«Prev || 1 | 2 | 3 || Next»
《高山正樹》
那覇空港到着(16:00)。新城亘さん國吉眞正さんと、ホテルのロビーで待ち合わせて、沖縄国際大学、西岡ゼミの研究室へ(18:30)。
亘さんが西岡敏准教授に繋いでくださったのです。
新城亘さん 西岡敏准教授「ウチナーグチを守ろう」
最近の沖縄で、よく聞かれるスローガンです。
行政も動き始めているようです。あの悪名高き方言札の時代を思うと、隔世の感があります。しかし、いったいどうしたらウチナーグチをきちんと残していけるのか、なかなか困難なのです。
そのひとつに、表記の問題があります。このことについては、M.A.P.after5でも幾度か書いてきました。
http://lince.jp/hito/freetalk…
http://lince.jp/hito/kiritan…
今、何人かの言語学者の方々が、それぞれの表記法を唱えていらっしゃいます。しかし、どれがいいのかの評価は定まっておらず(というより大方の人は表記問題には無頓着です)、また言語学とは関係のない人たちは、自分の喋る音を、カナを駆使してその都度書き表わしているというのが現状なのです。
例えば儀間進氏のエッセイでさえ、同じ「どぅ」という表記でも、[doo]と読むべき場合があったり、[du]だったり、[duu]だったりするのです。ウチナーグチをある程度理解している方々なら問題なく読み分けてくださるでしょう。しかし、ウチナーグチのわからないものにとっては、これは大変に困ったことです。「どぅ」という表記を自然に読むとどうなるか、漫画で自由な擬音に慣れている若者と、明治の頃の小説をたくさん読んでいらしたご年配の方とは違っているかもしれません。そういう中で、間違った発音のウチナーグチが氾濫していくという事態が起こっています。

この日、國吉眞正さんは、船津好明さんの考案された新沖縄文字が、いかに優れているかについて、精力的に語られました。このお歳で、これほど情熱を持っていらっしゃる國吉さんに、あらためて頭の下がる思いがしたのです。

M.A.P.after5でも、新沖縄文字について、ちょっとだけご報告したことがあります。
http://lince.jp/hito/hisabisa…
しかし、今までのところ、まだきちんと詳しくご紹介はしていません。それは、M.A.P.として、様々な表記法を比較検討するまでに到っていないからです。
しかしながら今日は、船津さんの考案した新沖縄文字について、率直に思っていることを語ってみたくなりました。

「僕も当初、この新しい文字に、ちょっとした違和感を感じたのです。どの音にどの表記を当てるかは単なるルールに過ぎないのだから、どんな記号を使おうとかまわないはずだ。ならば今ある仮名文字を使って、この音のときはこう書くという決まりを作ればいいだけのことではないか、その方が一般にも受け入れてもらいやすいのではないかと。でも、実際に新沖縄文字を使って教えてもらうと、仮名文字を使うよりもはるかにわかりやすいのです。それは何故なのかと考えてみました。それは、新沖縄文字は、ここでこの発音をしなさいというわかりやすい指示となっているからなのです。いつも使っている仮名文字での表現ではそうはいきません。ややもすると、沖縄特有の音韻ということが、たいへんにぼやけてしまう。
また、現状、既存の仮名文字を使ってたくさんのウチナーグチの文章が書かれていますが、それらはいったいどのルールで書かれているのか、そもそも一定の決められたルールに拠っているのか、さっぱりわからない場合が多いのです。
その点、この新沖縄文字を使うと、この音で発音せよという明確な指示を伝えることができるのです。その意味で、新沖縄文字は、ウチナーグチを学ぼうとする初心者にとっては、たいへん有効な指針となるのです。」

僕のこの素人の意見に、若き言語学者の西岡敏先生は、ありがたいことに理解を示してくださいました。

ふと見ると、研究室の壁に、M.A.P.でも販売している50音表が貼られてありました。
調子に乗って、恐れを知らぬ素人は、なおも発言を続けます。
「沖縄の音韻を理解するためには、まず日本語の50音表のいい加減さを理解することが有効だと思うんです。」

さて、ここで……
前回のウチナーグチ講座で、次回は「半母音について」と予告しましたが、せっかくなので、半母音のことをお話する前に、この際「日本語の50音表」について、ちょっと考察してみたいと思います。

