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電話で話しているアメリカ人に、今からそっちに行くという事を伝える時、I'm coming. といいます。決してI'm going. とはいいません。英語のgoとcomeを、日本語の「行く」と「来る」だと思ってしまうのが間違い、goは離れる、comeは近づく感じだと思えばいいでしょう。私があなたに近づくのだから、comeが正解です。

駅に着いたら生憎の雨、家にいる沖縄出身のカミサンに電話をして、傘持って迎えに来られるかどうか聞いてみる。すると、「来れる」とか「来れない」とか、一見まるで幼児の鸚鵡返しのような(それも「ら」抜き言葉で)返事が返ってきます。でも考えてみると、これって英語のcomeと同じではありませんか。ただ、その「来る」という感覚の背景に、英語と同じ「近づく」イメージがあるのかどうか、それは定かではありません。かみさんに聞いても、「わからんさー」とツレナイお答え。
さて、ウチナーグチでは、こういう場合どういうのだろう。そこで、こういう時は、“沖縄語を話す会”の國吉眞正さんに伺うしかないと、ご迷惑を顧みず、質問のメールを送ってみたのです。

國吉眞正様
まことに恐縮なのですが、次の文章を、うちなーぐちに翻訳してはいただけませんでしょうか。

1:「あした、うちに来れる?」
2:「行けたら行くよ」
(うちの女房は「来れたら来るさ」言います。)

3:「あした、海に行ける?」
4:「行けたら行くよ」
(この場合は、うちの女房も「行けたらいくさ」と言います。)

何とぞご教授のほど、よろしくお願いいたします。


すると、國吉さんは早々に回答メールをくださいました。

はいさい、高山さん。
むちか(難)しー質問やいびーさやー。

1:あちゃ(明日)ー、わったー(我達)やー(家)かい、く(来)らりーみ。
2:いー、く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ。
※この頃は、まぎらわしくなったので、私は「いー、い(行)かりーねー、い(行)ちゅさ。」
と言っております。

3:あちゃー(明日)、うみ(海)かい(い)行ちゆーすみ。
4:「いー、いかりーねー、いちゅさ。」

しかし、沖縄人の思考のプロセスというか、この分野を調べると何かが分かりそうですね。(笑)


國吉さん、ありがとうございました。
本当ですね、「ち(来)ゅーさ」は、うちなーんちゅの、どういう精神のあり方と結びついているのでしょうか。とても興味があります。それを理解した時、はじめてこの言葉の使い方の大切さが見えてくるのだと思います。

「沖縄語」と「日本語」は、やはりかなり近しいので、「ち(来)ゅーさ」と「行くよ」のような食い違いは、どうしても居心地が悪くて、修正したくなってしまうものなのかもしれません。しかし多勢に無勢、こういうとき、いつだって変わってしまうのはウチナーグチのほう。しかし、もしこの違いが、文化の個性と密接に関係しているのだとしたら、「come」と「行く」と同じように、差異は差異として残しておくことの方が望ましいのではないでしょうか。

いずれにしても、「来(ら)れたら来るさ」はやはり間違い。日本語を使うなら「行けたら行くさ」と言わなきゃね。
「く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ」と「行けたら行くさ」を使い分けられてこそ、「沖縄語」と「日本語」の真のバイリンガルだといえるのではないでしょうか。
バイリンガルとは、二つの文化を知る人の謂いなのですから。そして、二つの文化を相対的に獲得できた時、沖縄も日本も、より豊かになれるのだ思うのです。


比嘉光龍さんにお会いした時に頂いたプリントと同じものが、ネットにアップされました。
「日本語」と、「うちなぁぐち」と、「うちなぁやまとぅぐち」を比較した表です。
これは、光龍さん自身によるものです。
http://blog.goo.ne.jp…

実は先ほど、光龍さんにふたつほどの質問のメールを送っていたのです。それに対して、さっそく丁寧なお返事が届きました。
まず質問その1です。
日本語=「おじいさん」
うちなぁぐち=「たんめー(士族)」「うすめー(平民)」
うちなぁやまとぅぐち=「おじぃ」

比嘉光龍さんは、「うちなぁやまとぅぐち」について、言語学では「ミクストランゲージ(Mixed Language)」に分類され、「スラング(俗語)」と同じような言葉と定義されているとし、次のように書いていらっしゃいます。
「それをもう少しくだけて言うと『タメぐち』のようなものだと思って下さい。仲間うちで使う、仲間だけしか知らない言葉のようなものです。それは、目上の人や学校の先生などには使えない」

確かに、沖縄の地方紙のコラムなどで、お年寄りを「オジイ」や「オバア」と呼ぶ最近の風潮は失礼でけしからんというなご意見を目にしたこともあります。(僕としては、敬意と愛情を持って使われれば「スラング」も悪くはないと思っていたのですが。)
では、沖縄のお年寄りを、ウチナーグチで呼ぼうとしたとき、どのように呼べばよいのでしょうか。
目の前にいるお年寄りが元「士族」か「平民」かなどわかりません。元士族の方に「うすめー」と言ってしまったら、気を悪くされるかもしれないし、かといって誰でも彼でも「たんめー」では、男性のお客さんだれかれ構わず「社長さん」と呼ぶ安キャバレーのホステスさんみたいで、これも気が進みません。というか、どちらにしても、そうした区別のある呼び方を使うことはどうなのだろう。言葉狩りはしたくはないが、なんだか難しい。沖縄語を話す会の國吉眞正さんは、もう今は、みんな「たんめー」でいいのではないですかとおっしゃっていました。
そこで、光龍さんのご意見も、聞いてみたくなったのです。

1「おじいさんのことをどう呼べばいいのでしょうか。今はどのご老人に対しても『たんめー』でいいのでしょうか。」

それに対する光龍さんのお答えは、次のようなものでした。

これは、そうは呼べませんと答えておきます。一つに統一した呼称が必要だとの考え方から、少し視点を変えて考えてみて頂きたいのですが、明治12年までは琉球王国で身分制度が存在したので、二つ、もしくは三つの「おじいさん」の呼称が存在しました。しかし、現在のうちなぁは、複雑かつ日本と言う国の一部です。そこに琉球王国時代の身分制度の呼称をあてはめようとするとかなり無理が生じます。そこで、相手にどう呼んでほしいのか問うということが面倒でも必要だと思います。個人はそれで対応できるのでしょうが、お年寄りの総称ですが、うちなぁぐちでは「御年寄い(うとぅすい)」、もしくは「思しーじゃ方(うみしーじゃかた)」と呼べばとても丁寧ですので、お年寄りよりは良いと思います。

なかなか難しいですねえ。みなさんはどうお考えでしょうか。
僕はチョイ悪おやじ。元不良なので、スラング万歳「オジイ」で、いっちゃおうかなあ。今度、儀間進先生にお会いした時に「オジイ」って、最大限の親しみを込めて呼んで見ようかな。そうしたらどうなるのでしょうか。

