1月18日月曜日: 第4回 喜多見で沖縄語を話す会
【沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)】&講座《8》
前回(第3回)の喜多見で沖縄語を話す会は、去年の12月3日、事務所の小部屋でやりました。
12月14日、アサヒタウンズに紹介記事が掲載されると、多くの方からお問い合わせがあり、12月25日の忘年会を兼ねた“金城さんの沖縄料理を食べる会”をご案内したところ、たくさんの方にお越しいただきました。
そして本日、今年最初の“喜多見で沖縄語を話す会”の日がやってきました。
大盛況です。この短い期間でこんなふうになるなんて、きっとこれが「うちなーぐち」の力なんですね。

ところで、M.A.P.after5ウチナーグチ講座のほうがちっとも進んでいませんなあ。
ということで、ここらでちょちょいと半母音のお話を。
【沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)】
⇒沖縄語の音韻講座を始めから読む
半母音も、言語学的に突き詰めればなかなか難しく、様々な考え方、説明の仕方があるようですが、ここでは日本語と沖縄語を考える上で必要なことだけ、簡単に説明いたします。厳密じゃないと怒らないでくださいませ。
日本語の母音は、あ・い・う・え・お の五つ。それに子音(k・S・T……)がくっついたものがあって日本語の音が出来ているわけですが、その子音と思しきものの中に、半母音がふたっつ混ざっています。それがWとYです。
この2個の子音が他の子音と違うところは、このWとYは、母音と他の子音の間に挟まって機能する場合があるということです。例えば、ひゃ(hya)とか、びゅ(byu)とか。
この母音と子音の間に挟まる[y]については、日本語と沖縄語に特に違いはないので、もう忘れてください。しかし[w]の方はそうはいかない。日本語の50音表には、母音と子音に挟まる[w]は見当たりませんが、沖縄語にはあるのです。それが[kw]と[gw]です。
そこで、前回の沖縄語の音韻講座プロローグ(3)の50音表に、この新たな2行を加えることにしましょう。

この日の川岸さんのお土産、シークァーサー。

さあ、これで沖縄の50音表が完成して、いよいよ音韻講座の本編に入れるのか、と思いきや、そうはいかないのです。
母音と子音に挟まれない場合の、つまり他の子音と同じ使われ方の[y]と[w]と、本来の母音と、こいつらが、沖縄語の音韻において、もっとも曲者なのです。結論から言うと、この沖縄語における半母音と母音は、それぞれ声門破裂音とそうでない場合とを分けなければいけないのです。
「あぬ うとー うとぅ うっちょーん」(あのご主人は評判がいい)
「うとー」の「う」は破裂しない。「うとぅ」と「うっちょーん」の「う」は破裂する。
富久さんの頭も、破裂寸前です。

声門破裂音については次回に詳しく。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(5)へ
とりあえず声門破裂音のサブカテゴリーだけ作ってみました。
今日もあっちへ脱線、こっちに転覆。そのあたりは五味さんのブログへ。
⇒この日の五味さんの記事
そういうわけで、肝心要のお勉強の方は、たったふたつの構文を習っただけで終ってしまいました。
うちなーぐち講座《8》
くれー、ぬーやが。(此れは何?)
くれー、ムーチーやん。(此れは餅だ)
くれー、ぬーやいびーが。(此れは何ですか?)
くれー、ムーチーやいびーん。(此れは餅です)

金城さんが作ってきてくれました。間もなく鬼餅(ムーチー)。初孫ができたので、皆さんに配るためにいっぱい作ったんだって。
くゎっちーさびたん。(ごちそうさまでした)
(※あれ、「くゎ」じゃなくて「くぁ」じゃないのかって?そうなんです。「くゎ」って書いたり「くぁ」って書いたり、色んな人が色々な書き方をしているのです。これが沖縄語の表記問題です。それを何とかしようというひとつの提案が「新沖縄文字」なのです。)
12月14日、アサヒタウンズに紹介記事が掲載されると、多くの方からお問い合わせがあり、12月25日の忘年会を兼ねた“金城さんの沖縄料理を食べる会”をご案内したところ、たくさんの方にお越しいただきました。
そして本日、今年最初の“喜多見で沖縄語を話す会”の日がやってきました。
大盛況です。この短い期間でこんなふうになるなんて、きっとこれが「うちなーぐち」の力なんですね。
ところで、M.A.P.after5ウチナーグチ講座のほうがちっとも進んでいませんなあ。
ということで、ここらでちょちょいと半母音のお話を。
【沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)】
⇒沖縄語の音韻講座を始めから読む
半母音も、言語学的に突き詰めればなかなか難しく、様々な考え方、説明の仕方があるようですが、ここでは日本語と沖縄語を考える上で必要なことだけ、簡単に説明いたします。厳密じゃないと怒らないでくださいませ。
日本語の母音は、あ・い・う・え・お の五つ。それに子音(k・S・T……)がくっついたものがあって日本語の音が出来ているわけですが、その子音と思しきものの中に、半母音がふたっつ混ざっています。それがWとYです。
この2個の子音が他の子音と違うところは、このWとYは、母音と他の子音の間に挟まって機能する場合があるということです。例えば、ひゃ(hya)とか、びゅ(byu)とか。
この母音と子音の間に挟まる[y]については、日本語と沖縄語に特に違いはないので、もう忘れてください。しかし[w]の方はそうはいかない。日本語の50音表には、母音と子音に挟まる[w]は見当たりませんが、沖縄語にはあるのです。それが[kw]と[gw]です。
そこで、前回の沖縄語の音韻講座プロローグ(3)の50音表に、この新たな2行を加えることにしましょう。

この日の川岸さんのお土産、シークァーサー。
さあ、これで沖縄の50音表が完成して、いよいよ音韻講座の本編に入れるのか、と思いきや、そうはいかないのです。
母音と子音に挟まれない場合の、つまり他の子音と同じ使われ方の[y]と[w]と、本来の母音と、こいつらが、沖縄語の音韻において、もっとも曲者なのです。結論から言うと、この沖縄語における半母音と母音は、それぞれ声門破裂音とそうでない場合とを分けなければいけないのです。
「あぬ うとー うとぅ うっちょーん」(あのご主人は評判がいい)
「うとー」の「う」は破裂しない。「うとぅ」と「うっちょーん」の「う」は破裂する。
富久さんの頭も、破裂寸前です。
声門破裂音については次回に詳しく。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(5)へ
とりあえず声門破裂音のサブカテゴリーだけ作ってみました。
今日もあっちへ脱線、こっちに転覆。そのあたりは五味さんのブログへ。
⇒この日の五味さんの記事
そういうわけで、肝心要のお勉強の方は、たったふたつの構文を習っただけで終ってしまいました。
うちなーぐち講座《8》
くれー、ぬーやが。(此れは何?)
くれー、ムーチーやん。(此れは餅だ)
くれー、ぬーやいびーが。(此れは何ですか?)
くれー、ムーチーやいびーん。(此れは餅です)
金城さんが作ってきてくれました。間もなく鬼餅(ムーチー)。初孫ができたので、皆さんに配るためにいっぱい作ったんだって。
くゎっちーさびたん。(ごちそうさまでした)
(※あれ、「くゎ」じゃなくて「くぁ」じゃないのかって?そうなんです。「くゎ」って書いたり「くぁ」って書いたり、色んな人が色々な書き方をしているのです。これが沖縄語の表記問題です。それを何とかしようというひとつの提案が「新沖縄文字」なのです。)
12月 3日木曜日: 第3回 喜多見で沖縄語を話す会
うちなーぐち講座《7》【くまー喜多見やいびーん】
⇒“喜多見で沖縄語を話す会”第1回
⇒“喜多見で沖縄語を話す会”第2回
“喜多見で沖縄語を話す会”の第3回は7時から。その前の6時頃から、取材がありました。
朝日新聞姉妹紙のアサヒタウンズ。
さて、どんなふうに書いてくれるのかな。楽しみです。
現在「喜多見で沖縄語」皆勤賞の夏子さんが「mota」を連れて来た。「mota」ってどなた?

もたち(mota)さんは沖縄関連ブログ界では超有名人らしい。
もたちさんの私物です。沖縄限定の…… 聞いたけど忘れちゃいました。

もたちさんの奥さんは植村順子さんというフルート奏者で……

こんなコンサートをやってます。

では、前回のお勉強「~やん」の復習です。
「もたちさんやん」
これを日本語に訳すと、「もたちさんだ」。
さて、今日はもう少し丁寧に。
「もたちさんやいびーん」
「もたちさんです」ということですね。
でも、これではHe is Mr. Mota.にはまだ足りない。Heをつけないとね。
ウチナーグチで「この方」とか「こちら様」は、「くま」といいます。それから日本語の助詞「~は」は、ウチナーグチでは「~や」。だから「この方はもたちさんです」をウチナーグチで言うと、「くまやもたちさんやいびーん」となります。でも「くまや」はちょっと文語調で普通は使いません。はなしことばでは、「くまや」は「くまー」に変化して、「くまーもたちさんやいびーん」というのが普通ですね。
「くま」には、「この方」とか「こちら様」の他に、「ここ」という意味もあります。
「くまー喜多見やいびーん」(ここは喜多見です)
「くまー金城さんやいびーん」(こちらは金城さんです)
「くまー國吉さんやいびーん」(この方は國吉さんです)

「この方」とか「こちら様」は目上の人に使う言葉。では単に「この人」という場合はどういうのか、それについては次回ということにしましょう。なんせ今日も脱線だらけで、なかなか先に進まなかった。でもこれがいいんだな。
というわけで、脱線ばなしをふたつばかりしましょう。
ウチナーグチは敬語が大切。奥さんが旦那さんに「かめー(食え)」なんて言ったら大変です。「うさがみそーれー(お召し上がりください)」と言わなきゃね。
沖縄では夫婦喧嘩も敬語です。「うんじゅ(あなたさま)」と丁寧に呼びかけて、「にち、うさがみそーれー」。ご自分で煮てお召し上がりください。厨房に入ったこともない誇り高き首里の男性にとっては、この妻の言葉は餓死しろと同じですなあ。
もうひとつ。
腹筋が痛くなるほど大笑いしたとき、日本語では「腹を抱えて笑う」といいます。では、ウチナーグチでは何というのか。「腹を抱えて笑う」を直訳すると、「わたぬ むちゃげてぃ わらゆん」となります。おなかを持ち上げて笑う。でもこれは間違いなのです。こういう直訳によって沖縄語が乱れてきている。正しくウチナーグチで訳すと、「わたぬ くふぁるか わらゆん」。この文章を、逆に日本語に直訳すると、「おなかが硬くなるほど笑う」。
さて、皆さん、どちらのほうが現象を的確に捉えていると思われますか?
おっと、また遅くなっちゃった。本日はここまで。
もう遅いのに、國吉さんをお誘いして酒菜へ。

