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《9月23日(金)》
大震災から197日目……
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ちょっと雨が降ったので、プランターの土を測ってみた。
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0.11μSv/h……
9月8日も18日も0.09μSv/hだった。空間線量はいずれも0.07μSv/hだから、その差が0.02から0.04と倍になった。何もかもが正確ならば、この前からの台風や雨で、汚染が進んだってことになるわけだが。

世田谷区民会館へ。
琉球舞踊と組踊「饒辺真山戸(ユフィンメーマトゥ)」特別鑑賞会。
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報告後日。
事務所に戻って室内の線量計測。
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9月28日の計測へ


【この日呟いたこと……】
22:45
今、地球に落下しつつある米国の大気観測衛星。人に破片が当たる確率は3200分の1で、特定の1人に当たる確率は20兆分の1以下。1/3200の数字に注目すれば相当危険。1/20兆なら問題にしないだろう。きっと確率によって判断してはいけないことがある。やっぱり哲学。

23:08
全く科学的根拠ないんですが、現在54歳の極私的安心基準。γ線の空間線量は0.3μSv/h以下なら気にしない。食品に関しては核実験時代でさえ日本人の平均摂取が一日1Bqだったらしいので、一食3Bqまでかな。もっと勉強すれば変わるはずですが、現時点では500Bq/kgはすごく嫌。

23:18
あした多摩川河川敷でBQ。「横浜で女子のトライアスロン世界大会をやるのと匹敵する」と言ったら「気になるならやめたら」と言われた。「いやいやトライアスロンに匹敵するほど健康に良さそうだって意味だ」半分ウソ、半分ホント。



《3月6日(日)》
市民劇の稽古はお休みを頂いて国立劇場へ、玉城朝薫の組踊「二童敵討(にどうてぃちうち)」を観に行きました。M.A.P.にとっては大事な仕事なのです。

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終演後には楽屋へ
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この記事は、後でゆっくり書きます。



1月26日水曜日: 沖縄からトンボ返り

《1月25~26日》
※宇夫方路2011沖縄旅日記(4)
25日。
松山のホテルで一休みをして西原町にある家元の稽古場に。
6月4日の公演の演目の相談と、沖縄の先生方の協力のお願いをしました。
その後、稽古も見て頂き、家元の車で那覇に戻ったのは夜中の2時でした。私の稽古自体は12時頃に終わったのですが、その後、家元の息子さんのたかひろ君を待っていたのです。たかひろ君は組踊りの研修生になり、発表会のため稽古が1時過ぎまであったのです。

ともかく、沖縄での芸能関係の稽古は夜遅い場合が多いのです。それにはワケがあるのですが。

今度から教師会(教師の勉強会)が水曜日になります。参加するためには、最低平日1日半事務所に行くのを休まなければ行かれなくなりました。困ったなあ。

26日。
沖縄から、事務所に直行です。
沖縄のファミリーマートで買ったおみやげ。
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それから幸地さんが両親へのお土産にと買ってくださったチャーリーレストランのアップルパイ
夜の第24回ゆんたくの会で、皆さんにお裾分けしました。
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(宇夫方路)
次の記事へ

【追伸】
宇夫方路女史は、1月18日の合同新年会のことを“ゆんたくの会”専用ブログで記事にして、その中で、例のいろは歌の巻物のことを國吉先生に聞いてみよう、と、書きました。
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そして今日、“ゆんたくの会”で、それをせっかく國吉先生に聞いたのに、宇夫方さん、専用ブログには何にも書かないんだもんねえ。ほんとにワジワジするさーって言う感じ。やっぱり表記が問題なんだそうです。
これについてはいずれ別途記事できっと報告します。

"伊江島の村踊”関東公演
(横浜市鶴見会館大ホールにて)
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国の重要無形民俗文化財だそうです。
若い男の子がいっぱいです。
みんなこんな感じ。
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なかなか論評が難しい。ただ、帯の位置が高過ぎる天才バカボンのオンパレードでした。(これは今時の男の子たちの着方が下手だったから。それを後で聞いて、何故かホッとしたのでした。)
伊江島の総地頭が約200年間ヤマト旅(琉球の領主が薩摩や江戸に行く旅)に随行していたらしく、その折に見聞した芸能を取り入れたヤマト系の踊りがたくさんあるというのですが、正直よくわかりませんでした。なにしろ、なんで重要無形民俗文化財なのというような、いたって素朴な(でもちょっと変わった)村踊りなのですから。
(※首里の総地頭家に奉公していた上地太郎なる人物が作った「組踊忠臣蔵」は、今も伊江島で受け継がれています。)