というわけで……
【急遽開催!沖縄語の音韻講座、プロローグ(3)】
沖縄語の音韻講座を始めから読む

仮名は、基本的には表音文字です。例えば「た」という文字は[ta]という音で読まれなければなりません。仮名1個が1個の音に、一対一で対応しています。
日本語には母音が5つあり、それぞれがすべての子音と完全に対応しているため、50音表は日本語の仮名を理解するためにはとっても便利なアイテムです……、ということになっています。

null

はたして、ほんとういそうなのでしょうか。正しくは、「日本語の5つの母音は、子音と完全に対応していた」と、過去形でいうべきなのです。

わたしたち日本人は、たとえば「た」と「ち」は、それぞれ同じ子音[t]に母音の[a]と[i]がくっついていると思っています。しかし実はそうではありません。「た」は[ta]ですが、「ち」は[ti]ではありません。[ti]なら、それは「てぃ」と読まれなければならないのです。現代人は「ち」を[ci]と発音している。つまり「ち」の子音は[t]ではなく[c」なのです。
しかし、古代の大和では、「ち」は「てぃ([ti])」と発音していたらしい。同様の例はたとえば「さ行」にも「は行」にも、それ以外にもたくさんあります。つまり、その頃は、今よりもずっと、50音表の整合が取れていたのだといわれているのです。しかし、その後の音韻変化によって、その音自体は変わっていったのですが、50音表は旧来の並びのまま使われ続け、結果日本語の50音表の音韻的整合性は失われていきました。

ところが、沖縄語には、この日本語では失われた音韻が、昔のまま残っているのです。「てぃ」とか「どぅ」とかがそれです。さて、そうした音を、既存の日本語の50音表に入れ込もうとしたら、どうすればいいのでしょうか。沖縄語特有の音韻のために、新しい行を付け加えればいいのでしょうか。いえいえそうではありません。まずは現行の50音表を、現在の発音(子音)の通りに並び替えてみればいいのです。そうすると、新たな50音表の中に、沖縄語特有の音韻の、納まるべき指定席のあることがわかるはずです。

null

※例えば、●赤丸のところには「てぃ(ti)」が入ります。
※また、このほかに、声門破裂音がらみと、j・wといった半母音がらみの新しい行が必要となります。

この新しい50音表に新沖縄文字を当てはめていけば、沖縄特有の音を、容易に理解することができるのです。

各行の詳しい説明は、後日“沖縄語の音韻講座”でお伝えしていく予定です。
沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)へ

さて、西岡ゼミの研究室に戻りましょう。
表音文字の「かな文字」について、「仮名1個が1個の音に対応している」と述べましたが、しかしこれはあくまでも基本です。例えば、「~へ」という助詞は、[he]ではなく[e]と読まれています。というより「え」ではなく「へ」と書かなければならないというほうが正確でしょうか。また、かつては「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と読ませたとか、「けふ」は「きょう」だった、などなど。
http://lince.jp/hito/au-oo-uu…
こうしたことは、実は沖縄語にもあるのです。特に古典的な文章にそれが多い。これが沖縄語の表記の問題を、さらにややこしくしています。

また、拗音(「ちゃ」とか「ぎゅ」とか)は、1モーラ(※)でありながら大文字1個に小文字をくっつけて2文字で表わしています。(※モーラ:一定の時間的長さをもった音の分節単位。)
新沖縄文字は一音(1モーラ)につき一文字を基本としていて、「てぃ」は「て」と「ぃ」をくっつけた新しい図案の一文字で表しています。
null
西岡先生は、「こういう文字のことを言語学では合字というんですよ」と、世界の他の合字の例を上げて教えてくださいました。
「でも、拗音はそのまま使うんですね」
これは学者の視点だと、密かに感じたのでした。「一音一文字」ということの統一性を確保しなくてよいのか、新沖縄文字の考案者で数学者でもある船津好明さんは、これについてなんとおっしゃるのか、今度聞いてみたいなあ。

「パソコンで使える文字にするということも重要ですが、検索ということを考えた時、文字の順番も重要です。」
「パソコンの検索ですか?」
「いえ、辞書に掲載する文字の順番です。辞典などを引く時にはどうしても必要なことです。元来50音表はサンスクリットの音韻学がその起源だといわれています。その並びにも意味があるのです。新しい50音表は、是非そのあたりを考慮して作るのがいいと思いますよ」
なるほど、こういう話を聞くと腕が鳴ります。あ、これは船津先生にお任せすることですね。素人がでしゃばってはいけません。