飲む酒は泡盛。肴はハタハタ。美味。


ウチナーグチ談義はまだまだ続きます。

それを尻目に、こちらはスーさんと琉球グラス談義。

琉球グラスについては、いずれお話したいと思っているのですが、ちょっとナイーブなんだよなあ。
今日ももうすぐ終ります。
あれ、駅にたくさんの人が……

壊れた「喜多見駅」の看板を直してるんですね。

でも、ただ立ち話して見上げているだけの人たちがたくさん。
なんでかなあ……
⇒“喜多見で沖縄語を話す会”第2回
“喜多見で沖縄語を話す会”の第3回は7時から。その前の6時頃から、取材がありました。
朝日新聞姉妹紙のアサヒタウンズ。
さて、どんなふうに書いてくれるのかな。楽しみです。
現在「喜多見で沖縄語」皆勤賞の夏子さんが「mota」を連れて来た。「mota」ってどなた?
もたち(mota)さんは沖縄関連ブログ界では超有名人らしい。
もたちさんの私物です。沖縄限定の…… 聞いたけど忘れちゃいました。
もたちさんの奥さんは植村順子さんというフルート奏者で……
こんなコンサートをやってます。
では、前回のお勉強「~やん」の復習です。
「もたちさんやん」
これを日本語に訳すと、「もたちさんだ」。
さて、今日はもう少し丁寧に。
「もたちさんやいびーん」
「もたちさんです」ということですね。
でも、これではHe is Mr. Mota.にはまだ足りない。Heをつけないとね。
ウチナーグチで「この方」とか「こちら様」は、「くま」といいます。それから日本語の助詞「~は」は、ウチナーグチでは「~や」。だから「この方はもたちさんです」をウチナーグチで言うと、「くまやもたちさんやいびーん」となります。でも「くまや」はちょっと文語調で普通は使いません。はなしことばでは、「くまや」は「くまー」に変化して、「くまーもたちさんやいびーん」というのが普通ですね。
「くま」には、「この方」とか「こちら様」の他に、「ここ」という意味もあります。
「くまー喜多見やいびーん」(ここは喜多見です)
「くまー金城さんやいびーん」(こちらは金城さんです)
「くまー國吉さんやいびーん」(この方は國吉さんです)
「この方」とか「こちら様」は目上の人に使う言葉。では単に「この人」という場合はどういうのか、それについては次回ということにしましょう。なんせ今日も脱線だらけで、なかなか先に進まなかった。でもこれがいいんだな。
というわけで、脱線ばなしをふたつばかりしましょう。
ウチナーグチは敬語が大切。奥さんが旦那さんに「かめー(食え)」なんて言ったら大変です。「うさがみそーれー(お召し上がりください)」と言わなきゃね。
沖縄では夫婦喧嘩も敬語です。「うんじゅ(あなたさま)」と丁寧に呼びかけて、「にち、うさがみそーれー」。ご自分で煮てお召し上がりください。厨房に入ったこともない誇り高き首里の男性にとっては、この妻の言葉は餓死しろと同じですなあ。
もうひとつ。
腹筋が痛くなるほど大笑いしたとき、日本語では「腹を抱えて笑う」といいます。では、ウチナーグチでは何というのか。「腹を抱えて笑う」を直訳すると、「わたぬ むちゃげてぃ わらゆん」となります。おなかを持ち上げて笑う。でもこれは間違いなのです。こういう直訳によって沖縄語が乱れてきている。正しくウチナーグチで訳すと、「わたぬ くふぁるか わらゆん」。この文章を、逆に日本語に直訳すると、「おなかが硬くなるほど笑う」。
さて、皆さん、どちらのほうが現象を的確に捉えていると思われますか?
おっと、また遅くなっちゃった。本日はここまで。
もう遅いのに、國吉さんをお誘いして酒菜へ。
飲む酒は泡盛。肴はハタハタ。美味。
ウチナーグチ談義はまだまだ続きます。
それを尻目に、こちらはスーさんと琉球グラス談義。
琉球グラスについては、いずれお話したいと思っているのですが、ちょっとナイーブなんだよなあ。
今日ももうすぐ終ります。
あれ、駅にたくさんの人が……
壊れた「喜多見駅」の看板を直してるんですね。
でも、ただ立ち話して見上げているだけの人たちがたくさん。
なんでかなあ……
11月24日火曜日: 第2回 喜多見で沖縄語を話す会
(うちなーぐち講座《6》)
沖縄から帰ってきた日の夜です。
今日は喜多見で沖縄語を話す会の第2回。11月9日の第1回に続いての開催です。
第1回も参加してくださった夏子さんと金城さんです。

夏子さんについては以前ちょっとご紹介したので、今日は金城さんのこと。
金城さんは伊江島のご出身です。伊江島は本部(もとぶ)半島の北西に位置する島。沖縄本島から約10kmという近さですから、美ら海水族館などからも、伊江島のシンボルであるタッチュー(城山)がよく見えます。

かつてこの伊江島には、沖縄での日本軍最大の飛行場があり、そのために、あの沖縄戦で熾烈な戦いが繰り広げられた島でもあります。
金城さんは今更あらためて勉強する必要のないくらいウチナーグチが堪能です。でも、私達の沖縄語を話す会に参加してくださいました。金城さんも、きっと充実した時間を楽しんでいらっしゃるのだと思います。うちなーぐち初心者のメンバーたちにとっても、金城さんのような方が一緒にいてくださることが、とっても楽しくて嬉しいのです。
「あめーけんちゃけんちゃ、ちゃーちゅーぱんじゃやてぃー」
伊江島の言葉です。沖縄本島からたった10kmしか離れていないのに、我が沖縄語を話す会の國吉眞正先生にしても、この言葉をスッと理解することはできませんでした。
「あめーけんちゃけんちゃ」は「あらー、まー」みたいな感じ。那覇あたりのウチナーグチなら「あいえーなー」といったところでしょうか。「ちゃー」は「ずーっと」、これは那覇や首里でも同じ。「ちゅーぱんじゃ」は「がんじゅー」、つまり「元気」ですね。
久しぶりに会った人に、「あらまあ、ずっと元気だった?」と、はじけて思わずハグでもしそうな言葉です。沖縄本島の首里那覇周辺の沖縄語で表現するなら、「あいえーなー、ちゃーがんじゅーやてぃー」。
こんな難しい勉強を、最初からやっているわけではありません。でも話はこんなふうにあっちこっちへ脱線します。これがまた楽しいのです。
で……
うちなーぐち講座《6》
今日正式に習った言葉は「~やん」。日本語に訳せば「~だ」「~である」。基本的に勉強したは、たったこれだけです。
後は単語を少し。眼鏡は「がんちょー」で、砂糖は「さーたー」、間違いが「まちげー」だとか。単語は頑張って憶えようというわけではなく、ボチボチと、「へー、そうなんだ」みたいにゆるーいテンポでやっていきます。
「がんちょーやん」は「眼鏡である」で、「がんちゅーやん」は「元気である」だね。「なかなか上等やん」なんて言いながら。
あ、そうだ、ちょっと面白い単語のハナシはご紹介しておきましょう。
「スプーン」は「スプーン」ですが、「匙(さじ)」なら「けー」。「しゃもじ」は飯を掬う匙だから「みしげー」、鍋で使う「おたま」は「なびげー」。おー、分かりやすい。
そして新しい仲間のご紹介。夏子さんのルームメイトで広島出身の西武門(にしんじょー)もみ子さんです。

独学で三線をやってます。西武門もみ子はもちろん芸名。「もみ子」の「もみ」は広島名物もみじ饅頭の「もみ」、西武門は「西武門節」からとったようですが、沖縄の人なら女性の名前にいくら芸名でも「西武門」とはつけないかな。北海道で言えば「すすきの花子」ってところでしょうか。でも、いい感じ。
今日もあっという間に終電近くなってしまいました。今日はここまで。

みなさま、末永く宜しくお願いします。
今日は喜多見で沖縄語を話す会の第2回。11月9日の第1回に続いての開催です。
第1回も参加してくださった夏子さんと金城さんです。
夏子さんについては以前ちょっとご紹介したので、今日は金城さんのこと。
金城さんは伊江島のご出身です。伊江島は本部(もとぶ)半島の北西に位置する島。沖縄本島から約10kmという近さですから、美ら海水族館などからも、伊江島のシンボルであるタッチュー(城山)がよく見えます。

