6月12日金曜日: 又吉健次郎さんの房指輪(6月の沖縄4)
北村三郎さんとお別れしたあと、私たちは又吉健次郎さんの工房にお邪魔しました。

又吉さんは、先日東京へ行かれたそうですが、あんな忙しいところ、疲れるからもう二度と行かないとおっしゃっていました。
「20年前、二十歳の頃、歌舞伎町をウロウロしていたときは大丈夫だったんだけどなあ」
あれ? オジイ、幾つなわけ? 計算が合いませんよ。
そばから健次郎さんの話に突っ込みを入れる娘さんです。

笑って仕事を続けるお弟子さん。

なんでこの画像、こんなに大きいの?
手元がよく見えるようにです。大意はありません。
その傍の壁には、大和の書家(北古味可葉氏)の作品が。

書かれてあるのは、「結ぶ」という文字です。
いよいよ「又吉健次郎」さんのカテゴリーを作りました。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap…
又吉健次郎さんが“沖縄map”のために提供してくださるのは、既にお知らせしたとおり、結び指輪と、それから房指輪の七つの素材を使ったネックレスです。
あらためて房指輪の七つの素材をご紹介します。

さて、この七つの図案にどんな意味があるのか、いよいよ懸案の謎解きを…、と、いきたいところなのですが、なかなか奥深いこともあり、また本当のところがいまひとつ判然としないので、今少し時間を頂きたいのです。
確かに、6月6日の記事のコメントにてご紹介した説明での「意味」が、“金細工またよし”の公式な御案内であることには間違いはありません。今や金細工(くがにぜーく)の第一人者は又吉健次郎さんなので、インターネットで「房指輪」を検索すると、この又吉さんの工房の正式な案内が、それぞれのサイトやブログなどで、若干言葉を変えながらも、これ以外にはあり得ないという印象で上位に並びます。中には又吉健次郎さんのお名前なしで説明書きのみ使われている場合もあり、もはやこの見解が、琉球王朝時代から連綿と受け継がれてきた伝統であるかのような様相を呈しています。
この日、又吉健次郎さんは、大切にされている、ひとつの古い房指輪を我々に見せてくださいました。
それがこれです。

作者はわかりません。
1960年に「大和」からやってきた陶芸家濱田庄司と版画家棟方志功。
健次郎さんの父、6代目又吉誠睦。
そして、ここにも戦争の影が…。
健次郎さんが最も大切にしていることは、父親の遺志をそのものを受け継ぐこと。
なんだか奥歯にモノが挟まったような物言いで、大変申し訳ありません。健次郎さんにもお許しを頂いていますので、若干残る靄が晴れたならば、その時はきちんとご報告したいと思っています。
前回宇夫方路がお伺いした時の記事でご紹介したお孫さんの絵を、ここに再掲したいと思います。

もしかすると。このお孫さんが健次郎さんの後を継ぐというようなこともあるのでしょうか。
父という「定立」、息子という「反定立」、その弁証法的統一。あるいは即自・対自・即自且対自といってもいい。
物事はトライアングルになった時、父と息子の関係だけであったものが、新たな定立(テーゼ)として確固たる伝統になるのだと思うのです。
このことと通じるものが、“おきなわおーでぃおぶっく”の新作、大城立裕氏の「ノロエステ鉄道」にもあるのです。
それに関するこんな記事も、どうぞお読みください。
⇒http://lince.jp/hito/noroesute…
これもまた、第三の目に違いありません。
こんな記事もどうぞ…
⇒http://lince.jp/hito/…
ああ、またややこしい話をしてしまいました。反省であります。
又吉さん。今度は島酒担いでやってきます。

