«Prev || 1 | 2 | 3 || Next»

6月13日土曜日: 12日の26時(6月の沖縄6)

国際通りを歩いていたら、本物と思われる島バナナに遭遇。
null
ずんぐりむっくり。これだ!
偽物らしき島バナナの記事を読む。

黄色くなったのをバラ売りしてた。
null
隣にはサトウキビが。
へえ、最近はちゃんと袋に入って売ってるんだね。

島バナナを3本150円で購入。
今日はまだ食べちゃダメ。明日まで待つこと。

バナナをポケットに入れて、“生活の柄”に向かいます。
null
西岡美幸さん、玉城さん、金城君、乾杯!
2時間後、宇夫方路さんは稽古へ。入れ替わって、長池朋子さんが合流。
null

お開きは深夜25:00過ぎ。
宿まで長池さんに送ってもらって26:00。
今朝、起きてから、既に22時間が経過……

旅の続きへ


今年の2月5日、金城君と待ち合わせたのと同じ場所で、今日も同じく金城君を待ちました。
2月5日と同じ場所で、空を撮影してみました。
null
2月5日の空を見る
2月には無かった葉っぱがたくさん。

そしてこんな実もついていました。
null
これ、何の木なんだろう。金城君、教えて。

はたして、私たちM.A.P.の「沖縄」という樹木にも、あれからいくつか実がついたのでしょうか。青く硬い実であるにしても。

車で、日航那覇グランドキャッスルへ向かいました。1973年に開業した首里の老舗のホテルです。
日航という名前は残っていますが、2007年に外資系の会社に売却され、今は別会社が運営しているようです。
今回の旅のテーマのひとつは、もしかするとホテルかな…。

一階のラウンジには、北村三郎さんがもうすでに来ていらっしゃいました。
ああ、また沖縄の「オジイ」(失礼)をお待たせてしてしまいました。申し訳ありません。沖縄全部が沖縄タイムだなんて、やっぱり間違っています。
関連記事を読む

北村三郎さんについては“おきなわおーでぃおぶっく”のオフィシャルブログに書きました。どうぞそちらをご覧くださいませ。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

ホテルの方にお願いして、記念撮影です。
null

「ウンタマギルー」という映画をご存知ですか。1989年の映画、小林薫主演、監督は高嶺剛。その映画に、北村三郎さんは安里親方役で御出演されています。そればかりではなく、「方言指導」もなさっていたはずです。また「ウンタマギルー」は字幕スーパー付きの映画で、多分その翻訳も担当されていたのではないでしょうか。
この映画には、他にもたくさんの沖縄の芸能関係者が出演しています。間好子、平良トミ、玉城満、照屋林助、大宜味小太郎、藤木勇人、嘉手刈林昌。聞き覚えのある方だけでもこんなにたくさん。これからもっともっと沖縄と深く関わるようになれば、テロップで流れる方々のうち、さらにたくさんのお名前を知ることになるかもしれません。

北村三郎さん曰く、「僕も出てたけどね、あの映画はさっぱり訳がわからなかった」
シュールで好きな映画だったのですが、なんだか我々の青臭さを、たしなめられたような気もしたのでした。

Wikipediaの「ウンタマギルー」の項には、沖縄県西原町に伝わる民話「運玉義留」という記述がありますが(2009年6月時点)、1983年に沖縄タイムスから刊行された沖縄大百科事典では、船越義彰氏が、運玉義留は「沖縄芝居で有名な義賊」で、「あくまで明治以後発達した商業演劇の創作で、歴史上、運玉義留のモデルらしき人物はみあたらない」と書いています。
私たちにどちらの記述が正しいのかを判断する能力はありませんが、みんながWikipediaの記述の印象から判断して、「運玉義留」のことをインターネットに書き込むようになると、いつしか「運玉義留」は古くからの伝説であるということになってしまうのかなあと、ちょっと心配になりました。

「インターネットの情報とは」、そのことが、今回の旅の、ふたつ目のテーマかもしれません。
私たちも、こうして世界に情報を発信している限り、気をつけなければいけないのだと、あらためて襟を正しています。

私たちの記事においても、シーサーの歴史についての記述に誤りがあったことを発見し、直ちに修正をしました。
あたかも単体のシーサーが、もともとの沖縄土着の信仰であるかのような説明をしてしまったのですが、それは間違いでした。ここで謹んでお詫びを申し上げます。
修正した記事はこちら