そして、もうひとつ、忘れてはならない重要なことを西岡先生はおっしゃいました。
「首里や那覇あたりなら、この新沖縄文字で十分ですね」

西岡先生も、数年前に沖縄語の表記法を試案として考えられたことがあり、それをネットで公開していらっしゃいます。それは奄美から波照間島の音韻にまで及んでいて、並べられたその多様な音韻をあらためて眺めていると、目がクラクラしてくるのです。
http://www8.ocn.ne.jp/~nisj/

結論として、言語学的に沖縄語の音韻を網羅するのならば、新沖縄文字もまだまだ改良する必要があるのかも知れないが、ウチナーグチを勉強するためのアイテムとしての有効性は、西岡先生も十分に認めてくださったようです。
実は西岡先生は、船津さんの「美しい沖縄の方言」を大切に持っていらっしゃいました。
http://lince.jp/hito/densetu…
この「美しい沖縄の方言」は、西岡先生が沖縄語の勉強を始められた時の、最初の教科書だったのだそうです。
最後に、西岡先生は、もし新沖縄語を使った書籍を出版するようなことがあれば、推薦文を書いてくださるということを快くお約束してくださいました。
「この本には思い入れがありますから」
null

新しい50音表が出来上がったら、またお伺いさせていただきたいと思います。
西岡先生どの。本日は、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。
(文責:高山正樹)
旅の続きへ

» 続きを読む

ことの発端はmixiとやらなのです。まず、下記記事をお読みください。
http://lince.jp/hito/okinawamap/tv2…
この後、コメントが付いた。どうして「くがにぜーく」が正しいなどと簡単に言えるのかというような主旨。

確かに、健次郎さんから頂いた名刺も、工房の看板も、「金細工」には「かんぜーく」のルビが振ってあった。健次郎さんの愛犬“カン吉”は、「かんぜーく」の「カン」と又吉の「吉」をとって健次郎さんが名づけたというくらいですから、「かんぜーく」が間違いだなんて、他人が簡単にとやかく言うことではない、それはその通りでしょう。
しかし、少しでも調べて素直に考えれば、やっぱり健次郎さんがやられている今現在の仕事は、「くがにぜーく」としかいいようのないものです。健次郎さん御自身も、そう認識されたということなのだと思います。健次郎さんはやはり「くがにぜーく」である、現時点で僕の知っている資料からは、そう結論するしかありません。

しかし、一方で「かんぜーく」と名乗った人たち、そう呼ばれた人たちの存在を否定するものでもありません。むしろそういう人たちがいたのならば、とっても知りたくなってきたのです。
さて、どうやって調べたらいいのだろう。
インターネットあたりで又吉健次郎さんを「かんぜーく」と呼ぶ人たちにそれを聞いても、わかるはずもありません。

そこで……

2002年に、南風原文化センターで「匠の技にふれる 黄金細工と鍛冶屋展」という企画展が開かれました。その「黄金細工」と「鍛冶屋」には、それぞれ「くがにぜーく」と「かんじゃーやー」とルビが振られてありました。しかし、僕の知る限り、「くがにぜーく」は「金細工」という表記でいいはずです。それを「黄金細工」としたことについて是非知りたいと思いました。
そしてこういうことに詳しい方がいれば、「かんぜーく」についてもはっきり説明してもらえるかもしれません。なぜ、又吉健次郎は「かんぜーく」ではなく「くがにぜーく」なのか。

話しをちょっと戻します。沖縄の言葉において、漢字とルビの関係は、とても難しいものがあります。元々ある言葉に漢字を当てたのか、最初に漢字があってその読み方を仮名で表記しているのか、それを見極めないと、関連する歴史そのものを間違えてしまうこともあるのです。

南風原の企画展において、なぜ「くがにぜーく」という言葉に「黄金細工」という文字を当てたのか、元々「黄金細工」という文字が何かの資料にあるのだろうか。

昨日の11月13日、東京から直接南風原役場に電話をして伺いました。
null
対応してくださった平良さんという文化担当の女性の方は、「くがにぜーく」に「黄金細工」という文字を当てた理由について、次のように答えくださいました。

1:「かんぜーく」とはっきり区別するため。
2:2002年当時、くがにぜーくに携わっていらっしゃる方は、もう又吉健次郎さんのお一人しかいらっしゃらなくなっていた。その貴重であるということを表現するために、色々みんなで相談して「黄金」という字をあてたと記憶している。
3:また南風原町には有名な黄金森(くがにむい)があり、住んでいる方々は「こがね=くがに」といえば、自然に「黄金」という字を想い起こすという事情があった。