質問その2は長母音について。
光龍さんの作った表では、唯一「うちなぁ」だけ二重母音の二番目に小さな平仮名を使って、後は全て「ー」の文字を使っています。それは何故なんだろう。そういえば、ウチナーグチには二重母音は無いのだろうかということを考えながら、質問してみようと思ったのです。

2「うちなぁ」と「うちなー」、さらには「うちなぁー」もありそうですが、これには何かルールのようなものがあるのでしょうか。

光龍さんの回答。

これは、確かに問題ですね。私は「うちなぁ」と表記します。しかし、語尾の小さな「ぁ」ですが、これは棒線でも良いと思います。私は、うちなぁぐちを表記する時に、カタカナは何かうまく表現できていない気がしてひらがな表記にすることにしました。それらは、実践うちなあぐち教本の著者比嘉清さんや、ラジオ沖縄の伊狩典子さん、また、私のうちなぁぐち師匠である、うちなぁ芝居の名優「真喜志康忠(まきしこうちゅう)」先生の芝居を漫画化した新里堅進さんの本(琉球新報出版から三冊出ています)などを参考にする所が大きいです。

ただ、語尾の母音を棒線にするか、それとも、母音を文字化するかどうかは、私自身試行錯誤、変更に変更を繰り返して、母音はすべて棒線で書くことにしました。それならば「うちなぁ」は「うちなー」と表記しなければなりません。ただ、「うちなぁ」と言う表記だけは「ぁ」にしています。それは、沖縄タイムス紙に二年近く「光龍ぬピリンパランうちなぁぐち」と題して連載をしたのと、琉球新報紙にも「光龍ぬアハーうちなぁぐち」、また現在、おきなわJOHOという月刊情報誌に「光龍ぬうちなぁぐちアリンクリン」と書いてきたので、慣例でというところが大きいです。

(中略)

表記は高山さん御自身でお考え下さい。では、また、いつでもご質問下さい。御無礼さびら。
比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)


この中略の部分には、表記について、もっと突っ込んだことが書かれてありました。光龍さんの主張は、基本的には柔軟にということなのですが、これについては当方勉強不足、もう少しそのあたりの現状を把握してからあらためてご紹介いたします。

このメールを公開することをお許しくださった比嘉光龍さんに、心から謝辞を申し上げます。


今日の“話す会”は、あれやこれやフリートーク。

“沖縄語を話す会”の表記法は、僕のようなウチナーグチ初心者には、極めてわかりやすいものです。僕は、“おきなわおーでぃおぶっく”の儀間進さんのコラムを読む企画を立てた張本人ですが、自分が読み手として参加することなど思いもよりませんでした。しかし、“沖縄語を話す会”の表記法を知ってから、もう殆ど参加するつもりになっています。

ただ、さらに深く関わっていくと、沖縄の表記について、ただ単に沖縄語の初等教育のテクニカルな問題だけでは収まらない背景も見えてきます。

たとえば「かぎやで風」。
琉球古典音楽のひとつで、その歴史については省きますが、歌詞も付いている楽曲です。
また「かぎやで風」には老人踊りも振付けられていて、古典の中ではもっとも知られた踊りです。
沖縄で何かお祝いの席などがあると、その冒頭で必ずといっていいほど踊られるし、また沖縄の結婚式に「かぎやで風」抜きなんて考えられません。それはもう「てんとう虫のサンバ」の比ではないのです。
ずいぶん前の小生の結婚式でも、かみさんの妹が踊ってくれましたし、先日の宇夫方路さんのお披露目公演の最初の演目も、やはり「かぎやで風」でした。

しかし、この「かぎやで風」を、そのまま「かぎやでふう」と読んでしまったら間違いです。「かじゃでぃふー」というのが正しい。
つまり、「かぎやで風」と書いて「かじゃでぃふー」と読むのが「正しいこと」なのです。

でも、それでは何もわからないウチナーグチの初心者には難しすぎます。日本人が歴史的仮名遣いを放棄したように、この「かぎやで風」も、音のママに「かじゃでぃふー」と表記してくれれば、きっと分かり易いでしょう。
しかし、沖縄の踊りの先生や三線の先生方が、それを認めるとは到底思えません。なにしろこれは伝統的表記なのですから。沖縄で一番偉いのは、きっとこうした先生たち、その方たちの御意向に背いてことは進みません。

題名ばかりではなく、歌詞も同じようなことがいえます。
でも、沖縄の先生たちが守ろうとしているこの伝統的な表記が、極めて大和風であることを、沖縄の人たちはどう感じているのでしょうか。

もうひとつ、「かぎやで風」という表記ですが、実はこれ比較的新しい表記で、古くは「かぢやで風」でした。その変化は受け入れたのに、なぜ、さらなる変化のほうは受け入れ難いのでしょうか。これは研究課題です。

いずれにしろ、この問題を解決するのは、ウチナーンチュの人たち自身であるより他にはありません。私たちは、ただ見守ることしかできません。

そんな話をしていたら、実はねと、國吉眞正さんが見せてくださった一冊の本。
「現代仮名遣いで易しく読める沖縄の古典歌詞118」

沖縄の古典音楽歌詞
まだ、試作品ですが、國吉さんたちが編まれたものです。

下の文字をクリックすると、一頁目を見ることができます。
沖縄の古典音楽歌詞の1頁
やっぱりTOPは「かぎやで風」です。
上段に伝統的表記が書かれ、下段に、“沖縄語を話す会”の表記での歌詞が書かれています。

國吉さんはおっしゃいました。
「私たちは伝統的な表記を尊重しています」

これが出版されれば、宇夫方路はじめ、特に東京で琉球舞踊などを習っている人たちの中には、欲しいと思われる方がたくさんいるだろうと思いました。はやく出版できるようになればいいですねえ。M.A.P.にお手伝いできることがあれば嬉しいのですが。

話はさらに巡ります。

沖縄の言葉を、大和の言葉に直訳しても、なかなかその本当の意味が伝わらないということはママあることです。

例えば「なんくるないさー」。
どうにかなるさ、沖縄好きの若者に人気のウチナーグチです。
しかし、その本当の意味は、むしろ人事を尽くして天命を待つに近い。何にもしないでどうにかなるだろうと、ダラッとした心もちをいうのではありません。とことんできることをやりつくした後に、ようやく言える言葉なのです。

もうひとつ。肝苦しい(チムグルシー)。これも沖縄フリークのヤマトゥンチュにはよく知られたことばです。でもまずそれが間違い。これはウチナーヤマトゥグチ。
正しくは「チムグルサン」。
そしてその意味。直訳すれば「かわいそう」。

しかしこの言葉には、直訳しては伝わらないニュアンスがあります。
先日、沖縄で会った、玉城さん(玉城さんは「キリ学=キリ短に併設」の学生さんです)が、この話をしていました。
その日の記事へ
玉城さんに、もう一度教えてと頼んだら、メールを送ってくれました。感謝です。

