいさつの言葉」という文章を読むと、昔の日本は、沖縄と同じだったのだということがよくわかります。(沖縄を通してみると、柳田国男という民俗学者は、やっぱりすごい人だったのだということが実感できるのです。)
「今でも挨拶という語を使わぬ人が、稀ならず居る」と、柳田国男は指摘します。そしてそういう人たちは、その代りに「言葉をかける」とか言う。
「たとえば今誰それが爰(ここ)を通ったが、声を掛けずに行ったのはどうしたのだろうなどと謂います。」
これって、儀間進さんや國吉さんから教えて頂いた、沖縄のおじいやおばあと子どもたちとの関係と同じではありませんか。

「物いいという語があいさつと変っても、言うべき言葉はそう急にはちがって来ず、従って人は一生のうち何千何万とそれをくりかえすので、聴く人も別にその内容にまでは注意せず、従ってやや形ばかりのものに固定してしまったかと思われるのであります。」

「物いいの言葉を分類して見ますと、(中略)常体即ちふだんのものと、臨時即ちよそ行きのものとの、二種になるようであります。言いかわすべき相手は同じでも、婚礼誕生その他の一生の大事件、もしくは盆正月節供祭礼の如き、年に一度しか無い場合の物いいは耳だちます。従って少しはめいめいの考えや感を、まじえてもよかったわけでもありますが、そうそうは適当な言葉が案じ出せぬので、是も大体には誰かのよい言葉を覚えて居て使うので、同じ型になりがちでありました。」

「平穏な以前の生活では、物をいいたくともそう毎日の話題はありません。そこで勢い内容の乏しい、有りふれたことばかりを口にするようになって、愈々形式化を早めたのであります。」

「現在我々の用いている『今日は』や『今晩は』などは、形としては不完全で、(中略)事によると是も使用の区域が広くなった為に、はっきりとしまいまで言ってしまうことの出来ぬ事情が有ったからかも知れません。」

「早朝の言葉、是は今殆どオハヨウの一つに統一しかかっていて、それは何を言うつもりなのかも不明になりかかって居ますが、本来は早く起き出したねと、相手の勤勉を感嘆する意味でありました。それ故に八時九時に顔を洗いに出るような朝寝坊に対しては、今でも気のこまかい人は、微笑を帯びてで無いと此語を発しません。」

「天気の批評は種類が多く、又実際に即して居ますから、『今日は』みたように空虚には聞えませんが、是が昔からの早朝の物言いではなかったことは確かで、何か其前にもう一つ、早起きをせぬ者にも通用すようなのが有った筈であります。沖縄の島でいうチウヤウガナビラ、今日は拝み侍るよ。又は種子島などのキョウハメツカリ申サンが其日始めて顔を合すときの礼節の言葉だったと思いますが、それに該当すものの中央にもあることは、まだ私は聴いて居りません。」


喜多見で沖縄語を話す会の皆様へ。
柳田国男『毎日の言葉』、ウチナーグチを学習する者の必読書かもしれませんよ。


「いー正月でーびる、若年わかわかーとぅ、うとぅんしぇーびてぃー」
このくらいは物言いたいものですねえ。
一週間実験延長も今日で終わり
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(現在26位、惜しかった……)


この日撮影した画像は全て間違えて消去してしまいました。あーあ…
そのあたりの事情は五味さんのブログにて。
 ⇒http://m53.blog80.fc2.com/blog-entry…

今日も川岸さんがシークヮーサーを差し入れてくださいました。大きいのは夏子さんのお土産、沖縄のタンカンです。
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(この画像は辛うじて残っていたお土産を後から撮影し直しました。)

さて、前回(第4回)の復習です。
くれー、うちなーぬタンカンやいびーん。

本日は、この「くれーこれは)」という言い方をもっと拡げて、「~は」全般のお勉強をしました。

日本語の助詞「」は、沖縄では「」です。日本語の「これ」は沖縄語では「くり」。とすると、「これは」は「くりや」となるはずです。確かにそれでも間違いではないのですが、しかしこの言い方は文語調なんですね。口語では使いません。普段の話し言葉では「くれー」となるのです。どういうことかというと、主語「くり」に助詞「」がついた時、主語の語尾が変化するということなのです。