要するに、「くがにぜーく」に「黄金細工」という文字を当てたのだが、それには、何か歴史的学問的な事例に基づいた理由があったというわけではなさそうです。

さて、聞きたいのはここから先です。又吉さんのような飾り職人を、「かんぜーく」と呼んでいた歴史的な事実はないか、例えば健次郎さんの先代のころはどうだったのかろうか、僕はしつこく聞きました。平良さんは、それにも大変丁寧に答えてくださいました。
「多分、飾り職人のご本人は、ご自分のことを『くがにぜーく』とおっしゃることはないと思うのです。また周りの人たちは、飾り職人の方々を『かんぜーく』とは呼ばないでしょう。尊敬を込めて『くがにぜーく』と呼んでいたのだと思います。」

健次郎さんに電話をしました。
健次郎さんは、お父様が「くがにぜーく」とも「かんぜーく」とも口にされたことを聞いたことがないそうです。ただ王府に「くがにぜーく奉行」というものがあって、首里にはその職人町があった。その流れであることには間違いはないとおっしゃいました。
最近、県の金工部門の人にも「くがにぜーく」にしなさいと強く言われたそうです。
今、県内に「くがにぜーく」と書かれた史跡はひとつも残っていない。このままだと、50年たったら「くがにぜーく」という言葉は無くなってしまう。「くがにぜーく」を受け継ぐ者として、それでいいのか、なんとかしなければいけないという思いが強くなったのだと健次郎さん。

又吉健次郎さんは、受け継ぐ者が自分ひとりになった時、皮肉にもそれがひとりだけのものではないということに気が付いたということなのでしょう。なんとかしなければいけない、その決意には、謙虚な気持ちで自分のことを「クガニゼーク」とは呼ばずに「カンゼーク」と名乗る、などというような、ナイーブな個人的な心情の入り込む余地は、最早ないのではないかと、僕には感じられたのです。

平良さんは、金細工を研究している詳しい方がいらっしゃるので、聞いてくださるとのこと、来週から沖縄へ行くので、是非ともお伺いしようと心に決めたのでした。
(文責:高山正樹)
[subcate.クガニゼークーのこと]

» 続きを読む

11月 2日月曜日: TV番組ふたつ

ラッコの着ぐるみ。
null
詳しくはYusuke氏の方で…
http://www.bcphotoshare.com/photos…
撮影風景は……
http://lince.jp/hito/nhk…
…以上は、どうということのないはなしですが。

こちらの方は、遅ればせながら……
null
ちょっとご報告です。
「生きる×2」、副題「琉球金細工・最後の職人」。
http://www.tv-asahi.co.jp/ikiru2…

井上真喜ちゃんが仕掛けたミステリー
http://lince.jp/hito/tintao…
又吉健次郎さんがこの番組で最後に語った言葉は……
「先を見通すには昔を知らなければならない」
……でありました。
関係あるんだかないんだか…
http://lince.jp/mugon/kako2000…

» 続きを読む

本日最後の合わせ。
劇団あとむのワゴン車

明日朝早く、津山へ発ちます。
その前に諸々いくつか告知しておきたいことがいくつか、でも時間がなくて間に合いませんでした。
後日追記します。
行ってきます。

【告知追記その1(9/14)】
延期になっていた東放学園の実習公演“無伴奏デクノボー奏鳴曲”ですが、新しい期日が決定しました。10月20日(火)と21日(水)です。正式な開演時間は未定ですが、ソワレです。
場所も変わらず、京王線府中駅前のグリーンプラザ府中けやきホールです。

当然、お芝居の内容に変更はありません。
最初の告知記事をご参考に。
http://lince.jp/hito/dekunobo…

時間等、最終決定しましたら、あらためてご案内します。

【告知追記その2(9/15)】
森山さんの石鹸について、こんなことをお知らせしていましたが…
http://lince.jp/hito/chousen…
新しい石鹸開発中なのです。
試行錯誤の試作品たち
色々と試行錯誤しながら、一歩一歩さらに良いものを目指しています。つきましては現在販売中の石鹸を皆様に使っていただき、その御感想などを参考にして、新商品開発に役立てたいと考えています。
そこで楽天市場の沖縄mapでモニターを募集しました。
沖縄mapの「石鹸」のページ
ところがここでの告知が遅れて、もうモニター募集が締め切りになっちゃいました。ごめんなさい。なんと1000名という方から申し込みがあり、25名が当選となりました。楽天市場恐るべしです。第2次もあるらしい。担当は上原です。