では、そのご紹介。
「本田哲郎さんというカトリックの神父さんによると、日本語の『同情』や『憐れみ』という言葉が上から目線のニュアンスがあるのに対して、この沖縄の言葉の『肝(チム)グルサ』というのは、『相手の痛みに共感する』、『やむにやまれぬ気持ちで、腹わたが突き動かされる』というようなニュアンスがある」
そしてそれは、キリストの精神に近いものだと、彼女は説明してくれました。

沖縄タイムス社が刊行した『沖縄大百科事典』の「チムグルサン」の項目には、こう書かれています。
「<かわいそう>が不憫な人や気の毒な人を、できるならなんとか救ってあげたいと、自分のいる安全な高みから発しているのにたいして、<チムグルサン>は相手を見下ろす立場からではなく、気の毒な状態にいる相手のところまで降りて、相手の痛みを自分の痛みとして感じる心の働きである。」
なお、この項目を担当して執筆しているのは、儀間進さんです。

おじいさん子だった玉城さんは、バイリンガルです。日本語とウチナーグチの。

そうだ思い出した。『沖縄大百科事典』をプレゼントしてくれたのは、沖縄タイムスを定年退職してすぐ死んでしまった義理の父親。きっと玉城さんのおじいさんと、生きていれば同じくらいの歳だったんじゃないのかな。

それから、玉城さんはさらにこんな話をしてくれました。

「ぬでぃん八十、ぬまんでぃん八十、ぬまんとぅちゃーすが」
どういう意味?
「酒飲んでも飲まなくても、同じ八十歳ならば、飲まなくてはどうしようか」
いいねえ、そういう言葉が沖縄にあるんだ。
少し首を傾げて考えた玉城さん、ちょっとの間があってから
「玉城家の家訓かな」
大ウケです。

これも、おじいさんの教えなのでしょうか。

僕の目標は、半年後くらいに、玉城さんとウチナーグチで会話をすることです。その時は玉城さん、よろしくね。

ということで、沖縄語を話す会の第3回のご報告を終ります。
長々と、ありがとうございました。
(文責:高山正樹)

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さて、今日の本題に入る前に、もう少し寄り道をさせてください。

初めて沖縄語を話す会にお邪魔した時(4/4)に、沖縄の3母音についてお話ししました。
まずそちらを、是非お読みください。
http://lince.jp/hito/okinawamap/benkyoukai…

その復習と補足です。

《復習》
大和の母音の[e]が、ウチナーグチでは[i]に、[o]は[u]となる。
それでよく沖縄語は3母音という言われ方をするが、実はそれは間違いである。
短母音の[e]も[o]も、数は極めて少ないが、存在する。
長母音の[e:]と[o:]は、いくらでもある。
大和の[ai]が[e:]、[au]が[o:]となる。
《補足》極めて少ない[e]も[o]について。
それらの多くは感動詞(ane=あれ)か、擬声語(horohoro=衣ズレの音)である。
それらの言葉の殆どに、[e]や[o]を使わない言い方(変わり語形)がある。(三百=[sanbeku]には、[sanbyaku]という言い方もある。)
上記以外の言葉は、唯一、haberu=蝶のみである。
(コメントの【補足】も、必ず併せてお読みください。7/11追記)

さて、ここからです。(いつもM.A.P.after5の“うちなーぐち講座”はややこしいので、頑張ってついて来てくださいね。)
M.A.P.after5では上記のように説明はしたものの、実は、一つの疑問があったのです。
上に述べた[ai]→[e:]、[au]→[o:]という「ルール」の他に、大和の二重母音や長母音と沖縄の長母音との関係には、もっと多くのルールがあります。例えば、[ou]及び[oo]は[u:]となる。(通りtoori→tu:ri※注)
しかし「扇」はうちなーぐちでは「おーじ」です。なぜ「うーじ」とならないのだろうか……
※注:「トゥーリ」は[tu:]か[tuu]か、これについてもお話ししたいことがありますが、これは別の機会に…

そして、色々と調べ始めたのです。でも、ウチナーグチに関するものをいくら探しても、満足のいく答えは見つかりませんでした。ところが、日本語の歴史に、この疑問を解く糸口があったのです。

日本の鎌倉時代から室町時代にかけて(1200年頃)「オ列の長母音」は、口の開き方の広い狭いによって区別がありました。口を広く開けた方を「開音」、狭い方を「合音」といいます。
「開音」は[au]が長音化したもの[ɔ:]、「合音」は[ou]が長音化したも[o:]です。
つまり「扇」がウチナーグチで「o:ji」となったということは、「扇」の「おー」が、もともと「開音」であったからではないのか。つまり、平仮名で「扇」を表記すれば、「扇」は「あうぎ」だったということなのです。
(但し、元禄時代、紀元1700年頃には、大和ではこの発音の区別は無くなっていたようです。けれども、文字としては「あうぎ」という風に書き分けていたのでしょう。)

これで、なぜ「扇」がウチナーグチで「うーじ」ではなく「おーじ」となるのか、そのことの説明がつきました。満足。

比嘉光龍さんにお会いした時、この話をしたら、「それ自分で考えたの」と、光龍さんの大きな目が、さらに大きくなりました。

このことに関連して、高山正樹は「社長とは呼ばないで」に、またわけのわからないことを書きました。
http://lince.jp/mugon…

【補足】
例えば「王子」も沖縄語では「おーじ」となります。これも「扇」と同じ事情なのですが、但し、この場合の「お」は声門破裂音ではない「お」なので、新沖縄文字を提唱する船津さんの表記法に従って「をーじ」としました。しかし、「を」と書くと、どうしても[wo]という発音を想起します。確かに現代日本では「を」は[o]と発音されるということになっているので、声門破裂音ではない「お」の文字として「を」使用するのは一見問題なさそうにも思えますが、大和の古典芸能の世界では、いまだ「を」を[wo]と発音しています。この伝統的な発音は、芸能の世界では今後も受け継がれていくでしょう。
従って、「新沖縄文字」においても、無用な混乱を避けるために、声門破裂音ではない「お」については、新規に文字を考案することを、私は提案したいと思っています。
本記事において、そのあたりの事情を解説せずに、「王子」を「開音」の例として使っていたため、とても分かりにくい説明に「なっていました。そこで、「王子」に関する部分を削除し、この補足を付記することにしました。
(2011年2月5日高山正樹)

しかしです。ここで新たな疑問が沸き起こってきたのです。

1:元来古く(日本の鎌倉時代以前の)沖縄で、その頃は大和でもそうだったように、[au]または[ɔ:]と発音されていたものが、大和とは全く違った音韻変化の道を辿って[o:]に変わっていったのか。
2:あるいは、元禄時代以前に大和からやってきた言葉の[au]または[ɔ:]が、既に確立されていた沖縄の音韻体系の中に組み込まれて、[o:]と言い換えられたのか。
3:はたまた、元禄時代以後、すでに大和では発音の区別が無くなっていたのに、大和から文字としてやってきたものに「あう」と「おう」の区別があったため、沖縄ではそれを音でも区別したということなのか。