また、修正した記事に対して、さらにここで補足の説明を掲載しておきたいと思います。
(『沖縄大百科事典』「シーサー」大城精徳氏による記述から)
「魔除けの獅子像のこと。(中略)獅子像を魔除けまたは守護神として用いる習俗は遠くオリエントにその源を発し、B.C.2世紀ごろ西域をへて中国に入り、中国―琉球の交流がさかんになった14,5世紀ごろ沖縄にもたらされたものと考えられる。(中略)明治以降瓦葺き建築がさかんになるにつれ、屋根に獅子像を据える習慣が一般に浸透していった。(中略)獅子像を据える形式には二通りあり、一つは開口・閉口の形態をもって対で据える形式で、城門や寺社の門に多く、いま一つは屋根獅子のように単躯のものである。」

今後は、十分注意をしていきたいと思っていますが、もし正確さを欠いた記述にお気づきならば、是非ともご連絡、コメントなどを頂きたいと思っています。よろしくお願いいたします。

【おまけ】
書斎で見つけた“ウンタマギルー”
null
テレビ放映を録画したCDと、新里堅進さんの漫画。

旅の続きへ




西岡美幸さんの制作中だったシーサーが完成しました。
null
まだ試作品とのことですが、いえいえどうしてこのままで結構です。M.A.P.だけのために作ってくださった、新しいデザインのシーサー。

2種類のシーサーを作ってくださいました。
null
左は、壷屋の伝統的なうわぐすりを使って伝統的な配色を施しました。右は、一部分に新しいうわぐすりを使って新しい色を付け加えてみました。
この画像ではちょっとわかりにくいのですが、右のシーサーの頭に乗った青い鳥と、膝のところの緑の四つ葉のクローバーがそれです。
どちらも幸せを呼ぶアイテム。
「どちらのシーサーがいいかしら」と西岡さん。
どちらもOKということでいかがでしょう。むしろ二つあって、古き伝統と新しい試みを比べることができるのですから。

ところで…。
内地の人は、シーサーって狛犬と同じで二匹で対になっているものと思い込んでいる方も多いようです。確かに首里城をはじめ、琉球の宮殿や陵墓にあるシーサーの多くは“対”になっていますから、その印象が強いのかもしれません。

でも、例えば沖縄の民家の屋根の上にいるシーサーや、路傍に置かれたシーサーには単体のものがたくさんあります。この違いは何なのでしょうか。

もともとシーサーは、中国の魔除けの獅子がその直接の起源だと言われています。中国の獅子にも、単体と対の両方のスタイルがあります。だから、沖縄のシーサーに両方の形体があって何の不思議もありません。その意味では、同じルーツを持つ内地の狛犬に、対の形体しか存在しないことのほうが、むしろ不思議と言えるのかもしれませんね。

ただ、ちょっとした印象なのですが、なぜか「権威」の近くには対のシーサーがいて、庶民の身近には単体のシーサーがいるような気がする、皆さんはいかがでしょう。例えば、仏像とお地蔵さんの違いのような……。
(金城君の見解は、シーサーは風水(フンシー)の思想が影響しているので、権威とは直接結びつけにくいというけれど。このことは宿題にさせてください。いろいろと調べてみたいと思います。)

ともかく、西岡さんのシーサーは単体がよく似合うのだ、これって私たちの勝手な思い込みでしょうか。

それからもうひとつ…。
対のシーサーは、一方が口を開け、もう一方が口を閉ざしている、いわゆる「あうん」だと思いこんでいる方もいらっしゃるようです。実はそれも間違いかも。例えば首里城の対のシーサーも「あうん」ではありません。どちらの口も半開き。近頃の沖縄のシーサーが「あうん」なのは、大和の影響らしいのです。

それよりもなによりも、ただ「あうん」のコンビを作るためだけに片方のシーサーの口を閉ざして、その結果西岡さんのシーサーから素敵な笑顔が消えてしまうのだとしたら、それは絶対に困ります。

というわけで、西岡さんのシーサーは単体でのご提供。
これで今回の沖縄報告は終了。いったん東京へ戻ります。
(文責:高山正樹、宇夫方路の報告を基にして大幅に加筆訂正しました。)

※なお、本記事をお読みの方は、是非ともコメントも合わせてお読みくださいますようお願い申し上げます。

旅の最初の記事(第1報)から読む

M.A.P.の楽天市場に、西岡美幸さんは、とりあえず個人で参加してくださることになりました。軌道に乗って、お互い慣れてきたら、工房の皆さんの作品も扱いたいと思っています。
現在出品作品制作中の西岡さんからメッセージを頂いています。

 私は若い女性をターゲットに制作に取り組んでみようと考えてみました。
 幸せの青い鳥と四つ葉のクローバーモチーフを使って
 幸運のシーサーを作ってみました。
 生活の中に溶け込めるシーサー。
 ラッキーアイテムが色々付いたシーサーなら
 お部屋に欲しい人もいるかな…