【告知追記その3(9/16)】
沖縄から、こんな雑誌が届きました。
null
琉球新報社が出している情報誌「うない」の9・10月号です。
その中の記事を、いくつかご紹介したいと思います。

まず、9・10月号のメインの特集は又吉健次郎さんなのです。
特集:沖縄の伝統工芸「琉球王朝時代の金細工を未来へつなぐ」
null
先日、又吉健次郎さんの房指輪の謎解きをしましたが、この記事でも「金細工」にはきちんと「くがにぜーく」とルビが振ってありました。
そればかりではありません。この雑誌では房指輪の説明もされているのですが、そこには次のように書かれてあります。
「又吉さんによると、灯明は石榴(ざくろ)、鳩は桃という説もあるとか。石榴は子孫繁栄を意味する縁起物ですし、桃は、中国では古くから長寿の象徴でもあるそうです」
null
なんともうれしい限りではありませんか。高山正樹のちょっとした疑問が、こういう形で結実したのですから。ちょっと、大げさかなあ。
ことの発端
又吉健次郎さんの房指輪の謎解き

それから加藤登紀子さんの記事を見つけました。加藤登紀子さんは高山正樹の高校の先輩なのですが、へえ、おときさんの娘さん、沖縄に住んでいらっしゃるんですねえ。ついでに、おときさんの沖縄関連イベントがあるようで、そのちょっとしたご案内です。
Peace Music Festa!’09 from 宜野湾 わったー地球(しま)はわったーが守る
日時:2009年 9月 21日(月曜・祝日)開演 12:00/終演 21:00
http://peacemusic.ti-da.net…

そして三つ目は本の紹介記事です。
null
平田大一「シマとの対話【琉球メッセージ】」
この平田大一さんは沖縄ではちょっと名の知れた詩人・演出家ですが、宇夫方隆士さんのお友達で、隆士氏が自作の詩を朗読した映像作品、「一瞬のコーヒー」で、笛を吹いてくださっているのです。
「一瞬のコーヒー」のページへそして平田大一さんは、今こんなことをやっています。
現代版組踊「翔べ!尚巴志」
http://showthestage.ti-da…
こちらもインフルエンザで延期になったらしいです。
それから、高山正樹の書斎の本棚にこんな本がありました。
南風・海風に吹かれて

他にもまだ告知したいことがあったのですが、今日のところはこの辺で。

【宇夫方路の沖縄報告】
朝一番、いつもの通り調布からバス。
朝の調布駅前

この日は遅れることもなく、順調に那覇空港に到着。その足で、大城立裕先生のお宅へ向かいました。
そうだ、ご報告していませんでしたが、この度、私の父、宇夫方隆士の詩画集を、M.A.P.で出版することになりました。
詩画集「幻影」
詩画集「幻影」表紙
10月10日、出版予定です

で、本日は、その詩画集の推薦文を、大城先生にお願いをしに伺ったのです。
もともとこの出版のハナシは、又吉健次郎さんが火付け役のひとりで、やはり今度の詩画集に一文を寄せてくださるのですが、今日大城先生のところへ行くという話を、ちょっと又吉健次郎さんにお話したら、是非とも同行してご挨拶に伺いたいと健次郎さん。先日、沖縄タイムス賞を受賞された時、大城先生からお祝いのお葉書を戴いたので、そのお礼をしたいということでした。
というわけで、私と父と又吉健次郎さんと、3名でお邪魔しました。

大城立裕先生のお宅にて

大城先生は又吉健次郎さんへの手紙について、受賞パーティーに行っても大勢の人で、肝心の受賞者御本人には会えないことが多いので、パーティーに行かずにお手紙をお出しになったのだそうです。

大城先生と又吉健次郎さんの会話…
「どうして『くがにぜーく』といわずに『かんぜーく』と言うの?」
「まあいいかな、と思ってたんですが、やっぱりちゃんとしようかな」
健次郎さんの、いい感じのテーゲーさ。
「かんぜーく」は鋳掛屋のことで、銀細工職人のことは「くがにぜーく」というのが正解なのです。私、ちっとも知りませんでした(汗)。
又吉健次郎さんも、だんだん大御所になってしまって、きちんと伝統を背負わなければならなくなったということなのかもしれません。