ああ、興味は尽きません。
このことは、沖縄の歴史的仮名遣いをどう考えるのかという問題と、深く関わっているのではないか、そうとも思われてきました。

ともかくです。何百年も頑なに保持してきた仮名遣い(蝶々=てふてふetc.)を、日本は明治になってあっさりと放棄してしまったわけですが、その大和では失われてしまった区別が、その成り立ちや変遷がどうであれ、ウチナーグチに[o:]と[u:]という音の違いとして、はっきりとした形で残っているということは間違いなさそうで、とても興味深いことです。

もちろん、全てをひとつの公式に当てはめてしまうことは大変危険ですが、そのことをわきまえていれば、公式を探り出そうとすることは、極めて深く、楽しいことです。
そして、ウチナーグチを通して日本語を考える、これは日本を相対化するという、日本が国際社会で真に自立するために必要でありながら、しかし日本人が極めて苦手とする思考回路を鍛えるために、とても有効なことでもあると思ったのです。

【追伸】
そうしたら、沖縄語辞典に、こんなことがあっさりと書かれていたことを、後になって知りました。
「標準語の『開音』に対応するooは首里方言でooに、また『合音』に対応する標準語のooは首里方言でuuに、それぞれ対応するのが普通である」
うーん、『沖縄語辞典』は、たいしたもんだ。

この日の次の記事を読む

沖縄語を話す会に、またまたお邪魔しました。

今日の日のご報告をする前に、前回の宿題から片付けましょう。
(⇒前回の記事を是非とも読んでください。

まずは日本語の「~へ」「~に」の違いから。
簡単にいってしまえば、「~へ」は方向を表し、「~に」は点を表すというような違いがあるようです。
訪れるその場所に、何か明確な目的がある場合は、「~に」を使う。「役所行く」と「役所行く」とを比べると、確かに「役所行く」の方が、印鑑証明を取りにいくというような、何か明確な用事がある印象がありますね。
逆に、失った恋の思い出から逃れるための北国の旅(近頃あまり聞きませんが)は、「北行く」よりも「北行く」と言った方がよく似合います。それは、「~に」だと、なんだかはっきりした目的があるみたいで、あてのない放浪の寂しい感じがあんまりしないからでしょう。
ちゃんと授業に出席する(そんなこと滅多にありませんでしたが)つもりの時は、「学校行ってくる」と、堂々と母親に告げて家を出ましたが、ハナっから学校の近くの喫茶店や雀荘に引っかかることがわかっている場合は、根が正直な僕は、無意識のうちに「学校行ってくる」と、小声で呟いていたような記憶があります。(つまりいつもそうだった。)
とはいうものの、大概の場合、「~へ」「~に」に置き替え可能です。「~へ」は、方向を示す時など限定的にしか使われませんが、「~に」は、かなり広義に使われ、単に方向を示す場合に使ったとしても間違いでなさそうです。

『広辞苑』には次のように書かれています。
「え(へ)」:(1)移動の意味をもつ用言に対し、動作・作用の進行するその目的の所在の方向を示す。…の方に。…に向かって。
(2と3は今日のはなしとは直接関係ないので省略。)
「に」:(1・格助詞)存在し、動作し、作用する点を、時間的・空間的・心理的に「そこ」と指定するのが原義で、時・所・対象・目的・原因・結果・状態・手段・資格・よりどころなどを指定する。(1は時間に関するものなので省略)(2)所・方角を指定する。(3から6まで省略)(7)目的を指定する。(8から14、及び「接続助詞」と「終助詞」の記述も省略。)

さて、では本題に移りましょう。

先日おきなわ堂で購入した沖縄語辞典より引用します。
「-kai」(~かい):(助)。目的地を示し場所を表す語につく。
「-Nkai」(~んかい):(助)
「-nakai」(~なかい):(助)のなかに。存在する場所を表す。
極めて簡単な記述です。しかし、日本語の「~へ」「~に」を理解したうえで、じっくり考えていたら、もうちょっと詳しい説明は必要なのではないかと思えてきたのです。

日本語の「~に」には、先にご説明したように、多分に「~へ」という意味も含まれています。それを踏まえたうえで、沖縄語辞典の「~かい」「~んかい」の項目の説明を読み直してみました。
「~かい」の項にある日本語訳の「に」ですが、それは日本語の「に」に含まれる広義の意味のうち、「~へ」的な意味だけを表しているのではないかと思われるのです。ちなみに、「~かい」の項目の中で例文として採用されているのは、全て「~行く」といった、方向をきっちり表す文章ばかりです。
一方、「~んかい」の項の「に」の方ですが、今度は逆に、日本語の「に」が意味する全範囲から、「~へ」という意味を除外した、若干狭い意味に限定されているように思われます。
「~んかい」の項の例文は次の通りです。
「木に登る」「親に言う」「先生に差し上げる」「先生に習う」「兄に叱られる」「仕事に熱中する」
つまり、「北に行く」的な、「へ」に置き換えられる、方向を示すような例文はひとつもないのです。
「~なかい」は少し難しい。沖縄語辞典の例文の日本語訳をご紹介しますので、イメージでお考えくださいませ。「首里あったはなし」「どこもない」「あっち海が見える」「あの道お化けが出た」)

國吉眞正さんのお話によると、本来「~かい」というべきところを、最近はみんな「~んかい」で済ますようになってきたとのこと。國吉さんは、致し方ない変化かもしれないと、この件については寛容でいらっしゃいます。
しかし、日本語の「~へ」「~に」の意味を考えたうえで、「~んかい」「~かい」の区別がなくなっていくというこの現象を考えてみた時、僕はひとつの仮説にたどり着きました。
もしかすると、日本語の広義な「~に」が沖縄へ入ってきて、その結果、直訳的に「~に」「~んかい」となってしまって、本来「~へ」の意味のなかった「~んかい」に、「~に」に含まれる「~へ」の意味が付与されることとなり、そしてその結果、「~かい」というべきところも全て「~んかい」で言い表すようになってきたのではないか、ということなのです。
これも、比嘉光龍さんから教えていただいた、「ミクストランゲージ」の一種ではないだろうか。だとすれば、「~んかい」の乱用は、看過できないものなのではないか……
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
このことについては、いずれ光龍さんの意見も聞いて、「ミクストランゲージ」の詳しい説明とともに、またここでご紹介したいと思います。

ちょっと前置きが長くなりました。その上、だいぶ難しい話になってしまいましたので、ここでちょっと小休止。この後は次の記事にて。

この日の次の記事を読む

毎月第1土曜日と第3土曜日に大崎で開かれている“沖縄語を話す会”に、先月の4日以来、2回目の見学に行って来ました。
前回の記事を読む

今日のお勉強の復習です。
「~なかい」「~かい」「~んかい」の使い分けについて。

これは、やまとぐちの「~へ」とか「~に」にあたることばです。最近は何でもかんでも「~んかい」を使ってしまうようですが、厳密には使い分けがあるらしい。で、それをここでお話したいと思ったのですが、その前に、なんだか「~へ」と「~に」の違いがとても気になってきました。「沖縄へ行く」と「沖縄に行く」の違いは何なのでしょうか。自分が使っている「日本語」も、実はよくわかっていない。それなのに、ウチナーグチの説明をしてしまうというのもいかがなものでしょうか。
まず「~へ」と「~に」の違いを調べてから、あらためて「~なかい」「~かい」「~んかい」の使い分けについて、ご報告したいと思います。
(いいなあ、こういうこだわり、と自画自賛。)