旅の続きへ
又吉さんは、先日東京へ行かれたそうですが、あんな忙しいところ、疲れるからもう二度と行かないとおっしゃっていました。
「20年前、二十歳の頃、歌舞伎町をウロウロしていたときは大丈夫だったんだけどなあ」
あれ? オジイ、幾つなわけ? 計算が合いませんよ。
そばから健次郎さんの話に突っ込みを入れる娘さんです。
笑って仕事を続けるお弟子さん。
なんでこの画像、こんなに大きいの?
手元がよく見えるようにです。大意はありません。
その傍の壁には、大和の書家(北古味可葉氏)の作品が。
書かれてあるのは、「結ぶ」という文字です。
いよいよ「又吉健次郎」さんのカテゴリーを作りました。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap…
又吉健次郎さんが“沖縄map”のために提供してくださるのは、既にお知らせしたとおり、結び指輪と、それから房指輪の七つの素材を使ったネックレスです。
あらためて房指輪の七つの素材をご紹介します。
さて、この七つの図案にどんな意味があるのか、いよいよ懸案の謎解きを…、と、いきたいところなのですが、なかなか奥深いこともあり、また本当のところがいまひとつ判然としないので、今少し時間を頂きたいのです。
確かに、6月6日の記事のコメントにてご紹介した説明での「意味」が、“金細工またよし”の公式な御案内であることには間違いはありません。今や金細工(くがにぜーく)の第一人者は又吉健次郎さんなので、インターネットで「房指輪」を検索すると、この又吉さんの工房の正式な案内が、それぞれのサイトやブログなどで、若干言葉を変えながらも、これ以外にはあり得ないという印象で上位に並びます。中には又吉健次郎さんのお名前なしで説明書きのみ使われている場合もあり、もはやこの見解が、琉球王朝時代から連綿と受け継がれてきた伝統であるかのような様相を呈しています。
この日、又吉健次郎さんは、大切にされている、ひとつの古い房指輪を我々に見せてくださいました。
それがこれです。
作者はわかりません。
1960年に「大和」からやってきた陶芸家濱田庄司と版画家棟方志功。
健次郎さんの父、6代目又吉誠睦。
そして、ここにも戦争の影が…。
健次郎さんが最も大切にしていることは、父親の遺志をそのものを受け継ぐこと。
なんだか奥歯にモノが挟まったような物言いで、大変申し訳ありません。健次郎さんにもお許しを頂いていますので、若干残る靄が晴れたならば、その時はきちんとご報告したいと思っています。
前回宇夫方路がお伺いした時の記事でご紹介したお孫さんの絵を、ここに再掲したいと思います。
もしかすると。このお孫さんが健次郎さんの後を継ぐというようなこともあるのでしょうか。
父という「定立」、息子という「反定立」、その弁証法的統一。あるいは即自・対自・即自且対自といってもいい。
物事はトライアングルになった時、父と息子の関係だけであったものが、新たな定立(テーゼ)として確固たる伝統になるのだと思うのです。
このことと通じるものが、“おきなわおーでぃおぶっく”の新作、大城立裕氏の「ノロエステ鉄道」にもあるのです。
それに関するこんな記事も、どうぞお読みください。
⇒http://lince.jp/hito/noroesute…
これもまた、第三の目に違いありません。
こんな記事もどうぞ…
⇒http://lince.jp/hito/…
ああ、またややこしい話をしてしまいました。反省であります。
又吉さん。今度は島酒担いでやってきます。
(文責:高山正樹)
今日は、カンキチに会うことができました。

でもこいつ、男は嫌いらしい。特に大和の男が?
金城君と一緒?
でもこいつ、男は嫌いらしい。特に大和の男が?
金城君と一緒?
旅の続きへ
6月 6日土曜日: 房指輪のこと
喜納の会のお披露目公演がいよいよ迫ってきました。今月の13日です。
その御案内はあらためてさせていただくとして、今日、その公演で使用する房指輪が届きました。ジュードーチョップさんに注文していたものなのです。

房指輪とは婚礼の指輪です。そのことは、前にもちょっとご説明しましたが…
(⇒http://lince.jp/hito/matayosi…)
房指輪は踊りにもよく使われます。でも、いつも使われるというわけでもなく、一昨年まで琉球新報のコンクールでは、房指輪の使用が禁止されていたので、私は持っていませんでした。それが去年からは逆に使わなければならないというふうにコンクールのルールが変わったこともあり、今度のお披露目公演でも、房指輪を使うことにしたのです。
又吉健次郎さんも房指輪を作っていらっしゃるのですが、踊り用の指輪は鎖を長くしなければならず、手作りの銀細工では銀がくっついてしまって加工が出来ないのだそうです。しかし既製の鎖は絶対に使わないというのが健次郎おじいのポリシー、ということで、又吉さんにお願いすることはあきらめたのです。
健次郎さんのいとこの方が踊り用の房指輪やジーファー(簪)を作っていらしたのですが、その方がお亡くなりになり、琉球舞踊の先生方は、道具の調達に、みなさん大変苦労するようになりました。
ちなみに、これは喜納の会の大先生から借りた房指輪です。