とにかく大ホールは人でいっぱい。殆どが沖縄の人。そのうち半分くらいは伊江島を故郷と思っているひとたち。あの小さな島の単なる村踊りの公演に、これほど多くの人が集まるとは、本土のウチナーコミュニティの存在を、つくづく思い知らされる感じなのでした。

思った通り、伊江島出身の金城さんも来ていました。
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「あらー、来てくれたの、ありがとう」
この言葉の意味するもの。金城さんはスタッフではないのですから。

《おまけ》
じーまみ甘納豆。これね、おいしいんだから。
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「じーまみ」は、じーまみ豆腐のじーまみ。ピーナッツのこと。
ゲストのボク、これポリポリやりながら見てました。
(高山正樹)



国立劇場小劇場。
東京琉球舞踊協会10周年記念公演“翔舞 Ⅳ”
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《昼の部》
幕開きはもちろん「かぎやで風」
その他「四ツ竹」「前の浜」「作田節」「高平良万歳」「金細工」「鳩間中岡」「繁昌節」など。最後は「エイサー」
《夜の部》
「かぎやで風」「四ツ竹」「前の浜」「高平良万歳」「金細工」は昼の部と同じ。その他「かせかけ」「諸屯」「若衆特牛節」「たらくじ」など。
そして組踊り「執心鐘入」
 中城若松 藤原悦子(真踊流佳藤の会藤原悦子琉舞道場)
 宿の女 野原千鶴(琉舞鶴之会野原千鶴琉球舞踊研究所)
 座主 眞境名正憲(瀬底正憲:国指定重要無形文化財「組踊」保持者
 小僧一 諸見喜子(玉城流敏風会関東支部諸見喜子琉舞研究所)
 小僧二 宇夫方路
 小僧三 関りえ子(玉城流喜納の会関東支部関りえ子琉球舞踊研究所)
  ⇒昨年11月17日の稽古風景と「執心鐘入」について
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(小僧の居眠りの場面のみ特別に許可を頂いて掲載しています。)
さて、出来はいかがだったのでしょうか。批評眼がないので何とも申し上げられないのですが。
横道萬里雄さんが見に来てくださいました。楽屋の方へとご案内したのですが、いえいえと丁重にご辞退されました。残念ながら、横道先生のことを知っていらっしゃる方は殆どいなかったようです。
でも、後で瀬底先生にお伝えしたら、先生は横道萬里雄さんをよく御存じで、観に来てくださったことにたいへん感謝されていました。
いずれ時をみて、横道先生にお礼を申し上げ、御感想でも伺ってみたいと思っています。ちょっとこわいけど。

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いよいよ明日、宇夫方路が組踊りに出演します。今日は泣いても笑っても最後の稽古です。

船津好明さん國吉眞正さん瀬底正憲先生とお話するために、国領の稽古場までいらっしゃいました。
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沖縄語の両先生を、組踊りの瀬底先生にお引き合わせできることになったのは、國吉先生が宇夫方路のために(?)沖縄文字で書いてくださった台本を瀬底先生にお見せしたのがきっかけです。
もちろん話題は、どうやって美しく正しい沖縄語を残すのか、そのための統一された分かりやすい表記の必要性について、です。

一般のウチナーグチでは使われなくなった音韻が、組踊りなどの古典芸能には残っているらしい。そんなことも、いずれこのブログでご紹介できると思います。

瀬底先生にご指導を仰ぎ、國吉さんに発音をチェックしてもらいながら稽古を重ねてきたわがM.A.P.の宇夫方女史、さて明日はどんな成果を見せてくれるのでしょうか。
教師になったばかりの大和出身の女性が国立劇場で「執心鐘入」の舞台に立つという「稀有な出来事」、いかなことになりますやら。