“沖縄語を話す会”の國吉眞正さんの、敬語についてのお話には、興味深いものがありました。
沖縄では、敬語を使うべきではない者に向かって(例えば自分より年少の相手に向かって)敬語を使うと、厳しいお年寄りには叱られますよというはなし。まあ、初対面だったり、学校の先生やお医者さんだったりすると、そうでもないようですが、例えばPTAのようなコミュニティーの中で、たとえ年下であっても、大和の感覚なら敬語でやりとりするようなシチュエーションでも、ウチナーグチでは敬語を使うべきではないというような、ちょっとした感覚の違いがあるようです。このあたりに、沖縄の人の繋がりの秘密が隠されていたりして、そう思うと、ますますウチナーグチを覚えたくなりました。

さて、毎回こうしてウチナーグチのお話を伺うのはとても楽しいのですが、今日は、その他にも、二つの目的があってお邪魔しました。

ひとつは、おきなわおーでぃおぶっくの作品「人類館」の、津嘉山正種さんのウチナーグチを皆さんに聞いていただき、是非とも感想を伺いたかったのです。
最後に勉強会の貴重な時間をちょっと頂いて、CDの一部を聞いてもらいました。結果、皆さんから、大変すばらしい「那覇ことば」であるとのお言葉を頂き、ああやっぱり作ってよかったのだと、あらためて確信したのです。
ただ國吉さんによると、「ぅえー」が単なる「えー」となっていたりするようなところもあるようですが、しかしこのことは決して間違いではなく、先の、「かい」「んかい」の区別をしなくなったという状況と同じで、ウチナーグチも生きて変化していっているということを実感したのでした。残し伝えていくべきウチナーグチとは何か、やはり難しいです。

そしてもうひとつはこれです。
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今週の朝日新聞には、「生きている遺産、言葉よ、よみがえれ」と題した連載記事が、月曜日から昨日までの夕刊に、5回にわたって掲載されていました。ユネスコによると、約2,500の言語が消滅の危機にあるとのことですが、その中からいくつかをピックアップしての報告記事です。
昨日の記事はその最終回で、「琉球語」のことを扱っています。
写真に写っているのは、「琉神マブヤー」。今、沖縄の子供たちに大人気の変身ヒーローで、ふんだんにウチナーグチが使われるので、沖縄の子供たちに「琉球語」を伝えるいいきっかけになっているのです。
また、沖縄県立博物館で開催されている「しまくとぅば解説ツアー」も紹介されています。博物館の展示物を、島言葉(琉球語)で解説するという企画です。
「琉神マブヤー」も「しまくとぅばツアー」も、沖縄では話題になっているのですが、「内地」にいると、インターネットなどでアンテナを立てていない限りは、知る機会のない極めてローカルな話題です。

ところで、この新聞記事をわざわざ“沖縄語を話す会”に持参した理由は、記事に書かれたいくつかのセンテンスが気にかかったからなのです。

「ユネスコが沖縄県内の5言語のみを『独立した言語』とみなしたことへの違和感」
「残すべき琉球語とは集落ごとに800ともいわれる琉球諸言語のどの言葉なのか」


僕は、この800という数に対しちょっと疑問に思った記憶があるのです。その説明は、ここでは差し控えますが、この800という数について、國吉さんに確かめてみたかったのです。
國吉さんは大変にユーモアのある方で、「うそ八百の800だったりしてね」といたずらっぽく笑われました。
要するに、色々な考え方があるということでもあります。それはそれでとてもいいことなのですが、対立が目立っては、残せる言葉も残せなくなってしまうような気がして、何とかならないものかなあと感じているのです。

僕には、何が正しいかの判断は全く出来ません。ですから、この“沖縄語を話す会”の考え方が他に較べて優れていると言えるものでもありません。出来るだけたくさんの方々からご教授を頂きたいし、ご意見も伺いたいのです。

しかし、“沖縄語を話す会”の考えを知っていただくことも、意味があると考え、ここで少しご紹介することにしました。

“沖縄語を話す会”がこだわっているのは「表記」の問題です。そして沖縄語の表記の、ひとつの方法を、“沖縄語を話す会”は提唱されています。
その具体的な表記については、是非下記にアクセスしてみてください。
沖縄語を話す会会報創刊号PDFファイル

また、この表記の考え方については下記に船津好明さんの文章がありますので、どうぞお読みください。
船津好明さんの報告と提案PDFファイル

要するに「琉球語」に特有な発音に新しい仮名文字を作って対応させるべきということなのですが、確かに、最初は新しい「かな」に違和感を覚えたことも事実です。しかし、ちょっとこの表記方法に慣れてくると、正しい発音で沖縄語を覚えようとする者にとっては、大変分かりやすくて有効であるという実感を得ることができたということもまた事実なのです。
おきなわおーでぃおぶっくに、儀間進氏の「語てぃ遊ばなシマクトゥバ」というエッセイ集をたくさんの若者で読もうという企画がありますが、僕は、“沖縄語を話す会”の表記方法を知って、僕も読み手として参加することにしました。それほどハードルが低くなったと思っているのです。
現状、なかなか読み手が集まらずに困っていたのですが、この表記方法と出会ったお陰で、もっとたくさんの方々に声を掛けることができそうです。

もし「うちなーぐち」に興味のある方がいらっしゃいましたならば、是非ともメッセージをお送りくださいませ。


昨夜は鳥の研究。本日はガラっと変わってウチナーグチの研究です。

ウチナーグチの母音について、[e]が[i]に、[o]は[u]に変わるので、だから[a]、[i]、[u]の三つしかないのだというような言われ方を、よく耳にすることがあります。これって、ちょっと昔、かの伊波普猷先生が、何かの書物で書いてしまって、それが定説っぽく伝わったので、そう思い込んでいる人たちが多いということらしいのです。

ちなみに、[e]が[i]に、[o]が[u]に変わることを高舌化(高母音化)といいます。[a]と[i]と[u]は、極めて区別しやすい安定した母音なので、この三つしか母音を持たない言語は、アラビア語やブライ語など、世界中にいくらでもあります。

しかし実際は、沖縄語の母音は三つだけではありません。確かに、短母音での[e]と[o]は極めて少ないのですが、皆無ではありません。例えば「蝶」のことをハベル(haberu)というように、[e]や[o]の短母音も存在するのです。
また、連母音[ai]は長母音[e:]に、同様に[au]が[o:]に変わるというのも、ウチナーグチの特徴で、つまり[e]と[o]も、長母音でならいくらでも存在するということですね。