そんな折、ジュードーチョップさんは去年、踊りをやっているお友達から房指輪の制作を打診され、そのお友達の踊りの先生から房指輪を借りて、それを手本にして房指輪を作った経験があるということを知り、早速私も注文したのです。
今後、皆さんがジュードーチョップの房指輪をつけて踊るようになったら素敵ですね。
そのためにも、ジュードーチョップの房指輪が美しく見えるように、しっかりといい踊りを踊らなければなりません。頑張らなくっちゃ!
その御案内はあらためてさせていただくとして、今日、その公演で使用する房指輪が届きました。ジュードーチョップさんに注文していたものなのです。
房指輪とは婚礼の指輪です。そのことは、前にもちょっとご説明しましたが…
(⇒http://lince.jp/hito/matayosi…)
房指輪は踊りにもよく使われます。でも、いつも使われるというわけでもなく、一昨年まで琉球新報のコンクールでは、房指輪の使用が禁止されていたので、私は持っていませんでした。それが去年からは逆に使わなければならないというふうにコンクールのルールが変わったこともあり、今度のお披露目公演でも、房指輪を使うことにしたのです。
又吉健次郎さんも房指輪を作っていらっしゃるのですが、踊り用の指輪は鎖を長くしなければならず、手作りの銀細工では銀がくっついてしまって加工が出来ないのだそうです。しかし既製の鎖は絶対に使わないというのが健次郎おじいのポリシー、ということで、又吉さんにお願いすることはあきらめたのです。
健次郎さんのいとこの方が踊り用の房指輪やジーファー(簪)を作っていらしたのですが、その方がお亡くなりになり、琉球舞踊の先生方は、道具の調達に、みなさん大変苦労するようになりました。
ちなみに、これは喜納の会の大先生から借りた房指輪です。
そんな折、ジュードーチョップさんは去年、踊りをやっているお友達から房指輪の制作を打診され、そのお友達の踊りの先生から房指輪を借りて、それを手本にして房指輪を作った経験があるということを知り、早速私も注文したのです。
今後、皆さんがジュードーチョップの房指輪をつけて踊るようになったら素敵ですね。
そのためにも、ジュードーチョップの房指輪が美しく見えるように、しっかりといい踊りを踊らなければなりません。頑張らなくっちゃ!
(うぶかた)
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5月10日日曜日: 5月のおきなわ、だい4ぽう
“ゆーゆーらーさん”でお昼。

「ゆーゆーらーさん」とは、ゆったりいこうよ、みたいな感じ。
フーチバーが別のお皿に。お好みでトッピングしてねということですね。

御馳走様でした。
又吉さんの工房へ向かいます。

又吉健次郎さんです。

⇒又吉さんに初めて会った日のこと
若い人たちにがんばって貰いたい、私が参加することで華やかになり、後方支援になるならと、作品提供にも快くOKしてくださいました。こんなうれしいことはありません。
けれども、一緒に働いていらっしゃる姪御さんが、何でも引き受けて無理をして、後でうちあたいするんだからと心配されていらっしゃいました。うーん、この「うちあたいする」のニュアンスは難しいなあ。後で反省しちゃうというような感じでしょうか、でも、「うちあたい」には、ほんとうはもっと豊かなイメージが含まれてるんですよねえ。
ともかく、ご無理はさせられませんので、十分に配慮させていただきたいと思っています。
というわけで、ちょっと作品のご紹介。
房指輪という古式豊かな婚礼の指輪には、素朴な形の七飾りがついています。房指輪というものがどういう歴史を辿ってきたものなのかなどについては、ここで説明する余裕はないのですけれど、房指輪ばかりではなく、健次郎さんは、その七飾りのひとつひとつをペンダントにしたものも作っていらっしゃいます。
それがこれです。

