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当ブログには、こんなカテゴリがある。

M.A.P.after5を沖縄情報のデータベースとしても使えるようなブログにするために、「この日何の日沖縄篇2011年版」を、何とか完璧にしようと考えていた。
しかし3月8日の「三板の日」を最後に、このシリーズ記事は途絶えてしまった。なにもかも、あの日、3月11日の所為である。
東日本大震災から66日目……

例えば今日、5月15日は沖縄本土復帰記念日なのであるが……

【この日呟いたこと】
19:55
沖縄のことを考えなければいけない日なのに、原発は相変わらず危ない状態だし、そんな折、じいさん復活、「まるみっかなんにも食ってない」と文句を言った。医者は休み。親戚中右往左往。ところでわが会社はどうなるの?いったいなんという春なんだ!

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カテゴリ: 川崎市
《5月8日(日)》

袖だよ。
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東日本大震災から59日目だということを忘れないようにしていたら、大切な台詞を言うのを忘れた。
「あれに見ゆるは枡形の城跡」
いい台詞なのにねえ。

終演後、ふじたあさや氏と楽屋の通路ですれ違った。
「すんません、いい台詞、抜かしました」
「自覚してんのか」
「もちろん」
「あれでお客はどこのハナシだかわからなくなった」
嘘ばっかり、まさかそんなこたあない。オイラは「ガハハ」と笑っておいた。
「その前の和歌、テレコになっちゃって、アレって考えてたら……」
「知ってるよ」
「ブホホ」

今日は満員で当日券の発売ストップだって。ふーん。

なんじゃ、この喧騒は!
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右下に顔半分写ってるのが稲垣さんで、そのお隣のお隣のお隣が萩原みどりさん。年齢は、わかりません。Aキャストの老女・侍女頭八重さんです。
その向こう側でひとり(ふたりか、三人か)冷静な目をされているのが井口恵子さん。里の女すえを演じました。
NewFaceプラス2名。累計48人、役名+スタッフ紹介は34名1団体+10名。

平井ちゃん、こんな写真、撮ったっけ?
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それにしてもタクジが邪魔だ……
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これで帰ればいいものを……

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3月8日、三板の日

《去年の記事をコピペ》
三板と書いて「サンバ」と読む。「沖縄三板協会」というのもあるらしい。『沖縄大百科事典』によると「琉球楽器の図」(『江戸上り史料』のなかに両班・壇板・挿板などとともに掲載され、〈拍板以指鳴之〉と奏法まで記されている」とあるくらいだから、決してブラジルのサンバと関係あるんじゃないのなんて、いい加減なことを飲み屋などで言わないでください。

去年とまったく同じじゃあ芸がない。そこで。
1982年の3月8日。WBA世界ジュニア・フライ級チャンピオン具志堅用高が14回目の世界王座防衛に失敗した。

【3月10日に追記】
※当記事のコメント参照
この日はミツバチの日だったらしい。沖縄市にある小浜養蜂場では、この日は安売りするらしい。
で、宇夫方女史の報告によると、喜多見のセブンイレブンの入口に、こんな立て看板があったらしい。
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彼女はマンマと引っかかって、こんなパンを買ったらしい。
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このパンの全貌は食べた日に。


《3月5日(土)》
3月5日、珊瑚の日
「珊瑚」とは、もともと宝石の名称だったらしい。3月の誕生石。珊瑚には鉱物と有機物がある。珊瑚になる生き物のサンゴにサンゴという名前が与えられたのは後のことなんだってさ。

知らないことばかり。

宇夫方女史はひとり事務所で殆ど徹夜で地図の仕事をしていたらしい。自宅に戻ってふとベランダから撮影したという画像が送られてきた。
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昼間、高山正樹は山猫合奏団の合わせへ。
 ⇒前回(2/17)の合わせの記事
 ⇒前々回(1/24)の合わせの記事