《追伸》
先日、横道萬里雄先生から、明日の組踊りの公演に来てくださるというお手紙を頂きました。これもまた大変ありがたいこと、宇夫方路ごとき若輩者に御連絡してくださったこと、これもまた稀有なことなのかもしれません。

多くの諸先生方に感謝感謝です。

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宇夫方です。
今日は東京琉球舞踊協会の定例会議の日です。

会議の後は、沖縄から瀬底先生を迎えて組踊り「執心鐘入」の稽古をしました。出演者は瀬底先生を含めて6名。組踊りに出演されない先生方10人くらいが見ている中での稽古、普通なら緊張するところですが、長年役者をやってきた経験のせいか、厚かましくて緊張しないんですよね。

3時間ほどの稽古が終って、夜は食事会です。
私と同じテーブルになったのは、宮城流豊舞(とよむ)会の久保頼野(よりの)先生(左)と宮城洋子琉球舞踊研究所の冨村博子さんでした。
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久保先生が組踊りの稽古を見て褒めてくださいました。
「うちなんちゅじゃないの、うまいねえ」
うれしい!
久保先生は以前立川で沖縄料理のお店をやっていたのだそうですが、踊りの関係でしょっちゅう沖縄に行かなければならず、両立ができなくて、結局踊りをとってお店の方をやめてしまったのだそうです。この選択って、やっぱり沖縄の人なんだなあと思います。
代田橋の沖縄タウンにある沖縄そば屋さんの「首里製麺」ですが、あのお店、実は久保先生が始められたお店なのだそうです。
沖縄タウンの立ち上げの際、声をかけられて(たきどぅんのママと一緒だ)お店を出して、若い男の子に任せたのだそうです。
でも立川にも店があり、遠くて頻繁に行くこともできず、管理ができないので、いずれは譲るつもりだったということもあり、その男の子に買ってもらったのだそうです。それが今の店長さん。「店を出すときに沖縄に行かせて勉強させたんだけどね、それっきりなんじゃないかなあ」と久保先生。入った時の印象は、やっぱりあんまり沖縄のことは詳しくないな~という感じでしたね。

「今度行ったときに私のことを話してみて、びっくりするから」と久保先生は言われました。
実は今年も8月くらいに代田橋へ通うことになりそうなのです。その時にはまた首里製麺に行って、店長さんとお話してみようと思います。ちょっと楽しみ。けっして悪趣味じゃありませんから!

去年の9月に宇夫方路が沖縄へ向かう機内で一人の女性と隣り合ったのがコトの始まりなのです。
その女性は大城洋子さん。そして今日、その洋子さんがお友達を連れてM.A.P.の事務所を訪れてくださいました。
そのお友達は国弘泉さんとおっしゃいます。

実はこの記事、2月の28日に書いているのですが、なんですぐに書けなかったのかというと、この日の話題があんまり盛りだくさんだったので、どこから何をお話ししたらよいのかと考えているうちに遅れてしまったのです。

なにしろ本業(?)も、最近こんな感じで忙しいのです。
本業業務中

このままでは会社の仕事を放棄しない限り、いつまでたってもこの日の記事は書けそうにありません。
というわけで、国弘さんのことを、取り急ぎ(って、もうだいぶ遅れているのですが)ご紹介することにしました。

国弘泉さんのご両親は沖縄の方です。泉さんご本人は沖縄に住んだことがありません。数回行ったことがあるという程度だそうです。
国弘さんのお住まいは、M.A.P.の事務所から自転車だったらスグというところです。お子様が大きくなって、何か地域でやりたいと始められたのが“親子de寺子屋塾”です。
現在のメニューは四つ。
1:親子でお能 2:親子で素読 3:親子で礼法 4:親子で演劇
毎週月曜日の午後5:00~6:00に狛江駅近くの泉の森会館で開催されています。1から4までそれぞれ月一回、一講座2,000円で、4講座全て受講すると月6,000と、ちょっとお得になります。兄弟割引もあるらしい。大人だけでの参加もOKです。
(※泉の森会館は、M.A.P.after5でも絵手紙展朗読会でご案内したことがあります。)