この[ai]→[e:]、[au]→[o:]という変化は言語学的には普遍的な現象で、この変化によって3母音体系から5母音体系に移行した言語も多いのです。サンスクリット語などもそれです。逆に5母音から3母音へ単純化された言語もあり、ウチナーグチもそのひとつだということになっていますが、ということは、ウチナーグチはその後、再び[e]と[o]を、[e:][o:]という形で組み込んだということなのでしょうか。

もともと日本語の母音は8音だったとか6音だったとか、いろいろな説があるのですが、ともかくそれよりもずっと前の紀元300年くらいに沖縄と大和のことばは分化されたというのが、今のところ一番有力な説ではあるらしいのです。しかし、もともと大和の言葉の基本母音は3音であって、だからウチナーグチは、こうした音韻に関しても古い大和言葉を残しているのかもしれないというような試論もないわけではありません。だとすると、大きく変化したのは大和の言葉のほうだということになりますね。でも、この説はちょっと無理があるかな。

それはそれとして、ウチナーグチに見られる変化と同様の現象は、大和の言葉にもあります。
ちゃきちゃきの江戸弁では、大根を「でーこん」、大概にしろは「テーゲーにしやがれ」といいます。どうです、これ、ウチナーグチで起こった変化と全く同じです。といってもこの音の変化は、やっぱり世界中にある現象なので、特にウチナーグチと大和の言葉を、ことさら関連付ける類の話ではありません。

ほかにも東北弁と比較するのもとてもおもしろいのですが、今日のところはこの辺で。

さて、今、僕に興味があるのは、こうした変化が何故起こるのかということなのです。もちろん政治や経済の「力」が大きく影響してきたということも否定できません。時にその「力」が、理不尽な「暴力」であったこともあるわけで、それは決して許されることではありません。しかし、長い歴史における言葉の変化を知れば知るほど、行きつ戻りつ、大きなうねりを伴いながらも、人智の及ばない根源的な何ものかへ向かって変わっていこうとする「言葉の不思議」も見えてくるのです。そうしたとき、言葉の平板化も、鼻濁音の衰退も、「ら抜きことば」も、言葉の乱れとは全く別の顔を見せ始めるのです。

[e]が[i]に、[o]が[u]に変わる高舌化は、口や舌の動きが小さくなるので、一種の省エネですね。そのようして労力を減らしておきながら、空いた[e]と[o]の席に、まったく別の出自をもつ連母音を長母音化して座らせたウチナーグチ。これ、勉強を始めたばかりの僕には、なんとも不思議なことなのです。
1から24までの正方形の駒を、1個の隙間を利用して順番に並び替えていく、あの懐かしいパズルを思い浮かべます。
今のコンピューターには、ハードディスクの中のデータを整理してくれる「デフラグ」という機能があります。あれ、結構時間が掛かりますよね。なんだか言葉も、それに似た作業を、気の遠くなるような年月をかけて行っているのではないのか、そう思えてきたのです。

生きたウチナーグチを残す、そうしたいと思って「おきなわおーでぃおぶっく」の新しい企画を始めたわけですが、しかしほんとうの意味での生きたウチナーグチとはどういうものなのだろう、甘受すべき変化も、見極めなければならないのではないか、なんだか迷宮の入口に立っているような、そんな不安に僕は包まれています……

というようなことを考えながら、「沖縄語を話す会」の勉強会へお伺いしたのでした。
上級者と初心者に別れての勉強。僕は初心者のテーブルに席を頂き、見学させていただきました。
本日のテーマは「無(ね)ーらん」の二つの使い方について。
「飲んでない」をこの表現を使っていうと「ぬでーねーらん」といいます。
「飲んでしまった」は「ぬでぃねーらん」といいます。
これって、よく使われる表現なのですが、難しくないですか。飲んだのか飲まないのか、真逆の意味です。病院で薬を飲んだか飲まないか、間違えて看護士さんに伝えたら大変なことになってしまいます。

グループごとの勉強会を適当なところで切り上げて、後半はみんないっしょになって昔物語(んかしむぬがたい)を読みます。
今日の題材は「大里ぬ鬼(うふじゃとぅぬうに)」です。
このはなし、オバアから聞いたことがあるよとか、うちのほうではこういうんだとか、実に楽しく豊かなひと時です。

あっという間の2時間半、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。もっとたくさんのことをご紹介したいのですが、間違ったことをお伝えしてはいけないので、僕自身もう少し勉強してから、お話ししたいと思っています。

【復習】
この勉強会で習っているのは、基本的には首里の言葉ということで、帰ってからちょっと調べてみたのですが、沖縄本島の中部、今帰仁(なきじん)地方では、なんと「飲んでない」も「飲んでしまった」も、どちらも
「ぬでぃねん」
というのだそうです。では、どのように区別するのでしょうか…
それは「飲んでない」の方を
「ぬでぃ ねん↑」
と微妙な間を入れて上昇調で言うことによって区別するのだそうです。
うーん、ウチナーグチのCD、やはりハードルはかなり高そうですねえ。

訳あって、もう「さき、ぬまん」


昨日、録音終了後、ささやかなお疲れさん会をしました。
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(野郎どもはiPhoneの液晶を見つめているの図)

一夜明ければ、次へ向かって走り出さなければなりません。
船津好明さんのご紹介で、「沖縄語を話す会」の事務局長、國吉眞正さんに、新宿でお会いしました。
國吉眞正さん
(國吉さんの右には、もう一人いらっしゃるのですが、今日のところはご紹介を控えます。)

たっぷりと5時間近く、お話ししました。ウチナーグチについて、お伝えしたいことが山のようにあるのですが、しかし、ブログというような時間にせっつかれた場所では、なかなかご報告することは困難です。したがって、慌てて語ることは諦めました。いずれアカデミックに、“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Siteに専用のページを作成して、そこできちんとまとめようと考えています。

とはいえ、今までのブログ記事と関連のあることを、エピソードっぽくご披露しましょう。

まずは鼻濁音のはなし。
去年の12月、アナウンス講座なるものを見学した際に、僕はこんなことを書きました。まずはお読みください。
http://lince.jp/hito…

3ヶ月前は、ずいぶんと講座の先生に気を使って書いているようですが、あらためて僕は、「鼻濁音が日本語の美点というのはおかしい」と、大きな声で叫びたい気持ちになってきました。
沖縄には鼻濁音はありません。それは、なにも沖縄に限ったことではないのです。日本のかなり多くの地域で、鼻濁音などないのですから。