しかし、こりゃ「合わせ」じゃないな。
山猫合奏団では今までは「合わせ」という言葉を使ってきたけれど、今回の“オツベルと象”で「合わせ」といっては実態から相当ズレる。したがって、今後は「練習」ということにしましょ。「苦行」でもいいけど。選りによってこれからクソ忙しくなろうとする時期になんてこったと恨み節。ヒマならこれほど楽しいことはないんだけどねえ。

先日もちょいと書いたけれど、これがそのブブゼラ。
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果たして、使うことになるのかならないのか。
これ、ただ吹けば音が出るもんだと思っていたら違うんですな。法螺貝やトランペットと一緒。だからちょいと練習がいる。

それにちゃんとした楽器じゃないので、口を当てるところが痛いんだよね。管楽器で慣れてる人は軽く口をあてるだけでも簡単に音が出るのかもしれないけれど、頑張らないと音が出せない初心者には口の周りに線がつくくらい痛いんだなこれが。これ吹いたらきっと口が疲れて喋れなくなりそうだ。

この日のことを書いた白石准のブログふたつ……
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry-2100…
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry-2101…

僕は、合わせ、じゃない、練習を早めに抜けて、川崎の市民劇の稽古へ。

その件については後日。


まずは昨年の記事をコピペ。
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3月4日、サンシンの日
1993年、琉球放送が3月4日をサンシンの日にしようと提唱。以来、この日は沖縄県内各地で三線の演奏会が行われる。
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というわけで、今日は三線にまつわる話題を二つばかり。

ひとつ目……
すいぶん遅くなりましたが、S-1グランプリ2010の写真が夏子さんから届きました。
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優勝したのは岡村聡士君ですね。手に持っているのは宮城さんが作った三線型の壺屋焼きトロフィーです。作務衣を着たいかついおじさんはS-1グランプリの主宰者、ハンサム・マーキーさんです。

さて、ふたつ目……
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すでにちょこっとお知らせしている発表会のことですが……
今日は「サンシンの日」というわけで、正式にこっそり告知します。そうです。例の会議のやつ。
狛江市の中央公民会のつどいです!
「中央公民館利用団体で組織された実行委員会が企画・実施するもので、学習・文化活動の発展を目指して日頃の成果を皆さんにご覧いただく機会にしたいと頑張っています」
……という主旨らしい。

日程は3月9日(水)~13日(日)。詳細は狛江市のホームページの「行政情報 」>「広報こまえ」 >「平成23年3月1日号(1073号・テキスト版)」の中にあります。
 ⇒第26回中央公民館のつどい(1073-01)
しかし、この催しがあるということを知らなければ、狛江市のホームページのトップから、ココまでたどり着くのはまず不可能です。つまり、ページは作ったけれど、全く広報にはなっていない。これぞお役所仕事!そして、イベントが終了すると、たぶん消されてしまうページだと思われます。
(※なぜなら、第25回中央公民館のつどい(1049-08)という記事があったはずなのですが、今はもう見られません。こういうことってどうなのさ、狛江市のホームページ制作担当さんよお。)

ともかく「中央公民会のつどい」は、展示会だとか講習会だとか、実に盛りだくさんの催しです。その中のひとつに「つどいコンサート」という企画があって、それにM.A.P.が運営する三つの沖縄関連の教室も、合同で参加してみようか、ということになりました。
(※コンサートの全体プログラムはこの記事の最後(続き)にチラシのスキャンデータを貼り付けました。)

会場は狛江中央公民館地下1階ホールです。中央公民館は小田急線狛江駅より徒歩4分くらい、狛江市役所の隣、市役所の正面から見て左側にあります。
我々の出番は13日の日曜日の午後2時半から3時までの30分間。
(※ただし時間通りに進行するかどうかは定かではありません。なにしろ…… おっとそいつはお口にチャック。)

私たちの出し物の詳細は次の通りです。

(1)「四つ竹」
琉球王国が中国から訪れる冊封使(さっぷうし)をもてなすために踊られた演目。これぞ琉球舞踊みたいな踊りですね。M.A.P.が誇る川崎仙子先生と持田明美先生の唄三線に合わせて、琉球舞踊教室の生徒さんたちが踊ります。