  制作中のシーサー

 白土で作っています。
 後から色が付きます。


というわけで、西岡美幸さんのカテゴリも作りました。
http://lince.jp/hito/okinawamap/monodukuri…

そして、そして…
なんと金細工(クガニゼーク)職人の又吉健次郎さんの工房も参加してくださることになりました。
最初はお弟子さんの作品をということでご相談したのですが、ご本人の作品も販売させていただけることになったのです。

又吉健次郎さんは1931年生まれ。
どんな方なのかは過去に記事がありますのでどうぞお読みください。
http://lince.jp/hito…

また、「社長とは~」のもこんな記事が…
http://lince.jp/mugon…

なんだか、とっても素敵なことになってきました。



昼食後、浦添市民体育館で開催されている第61回の“沖展”を観に行きました。

沖展

「沖展」とは沖縄県最大の美術・工芸公募展です。部門は、絵画・版画・彫刻・グラフィックデザイン・書芸・写真・陶芸・漆芸・染色・織物・ガラス、と多岐に亘っています。今年は700点近くが入選を果たし、また61点が入賞(沖展賞、奨励賞など)、それらが一挙に展示されているのです。
残念ながら撮影禁止。ここでご紹介できないのが残念です。

M.A.P.のお店が楽天市場に近々開店!

というわけで、昨日と今日、「しよん」「MOSO’S」の、頑張って「ものづくり」をしているみなさんをご紹介してきたのですが、その中にも沖展に出品されている方々がいました。
“MOSO’S”の“きのこさん”は、経浮花織着物「虹」という作品で奨励賞を受賞されました。織物の受賞作は準会員賞1点、奨励賞2点ですから、「きのこ、すごい!」って声を掛けてあげたい感じですね。

その他にもM.A.P.の市場で全国にご紹介したいような「もの」を作っている方々がたくさんいらっしゃいます。そこで「沖縄ものづくり」というカテゴリーを作ってみました。
http://lince.jp/hito/okinawamap/monodukuri

きのこさん以外にも、すでにM.A.P.after5で御紹介済みの方々で、沖展で入賞・入選された方がいらっしゃいます。

まず西岡美幸さん。お会いした時見せていただいたのは可愛いシーサーでしたが、入選作は怖いシーサーでした。
そして陶芸玉城のおふたり。ご主人の望さんは奨励賞3人のうちのお一人です。
奥さんの若子さんは入選。沖縄タイムスの記事に、若子さんのシーサーが写っていました。前回ご紹介した割れてしまったシーサーと同じデザインのものです。

入賞作品は今のところ下記の沖縄タイムスのサイトでご覧いただけます。
 ⇒http://www.okinawatimes.co.jp…
(※残念ながらもう見られません。ごめんなさい。2010年4月)

だんだん輪が拡がっていきます。楽天市場でのお店、うまくいけばいいのになあ。そのためには、伝統を重んじて最大限の敬意を払いながらも、沖縄特有のしがらみを乗り越えていくことも必要なのかも……。
未来に、新しい可能性の芽を見つけなきゃね。M.A.P.のおばさんやおじさんより、みんなずっと若いのだから。

【うぶかたの報告】
車を降りると、真喜ちゃんが下向いてなんか言ってます。
「あ、マンホールが闘牛だ」
null

ちょっとご相談があって、劇団創造で制作を担当されている又吉さんと、赤道の春日国際ホテルのロビーで待ち合わせ。
null

制作で一番大変なのはお客さん集め。
「そうなんですよね。本番当日雨が降ったりしたらお客さんは入らない。そんな時、雨のせいにするけど、本当は制作の問題なんだよ」
先日の「人類館」の公演は大入りでした。
「あれはがんばった」

劇団創造は再来年50周年を迎えるということで、今、企画検討中。まだ何をやるのか決まっていないのに、井上真喜ちゃんと金城史彦君とわたし、3名予約しました(笑)。

創造の稽古場を見せてもらいました。
null null null
なんと贅沢な空間。うらやましい。

又吉さんに色々とお頼みした後、那覇に戻ってジュードーチョップへちょっとご挨拶。
今日は看板猫ちゃん少しだけ動いてくれました。
null
……変身!

null
なんちゃって。
国際通りのドトールで、壺屋の工房で働いている西岡美幸さんにお会いするのが今日の最後のスケジュール。
null
熊本出身の方。かわいいシーサーを持ってきて見せてくださいました。
null
沖展で毎年入選していらっしゃるとのこと。でも入選作品はとっても怖い顔の迫力あるシーサーなんですって。
その怖いシーサーの写真は後日送ってもらうお約束をして、今日はかわいいシーサーだけをご紹介します。
null null

以上、二日目の報告終了でーす。

» 続きを読む

«Prev || 1 | 2 | 3 || Next»
高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