かつてこの伊江島には、沖縄での日本軍最大の飛行場があり、そのために、あの沖縄戦で熾烈な戦いが繰り広げられた島でもあります。
金城さんは今更あらためて勉強する必要のないくらいウチナーグチが堪能です。でも、私達の沖縄語を話す会に参加してくださいました。金城さんも、きっと充実した時間を楽しんでいらっしゃるのだと思います。うちなーぐち初心者のメンバーたちにとっても、金城さんのような方が一緒にいてくださることが、とっても楽しくて嬉しいのです。
「あめーけんちゃけんちゃ、ちゃーちゅーぱんじゃやてぃー」
伊江島の言葉です。沖縄本島からたった10kmしか離れていないのに、我が沖縄語を話す会の國吉眞正先生にしても、この言葉をスッと理解することはできませんでした。
「あめーけんちゃけんちゃ」は「あらー、まー」みたいな感じ。那覇あたりのウチナーグチなら「あいえーなー」といったところでしょうか。「ちゃー」は「ずーっと」、これは那覇や首里でも同じ。「ちゅーぱんじゃ」は「がんじゅー」、つまり「元気」ですね。
久しぶりに会った人に、「あらまあ、ずっと元気だった?」と、はじけて思わずハグでもしそうな言葉です。沖縄本島の首里那覇周辺の沖縄語で表現するなら、「あいえーなー、ちゃーがんじゅーやてぃー」。
こんな難しい勉強を、最初からやっているわけではありません。でも話はこんなふうにあっちこっちへ脱線します。これがまた楽しいのです。
で……
うちなーぐち講座《6》
今日正式に習った言葉は「~やん」。日本語に訳せば「~だ」「~である」。基本的に勉強したは、たったこれだけです。
後は単語を少し。眼鏡は「がんちょー」で、砂糖は「さーたー」、間違いが「まちげー」だとか。単語は頑張って憶えようというわけではなく、ボチボチと、「へー、そうなんだ」みたいにゆるーいテンポでやっていきます。
「がんちょーやん」は「眼鏡である」で、「がんちゅーやん」は「元気である」だね。「なかなか上等やん」なんて言いながら。
あ、そうだ、ちょっと面白い単語のハナシはご紹介しておきましょう。
「スプーン」は「スプーン」ですが、「匙(さじ)」なら「けー」。「しゃもじ」は飯を掬う匙だから「みしげー」、鍋で使う「おたま」は「なびげー」。おー、分かりやすい。
そして新しい仲間のご紹介。夏子さんのルームメイトで広島出身の西武門(にしんじょー)もみ子さんです。
独学で三線をやってます。西武門もみ子はもちろん芸名。「もみ子」の「もみ」は広島名物もみじ饅頭の「もみ」、西武門は「西武門節」からとったようですが、沖縄の人なら女性の名前にいくら芸名でも「西武門」とはつけないかな。北海道で言えば「すすきの花子」ってところでしょうか。でも、いい感じ。
今日もあっという間に終電近くなってしまいました。今日はここまで。
みなさま、末永く宜しくお願いします。
11月16日月曜日: 沖縄国際大学西岡敏ゼミ研究室
【沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)】
《高山正樹》
那覇空港到着(16:00)。新城亘さん國吉眞正さんと、ホテルのロビーで待ち合わせて、沖縄国際大学、西岡ゼミの研究室へ(18:30)。
亘さんが西岡敏准教授に繋いでくださったのです。
「ウチナーグチを守ろう」
最近の沖縄で、よく聞かれるスローガンです。
行政も動き始めているようです。あの悪名高き方言札の時代を思うと、隔世の感があります。しかし、いったいどうしたらウチナーグチをきちんと残していけるのか、なかなか困難なのです。
そのひとつに、表記の問題があります。このことについては、M.A.P.after5でも幾度か書いてきました。
⇒http://lince.jp/hito/freetalk…
⇒http://lince.jp/hito/kiritan…
今、何人かの言語学者の方々が、それぞれの表記法を唱えていらっしゃいます。しかし、どれがいいのかの評価は定まっておらず(というより大方の人は表記問題には無頓着です)、また言語学とは関係のない人たちは、自分の喋る音を、カナを駆使してその都度書き表わしているというのが現状なのです。
例えば儀間進氏のエッセイでさえ、同じ「どぅ」という表記でも、[doo]と読むべき場合があったり、[du]だったり、[duu]だったりするのです。ウチナーグチをある程度理解している方々なら問題なく読み分けてくださるでしょう。しかし、ウチナーグチのわからないものにとっては、これは大変に困ったことです。「どぅ」という表記を自然に読むとどうなるか、漫画で自由な擬音に慣れている若者と、明治の頃の小説をたくさん読んでいらしたご年配の方とは違っているかもしれません。そういう中で、間違った発音のウチナーグチが氾濫していくという事態が起こっています。
この日、國吉眞正さんは、船津好明さんの考案された新沖縄文字が、いかに優れているかについて、精力的に語られました。このお歳で、これほど情熱を持っていらっしゃる國吉さんに、あらためて頭の下がる思いがしたのです。
M.A.P.after5でも、新沖縄文字について、ちょっとだけご報告したことがあります。
⇒http://lince.jp/hito/hisabisa…
しかし、今までのところ、まだきちんと詳しくご紹介はしていません。それは、M.A.P.として、様々な表記法を比較検討するまでに到っていないからです。
しかしながら今日は、船津さんの考案した新沖縄文字について、率直に思っていることを語ってみたくなりました。
「僕も当初、この新しい文字に、ちょっとした違和感を感じたのです。どの音にどの表記を当てるかは単なるルールに過ぎないのだから、どんな記号を使おうとかまわないはずだ。ならば今ある仮名文字を使って、この音のときはこう書くという決まりを作ればいいだけのことではないか、その方が一般にも受け入れてもらいやすいのではないかと。でも、実際に新沖縄文字を使って教えてもらうと、仮名文字を使うよりもはるかにわかりやすいのです。それは何故なのかと考えてみました。それは、新沖縄文字は、ここでこの発音をしなさいというわかりやすい指示となっているからなのです。いつも使っている仮名文字での表現ではそうはいきません。ややもすると、沖縄特有の音韻ということが、たいへんにぼやけてしまう。
また、現状、既存の仮名文字を使ってたくさんのウチナーグチの文章が書かれていますが、それらはいったいどのルールで書かれているのか、そもそも一定の決められたルールに拠っているのか、さっぱりわからない場合が多いのです。
その点、この新沖縄文字を使うと、この音で発音せよという明確な指示を伝えることができるのです。その意味で、新沖縄文字は、ウチナーグチを学ぼうとする初心者にとっては、たいへん有効な指針となるのです。」
僕のこの素人の意見に、若き言語学者の西岡敏先生は、ありがたいことに理解を示してくださいました。
ふと見ると、研究室の壁に、M.A.P.でも販売している50音表が貼られてありました。
調子に乗って、恐れを知らぬ素人は、なおも発言を続けます。
「沖縄の音韻を理解するためには、まず日本語の50音表のいい加減さを理解することが有効だと思うんです。」
さて、ここで……
前回のウチナーグチ講座で、次回は「半母音について」と予告しましたが、せっかくなので、半母音のことをお話する前に、この際「日本語の50音表」について、ちょっと考察してみたいと思います。
というわけで……
【急遽開催!沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)】
⇒沖縄語の音韻講座を始めから読む
仮名は、基本的には表音文字です。例えば「た」という文字は[ta]という音で読まれなければなりません。仮名1個が1個の音に、一対一で対応しています。
日本語には母音が5つあり、それぞれがすべての子音と完全に対応しているため、50音表は日本語の仮名を理解するためにはとっても便利なアイテムです……、ということになっています。

はたして、ほんとういそうなのでしょうか。正しくは、「日本語の5つの母音は、子音と完全に対応していた」と、過去形でいうべきなのです。
わたしたち日本人は、たとえば「た」と「ち」は、それぞれ同じ子音[t]に母音の[a]と[i]がくっついていると思っています。しかし実はそうではありません。「た」は[ta]ですが、「ち」は[ti]ではありません。[ti]なら、それは「てぃ」と読まれなければならないのです。現代人は「ち」を[ci]と発音している。つまり「ち」の子音は[t]ではなく[c」なのです。
しかし、古代の大和では、「ち」は「てぃ([ti])」と発音していたらしい。同様の例はたとえば「さ行」にも「は行」にも、それ以外にもたくさんあります。つまり、その頃は、今よりもずっと、50音表の整合が取れていたのだといわれているのです。しかし、その後の音韻変化によって、その音自体は変わっていったのですが、50音表は旧来の並びのまま使われ続け、結果日本語の50音表の音韻的整合性は失われていきました。
ところが、沖縄語には、この日本語では失われた音韻が、昔のまま残っているのです。「てぃ」とか「どぅ」とかがそれです。さて、そうした音を、既存の日本語の50音表に入れ込もうとしたら、どうすればいいのでしょうか。沖縄語特有の音韻のために、新しい行を付け加えればいいのでしょうか。いえいえそうではありません。まずは現行の50音表を、現在の発音(子音)の通りに並び替えてみればいいのです。そうすると、新たな50音表の中に、沖縄語特有の音韻の、納まるべき指定席のあることがわかるはずです。

※例えば、●赤丸のところには「てぃ(ti)」が入ります。
※また、このほかに、声門破裂音がらみと、j・wといった半母音がらみの新しい行が必要となります。
この新しい50音表に新沖縄文字を当てはめていけば、沖縄特有の音を、容易に理解することができるのです。
各行の詳しい説明は、後日“沖縄語の音韻講座”でお伝えしていく予定です。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)へ
さて、西岡ゼミの研究室に戻りましょう。
表音文字の「かな文字」について、「仮名1個が1個の音に対応している」と述べましたが、しかしこれはあくまでも基本です。例えば、「~へ」という助詞は、[he]ではなく[e]と読まれています。というより「え」ではなく「へ」と書かなければならないというほうが正確でしょうか。また、かつては「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と読ませたとか、「けふ」は「きょう」だった、などなど。
⇒http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
こうしたことは、実は沖縄語にもあるのです。特に古典的な文章にそれが多い。これが沖縄語の表記の問題を、さらにややこしくしています。
また、拗音(「ちゃ」とか「ぎゅ」とか)は、1モーラ(※)でありながら大文字1個に小文字をくっつけて2文字で表わしています。(※モーラ:一定の時間的長さをもった音の分節単位。)
新沖縄文字は一音(1モーラ)につき一文字を基本としていて、「てぃ」は「て」と「ぃ」をくっつけた新しい図案の一文字で表しています。
西岡先生は、「こういう文字のことを言語学では合字というんですよ」と、世界の他の合字の例を上げて教えてくださいました。
「でも、拗音はそのまま使うんですね」
これは学者の視点だと、密かに感じたのでした。「一音一文字」ということの統一性を確保しなくてよいのか、新沖縄文字の考案者で数学者でもある船津好明さんは、これについてなんとおっしゃるのか、今度聞いてみたいなあ。
「パソコンで使える文字にするということも重要ですが、検索ということを考えた時、文字の順番も重要です。」
「パソコンの検索ですか?」
「いえ、辞書に掲載する文字の順番です。辞典などを引く時にはどうしても必要なことです。元来50音表はサンスクリットの音韻学がその起源だといわれています。その並びにも意味があるのです。新しい50音表は、是非そのあたりを考慮して作るのがいいと思いますよ」
なるほど、こういう話を聞くと腕が鳴ります。あ、これは船津先生にお任せすることですね。素人がでしゃばってはいけません。
そして、もうひとつ、忘れてはならない重要なことを西岡先生はおっしゃいました。
「首里や那覇あたりなら、この新沖縄文字で十分ですね」
西岡先生も、数年前に沖縄語の表記法を試案として考えられたことがあり、それをネットで公開していらっしゃいます。それは奄美から波照間島の音韻にまで及んでいて、並べられたその多様な音韻をあらためて眺めていると、目がクラクラしてくるのです。
⇒http://www8.ocn.ne.jp/~nisj/
結論として、言語学的に沖縄語の音韻を網羅するのならば、新沖縄文字もまだまだ改良する必要があるのかも知れないが、ウチナーグチを勉強するためのアイテムとしての有効性は、西岡先生も十分に認めてくださったようです。
実は西岡先生は、船津さんの「美しい沖縄の方言」を大切に持っていらっしゃいました。
⇒http://lince.jp/hito/densetu…
この「美しい沖縄の方言」は、西岡先生が沖縄語の勉強を始められた時の、最初の教科書だったのだそうです。
最後に、西岡先生は、もし新沖縄語を使った書籍を出版するようなことがあれば、推薦文を書いてくださるということを快くお約束してくださいました。
「この本には思い入れがありますから」