そしてもうひとつの指輪、“結び指輪”

工房の入口に貼ってあった説明書きを引用させていただきます。
2本の銀線を加熱して、親指と人差し指で結んだ指輪、その結び目には男と女の出会いと絆を表しているようにもみえます。
1950年代、染色家の芹沢銈介の供した資料を版画家の棟方志功が図案にした一枚のスケッチをもとに六代目誠睦が生みだすように復元したのがこの結び指輪です。
芹沢銈介の説によりますと、この指輪はその昔、辻町の遊女が身につけていたということです。首里王朝が衰退し、明治になってからは急激な世替わりが進み、そして戦争により遊女は姿を消しました。この150年の間に遊女が手にしていた銀の結び華は消えてしまったのです。
世界のどこにでもなく、沖縄の、首里の、この工房にある一個の結び指輪は、長い年月を経て、遠い道程をたどって、こうして、いま、この金床の上にあるのです。琉球史の浮き沈みの中で咲いた結び指輪は今、多くの人とむすばれ親しまれています。
トンテンカン、カンカンカン…

じいじが かんかんすると かんきち も わんわん
今度来たときには、無理をしていただかなくても大丈夫な作品を決定して、そして、お孫さんと、かんきち君にも会えるかな。
⇒第5報に続く
「ゆーゆーらーさん」とは、ゆったりいこうよ、みたいな感じ。
フーチバーが別のお皿に。お好みでトッピングしてねということですね。
御馳走様でした。
又吉さんの工房へ向かいます。
又吉健次郎さんです。
⇒又吉さんに初めて会った日のこと
若い人たちにがんばって貰いたい、私が参加することで華やかになり、後方支援になるならと、作品提供にも快くOKしてくださいました。こんなうれしいことはありません。
けれども、一緒に働いていらっしゃる姪御さんが、何でも引き受けて無理をして、後でうちあたいするんだからと心配されていらっしゃいました。うーん、この「うちあたいする」のニュアンスは難しいなあ。後で反省しちゃうというような感じでしょうか、でも、「うちあたい」には、ほんとうはもっと豊かなイメージが含まれてるんですよねえ。
ともかく、ご無理はさせられませんので、十分に配慮させていただきたいと思っています。
というわけで、ちょっと作品のご紹介。
房指輪という古式豊かな婚礼の指輪には、素朴な形の七飾りがついています。房指輪というものがどういう歴史を辿ってきたものなのかなどについては、ここで説明する余裕はないのですけれど、房指輪ばかりではなく、健次郎さんは、その七飾りのひとつひとつをペンダントにしたものも作っていらっしゃいます。
それがこれです。
眩しい……!
もちろん、鎖まで全て銀です。そしてもうひとつの指輪、“結び指輪”
工房の入口に貼ってあった説明書きを引用させていただきます。
2本の銀線を加熱して、親指と人差し指で結んだ指輪、その結び目には男と女の出会いと絆を表しているようにもみえます。
1950年代、染色家の芹沢銈介の供した資料を版画家の棟方志功が図案にした一枚のスケッチをもとに六代目誠睦が生みだすように復元したのがこの結び指輪です。
芹沢銈介の説によりますと、この指輪はその昔、辻町の遊女が身につけていたということです。首里王朝が衰退し、明治になってからは急激な世替わりが進み、そして戦争により遊女は姿を消しました。この150年の間に遊女が手にしていた銀の結び華は消えてしまったのです。
世界のどこにでもなく、沖縄の、首里の、この工房にある一個の結び指輪は、長い年月を経て、遠い道程をたどって、こうして、いま、この金床の上にあるのです。琉球史の浮き沈みの中で咲いた結び指輪は今、多くの人とむすばれ親しまれています。
トンテンカン、カンカンカン…
じいじが かんかんすると かんきち も わんわん
今度来たときには、無理をしていただかなくても大丈夫な作品を決定して、そして、お孫さんと、かんきち君にも会えるかな。
⇒第5報に続く
4月24日金曜日: 西岡美幸さんと又吉健次郎さん
M.A.P.の楽天市場に、西岡美幸さんは、とりあえず個人で参加してくださることになりました。軌道に乗って、お互い慣れてきたら、工房の皆さんの作品も扱いたいと思っています。
現在出品作品制作中の西岡さんからメッセージを頂いています。
私は若い女性をターゲットに制作に取り組んでみようと考えてみました。
幸せの青い鳥と四つ葉のクローバーモチーフを使って
幸運のシーサーを作ってみました。
生活の中に溶け込めるシーサー。
ラッキーアイテムが色々付いたシーサーなら
お部屋に欲しい人もいるかな…