連絡先は国弘さんの携帯です。電話番号もわかっているのですが、ネットに掲載していいのかどうか、泉さんにちゃんと確認してから、あらためてご案内したいと思います。

左が大城洋子さん、右が国弘泉さんです。
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国弘さんは、久米明さん朗読の大城立裕「ノロエステ鉄道」のCDと、壷屋の焼物をいくつか購入してくださいました。大感謝です。

こういうイチャリバチョーデー的出来事は、沖縄では日常茶飯事なので、もう驚かなくなりました。今日もいろんなところで繋がっていることが分かりました。とりわけ山川夏子さんですが、大城洋子さんととっても親しいということが今日判明しました。そういえば夏っちゃんとの出会いだって、沖縄タウンの“たきどぅん”で飲んでいた時、たまたま夏っちゃんが店の表を牛のように走って通り過ぎていったのが始まりだもんね。

それから“親子de寺子屋塾”の「親子で演劇」の講師は文学座の佐川和正さん。国弘さんがバイトしていた先で知り合ったのだとか。その佐川君、先日の「近代戯曲を読む」で高山正樹と宇夫方路が御一緒した方でした。さすがにこれにはちょっと驚きました。演劇の世界も、沖縄に負けず劣らず狭いですねえ。

そして、お能といえば横道萬里雄先生組踊りの件もあるし、しばらくお顔を拝していないし、御連絡してみようと思います。もしかしたら、「親子でお能」にも来てくださるかもしれませんよ。

洋子さん、今日は洋子さん関係のご紹介ができなくてごめんなさい。masatoさんというミュージシャンのことや、「大城会」のことや、洋子さんがお知り合いの沖縄各界の大物たちのことや、それらは今後、きっとお話しする機会がたくさんあると思います。どうぞこれから深く長いお付き合いのほど、どうかよろしくお願いいたします。

「高山正樹のウチナー婿のオロオロ日記」も、真剣に考えてみようかな。

【告知】
東京琉球舞踊協会10周年記念公演
“翔舞 Ⅳ”
日時:2010年4月10日(土)
〈昼の部〉開演13:00(開場12:30)
〈夜の部〉開演17:00(開場16:30)
場所:国立劇場 小劇場
料金:前売5,000円 当日5,500円

夜の部では、M.A.P.の宇夫方路が、組踊“執心鐘入”に出演します。
(※昼の部と夜の部のプログラムが違います。)

[subcate.組踊執心鐘入]
執心鐘入の稽古風景

ちらしが出来上がりました。

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1月14日木曜日: 忙しい一日、写真一枚

朝7時過ぎ、新しい100店シリーズがホテルに届きました。
急いで荷物をまとめて、南風原にある稽古場へ。今日も組踊りの稽古です。
國吉さんが発音の出来ない私のために作ってくださった新沖縄文字で表記した「執心鐘入」の台本を皆さんにもコピーして差し上げました。一緒にお稽古している先生からは、「助かる、ありがとう」と感謝されました。瀬底先生も「これはわかりやすいと思う」と言ってくださいました。瀬底先生には、改めてご意見を伺いたいと思っています。

1時までの稽古がちょっと延びて、大急ぎで失礼して空港へ。締め切り5分前にぎりぎりチェックイン。何とか間に合いました。

帰りの飛行機も遅れ、調布行きのバスも道が混んで遅れ、急いでM.A.P.カルチャー琉球舞踊教室へ、今年の稽古始めだったのに、ちょっと遅刻。ごめんなさい。4月10日の東京琉球舞踊協会の公演のために、「繁昌節」の稽古です。

来週はJTB主催の「杜のにぎわい」という公演が沖縄であります。私はそれに出演するため、また木曜日の午後から沖縄、そんなこんなで、今月の教室はかなり変則日程。でもまだメンバーが少ないからこんなこともできる、うれしいような悲しいようなですね。

稽古の後、みんなでラーメン屋さんへ。ああ、今日は忙しくて、一枚も写真撮れなかった。片野さんが注文した「黒味噌らーめん」を携帯で撮影して、お茶を濁そうっと。

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高山正樹 Masaki Takayama
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