新しい50音表が出来上がったら、またお伺いさせていただきたいと思います。
西岡先生どの。本日は、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。
那覇空港到着(16:00)。新城亘さん國吉眞正さんと、ホテルのロビーで待ち合わせて、沖縄国際大学、西岡ゼミの研究室へ(18:30)。
亘さんが西岡敏准教授に繋いでくださったのです。
最近の沖縄で、よく聞かれるスローガンです。
行政も動き始めているようです。あの悪名高き方言札の時代を思うと、隔世の感があります。しかし、いったいどうしたらウチナーグチをきちんと残していけるのか、なかなか困難なのです。
そのひとつに、表記の問題があります。このことについては、M.A.P.after5でも幾度か書いてきました。
⇒http://lince.jp/hito/freetalk…
⇒http://lince.jp/hito/kiritan…
今、何人かの言語学者の方々が、それぞれの表記法を唱えていらっしゃいます。しかし、どれがいいのかの評価は定まっておらず(というより大方の人は表記問題には無頓着です)、また言語学とは関係のない人たちは、自分の喋る音を、カナを駆使してその都度書き表わしているというのが現状なのです。
例えば儀間進氏のエッセイでさえ、同じ「どぅ」という表記でも、[doo]と読むべき場合があったり、[du]だったり、[duu]だったりするのです。ウチナーグチをある程度理解している方々なら問題なく読み分けてくださるでしょう。しかし、ウチナーグチのわからないものにとっては、これは大変に困ったことです。「どぅ」という表記を自然に読むとどうなるか、漫画で自由な擬音に慣れている若者と、明治の頃の小説をたくさん読んでいらしたご年配の方とは違っているかもしれません。そういう中で、間違った発音のウチナーグチが氾濫していくという事態が起こっています。
この日、國吉眞正さんは、船津好明さんの考案された新沖縄文字が、いかに優れているかについて、精力的に語られました。このお歳で、これほど情熱を持っていらっしゃる國吉さんに、あらためて頭の下がる思いがしたのです。
M.A.P.after5でも、新沖縄文字について、ちょっとだけご報告したことがあります。
⇒http://lince.jp/hito/hisabisa…
しかし、今までのところ、まだきちんと詳しくご紹介はしていません。それは、M.A.P.として、様々な表記法を比較検討するまでに到っていないからです。
しかしながら今日は、船津さんの考案した新沖縄文字について、率直に思っていることを語ってみたくなりました。
「僕も当初、この新しい文字に、ちょっとした違和感を感じたのです。どの音にどの表記を当てるかは単なるルールに過ぎないのだから、どんな記号を使おうとかまわないはずだ。ならば今ある仮名文字を使って、この音のときはこう書くという決まりを作ればいいだけのことではないか、その方が一般にも受け入れてもらいやすいのではないかと。でも、実際に新沖縄文字を使って教えてもらうと、仮名文字を使うよりもはるかにわかりやすいのです。それは何故なのかと考えてみました。それは、新沖縄文字は、ここでこの発音をしなさいというわかりやすい指示となっているからなのです。いつも使っている仮名文字での表現ではそうはいきません。ややもすると、沖縄特有の音韻ということが、たいへんにぼやけてしまう。
また、現状、既存の仮名文字を使ってたくさんのウチナーグチの文章が書かれていますが、それらはいったいどのルールで書かれているのか、そもそも一定の決められたルールに拠っているのか、さっぱりわからない場合が多いのです。
その点、この新沖縄文字を使うと、この音で発音せよという明確な指示を伝えることができるのです。その意味で、新沖縄文字は、ウチナーグチを学ぼうとする初心者にとっては、たいへん有効な指針となるのです。」
僕のこの素人の意見に、若き言語学者の西岡敏先生は、ありがたいことに理解を示してくださいました。
ふと見ると、研究室の壁に、M.A.P.でも販売している50音表が貼られてありました。
調子に乗って、恐れを知らぬ素人は、なおも発言を続けます。
「沖縄の音韻を理解するためには、まず日本語の50音表のいい加減さを理解することが有効だと思うんです。」
さて、ここで……
前回のウチナーグチ講座で、次回は「半母音について」と予告しましたが、せっかくなので、半母音のことをお話する前に、この際「日本語の50音表」について、ちょっと考察してみたいと思います。
というわけで……
【急遽開催!沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)】
⇒沖縄語の音韻講座を始めから読む
仮名は、基本的には表音文字です。例えば「た」という文字は[ta]という音で読まれなければなりません。仮名1個が1個の音に、一対一で対応しています。
日本語には母音が5つあり、それぞれがすべての子音と完全に対応しているため、50音表は日本語の仮名を理解するためにはとっても便利なアイテムです……、ということになっています。

はたして、ほんとういそうなのでしょうか。正しくは、「日本語の5つの母音は、子音と完全に対応していた」と、過去形でいうべきなのです。
わたしたち日本人は、たとえば「た」と「ち」は、それぞれ同じ子音[t]に母音の[a]と[i]がくっついていると思っています。しかし実はそうではありません。「た」は[ta]ですが、「ち」は[ti]ではありません。[ti]なら、それは「てぃ」と読まれなければならないのです。現代人は「ち」を[ci]と発音している。つまり「ち」の子音は[t]ではなく[c」なのです。
しかし、古代の大和では、「ち」は「てぃ([ti])」と発音していたらしい。同様の例はたとえば「さ行」にも「は行」にも、それ以外にもたくさんあります。つまり、その頃は、今よりもずっと、50音表の整合が取れていたのだといわれているのです。しかし、その後の音韻変化によって、その音自体は変わっていったのですが、50音表は旧来の並びのまま使われ続け、結果日本語の50音表の音韻的整合性は失われていきました。
ところが、沖縄語には、この日本語では失われた音韻が、昔のまま残っているのです。「てぃ」とか「どぅ」とかがそれです。さて、そうした音を、既存の日本語の50音表に入れ込もうとしたら、どうすればいいのでしょうか。沖縄語特有の音韻のために、新しい行を付け加えればいいのでしょうか。いえいえそうではありません。まずは現行の50音表を、現在の発音(子音)の通りに並び替えてみればいいのです。そうすると、新たな50音表の中に、沖縄語特有の音韻の、納まるべき指定席のあることがわかるはずです。

※例えば、●赤丸のところには「てぃ(ti)」が入ります。
※また、このほかに、声門破裂音がらみと、j・wといった半母音がらみの新しい行が必要となります。
この新しい50音表に新沖縄文字を当てはめていけば、沖縄特有の音を、容易に理解することができるのです。
各行の詳しい説明は、後日“沖縄語の音韻講座”でお伝えしていく予定です。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)へ
さて、西岡ゼミの研究室に戻りましょう。
表音文字の「かな文字」について、「仮名1個が1個の音に対応している」と述べましたが、しかしこれはあくまでも基本です。例えば、「~へ」という助詞は、[he]ではなく[e]と読まれています。というより「え」ではなく「へ」と書かなければならないというほうが正確でしょうか。また、かつては「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と読ませたとか、「けふ」は「きょう」だった、などなど。
⇒http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
こうしたことは、実は沖縄語にもあるのです。特に古典的な文章にそれが多い。これが沖縄語の表記の問題を、さらにややこしくしています。
また、拗音(「ちゃ」とか「ぎゅ」とか)は、1モーラ(※)でありながら大文字1個に小文字をくっつけて2文字で表わしています。(※モーラ:一定の時間的長さをもった音の分節単位。)
新沖縄文字は一音(1モーラ)につき一文字を基本としていて、「てぃ」は「て」と「ぃ」をくっつけた新しい図案の一文字で表しています。
「でも、拗音はそのまま使うんですね」
これは学者の視点だと、密かに感じたのでした。「一音一文字」ということの統一性を確保しなくてよいのか、新沖縄文字の考案者で数学者でもある船津好明さんは、これについてなんとおっしゃるのか、今度聞いてみたいなあ。
「パソコンで使える文字にするということも重要ですが、検索ということを考えた時、文字の順番も重要です。」
「パソコンの検索ですか?」
「いえ、辞書に掲載する文字の順番です。辞典などを引く時にはどうしても必要なことです。元来50音表はサンスクリットの音韻学がその起源だといわれています。その並びにも意味があるのです。新しい50音表は、是非そのあたりを考慮して作るのがいいと思いますよ」
なるほど、こういう話を聞くと腕が鳴ります。あ、これは船津先生にお任せすることですね。素人がでしゃばってはいけません。
そして、もうひとつ、忘れてはならない重要なことを西岡先生はおっしゃいました。
「首里や那覇あたりなら、この新沖縄文字で十分ですね」
西岡先生も、数年前に沖縄語の表記法を試案として考えられたことがあり、それをネットで公開していらっしゃいます。それは奄美から波照間島の音韻にまで及んでいて、並べられたその多様な音韻をあらためて眺めていると、目がクラクラしてくるのです。
⇒http://www8.ocn.ne.jp/~nisj/
結論として、言語学的に沖縄語の音韻を網羅するのならば、新沖縄文字もまだまだ改良する必要があるのかも知れないが、ウチナーグチを勉強するためのアイテムとしての有効性は、西岡先生も十分に認めてくださったようです。
実は西岡先生は、船津さんの「美しい沖縄の方言」を大切に持っていらっしゃいました。
⇒http://lince.jp/hito/densetu…
この「美しい沖縄の方言」は、西岡先生が沖縄語の勉強を始められた時の、最初の教科書だったのだそうです。
最後に、西岡先生は、もし新沖縄語を使った書籍を出版するようなことがあれば、推薦文を書いてくださるということを快くお約束してくださいました。
「この本には思い入れがありますから」
新しい50音表が出来上がったら、またお伺いさせていただきたいと思います。
西岡先生どの。本日は、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。
(文責:高山正樹)
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11月12日木曜日: 沖縄語の音韻講座、プロローグ(2)
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(1)
⇒まず今回の記事に関連する記事を読んでみる
日本語の母音は5つということになっています。
あ(a)・い(i)・う(u)・え(e)・お(o)
それは舌の位置によって決まるということになっています。
《簡単な日本語の母音表》

舌の高さについては、狭い広いというわけ方をする場合もあります。高い方が狭い。そりゃそうかもしれませんね、舌は下あごにくっついているのだから、舌を上げれば口は狭くなるというわけです。
「ということになっています」とか「そうかもしれない」とか、いい加減な言い方で申し訳ありませんが、いいのです。日本語では母音を5つしか区別しないので、その程度のいい加減な分類で十分なのです。
え?「5つしかない」じゃなくて「区別しない」? 妙な言い方ですね?
はい。でもそれでいいのです。これからウチナーグチを考えていく上で、「区別」するしないということが、けっこう重要なことになってくるでしょう。
「区別しない」といった意味を、ちょっと具体的な例を示して説明してみたいと思います。
[く(ku)]を発音する場合と、[す(su)]を発音する場合の母音[u]を、よく較べてみてください。舌の位置が違いませんか。[く(ku)]の場合は確かに後ろですが、[す(su)]の場合はそれよりも前にありませんか?
でも、日本語にとっては、そんなことはどうでもいいのです。日本語の場合は、どちらも「う」、つまりおんなじ「音韻」なのですから。
(※音韻と音素については“音韻講座プロローグ(1)”をお読みください。)
もう一つ。
八代亜紀さんの歌を思い出してみてください。
「雨雨降れ降れもっと降れ(あめあめふれふれもっとふれ)」
「雨(あめ)」の「め」と「降れ(ふれ)」の「れ」の母音[え(e)]が、若干「い(i)」に近くありませんか? でもいいんです。[i]よりは[e]に近いから、日本人はみんな[e]だと思って聞いています。だからそれで何の問題もないのです。
でも、例えば英語ではそうはいきません。これもいろいろ諸説あるのですが、9個の母音というのが分かりやすい。
日本語に近い「イ」と「ウ」と「エ」と「オ」。
それから「イ」と「エ」の中間の音と、「エ」と「ア」の中間の音。
さらには「ア」と「オ」の中間の音で「オ」の口して「ア」を言う。
「オ」と「ウ」の中間の音は口を丸めないで「ウ」を言う。
最後に口をあんまり開けない「ア」。
要するに、八代亜紀さんも、もし英語だったらもう少し気をつけて発音しなくちゃいけないということかもしれませんね。
その他にも、唇を丸くするかしないかのような区別もあります。
そんなわけで、よく目にする、舌の位置と母音の関係を示した図がこれです。
《ちゃんとした母音の図》