白土で作っています。
後から色が付きます。
というわけで、西岡美幸さんのカテゴリも作りました。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/monodukuri…
そして、そして…
なんと金細工(クガニゼーク)職人の又吉健次郎さんの工房も参加してくださることになりました。
最初はお弟子さんの作品をということでご相談したのですが、ご本人の作品も販売させていただけることになったのです。
又吉健次郎さんは1931年生まれ。
どんな方なのかは過去に記事がありますのでどうぞお読みください。
⇒http://lince.jp/hito…
また、「社長とは~」のもこんな記事が…
⇒http://lince.jp/mugon…
なんだか、とっても素敵なことになってきました。
現在出品作品制作中の西岡さんからメッセージを頂いています。
私は若い女性をターゲットに制作に取り組んでみようと考えてみました。
幸せの青い鳥と四つ葉のクローバーモチーフを使って
幸運のシーサーを作ってみました。
生活の中に溶け込めるシーサー。
ラッキーアイテムが色々付いたシーサーなら
お部屋に欲しい人もいるかな…

白土で作っています。
後から色が付きます。
というわけで、西岡美幸さんのカテゴリも作りました。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/monodukuri…
そして、そして…
なんと金細工(クガニゼーク)職人の又吉健次郎さんの工房も参加してくださることになりました。
最初はお弟子さんの作品をということでご相談したのですが、ご本人の作品も販売させていただけることになったのです。
又吉健次郎さんは1931年生まれ。
どんな方なのかは過去に記事がありますのでどうぞお読みください。
⇒http://lince.jp/hito…
また、「社長とは~」のもこんな記事が…
⇒http://lince.jp/mugon…
なんだか、とっても素敵なことになってきました。
2月18日水曜日: “一瞬のコーヒー”
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
宇夫方隆士氏自身が自作の詩を朗読し、それに音楽と映像を付けた作品“一瞬のコーヒー”を、宇夫方隆士詩画集からご覧いただけるようにしてみました。
この作品は、井上真喜ちゃんが撮影したものです。そして、このはなしの発端には、あの又吉健次郎さんが絡んでいるようです。ともかく、沖縄で、みんな楽しく遊んでいるんだなあと、なんだかとってもうらやましくなります。
さて、“一瞬のコーヒー”をご覧頂く前に能書きをひとつふたつ。
当サイトをもっと楽しんでいただくために、なんとかしなければいけない課題がいくつかあります。
まずは、携帯電話からのアクセスにどう対応するのか、ということ。別途に携帯用のサイトを作るのがベストなのですが、残念ながらそこまでの余裕がありません。
また、iPhuneが出現して、どうやら多分、携帯サイトは今後ジリ貧でしょう。PCと全く同じようにサイトにアクセスできる携帯というのが主流となってきています。
(ただ日本の場合、若者が現状の携帯に依存している度合いが大きく、携帯電話にどう対応するかは、いまだに大きな課題なのですが、しかし将来を見据えると、なかなかそこに労力を費やせないというところなのです。)
以前もお話ししましたが、例えば画像。携帯でサイトにアクセスしたとき、いきなり画像が開いては色々と厄介です。そこでまずは画像の名前だけテキストで読めるようにするということが必要なのですが、そのためには、サイトの管理者が、あらかじめ、画像にちゃんと名前を付けておく必要があるわけです。
名前がきちんと付いていれば、画像にカーソルを持っていくと、そのテキストがヒョコっと表示されるわけですが、でも「12345.jpg」なんて名前では意味ありませんよね。「風景1」なんてのもNGです。
で、M.A.P.のブログの場合はどうかというと、殆どが「null」となっています。つまり「空っぽ」ということ。名前をつけていないんですね。これではダメです。ということで、ちょこちょこ直しているのですが、忙しくてなかなか進みません。申し訳ない気持ちで一杯です。
で、このことは、携帯電話からアクセスされた場合ということに限った話ではないのです。
M.A.P.にとって、「オーディオブック」は重要なアイテム。「オーディオブック」とは、言ってみれば「聞く書物」のことです。それなのに、目の不自由な方々に対して不親切であったとしたら、これは大変な問題です。