大城先生から名刺を頂戴した又吉健次郎氏、「私の名刺は『くがにぜーく』と直してからあげましょうね」と、ご自分の名刺はお出しになりませんでした。

今現在、ネットで「かんぜーく」を検索すると「金細工」のルビとしていくらでも出てきますが、「くがにぜーく」は殆ど出てきません。なんでこんなことになってしまってんでしょうかねえ。
ともかく、いつのまにかそれが定着しちゃって、又吉さん御自身も「まあいいか」というテーゲーな感じでそれに乗っちゃったのかもしれませんね。なにしろ、ご自分の名刺の肩書きもそれで印刷しちゃったくらいなんですから。
それから、又吉さんの工房の表札にも「かんぜーく」というルビがふってあるんですよ。証拠写真は下の記事でご確認を。
http://lince.jp/hito/okinawamap/matayosi…

さて、いよいよ……
房指輪の七つの房の意味のミステリー解明の時がやってきたようです。
まずはこちらの記事をお読みください。
http://lince.jp/hito/kouboumatayosi…

今、又吉さんの工房で作っている房指輪の説明では、7つの種類は「魚」「灯明」「鳩」「扇」「花」「蝶」「葉」となっています。しかし、この中の「灯明」は実は「ざくろ」ではないか、また「鳩」は「桃」ではないかという説もある、又吉さんは、「ざくろ」と「桃」の方が本当かもしれないと仰っていました。
null null
しかし、房指輪が今こうして形になっているのは、ヤマトの陶芸家である濱田庄司さんが、又吉さんのお父様である6代目の誠睦さんに復元を託してくださったおかげなのだと又吉さんはおっしゃいます。「灯明」も「鳩」も、当時、濱田庄司さんが、沖縄で残されている房指輪を探し出し、その形を見たり調べたりしながら、一つずつ意味を解明をして、ようやくたどり着いたものなのです。健次郎さんは、その濱田さんとお父様の出会いを大切にしたいがゆえに、そのままの説明で通していらしたそうです。
楽天市場沖縄map「房ネックレス灯」
楽天市場沖縄map「房ネックレス鳩」

ちなみに結び指輪はあの版画家棟方志功さんが復元したデザインなのです。
楽天市場沖縄map「房指輪」

高山正樹が又吉健次郎さんの工房に伺った時も、健次郎さんはこの話をしてくださいました。それを聞いた高山が、是非そのお話を、ブログなどで紹介させていただけないだろうかとお願いしたところ、快くご承諾してくださいました。
また、健次郎さんも、その時のことがきっかけで、やはり「ざくろ」や「桃」のことも、きちんと伝えて残しておこうという気持ちになったのだそうです。
「M.A.P.のおかげです。ありがとう。」
又吉さんは、そうおっしゃってくださいました。

琉球王朝からの金細工の伝統を継いでいらっしゃる方は、もう今は又吉健次郎さん一人だけとなってしまいました。今まで何人か健次郎さんの元で修行をしたお弟子さんもいらしたそうですが、みんな途中でいなくなってしまう。それは仕方ないことだとも思うのだが、このままでは健次郎さんが亡くなったら伝統が途絶えてしまう。それを危惧され、せめて映像で残しておこう、そうすればもしまたやろうという人が出てきたときに、それを見て始めることが出来る、そう思い立って、たくさんの方に頼み込んで協力をしてもらい、現在8割方完成しました。ジーファーの説明の為に、髪結いの小波さん、そのモデルには大城美佐子さんなどなど、みなさん快く引き受けてくださったそうです。

その中で、房指輪についても、「ざくろ」や「桃」のことを、きちんと説明をすることにしたと、又吉健次郎さんは仰っていました。

大城先生に父の詩画集の校正版をお渡しして、お読みになってもしよろしければ推薦文をお願いしますとお願いしました。
先生は一寸ごらんになって「いい絵ですね」と。あとで父は「みんな絵はいいねえと言ってくださるけど、詩の事は何も言わない」と言っていましたが、父もせっかち、お渡ししたばかりで、まだお読みにもならないうちに、コメントなんか言えませんよね。
大城先生は楽しい仕事を下ってありがとうございますと言ってくださいました。

null null

新報ホールに行かなければならないので、1時間ほどで失礼致しました。

【一方、東京で台本を読み続ける高山正樹の息抜き】
今日のゴーヤー、今日の雌花!
null
明後日のゴーヤーへ


«Prev || 1 | 2 | 3 || Next»
高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