左が前舌、右が後舌で喉の奥の方。そして上が高舌。それから同じ場所にふたつあるのは、右側が唇を丸くする音です。
まあ、これ以上詳しい説明はいたしません。音声学一般をやるわけではないのですから。日本語の母音を考えるのなら、最初の簡単な表で十分です。
あれ、「ちゃんとした母音の図」とやらも、母音だけを示してあるんですよねえ。それなのに[y]とか[w]とかがありますけど、これって子音じゃないの?
おお、いいところに気がつきました。でも少々疲れたので今日はここまで。
次回は半母音についてお話ししましょうね。
いよいよ、ウチナーグチの音韻の世界の真髄に近づいていきます。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)へ
⇒まず今回の記事に関連する記事を読んでみる
日本語の母音は5つということになっています。
あ(a)・い(i)・う(u)・え(e)・お(o)
それは舌の位置によって決まるということになっています。
《簡単な日本語の母音表》

舌の高さについては、狭い広いというわけ方をする場合もあります。高い方が狭い。そりゃそうかもしれませんね、舌は下あごにくっついているのだから、舌を上げれば口は狭くなるというわけです。
「ということになっています」とか「そうかもしれない」とか、いい加減な言い方で申し訳ありませんが、いいのです。日本語では母音を5つしか区別しないので、その程度のいい加減な分類で十分なのです。
え?「5つしかない」じゃなくて「区別しない」? 妙な言い方ですね?
はい。でもそれでいいのです。これからウチナーグチを考えていく上で、「区別」するしないということが、けっこう重要なことになってくるでしょう。
「区別しない」といった意味を、ちょっと具体的な例を示して説明してみたいと思います。
[く(ku)]を発音する場合と、[す(su)]を発音する場合の母音[u]を、よく較べてみてください。舌の位置が違いませんか。[く(ku)]の場合は確かに後ろですが、[す(su)]の場合はそれよりも前にありませんか?
でも、日本語にとっては、そんなことはどうでもいいのです。日本語の場合は、どちらも「う」、つまりおんなじ「音韻」なのですから。
(※音韻と音素については“音韻講座プロローグ(1)”をお読みください。)
もう一つ。
八代亜紀さんの歌を思い出してみてください。
「雨雨降れ降れもっと降れ(あめあめふれふれもっとふれ)」
「雨(あめ)」の「め」と「降れ(ふれ)」の「れ」の母音[え(e)]が、若干「い(i)」に近くありませんか? でもいいんです。[i]よりは[e]に近いから、日本人はみんな[e]だと思って聞いています。だからそれで何の問題もないのです。
でも、例えば英語ではそうはいきません。これもいろいろ諸説あるのですが、9個の母音というのが分かりやすい。
日本語に近い「イ」と「ウ」と「エ」と「オ」。
それから「イ」と「エ」の中間の音と、「エ」と「ア」の中間の音。
さらには「ア」と「オ」の中間の音で「オ」の口して「ア」を言う。
「オ」と「ウ」の中間の音は口を丸めないで「ウ」を言う。
最後に口をあんまり開けない「ア」。
要するに、八代亜紀さんも、もし英語だったらもう少し気をつけて発音しなくちゃいけないということかもしれませんね。
その他にも、唇を丸くするかしないかのような区別もあります。
そんなわけで、よく目にする、舌の位置と母音の関係を示した図がこれです。
《ちゃんとした母音の図》

左が前舌、右が後舌で喉の奥の方。そして上が高舌。それから同じ場所にふたつあるのは、右側が唇を丸くする音です。
まあ、これ以上詳しい説明はいたしません。音声学一般をやるわけではないのですから。日本語の母音を考えるのなら、最初の簡単な表で十分です。
あれ、「ちゃんとした母音の図」とやらも、母音だけを示してあるんですよねえ。それなのに[y]とか[w]とかがありますけど、これって子音じゃないの?
おお、いいところに気がつきました。でも少々疲れたので今日はここまで。
次回は半母音についてお話ししましょうね。
いよいよ、ウチナーグチの音韻の世界の真髄に近づいていきます。
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11月10日火曜日: 鳥小(とぅいぐゎー)
《「ぐゎー」という接尾語について》
楽天市場“沖縄map”のブログ「沖縄mapのつぶやき」はM.A.P.の上原担当。今日の記事はC・W・KYOKOさんの撮影した沖縄の空についてです。
楽天市場“沖縄map”のトップページのヘッダーにも、今までは夏バージョン用にC・W・KYOKOさんの写真をお借りして使わせていただいていました。

とはいえ、これは元データをトリミングして、その上に高山正樹がフリーソフトで書いた文字を載せてみて作ったもの。その結果、色あいと空間の拡がりを損なってしまって、とっても申し訳なく思っていました。
このたび、そのヘッダーを、上原さんが秋冬版の新バージョンに交換したようです。

琉球絣の定番模様、「鳥小(とぅいぐゎー)」をあしらってみたようですね。
来年の海の季節には、またKYOKOさんと相談してみたらどうかな、上原さん。
さて、「鳥小(とぅいぐゎー)」にまつわるお話。
「とぅ」については、昨夜の沖縄語を話す会で話題にしたばかり。
「ぐゎー」はよく使われる接尾語。小さくてかわいいものの後につけます。だから「鳥小(とぅいぐゎー)」は「小鳥」っていう感じかな。
でもね、「ぐゎー」には軽蔑の意味もあります。「はーめーぐゎー」なんて言ったら、「ばばあ」という意味になってしまいます。沖縄の市場なんかでウチナーグチを使うと、お店のおばあさんはとっても喜んで、おまけしてくれたりしますが、十分に気をつけて使いましょうね。
(※分家にも「ぐゎー」をつけます。一番下の姉「んみーぐゎー」という言葉にもついています。)
「鳥小(とぅいぐゎー)」というと、ふじたあさや氏が1983年に書いた戯曲「翔びたてば鳥」があります。

女たちの思いが織りなす鳥小
女たちの思いではばたく鳥小
横糸のひとすじずつを
まるで糸と語り合うように
ぎりぎりの美しさを選んで織り込んで
ひと柄できるまで行きかえり五十本
五十の思いが 今 鳥小を作る
翔びたつか鳥小
女たちの思いをのせて
翔びたたぬか鳥小
女たちの思いをよそに
翔びたてぬか鳥小
女たちの思いの重さに
翔びたてば鳥小
その時島は鳥になる
表題の「鳥」の字には、「とういぐわー」というルビが振られています。

この仮名遣いには作者のこだわりがあるのでしょうか。たとえそうだとしても、やっぱりウチナーグチを正しく残していくためには、表記も大きな問題であると、あらためて思うのでした。
楽天市場“沖縄map”のトップページのヘッダーにも、今までは夏バージョン用にC・W・KYOKOさんの写真をお借りして使わせていただいていました。

とはいえ、これは元データをトリミングして、その上に高山正樹がフリーソフトで書いた文字を載せてみて作ったもの。その結果、色あいと空間の拡がりを損なってしまって、とっても申し訳なく思っていました。
このたび、そのヘッダーを、上原さんが秋冬版の新バージョンに交換したようです。

琉球絣の定番模様、「鳥小(とぅいぐゎー)」をあしらってみたようですね。
来年の海の季節には、またKYOKOさんと相談してみたらどうかな、上原さん。
さて、「鳥小(とぅいぐゎー)」にまつわるお話。
「とぅ」については、昨夜の沖縄語を話す会で話題にしたばかり。
「ぐゎー」はよく使われる接尾語。小さくてかわいいものの後につけます。だから「鳥小(とぅいぐゎー)」は「小鳥」っていう感じかな。
でもね、「ぐゎー」には軽蔑の意味もあります。「はーめーぐゎー」なんて言ったら、「ばばあ」という意味になってしまいます。沖縄の市場なんかでウチナーグチを使うと、お店のおばあさんはとっても喜んで、おまけしてくれたりしますが、十分に気をつけて使いましょうね。
(※分家にも「ぐゎー」をつけます。一番下の姉「んみーぐゎー」という言葉にもついています。)
「鳥小(とぅいぐゎー)」というと、ふじたあさや氏が1983年に書いた戯曲「翔びたてば鳥」があります。
女たちの思いが織りなす鳥小
女たちの思いではばたく鳥小
横糸のひとすじずつを
まるで糸と語り合うように
ぎりぎりの美しさを選んで織り込んで
ひと柄できるまで行きかえり五十本
五十の思いが 今 鳥小を作る
翔びたつか鳥小
女たちの思いをのせて
翔びたたぬか鳥小
女たちの思いをよそに
翔びたてぬか鳥小
女たちの思いの重さに
翔びたてば鳥小
その時島は鳥になる
表題の「鳥」の字には、「とういぐわー」というルビが振られています。
この仮名遣いには作者のこだわりがあるのでしょうか。たとえそうだとしても、やっぱりウチナーグチを正しく残していくためには、表記も大きな問題であると、あらためて思うのでした。
9月19日土曜日: いわゆる「沖縄の3母音」について再び
いわゆる「沖縄の3母音」について、今まで時々書いてきました。何度も言いますが、沖縄語には[a]と[i]と[u]の3母音しかないというのは間違いです。それについては特に下記の記事をお読みください。
⇒http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
今日は、「沖縄の3母音」というステレオタイプっぽい通説の問題点についてお話したいと思います。
確かにウチナーグチには、[e]と[o]の短母音は極めて少ないということは事実です。また沖縄の言葉が、3母音化という歴史を経てきたことも間違いなさそうです。
ただ、いつごろどのように3母音化が起こったのかは、以前にも書きましたが、正確には分かりません。こうした言語の3母音化という現象は、世界的、歴史的にみて珍しいことではないのですが、日本国の場合、一方に3母音化することのなかった「標準語」というものが存在しているために、それとの比較で、ウチナーグチは日本語の[e]と[o]が、それぞれ[i]と[u]に「訛(なま)った」のだというような印象を生んでいるようです。常に「標準語」を基準にして考えるという発想が、「沖縄は3母音」で、極端な場合は[e]と[i]が欠落したというような思い込みを許している側面もあるのではないのかと思うのです。
長母音を考慮すれば、沖縄語には[e]も[o]も普通にあります。これは、いったん3母音化した後に、その空いた[e]と[o]の席に、別のところから別の音が変化して入ってきたということのようです。
(短母音の[e]と[o]も、その数は極めて少ないが存在します。)
さらに沖縄語の母音は、実は「3母音」どころではなく、声門破裂音などの半母音まで考えれば、日本語より遥かに複雑なのです。日本語を使っている我々が、そうした音を聞き分けることは不可能です。なぜならば聞き分ける必要がないから。(その理由については以前の記事「沖縄語の音韻講座プロローグ」をお読みください。)だから我々は、日本語と比較して、沖縄語に不足しているものしか見ないし、見えないのです。日本語の岸から、対岸の沖縄語を眺めている限り、日本語の方に不足しているものの方は、なかなか見えてきません。ところが対岸に渡って沖縄語を身近に触れたとき、はじめてウチナーグチの音韻の豊富さを知ることができ、むしろ「日本語」が「不足」しているのだということを知るのです。
(具体的な事例については、ウチナーグチ音韻講座などで、おいおいお伝えしていきたいと思っています。)
「沖縄語は3母音」なのではなく、「3母音化」を経験した言語であるということは確かで、そしてそれが、ウチナーグチの「色あい」に大きく影響していることも事実です。しかし、それがあたかも沖縄語が日本語に較べて音の種類が少ないというような印象を生む原因になっているとしたら、それは間違いです。実は逆で、何度も言いますが、音韻に関しては、沖縄語のほうが、はるかに「標準語」よりも豊かなのです。
どうか過去の記事も、併せてお読みくだされば幸いです。
(余談ですが、世界の言語を見渡すと、日本語は極めて音韻の少ない言語だということが分かります。しかし、音韻が多いのと少ないのと、どちらが優れた言語かということは、一概に言えるものではありません。そのことはいずれまた。)
例えばです。「言葉(ことば)」という単語は、沖縄では「くとぅば」と言いますが、これはいつからそうなのでしょうか。古来沖縄に「ことば」という単語があって、それが3母音化して「くとぅば」という発音に変わっていったのでしょうか。あるいは、既に短母音が3母音的であるという沖縄の音韻体系が確立された後に、「ことば」という単語が外来語として入ってきて、それが沖縄の音韻体系にはめ込められたことによって「くとぅば」と変化したのでしょうか。
しかし、それはどうでもいいことだといえるのかもしれません。「くとぅば」という言葉が、その出自を辿れないほどにも昔から、沖縄で「くとぅば」と発音されて使われていたのならば、それはもう沖縄語なのです。「ことば」が「くとぅば」に変わったというをことさらに主張するとするならば、その基底には、日本語が沖縄語の上位言語であるという認識が隠されているのかもしれません。
「ことば」と「くとぅば」は、同等な言語の、それぞれ別の単語であっていいのです。
そこで、僕は船津好明さんに、次のような質問をしてみました。
「元来沖縄にはなかった言葉をウチナーグチを喋る中で使おうとするとき、たとえば『パソコン』は『パスクン』と言うべきなのでしょうか」
それに対する船津さんのお答えは、結論から言うと、「パソコン」は「パソコン」のママでいいのではないかということでした。仮に[e]は[i]に、[o]は[u]に言い替えて発音するということを許してしまうと、例えば「猫」ですが、沖縄では「マヤー」という別の言葉があるのに、それを使わずに「ねこ」を「にく」といって済ましてしまうというような現象が起こり始めて、残すべきウチナーグチが失われていきかねない、それは避けなければという理由をあげていらっしゃいました。
この日は、船津さんと國吉さんと、帰りの電車でも、話は尽きることがなかったのでした。
ちょっと長くなったので、重要な告知は後日にしましょうね。
それから【補足】ですが……