で、私たちのサイトはどうか。残念なことに、きちんと目の不自由な方々に対応できていないというのが現状。自覚はあるのですが、なかなか修正することができなくて、まことにもって忸怩たる思いです。ほんとうに申し訳ありません。
目の不自由な方々は、音声変換ソフトを使ってサイトを聞いているというのはご存知でしょうか。少し専門的なことになりますが、いくら文字でも、画像やロゴなど、スタイルシートで作成しているものは、いくら音声変換ソフトを使っても、読み込むことができません。従って、スタイルシート一個一個について、きちんと対応したテキストを、htmlの構文の中に組み込んでおかなければならないのです。
そのほかにも、目の見える人ならば文字の大きさなどで判断できる要素を、「見出し」や「本文」、あるいは「段落」などという記号で説明しておくことは、目の不自由な方々のことを考えるなら、必要不可欠なことなのです。
また文章や画像の表示される順番も、見た目には同じでも、構文の順番を間違えると、テキスト変換された時、なんのことやらさっぱりということになるという問題もあります。
さて、宇夫方隆士詩画集の件に戻りますが、詩画集の一頁一頁は、宇夫方隆士さんの絵と、手書きの文字で構成されています。それをスキャンしたものを公開しているのですが、しかしこのままでは、目の不自由な方には全く何もわからない。それを解消するため、まず考えられる対処法は、全ての詩をテキストに起こしてhtml構文に組み込むということなのですが、残念ながら、私たちにその時間を捻出する余裕がないのです。(その部分だけならまだいいのですが、ホームページ全体をチェックすることが必須で、そこまでの時間がないのです。)
そこで考えたのが、詩を朗読した音声データをアップするという方法。これならば、html構文に問題は残るにしても、みなさんに楽しんでいただけるものができるのではないかと思いついたのです。
(実は、去年の8月の、おーちゃんの一言がヒントになったのです。)
で、まず手始めの実験として、“一瞬のコーヒー”をアップしてみたいと考えました。そうして、関係者にお願いをして、お許しを頂きました。感謝。
安易に記事を書いているように見えるかもしれませんが、色々とどうしたものか、あーでもないこーでもないと考えているのです。実際には、なかなか考えに追いつきませんけれど。
ああ、ホームページもブログも、ちゃんとやろうとすると、とても難しい。
で、もっと難しいのはお客様に来ていただくこと。
先日お願いした「ブログランキング」の件ですが、サイドバーにつけたバナーが余りに控えめなので、殆ど誰もクリックしてくれません。というわけで、しばらく最新の記事に限って、その最後に、もう少し目立つバナーを貼り付けてみることといたしました。
どうかお願いです。一日一回とは申しません。せめて記事をお読みいただきましたならば、ちょいとクリックしてくださいませ。一度でいいからトップ10くらいに入ってみたいのです。
さあ、クリック!助けて…
では、大変お待たせいたしました。詩画集の特別ページから、“一瞬のコーヒー”をお楽しみくださいませ。
(ブログランキングをクリックしてからね【ハートマーク】…のつもり)
⇒宇夫方隆士詩画集特別ページ「一瞬のコーヒー」
本日は、メールマガジン風にお送りしてみました。
この作品は、井上真喜ちゃんが撮影したものです。そして、このはなしの発端には、あの又吉健次郎さんが絡んでいるようです。ともかく、沖縄で、みんな楽しく遊んでいるんだなあと、なんだかとってもうらやましくなります。
さて、“一瞬のコーヒー”をご覧頂く前に能書きをひとつふたつ。
当サイトをもっと楽しんでいただくために、なんとかしなければいけない課題がいくつかあります。
まずは、携帯電話からのアクセスにどう対応するのか、ということ。別途に携帯用のサイトを作るのがベストなのですが、残念ながらそこまでの余裕がありません。
また、iPhuneが出現して、どうやら多分、携帯サイトは今後ジリ貧でしょう。PCと全く同じようにサイトにアクセスできる携帯というのが主流となってきています。
(ただ日本の場合、若者が現状の携帯に依存している度合いが大きく、携帯電話にどう対応するかは、いまだに大きな課題なのですが、しかし将来を見据えると、なかなかそこに労力を費やせないというところなのです。)