八木政男さんとお会いした時にも、この話題が上りました。
http://lince.jp/hito…
ウチナーグチに「はなむにー」という言葉があります。まあこれは、風邪なんか引いたときの「鼻声」みたいな状態を指す言葉ですが、沖縄では鼻濁音も同様に笑われる対象、風邪ひきの優男(やさおとこ)がもてるのは、江戸という街だけということなのかもしれません。
役者の場合、経験上、標準語なら鼻濁音であることが正しい場合でも、時に確信犯的に鼻濁音を採用しないことがあります。そういう経験談を、去年もアナウンス講座の先生にお話ししてみたのですが、黙って無視されました。
また鼻濁音には強弱があって、時に鼻にかかる度合いが強くて、鼻濁音としては実にすばらしいのですが、しかしなんとも気持ちが悪いという場合もあるのです。
おきなわおーでぃおぶっくのCDのはなしですが、津嘉山正種氏の「人類館」のこと、ウチナーグチの部分は当然ですが、地の文でも、本来は鼻濁音でなくてはならない箇所の多くを、津嘉山さんは鼻濁音で語ってはいません。この「人類館」という作品にとっては、それが正解であり、「美しい」と思うのです。
そして昨日、あの、久米明さんの「ノロエステ鉄道」の朗読でさえ同じだったのです。伺ったところによると、久米さんは「沖縄を読む」ということで、鼻濁音をどうするか、かなりお考え下さったようです。結果、大城立裕先生がおっしゃった「鼻濁音の気持ち悪さ」は完全に払拭され、逆に「清い」美しさが加味されたと思います。

沖縄という風土の中で、鼻濁音に出会うと、とても違和感を感じます、そんなお話を、今日もしたのでした。鼻濁音は美しいものだ、それが正しい日本語なのだということが、まことしやかに語られるのはいかがなものでしょうかと。

もうひとつ。「わー」のはなし。
「私」も「豚」も、ウチナーグチではどちらも「わー」だというはなしです。
FM世田谷の“せたがやじーん”に出演した時もこの話をしました。
http://lince.jp/hito…
儀間進さんとの雑談をご紹介した時も、「わー」のしゃべり方について触れました。
http://lince.jp/hito…

つまり、「私」も「豚」も「わー」であるという言い方は、実は正しくありません。「私」も「豚」も、ひらがなで表記するならどちらも「わー」と書くしかないということなのです。
言語学的に言うと、豚の方の「わ」は声門破裂音(Glottal_stop)という子音です。声門(声帯)を閉じた状態から、発声と同時に声門を開いて声を出す破裂音なのです。国際音声記号では、クエスチョンマーク(?)から下の点を外したような記号が使われます。PCではこんな記号はありませんから、ここでは便宜上「?」で代用しますが、「私」の「わー」の「わ」は「wa」で「豚」の「わー」の「わ」は「?wa」です。
これをむりやりひらがなを使って表記しようとすると、「ぅわ」というのが一番近いのかもしれません。しかしやっぱり近いだけで「ぅわ」ではないということが問題なのです。ウチナーグチに触れたことのない大和の人たちには、この「わ」の前の「ぅ」は聞き取れません。というより、「ぅ」ではないのです。日本語の感覚で「ぅわ」を読んでしまうと、それはやっぱり「うわ」であって、これは声門破裂音ではありません。

母音と「わ行」と「や行」と、それらの関係については、そのうちきちんと体系的にまとめてご説明したいと思います。
また、ウチナーグチの表記についても、いろいろな考え方があるようで、もう少しきちんと調べて、その勉強結果をご報告したいと思っています。少々お待ちくださいませ。

その他、「口蓋化」や「高舌化」など、なんだかちょっとおもしろくなってきました。ウチナーグチを考えることで、日本語を再発見することにもなりそうです。
(文責:高山正樹)

おなかすいた…
そうだ、喜多見のお寿司屋さんにいた菊地さんとこ行こう!
「おや、久しぶりだねえ」
菊地さん
今は歌舞伎町で板さんやってます。
花粉症で鼻声(ハナムニー)の男が江戸前の寿司を食う…
ご馳走さんでした。

さあ、帰ろう(けえろう、これも高舌化?)…
夜の新宿


今日午前中は宜野湾の嘉数で太鼓の稽古。
ということで宜野湾にお住いの儀間進さんと、普天間飛行場の南にある田園書房で1時にお会いすることにしました。2階の、テーブルと椅子が置いてあるちょっとしたスペースにて、儀間さんの「うちなーぐちフィーリング」をオーディオブックにする企画の現状報告、30分くらいのつもりでお話を始めました。

「たくさんの若い人たちを交えて読みたいのです。」

すると儀間さんから出てきた名前……

比嘉光龍(ばいろん)さん「正統派の方言をしゃべるねえ」
親富祖恵子さん「首里のおばあちゃんから首里言葉を教わったから上手だよ」
知念ウシさん「外国人と結婚してラディカルな考え方を持っている人だ」
伊狩典子さん「首里言葉は、日本で言うと京都の言葉みたいなところがあってね、首里言葉はお高くとまっていてねと思う人もいる、それがいいという人もいる」
小那覇全人さん「この人がいいかな」
玉城満さん「この人に言えば14、5人集まるんじゃないかな」
(註:この方はあの「笑築歌劇団」を主宰されている方。でも今は政治の道に。奥様がプロダクションをやっていらっしゃるという話は聞いたことありますとは高山正樹談でした。)
吉田妙子さん「女優さんだね」
そしてやっぱり
八木(はちき)政男さんと北村三郎さん。一番は何と言っても北島角子さん。「若い人たちを指導するなら八木さんが適任だろうな」

こうして並べると、御年配の方も結構いらっしゃいますね。そしてみなさんこの道ではいっぱしの方々です。ご協力頂ければそれはそれは嬉しいのですが……。
ただしゃべっても生きた言葉にはならないよと儀間先生、そこはほんとにきちんとやらなければいけないと肝に銘じております。でも、だからといって、しゃべれる方々だけでこの企画をやっても、企画自体が生きたものになって拡がっていくかどうかはまた別です。たくさんの若者たちが、今はしゃべれないけれど、この企画を通して生きたウチナーグチを考え、八木さんのような方にご指導を受けて、一生懸命練習して、そうして出来上がったオーディオブックには、ちょっと拙いかもしれないけれど、色々な意味で彼らの生きた言葉が収録されている、そうなれば素敵だと思うのです。ハードルは高いけれど、なんとかやり遂げたいと思っているのです……
ということを、今度お会いしたときに儀間さんにお伝えしなきゃね。

「この間、目の前に八木(はちき)さんが立っていたので、ポンと肩を叩いて、実はこういうふうな話があって、お声が掛るかもしれませんといっておきました」
先生、お気遣いありがとうございます。

それから儀間さんの話しは流れに流れて、あの伝説的な雑誌「琉大文学」のこととか、そして「わー」と「わー」のはなし。
「わー」と「わー」をラジオでしゃべった時の記事
「わたし」と「豚」の発音の違い。そこで儀間さんは実演してくださったのですが、やっぱりよくわかりませんでした。どっちかが、「ゥわー」で、最初にウッと荷物を持つ時のように喉仏の下あたりに力を入れるのだそうです。
「ゥっ」「ゥを」「わゥッ」「ゴボ」「ブホ」「ゲポ」……、苦しい、だめだ、やっぱり、できない。無理です。
津嘉山さんは「う」と「わ」を一緒に言うのだとおっしゃっていましたが……
「をゥ」「オェ」、やっぱり無理です。