⇒http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
今日は、「沖縄の3母音」というステレオタイプっぽい通説の問題点についてお話したいと思います。
確かにウチナーグチには、[e]と[o]の短母音は極めて少ないということは事実です。また沖縄の言葉が、3母音化という歴史を経てきたことも間違いなさそうです。
ただ、いつごろどのように3母音化が起こったのかは、以前にも書きましたが、正確には分かりません。こうした言語の3母音化という現象は、世界的、歴史的にみて珍しいことではないのですが、日本国の場合、一方に3母音化することのなかった「標準語」というものが存在しているために、それとの比較で、ウチナーグチは日本語の[e]と[o]が、それぞれ[i]と[u]に「訛(なま)った」のだというような印象を生んでいるようです。常に「標準語」を基準にして考えるという発想が、「沖縄は3母音」で、極端な場合は[e]と[i]が欠落したというような思い込みを許している側面もあるのではないのかと思うのです。
長母音を考慮すれば、沖縄語には[e]も[o]も普通にあります。これは、いったん3母音化した後に、その空いた[e]と[o]の席に、別のところから別の音が変化して入ってきたということのようです。
(短母音の[e]と[o]も、その数は極めて少ないが存在します。)
さらに沖縄語の母音は、実は「3母音」どころではなく、声門破裂音などの半母音まで考えれば、日本語より遥かに複雑なのです。日本語を使っている我々が、そうした音を聞き分けることは不可能です。なぜならば聞き分ける必要がないから。(その理由については以前の記事「沖縄語の音韻講座プロローグ」をお読みください。)だから我々は、日本語と比較して、沖縄語に不足しているものしか見ないし、見えないのです。日本語の岸から、対岸の沖縄語を眺めている限り、日本語の方に不足しているものの方は、なかなか見えてきません。ところが対岸に渡って沖縄語を身近に触れたとき、はじめてウチナーグチの音韻の豊富さを知ることができ、むしろ「日本語」が「不足」しているのだということを知るのです。
(具体的な事例については、ウチナーグチ音韻講座などで、おいおいお伝えしていきたいと思っています。)
「沖縄語は3母音」なのではなく、「3母音化」を経験した言語であるということは確かで、そしてそれが、ウチナーグチの「色あい」に大きく影響していることも事実です。しかし、それがあたかも沖縄語が日本語に較べて音の種類が少ないというような印象を生む原因になっているとしたら、それは間違いです。実は逆で、何度も言いますが、音韻に関しては、沖縄語のほうが、はるかに「標準語」よりも豊かなのです。
どうか過去の記事も、併せてお読みくだされば幸いです。
(余談ですが、世界の言語を見渡すと、日本語は極めて音韻の少ない言語だということが分かります。しかし、音韻が多いのと少ないのと、どちらが優れた言語かということは、一概に言えるものではありません。そのことはいずれまた。)
例えばです。「言葉(ことば)」という単語は、沖縄では「くとぅば」と言いますが、これはいつからそうなのでしょうか。古来沖縄に「ことば」という単語があって、それが3母音化して「くとぅば」という発音に変わっていったのでしょうか。あるいは、既に短母音が3母音的であるという沖縄の音韻体系が確立された後に、「ことば」という単語が外来語として入ってきて、それが沖縄の音韻体系にはめ込められたことによって「くとぅば」と変化したのでしょうか。
しかし、それはどうでもいいことだといえるのかもしれません。「くとぅば」という言葉が、その出自を辿れないほどにも昔から、沖縄で「くとぅば」と発音されて使われていたのならば、それはもう沖縄語なのです。「ことば」が「くとぅば」に変わったというをことさらに主張するとするならば、その基底には、日本語が沖縄語の上位言語であるという認識が隠されているのかもしれません。
「ことば」と「くとぅば」は、同等な言語の、それぞれ別の単語であっていいのです。
そこで、僕は船津好明さんに、次のような質問をしてみました。
「元来沖縄にはなかった言葉をウチナーグチを喋る中で使おうとするとき、たとえば『パソコン』は『パスクン』と言うべきなのでしょうか」
それに対する船津さんのお答えは、結論から言うと、「パソコン」は「パソコン」のママでいいのではないかということでした。仮に[e]は[i]に、[o]は[u]に言い替えて発音するということを許してしまうと、例えば「猫」ですが、沖縄では「マヤー」という別の言葉があるのに、それを使わずに「ねこ」を「にく」といって済ましてしまうというような現象が起こり始めて、残すべきウチナーグチが失われていきかねない、それは避けなければという理由をあげていらっしゃいました。
この日は、船津さんと國吉さんと、帰りの電車でも、話は尽きることがなかったのでした。
ちょっと長くなったので、重要な告知は後日にしましょうね。
それから【補足】ですが……
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9月19日土曜日: 久々の“沖縄語を話す会”
うちなーぐち講座《5》【形容詞の否定】【新沖縄文字】
“沖縄語を話す会”の今日の課題は形容詞の否定。
「暑い」=「暑(あち)さん」/「暑くはない」=「暑(あち)こーねん」
「遠い」=「遠(とぅー)さん」/「遠くはない」=「遠(とぅー)こーねん」
「旨い」=「旨(まー)さん」/「旨くはない」=「旨(まー)こーねん」
(ちなみに「まずい」は「にーさん」と言います。)
さて、全てこのパターンでいいのかというと、そうはいかないところがミソなのです。
「淋しい」=「淋(さびっ)さん」/「淋しくない」=「淋(さび)しこーねん」
「珍しい」=「珍(みじら)さん」/「珍しくない」=「珍しこーねん」
「忙しい」=「忙(いちゅな)さん」/「忙(いちゅな)しこーねん」
この「し」が入るかどうかに、ルールはありません。まあおおむねヤマトグチで「~しい」という言葉の場合に「し」が入るという傾向があるにはあるようですが、だからといってそれが全てに通用するわけでもないとのこと。例えば、「恐ろしくない」などは「恐(うとぅる)こーねん」でも「恐(うとぅる)しこーねん」でもいいらしい。
また「香ばしい」=「香(かば)しい」の場合は「香ばしくはない」=「香(かば)こーねん」で、「し」は入りません。
まあ、考えてみれば、日本語も、なんで「美しい」といって「美(うつく)い」と言わないのかなんて聞かれても答えられません。それと同じことですよね。要するに憶えるしかないということです。
さてこうしたお勉強が終ると、今度は「昔物語(んかしむぬがたい)」をみんなで読むのです。
今日のテキストはこれでした。
宮古の来間島のお話「来間(くりま)ぬ祭(まち)りぬ始まい」


あれ、よく見ると、見慣れない字が。そうなんです。これが船津好明さんが考案された新沖縄文字です。
この文字を使ってブログに文章を書いたり、ワードやメールなどでも使いたいと思えば外字登録をすればいいわけです。
それが入っているのがこのフロッピーです。

⇒関連記事を読む
(この個々の沖縄文字については、今ちょっと時間が無くて執筆中断している「ウチナーグチの音韻講座」の中で、順次ご紹介していこうと考えています。もし、今すぐに知りたいという方は、下記のサイトへどうぞ。)
⇒沖縄語教育支援文庫
⇒沖縄語を話す会のホームページ
でも、この外字を使ってブログでを書いても、あるいはメールを送っても、読み手や受け手のパソコンにも同じ外字登録指定していなければダメです。
では、ちょっと実験してみましょう。「遠さん」の「とぅーさん」を沖縄文字を使ってブログに書いてみますね。
「ーさん」
いかがでしょうか、きっと皆さんのPCに外字登録がされていなければ「・ーさん」とか「□ーさん」とか表示されていることだろうと思います。
でも、こちらのPCではこんなふうに見えているのです。