以前もお話ししましたが、例えば画像。携帯でサイトにアクセスしたとき、いきなり画像が開いては色々と厄介です。そこでまずは画像の名前だけテキストで読めるようにするということが必要なのですが、そのためには、サイトの管理者が、あらかじめ、画像にちゃんと名前を付けておく必要があるわけです。
名前がきちんと付いていれば、画像にカーソルを持っていくと、そのテキストがヒョコっと表示されるわけですが、でも「12345.jpg」なんて名前では意味ありませんよね。「風景1」なんてのもNGです。
で、M.A.P.のブログの場合はどうかというと、殆どが「null」となっています。つまり「空っぽ」ということ。名前をつけていないんですね。これではダメです。ということで、ちょこちょこ直しているのですが、忙しくてなかなか進みません。申し訳ない気持ちで一杯です。
で、このことは、携帯電話からアクセスされた場合ということに限った話ではないのです。
M.A.P.にとって、「オーディオブック」は重要なアイテム。「オーディオブック」とは、言ってみれば「聞く書物」のことです。それなのに、目の不自由な方々に対して不親切であったとしたら、これは大変な問題です。
で、私たちのサイトはどうか。残念なことに、きちんと目の不自由な方々に対応できていないというのが現状。自覚はあるのですが、なかなか修正することができなくて、まことにもって忸怩たる思いです。ほんとうに申し訳ありません。
目の不自由な方々は、音声変換ソフトを使ってサイトを聞いているというのはご存知でしょうか。少し専門的なことになりますが、いくら文字でも、画像やロゴなど、スタイルシートで作成しているものは、いくら音声変換ソフトを使っても、読み込むことができません。従って、スタイルシート一個一個について、きちんと対応したテキストを、htmlの構文の中に組み込んでおかなければならないのです。
そのほかにも、目の見える人ならば文字の大きさなどで判断できる要素を、「見出し」や「本文」、あるいは「段落」などという記号で説明しておくことは、目の不自由な方々のことを考えるなら、必要不可欠なことなのです。
また文章や画像の表示される順番も、見た目には同じでも、構文の順番を間違えると、テキスト変換された時、なんのことやらさっぱりということになるという問題もあります。
さて、宇夫方隆士詩画集の件に戻りますが、詩画集の一頁一頁は、宇夫方隆士さんの絵と、手書きの文字で構成されています。それをスキャンしたものを公開しているのですが、しかしこのままでは、目の不自由な方には全く何もわからない。それを解消するため、まず考えられる対処法は、全ての詩をテキストに起こしてhtml構文に組み込むということなのですが、残念ながら、私たちにその時間を捻出する余裕がないのです。(その部分だけならまだいいのですが、ホームページ全体をチェックすることが必須で、そこまでの時間がないのです。)
そこで考えたのが、詩を朗読した音声データをアップするという方法。これならば、html構文に問題は残るにしても、みなさんに楽しんでいただけるものができるのではないかと思いついたのです。
(実は、去年の8月の、おーちゃんの一言がヒントになったのです。)
で、まず手始めの実験として、“一瞬のコーヒー”をアップしてみたいと考えました。そうして、関係者にお願いをして、お許しを頂きました。感謝。
安易に記事を書いているように見えるかもしれませんが、色々とどうしたものか、あーでもないこーでもないと考えているのです。実際には、なかなか考えに追いつきませんけれど。
ああ、ホームページもブログも、ちゃんとやろうとすると、とても難しい。
で、もっと難しいのはお客様に来ていただくこと。
先日お願いした「ブログランキング」の件ですが、サイドバーにつけたバナーが余りに控えめなので、殆ど誰もクリックしてくれません。というわけで、しばらく最新の記事に限って、その最後に、もう少し目立つバナーを貼り付けてみることといたしました。
どうかお願いです。一日一回とは申しません。せめて記事をお読みいただきましたならば、ちょいとクリックしてくださいませ。一度でいいからトップ10くらいに入ってみたいのです。
さあ、クリック!助けて…
では、大変お待たせいたしました。詩画集の特別ページから、“一瞬のコーヒー”をお楽しみくださいませ。
(ブログランキングをクリックしてからね【ハートマーク】…のつもり)
⇒宇夫方隆士詩画集特別ページ「一瞬のコーヒー」
本日は、メールマガジン風にお送りしてみました。
7月11日金曜日: 又吉健次郎さん
那覇市の首里に住む金細工師の又吉健次郎さんのお宅に伺いました。私の父、宇夫方隆士のお友達です。