また「あそこ」を沖縄語で言うと「あま」です。「あそこは」を文語的に言えば「あまや」ですが、口語だと「あまー」となるのです。

 「これは」→「くり」+「」→「くれー
 「あそこは」→「あま」+「」→「あまー

こうした語尾変化には規則があります。

1:まず、主語となる単語の最後の音が「ア段」の単音で、それに助詞「や」が付く場合は、最後の音がただ延びて長音になるだけ。「あまや」が「あまー」となるのがこれですね。「花は」は沖縄の文語的言い方では「花や」ですが、口語では「花ー(はなー)」となります。
花ー、ちゅらさん」(花はきれい

2:次に「イ段」の単音の場合は、「エ段」に変化して長音になります。「くりや」が「くれー」となるのがこれにあたります。「それ」は沖縄語で「うり」、「それは」は「うりや」で「うれー」となる。「あれ」は「あり」で「あれは」は「ありや」で「あれー」、みんなこのパターンですね。

3:「ウ段」の単音は「オ段」の長音に変化します。例えば……、と言葉を捜し始めてちょっと困りました。日本語に「ウ段」で終る名詞って以外に少ないんですねえ。何故だろうと考え出すと、けっこうおもしろそうなのですが、今日のところはやめておきましょう。沖縄語には「ウ段」で終る名詞がたくさんあるんですけどね。なぜなら日本語の「」がウチナーグチでは「」になる場合が多いから。例えば「箱(はこ)」はウチナーグチで「はく」です。だから「箱(はく)は」は「はこー」になる。でも、初心者には混乱してしまいそうな例ですよね。「福(ふく)」は沖縄語でも「ふく」、よし、これでいこう。「福は」は「ふこー」、あれ「福」は「不幸」? だめだ、別の意味で分かりにくい。
 ⇒沖縄のいわゆる三母音について(上舌化のこと)

4:「エ段」の単音と5:「オ段」の単音は、「ア段」と同じようにただ延ばすだけです。でもいい例がありません。なぜなら、ウチナーグチには「エ段」「オ段」の単音が殆どないのです。じゃあ、無用の規則なのかというと、そうでもなさそう。沖縄にとっての外来語である日本語の単語を、どう沖縄語に取り込むかを考える時、重要な規則になりそうです。このことはいずれまた。

6:主語の語尾が「」の場合は全て「のー」になります。「天は」は「てのー」。但し、唯一例外があります。「」は沖縄語で「我ん(わん)」です。ですから「私は」を規則に当てはめれば「わのー」となるはずですが、この場合のみ「我(わ)んねー」というのです。

7:最後に語尾が長音の場合は語尾変化は起きません。つまり、この時は助詞「」をそのまま付けるのです。「シークヮーサーは」は「シークヮーサーや」です。「ゴーヤーは」は「ゴーヤーや」です。
あれ、じゃあ「ゴーヤー」を「ゴーヤ」という八重山ではどうなるんだろう。むちかさん。
 ⇒八重山では「ゴーヤ」という

さて、この助詞「」に関する主語の語尾変化について、もう少し体系的に突っ込んだ説明をしたいのですが、そのためには、まず音韻講座を進めておいた方がよさそうです。そのあとで、またここに戻ってこようと思っています。

楽しいお勉強の時間が終って、國吉先生と富久さんと五味さんと、ふくやで一杯やりました。
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(この写真は五味さんから拝借しました。)

その後、國吉先生と富久さんは終電に急いでお乗りになりましたが、五味さん、もう電車ないよ。じゃあもう一軒だ。というわけでLa_Portへ。何故かベロベロに酔ってお店に入ってこられた狛江市の飲食店組合の偉い方(らしい)を交えての記念撮影。
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(この写真はデータを全部消してしまった直後に、気を取り直して撮影したものです。)

そしてこの日、五味さんは歩いて20分の本部事務所に宿泊されたのでした。

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高山正樹 Masaki Takayama
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