もし、この外字データご所望の方がいらっしゃいましたならば、問い合わせフォームなどから御連絡ください。
「新沖縄文字の輪」が拡がってくれば、サークル専用ページを作るのも、きっと楽しそうですね。
沖縄語を話す会は、通常16:00で終わりですが、この日は皆さんがお帰りになったあと、國吉眞正さんと船津好明さんと、なんと19:00まで話し込んでしまったのでした。
その話は、また別の記事で。
「暑い」=「暑(あち)さん」/「暑くはない」=「暑(あち)こーねん」
「遠い」=「遠(とぅー)さん」/「遠くはない」=「遠(とぅー)こーねん」
「旨い」=「旨(まー)さん」/「旨くはない」=「旨(まー)こーねん」
(ちなみに「まずい」は「にーさん」と言います。)
さて、全てこのパターンでいいのかというと、そうはいかないところがミソなのです。
「淋しい」=「淋(さびっ)さん」/「淋しくない」=「淋(さび)しこーねん」
「珍しい」=「珍(みじら)さん」/「珍しくない」=「珍しこーねん」
「忙しい」=「忙(いちゅな)さん」/「忙(いちゅな)しこーねん」
この「し」が入るかどうかに、ルールはありません。まあおおむねヤマトグチで「~しい」という言葉の場合に「し」が入るという傾向があるにはあるようですが、だからといってそれが全てに通用するわけでもないとのこと。例えば、「恐ろしくない」などは「恐(うとぅる)こーねん」でも「恐(うとぅる)しこーねん」でもいいらしい。
また「香ばしい」=「香(かば)しい」の場合は「香ばしくはない」=「香(かば)こーねん」で、「し」は入りません。
まあ、考えてみれば、日本語も、なんで「美しい」といって「美(うつく)い」と言わないのかなんて聞かれても答えられません。それと同じことですよね。要するに憶えるしかないということです。
さてこうしたお勉強が終ると、今度は「昔物語(んかしむぬがたい)」をみんなで読むのです。
今日のテキストはこれでした。
宮古の来間島のお話「来間(くりま)ぬ祭(まち)りぬ始まい」
あれ、よく見ると、見慣れない字が。そうなんです。これが船津好明さんが考案された新沖縄文字です。
この文字を使ってブログに文章を書いたり、ワードやメールなどでも使いたいと思えば外字登録をすればいいわけです。
それが入っているのがこのフロッピーです。
⇒関連記事を読む
(この個々の沖縄文字については、今ちょっと時間が無くて執筆中断している「ウチナーグチの音韻講座」の中で、順次ご紹介していこうと考えています。もし、今すぐに知りたいという方は、下記のサイトへどうぞ。)
⇒沖縄語教育支援文庫
⇒沖縄語を話す会のホームページ
でも、この外字を使ってブログでを書いても、あるいはメールを送っても、読み手や受け手のパソコンにも同じ外字登録指定していなければダメです。
では、ちょっと実験してみましょう。「遠さん」の「とぅーさん」を沖縄文字を使ってブログに書いてみますね。
「ーさん」
いかがでしょうか、きっと皆さんのPCに外字登録がされていなければ「・ーさん」とか「□ーさん」とか表示されていることだろうと思います。
でも、こちらのPCではこんなふうに見えているのです。
もし、この外字データご所望の方がいらっしゃいましたならば、問い合わせフォームなどから御連絡ください。
「新沖縄文字の輪」が拡がってくれば、サークル専用ページを作るのも、きっと楽しそうですね。
沖縄語を話す会は、通常16:00で終わりですが、この日は皆さんがお帰りになったあと、國吉眞正さんと船津好明さんと、なんと19:00まで話し込んでしまったのでした。
その話は、また別の記事で。
8月 1日土曜日: “~すん”か、“~しゅん”か
【以下、無駄な前書き】(※お急ぎの方は読み飛ばしてください。)
ブログならブログらしく、その日のことはその日の内にアップしたいものです。
しかし、M.A.P.after5の記事は、情報の正確性をきちんと検証して、できるだけ掘り下げた内容のものでありたいと考えているので、なかなか「早さ」を実現できずにいます。
そこで、ともかく伝えたい情報を盛り込むことさえできれば、「てにおは」や文体の良し悪しには目をつぶって、とりあえず公開してしまうという、なかなか微妙な舵取りをやっています。
というわけで(それに加えて担当する高山正樹が多忙なため)、アップした記事に目を通す暇さえなく出掛けてしまうという場合もよくあって、お恥ずかしいのですが、しばらくして時間の空いた時に改めて読み直し、誤字脱字を発見したり、説明不足や分かりにくい箇所を直したりしているのです。記事によっては、何度も推敲を繰り返したり、極端な場合は半年後に文章の手直しをするというようなこともあります。
(ああ、新聞記者はつくづく偉いと尊敬いたします。)
どうぞ新しい記事で、分かりにくかったりおかしいなとお感じになった場合は、よろしければ数日後にもう一度読み直しなどしてくだされば嬉しいです。特に、記事内で別記事にリンクを貼っているような場合、そのリンク先の記事は、若干の修正をしていることも多いので、是非併せてお読みください。
また、新しい関連情報などがあったり、まれに情報に間違いを発見してそれを修正したりした場合は、古い記事でもコメントにて補足していますので、それについては、サイドバーの新規コメント欄からお読みくだされば幸いです。さらには、昔の記事にでも間違いなど発見された方は、どうかコメントなどでご指摘くださいませ。
(前書きおしまい)
閑話休題。
「にんじんしりしりー」の記事を書いた時の宿題です。
(下記記事のコメントを参照してください。)
⇒http://lince.jp/hito/sirisiri…
「~する」を首里の言葉にしたとき、「~しゅん」が正しいのでしょうか、それとも「~すん」でいいのでしょうか。
(※実は「沖縄語辞典」では明確に「su(ス)」と「sju(シュ)」の区別があり、「~する」にあたる沖縄(首里)語は「~sjuN」だと説明されているのです。)
この質問に、沖縄語を話す会の國吉眞正さんから、次のようなお答えを頂きました。
「『すん』です。[suN][sjuN]も『すん』と発音しています。例えば『首里』のことを[sjui]と書いていますが、『すい』と発音されています。しかし首里の方で『しゅい』に近い発音をしている方が居ました。その辺は私も勉強しなければならないと思っています。現状『しゅ』と『す』、『さ』『しゃ』は地域差で許容範囲として、私は全部受入れております。」
また本日、比嘉光龍さんからは次のようなメッセージが届きました。
「はい、うちなぁんいっぺー、暑さいびーん。
『しゅん』ですが、これは現代ではすべて『すん』となります。
首里言葉には『しゃ、しゅ、しょ』という発音がありますが、それは現代ではすっかり失われてしまい、すべて『しゃ』が『さ』、『しゅ』が『す』、『しょ』が『そ』と発音されるようになっています。
例をあげると、『しゃんぴん茶』というのが本来の首里言葉の発音ですが、現在では当の首里ん人も『さんぴん茶』と発音します。私が調べる限りでは、現在100歳以上の首里ん人ならば『しゃんぴん茶』という発音していたと言えると思います。私の首里言葉の先生である首里金城町生まれで士族の系統でいらっしゃる93歳のおばあさんは『さんぴん茶』と発音します。その方のご両親、また祖父母はどうでしたか?と尋ねても『さんぴん茶』としか聞いていないとのこと。『しゃ』の発音、また『しゅ、しょ』も、93歳の首里の方が聞いていないというのですから、相当昔に消えてしまった発音だと言えるでしょう。
また『しゅい』と発音するのが本来『首里』のことなんです。しかし、これも、とっくの昔に消えてしまっていて、当の首里ん人は『すい』と発音します。
『しょ』ですが、『しょーぐゎち』と本来発音するのが『正月』で、今では『そーぐゎち』と言うのが一般的です。
『しゃ、しゅ、しょ』ですが、消えたと言っても、琉球古典音楽や組踊には残っています。組踊は国立劇場が出来たせいか、わりと、この古来の発音は残して演じられますが、古典音楽は、私に言わせれば…(後略)」
この後は、また別の話題の時に。今は秘密にしておきましょう。
光龍さん、いつもいつも大変ご丁寧に説明くださり、心より感謝しております。
「す」が「しゅ」に変わる言語学的現象を「口蓋化」といって、ウチナーグチの特徴でもあります。これは「沖縄語の音韻講座」の中で詳しく説明したいと思います。
⇒ダイワハウチュのこと
しかし、なぜ首里の言葉において「しゅ」が「す」に戻ったのか。これについては、只今研究中、「口蓋化」の説明時に研究成果が出ていればいいのですが。
ブログならブログらしく、その日のことはその日の内にアップしたいものです。
しかし、M.A.P.after5の記事は、情報の正確性をきちんと検証して、できるだけ掘り下げた内容のものでありたいと考えているので、なかなか「早さ」を実現できずにいます。
そこで、ともかく伝えたい情報を盛り込むことさえできれば、「てにおは」や文体の良し悪しには目をつぶって、とりあえず公開してしまうという、なかなか微妙な舵取りをやっています。
というわけで(それに加えて担当する高山正樹が多忙なため)、アップした記事に目を通す暇さえなく出掛けてしまうという場合もよくあって、お恥ずかしいのですが、しばらくして時間の空いた時に改めて読み直し、誤字脱字を発見したり、説明不足や分かりにくい箇所を直したりしているのです。記事によっては、何度も推敲を繰り返したり、極端な場合は半年後に文章の手直しをするというようなこともあります。
(ああ、新聞記者はつくづく偉いと尊敬いたします。)
どうぞ新しい記事で、分かりにくかったりおかしいなとお感じになった場合は、よろしければ数日後にもう一度読み直しなどしてくだされば嬉しいです。特に、記事内で別記事にリンクを貼っているような場合、そのリンク先の記事は、若干の修正をしていることも多いので、是非併せてお読みください。
また、新しい関連情報などがあったり、まれに情報に間違いを発見してそれを修正したりした場合は、古い記事でもコメントにて補足していますので、それについては、サイドバーの新規コメント欄からお読みくだされば幸いです。さらには、昔の記事にでも間違いなど発見された方は、どうかコメントなどでご指摘くださいませ。
(前書きおしまい)
閑話休題。
「にんじんしりしりー」の記事を書いた時の宿題です。
(下記記事のコメントを参照してください。)
⇒http://lince.jp/hito/sirisiri…
「~する」を首里の言葉にしたとき、「~しゅん」が正しいのでしょうか、それとも「~すん」でいいのでしょうか。
(※実は「沖縄語辞典」では明確に「su(ス)」と「sju(シュ)」の区別があり、「~する」にあたる沖縄(首里)語は「~sjuN」だと説明されているのです。)
この質問に、沖縄語を話す会の國吉眞正さんから、次のようなお答えを頂きました。
「『すん』です。[suN][sjuN]も『すん』と発音しています。例えば『首里』のことを[sjui]と書いていますが、『すい』と発音されています。しかし首里の方で『しゅい』に近い発音をしている方が居ました。その辺は私も勉強しなければならないと思っています。現状『しゅ』と『す』、『さ』『しゃ』は地域差で許容範囲として、私は全部受入れております。」
また本日、比嘉光龍さんからは次のようなメッセージが届きました。
「はい、うちなぁんいっぺー、暑さいびーん。
『しゅん』ですが、これは現代ではすべて『すん』となります。
首里言葉には『しゃ、しゅ、しょ』という発音がありますが、それは現代ではすっかり失われてしまい、すべて『しゃ』が『さ』、『しゅ』が『す』、『しょ』が『そ』と発音されるようになっています。
例をあげると、『しゃんぴん茶』というのが本来の首里言葉の発音ですが、現在では当の首里ん人も『さんぴん茶』と発音します。私が調べる限りでは、現在100歳以上の首里ん人ならば『しゃんぴん茶』という発音していたと言えると思います。私の首里言葉の先生である首里金城町生まれで士族の系統でいらっしゃる93歳のおばあさんは『さんぴん茶』と発音します。その方のご両親、また祖父母はどうでしたか?と尋ねても『さんぴん茶』としか聞いていないとのこと。『しゃ』の発音、また『しゅ、しょ』も、93歳の首里の方が聞いていないというのですから、相当昔に消えてしまった発音だと言えるでしょう。
また『しゅい』と発音するのが本来『首里』のことなんです。しかし、これも、とっくの昔に消えてしまっていて、当の首里ん人は『すい』と発音します。
『しょ』ですが、『しょーぐゎち』と本来発音するのが『正月』で、今では『そーぐゎち』と言うのが一般的です。
『しゃ、しゅ、しょ』ですが、消えたと言っても、琉球古典音楽や組踊には残っています。組踊は国立劇場が出来たせいか、わりと、この古来の発音は残して演じられますが、古典音楽は、私に言わせれば…(後略)」
この後は、また別の話題の時に。今は秘密にしておきましょう。
光龍さん、いつもいつも大変ご丁寧に説明くださり、心より感謝しております。
「す」が「しゅ」に変わる言語学的現象を「口蓋化」といって、ウチナーグチの特徴でもあります。これは「沖縄語の音韻講座」の中で詳しく説明したいと思います。
⇒ダイワハウチュのこと
しかし、なぜ首里の言葉において「しゅ」が「す」に戻ったのか。これについては、只今研究中、「口蓋化」の説明時に研究成果が出ていればいいのですが。
7月31日金曜日: 沖縄語の音韻講座、プロローグ(1)
ウチナーグチの音韻を体系的に説明しようと、ちょいと言語学の勉強を始めました。
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ところが、言語学の世界は何と深いことか、様々な企画を抱え、雑用もたくさんあるというのに、このままでは、生きているうちにウチナーグチの音韻に関するレポートを提出することなど、とてもできそうにありません。
でも、それでは困るので、若干正確さに不安もあるのですが、そこらあたりはどうか大目に見ていただくとして、ここらで「えいやっ!」と、これまでの研究成果の報告を始めてしまいたいと思います。
なお、もし間違いや別見解などが見つかれば、追ってコメントなどで修正なり補足なりを、きちんとして参ります。
まずは音韻について。
少しばかり理屈っぽいはなしになりますが、どうかしばらくのご辛抱を。
さて、「音韻」という概念を、言語学的に、狭義に定義して考えてみたいと思います。
言語の音を考える際、その物理的特性を研究するか、あるいは機能的(心理的)特性を研究するかによって、学問が違います。前者を扱うのは「音声学」で、後者を扱うのが「音韻論」なのです。
どういうことかというと、例えば鼻濁音を例にとってお話しましょう。
「が行」の鼻にかかる音、「ンが」とか「ンぎ」とかいう音が鼻濁音です。こうした音そのものを研究するのが音声楽です。
ちなみに、昔は、鼻濁音ができないとアナウンサーにはなれませんでした。
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でも今の事情は違います。
サザンオールスターズがデビューしてもう30年くらい、桑田圭祐の辞書には、鼻濁音は存在していないようです。
だからといって、今の若者が鼻濁音を全く使っていないのかといえば、そうでもありません。地域にもよりますが、鼻濁音を使っている若者はいくらでもいます。
ただ、鼻濁音であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいと感じる人が多数派になってきたということなのでしょう。
つまり、日本語には鼻濁音と鼻濁音ではない二種類の「音声」が存在するのですが、そこに意味の区別がないのならば、狭義の音韻としての区別はないということになります。「異音だが同じ音素である」なんていう言い方をすると言語学っぽいですね。
今の若いアナウンサーの中には、鼻濁音のできない人が出てきています。そしてそれを放送局も特に問題としなくなってきました。20年前には考えられなかったことです。
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「音韻」「音素」として区別のない「物理的な音声のみの差異」は、長い時間の中で、やがて消えていく運命、鼻濁音がなくなるのもそう遠くはないようです。(厳密にいえば鼻濁音がなくなるのではなく、鼻濁音かどうかの区別がなくなるということで、実際の音声がどうなるのかは分かりません。)
こうした言葉の変化を、人はどう受け止めるのでしょうか。豊かさが失われてゆくと悲しむのか、あるいは機能的な進歩だと考えるのか……
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※鼻濁音についての補足。
東北地方で、例えば「刷毛(はけ)」を「はげ」と言う場合があります。この場合の「げ」は鼻濁音ではありません。しかし元々「はげ」である「禿げ」の「げ」は、はっきりと鼻濁音で発音します。そのように言い分けなければ、「刷毛」と「禿げ」の区別ができないのです。また、「柿(かぎ)」の「ぎ」は鼻濁音を使わず、「鍵」の「ぎ」は鼻濁音で言う、これも同じで、こうした事例はいくらでもあります。
鼻濁音とは違うのですが、やはり東北の言葉で、例えば「旗(はた)」を「はだ」と発音するようなことがあります。ではこの場合、もともと「はだ」である「肌」と、どのように区別されるのでしょうか。それは、「肌」の「は」と「だ」の間に、「わたり」という鼻音「ん」が入って「はンだ」と発音されることによって区別されるのです。これって、なんとも東北弁ぽい発音ですよねえ。
さらに、あっちこっちとインターネットを調べたのですが、東北地方で家の周りに暴風のために植える屋敷林を「えぐね」というそうですが、この場合の「ぐ」は鼻濁音で、鼻濁音を使わずに「えぐね」というと「良くない」という意味になってしまうという話も見つけました。
つまり、東北の言葉においては、鼻濁音は意味を区別するために必要な音韻・音素であり、従ってそう簡単に消えてなくなることにはならないのです。「刷毛」を「はげ」と言う事がなくなり、「えぐい」という言葉が死語になれば、話は別ですが。
ともかく私たちは、ウチナーグチの「音韻」を考えることによって、沖縄の文化に出会うことができるのではないか、そしてそれを鏡として、自らの中にある日本を検証することもできるのではないかと期待しているのです。
さて、いよいよウチナーグチの音韻を考えていきたいのですが、その前に、いわゆる「標準語」の音韻体系をまずご覧ください。
東北地方の言葉に敬意を表して(決してアナウンサー養成講座の御年配先生にではなく)、ここに鼻濁音を入れるべきではないかと迷いましたが、どのみちウチナーグチに鼻濁音はないので、ここでは省くことにしました。
(※また、厳密な言語学を語るつもりもないので、「っ」と「ー」も除きました。)