それから「やー」と「やー」も同じ。「家」と「あなた」
やっぱりどっちかが最初にイッと喉仏の下あたりに力を入れる。
「ィやッ」「うんや」「もういや」「いやん」「ばかん」「うっふん」……。できません。

方言のはなし。宮古は全く違う。沖永良部は沖縄に近い。鹿児島や熊本には沖縄と同じような言い方がたくさんある云々……。

このあたりですでに時間は2時半を回る。もう予定を大幅にオーバー。
「では、もうそろそろ……。」
「ごめんなさいね。僕は真面目な話がダメなんです。雑談が好きでね、雑談ばっかりなんですよ。教師をやっていた時も、教員室で雑談ばかり、後ろで聞き耳を立てている人がクスクス笑っていたり、お前うるさいからあっち行けと言われたりしたんです。だから今度高山さんが来た時はしゃべらないようにしますから」
「それはダメです。高山は儀間さんの雑談が大好きなんですから」
「いやいや」と儀間さんは笑っていらっしゃいました。
で、今回は儀間さんのお写真を撮るのを忘れてしまいました。

儀間さんとお別れして「おきなわ堂」へ御挨拶に。
本日の商品展示状況。
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あ、coccoの隣だ!

人類館のチラシを置いて頂きました。
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それからちょっと頼みごとがあって琉球新報へ。
今日はいい天気でした。
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11月 1日土曜日: 日本語の二大美点?

コミュニティFM局というラジオ局が増えてきています。地域に根ざしたミニ放送局です。
現在、すでに全国で200局を優に越えています。
しかし東京などは周波数に空きがなく、開局したくてもできないという状況もあるのですが、ただ、2011年7月25日のデジタルテレビ放送への移行に伴い、86MHz以上の周波数が使えるようになるので、それを機に、爆発的に増えていくことも考えられます。

そうした中、アナウンサーが足りない、ということもあって、アナウンサー養成講座なるものが、ちょっとした流行り、その講座を終了した方々には、地方のミニFM局ではありますが、実践の場が与えられるというのですから、挑戦してみようかなという方もけっこういらっしゃるのではないでしょうか。

もう2週間くらい前になりますが、東京のある老舗のコミュニティFM局にて、そうした講座を見学させていただいたのです。
今回は体験用の講座でしたから、課程の始めから終了まで、ダイジェスト版のようで、内容は大変盛り沢山、まずは発声から最後は日本語のイントネーションのルールといった高度な概念まで、一通りの説明がありました。実際の講座では、それを一年半かけてやるということですから、なかなかなものです。

で、なぜ今さらそんな話をしたかというと、少し長くなりますがお付き合いのほどを。

講座の先生(元アナウンサー)がおっしゃっていらっしゃいました。
日本語の2大美点は「鼻濁音」と「無声音」であると。
「それができないと、絶対にアナウンサーにはなれません。ではみなさん、例文を読んでみてください。」

これ、意外とむずかしいらしい。特に関西出身の女性は悪戦苦闘していらっしゃいました。鼻濁音は関西にはないし、無声音だって「寿司食った」なんてのを明石家さんまなんかに言わせたら「すーしーくうた」みたいになって、こんなベトベトなマグロなんか食う気が失せるってなもんであります。
さすがに、わたくし高山正樹は、完璧に課題をこなしたのでありました。

しかし…

先日、津嘉山正種さんに伺った話。
 ⇒http://lince.jp/hito/tukayamasan.html
若い頃、ひたすら鼻濁音を練習した、たいへんな苦労をしたのだというお話し。アクセント辞典は今でも離さない。
「時々頼まれて、ドラマなどで沖縄の方言指導をするんですがね、地方出身の役者さんのほうがうまいですね。東京出身の役者は、アクセントを直したという苦しい経験をしていないから、方言を習得するのが下手ですね。」
「自分を、客観的に見ることができないということでしょうか」
「なるほど、そうかもしれない」

そんな津嘉山さんが、沖縄の舞台で沖縄の人の役をやったことがある。その公演の時の話。楽屋に大城立裕先生がいらっしゃった。先生曰く
「津嘉山くんよー、ぜんぶ鼻濁音になってるぞー」
沖縄には鼻濁音なんてありません。津嘉山さんは大城先生の言葉にハッとした。そして一晩かけて台本をチェックして、鼻濁音ではないように直したというのです。

アナウンス講座の先生は、この話をどう聞かれるのでしょうか。
「アナウンサーは役者ではありません」
ごもっとも、おっしゃる通りです。しかし、「2大美点」というのはどうなんだろう。「日本語」の「ご」は鼻濁音、では、「うちなーぐち」の「ぐ」を、先生はどう読まれるのですか。

今度の沖縄で大城立裕先生にお会いしたとき、その津嘉山さんのお話をしたのです。すると大城先生は…
「そんなことがあったかなあ。なるほど、鼻濁音が気持ち悪かったのだろうなあ」
と、笑っていらっしゃいました。
「僕は沖縄の高校演劇をずいぶん観て指導もしていたのだが、覚えているのは津嘉山くんだけだなあ。彼はあの頃から芯があった」

さて、なんで今日、こんな話を思い出したのかというと、もう暫くのご辛抱を。

山猫合奏団の大島純氏のふるさと、津山市のミニFM局から、「セロ弾きのゴーシュ」を紹介したいというご連絡をいただき、さらに、大島君が今度のお正月、ふるさとにお帰りになった際、ゲスト出演することになったのです。

ただ、まだFM津山は開局前なので、現在はネット放送のみということではありますが。
 ⇒http://www.fm-tsuyama.jp

ということで少し聞いてみたのですが、そこには「2大美点」なんてありませんでした。でも、とっても素敵な津山弁が流れてきたのです。それがなんともいいのです。
アナウンス講座の先生にお伺いしたいのですが、地方のミニFM局は、1年半もかけて共通語を特訓したアナウンサーの技術というものを、ほんとうに求めているのでしょうか。

「地域のコミュニティFM局に課せられた重要な役割の一つに、災害時の放送がある。その時求められるのは、誰もが理解できる言葉なのです。」
よくわかるのです。その通りだとも思うのです。でもそこに「2大美点」が必要なのでしょうか。

日本語なんて、もう存在しないのだとおっしゃる学者さんもいます。今あるのは、みんなに通じるということだけのために作られた共通語、もはやそれは、日本語ではないのだという御説。とっても考えさせられます、なんて難しい顔をするのは、ただ僕ひとりだけなのでしょうか。
普遍と個性、実はこれ、30年間、ひたすら僕が考え続けていることでもあるのです。あー、死ぬまで分からんのだろうなあ…
(文責・高山正樹)

追伸。
FM津山さん、ネットでサイトにつないでも、どうしたら目的の番組が聞けるのか、ちょっとわかりにくいのが少し残念。お正月までには環境改善されるかな。期待しています。
そうだ、ちなみに本日のFM津山のゲストは、指揮者の松岡究氏。実は、わたくしの高校の同級生であります。FM津山の担当の方、よろしくって伝えてくれたかなあ。



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高山正樹 Masaki Takayama
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