金細工は沖縄を代表する伝統工芸品です。
又吉さんは琉球王朝時代から続く「金細工師」の家系の七代目。昨年2007年8月には浦添美術館で「沖縄の金細工(クガニゼーク)~失われようとするわざ・その輝き~」を開き、金細工の歴史や技術を紹介し話題を呼びました。
今月の10日には、日本文化を継承し、さまざまな分野で新しい試みに挑戦している人に贈られる「白洲賞」を受賞されました。
でも、健次郎さんの技を継承する跡継ぎがいらっしゃらないそうです。健次郎さんは「しかたないね」とおっしゃっていました。「もうやんばるくいなみたいなもんですよ。でもね、あっちは保護されているけど、こっちは保護されてないんだ」と言って笑っていらっしゃいました。
健次郎さんの工房の庭にマンゴーがなっていました。

又吉さんは若いころラジオのディレクターだったのだそうです。沖縄文学界の重鎮、大城立裕さんにラジオドラマの台本を書いてもらったことがあるとおっしゃっていました。
実は、首里にお住いの大城立裕さんにお会いするついでに(失礼)又吉さんのところに寄ったのです。
そしてついに、「沖縄のことを…」というカテゴリーを作りました。
なんだか、核心に近づいてきた感じ。「社長とは~」の三太郎じゃないけれど、ちょっとミステリーですね。
それから「社長とは~」のブログの7月1日に、今日のこの記事についての記事があります。
時系列がおかしい? 気にしないでください。

金細工は沖縄を代表する伝統工芸品です。
又吉さんは琉球王朝時代から続く「金細工師」の家系の七代目。昨年2007年8月には浦添美術館で「沖縄の金細工(クガニゼーク)~失われようとするわざ・その輝き~」を開き、金細工の歴史や技術を紹介し話題を呼びました。
今月の10日には、日本文化を継承し、さまざまな分野で新しい試みに挑戦している人に贈られる「白洲賞」を受賞されました。
でも、健次郎さんの技を継承する跡継ぎがいらっしゃらないそうです。健次郎さんは「しかたないね」とおっしゃっていました。「もうやんばるくいなみたいなもんですよ。でもね、あっちは保護されているけど、こっちは保護されてないんだ」と言って笑っていらっしゃいました。
健次郎さんの工房の庭にマンゴーがなっていました。

又吉さんは若いころラジオのディレクターだったのだそうです。沖縄文学界の重鎮、大城立裕さんにラジオドラマの台本を書いてもらったことがあるとおっしゃっていました。
実は、首里にお住いの大城立裕さんにお会いするついでに(失礼)又吉さんのところに寄ったのです。
そしてついに、「沖縄のことを…」というカテゴリーを作りました。
なんだか、核心に近づいてきた感じ。「社長とは~」の三太郎じゃないけれど、ちょっとミステリーですね。
それから「社長とは~」のブログの7月1日に、今日のこの記事についての記事があります。
時系列がおかしい? 気にしないでください。
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