それでは本題へ、といきたいところですが、今日は時間切れ。
次回、母音と子音の話から始めたいと思います。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(2)へ
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ところが、言語学の世界は何と深いことか、様々な企画を抱え、雑用もたくさんあるというのに、このままでは、生きているうちにウチナーグチの音韻に関するレポートを提出することなど、とてもできそうにありません。
でも、それでは困るので、若干正確さに不安もあるのですが、そこらあたりはどうか大目に見ていただくとして、ここらで「えいやっ!」と、これまでの研究成果の報告を始めてしまいたいと思います。
なお、もし間違いや別見解などが見つかれば、追ってコメントなどで修正なり補足なりを、きちんとして参ります。
まずは音韻について。
少しばかり理屈っぽいはなしになりますが、どうかしばらくのご辛抱を。
さて、「音韻」という概念を、言語学的に、狭義に定義して考えてみたいと思います。
言語の音を考える際、その物理的特性を研究するか、あるいは機能的(心理的)特性を研究するかによって、学問が違います。前者を扱うのは「音声学」で、後者を扱うのが「音韻論」なのです。
どういうことかというと、例えば鼻濁音を例にとってお話しましょう。
「が行」の鼻にかかる音、「ンが」とか「ンぎ」とかいう音が鼻濁音です。こうした音そのものを研究するのが音声楽です。
ちなみに、昔は、鼻濁音ができないとアナウンサーにはなれませんでした。
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でも今の事情は違います。
サザンオールスターズがデビューしてもう30年くらい、桑田圭祐の辞書には、鼻濁音は存在していないようです。
だからといって、今の若者が鼻濁音を全く使っていないのかといえば、そうでもありません。地域にもよりますが、鼻濁音を使っている若者はいくらでもいます。
ただ、鼻濁音であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいと感じる人が多数派になってきたということなのでしょう。
つまり、日本語には鼻濁音と鼻濁音ではない二種類の「音声」が存在するのですが、そこに意味の区別がないのならば、狭義の音韻としての区別はないということになります。「異音だが同じ音素である」なんていう言い方をすると言語学っぽいですね。
今の若いアナウンサーの中には、鼻濁音のできない人が出てきています。そしてそれを放送局も特に問題としなくなってきました。20年前には考えられなかったことです。
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「音韻」「音素」として区別のない「物理的な音声のみの差異」は、長い時間の中で、やがて消えていく運命、鼻濁音がなくなるのもそう遠くはないようです。(厳密にいえば鼻濁音がなくなるのではなく、鼻濁音かどうかの区別がなくなるということで、実際の音声がどうなるのかは分かりません。)
こうした言葉の変化を、人はどう受け止めるのでしょうか。豊かさが失われてゆくと悲しむのか、あるいは機能的な進歩だと考えるのか……
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※鼻濁音についての補足。
東北地方で、例えば「刷毛(はけ)」を「はげ」と言う場合があります。この場合の「げ」は鼻濁音ではありません。しかし元々「はげ」である「禿げ」の「げ」は、はっきりと鼻濁音で発音します。そのように言い分けなければ、「刷毛」と「禿げ」の区別ができないのです。また、「柿(かぎ)」の「ぎ」は鼻濁音を使わず、「鍵」の「ぎ」は鼻濁音で言う、これも同じで、こうした事例はいくらでもあります。
鼻濁音とは違うのですが、やはり東北の言葉で、例えば「旗(はた)」を「はだ」と発音するようなことがあります。ではこの場合、もともと「はだ」である「肌」と、どのように区別されるのでしょうか。それは、「肌」の「は」と「だ」の間に、「わたり」という鼻音「ん」が入って「はンだ」と発音されることによって区別されるのです。これって、なんとも東北弁ぽい発音ですよねえ。
さらに、あっちこっちとインターネットを調べたのですが、東北地方で家の周りに暴風のために植える屋敷林を「えぐね」というそうですが、この場合の「ぐ」は鼻濁音で、鼻濁音を使わずに「えぐね」というと「良くない」という意味になってしまうという話も見つけました。
つまり、東北の言葉においては、鼻濁音は意味を区別するために必要な音韻・音素であり、従ってそう簡単に消えてなくなることにはならないのです。「刷毛」を「はげ」と言う事がなくなり、「えぐい」という言葉が死語になれば、話は別ですが。
ともかく私たちは、ウチナーグチの「音韻」を考えることによって、沖縄の文化に出会うことができるのではないか、そしてそれを鏡として、自らの中にある日本を検証することもできるのではないかと期待しているのです。
さて、いよいよウチナーグチの音韻を考えていきたいのですが、その前に、いわゆる「標準語」の音韻体系をまずご覧ください。
東北地方の言葉に敬意を表して(決してアナウンサー養成講座の御年配先生にではなく)、ここに鼻濁音を入れるべきではないかと迷いましたが、どのみちウチナーグチに鼻濁音はないので、ここでは省くことにしました。
(※また、厳密な言語学を語るつもりもないので、「っ」と「ー」も除きました。)

それでは本題へ、といきたいところですが、今日は時間切れ。
次回、母音と子音の話から始めたいと思います。
⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(2)へ