(2)「伊計離節(いちはなりぶし)」
あなたがいる島に行きたいけれど、潮の流れが速くて漕ぎ着けないというもどかしさを唄ったもの。川崎仙子先生の唄三線独唱。

(3)「安波節(あはぶし)」
安冨祖流古典三線で最初に習う定番の曲。もともと沖縄本島の北部にある安波という集落で、お祭りの時にうたわれていました。川崎・持田先生に三線教室の生徒が加わって弾き歌います。時を忘れて歌い遊ぶ、そんな沖縄の時間の流れを感じてください。

(4)「武富節(だきどぅんぶし)」
「貫花」という有名な舞踊があります。それは前半は「武富節」、後半は「南嶽節(なんだきぶし)」で踊るのですが、今回は前半の「武富節」の部分を、三線教室の生徒さんたちの地謡(じかた=歌舞伎などでいうところの下座音楽)で、舞踊教室の生徒さんが踊ります。
三線を習っている人たちは関東にもたくさんいますが、踊りの地謡をやる機会はまずありません。踊り手の心の動きを感じながら弾き歌うことは、独唱することとは全く違った奥深さがあり、かつ楽しいものなのです。
(独唱と地謡とでは、同じ曲でも歌い方が違うのです。) 

(5)「安里屋ゆんた」
ヤマトでも良く知られている曲ですが、もともとは八重山地方(石垣島や宮古島など、沖縄本島よりさらにずっと南西の島々の地方)の労働歌でした。竹富島に実在した絶世の美女安里屋クヤマと、本島から派遣されクヤマに一目ぼれした役人のやり取りを面白おかしく描いています。この伝統的な「安里屋ゆんた」に対して、皆さんがよく知っているバージョンを「新安里屋ゆんた」と呼んで区別しています。今回は「新安里屋ゆんた」「安里屋ゆんた」と続けて演奏します。琉球舞踊のメンバーは三板(サンバ)や掛け声で参加かな。

そして、ゆんたくの会のメンバーが、ウチナーグチで司会をします。これが東京では一番希少価値がありそうですね。只今頑張って練習中です。さていかがなりますことやら。

なお、高山正樹と宇夫方路は、いまのところ三線教室の生徒として参加する予定です。

もちろん無料です。皆さん、是非、13日は会場まで遊びに来てくださいませ。

そうだ、ハンサム・マーキーさんにも、岡村聡士君にも、夏子にも、13日の案内しよっと。

そして、こんなチラシも作りました。
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裏ニンジンの日
今年のニンジンの日(2月3日)は旧暦の元旦でしたが、今日は裏ニンジンの日です。
ただそれだけ? なんだか詰まんないなあ。

そこで調べてみました。

沖縄本土復帰から2年足らずの出来事。1974年の3月2日のことです。那覇市の小禄で雨水管の工事中に不発弾が爆発しました。聖マタイ幼稚園のすぐそばでした。作業員3人と園児の女の子が死亡しました。他に34名が重軽傷を負いました。
爆発したのは、旧日本軍が埋めた地雷でした。自国に地雷を埋める国ってあるのだろうか。

今年の2月8日の沖縄タイムスは、その前日の7日に浦添市立浦城小学校の体育館取り壊し現場で、米国製の砲弾が発見されたことを報じています。
「発見された不発弾は信管が残っていることなどから後日、現場で処理される予定。陸上自衛隊が土のうで固定するなどして安全措置を取った」

これは、日本のどこかの裏のニュースなんかじゃありません。これこそ沖縄の日常的な表のニュースなのです。沖縄の戦後は、終わってなんかいません。日本人として、考えるべきこと、ありませんか。

「詰まんないなあ」なんて、大変不謹慎なことを言いました。


2月22日火曜日: 二十日正月・尾類馬

昨日は琉球舞踊厚着カルチャーのメンバーは自主稽古をした模様。
 ⇒琉球舞踊専用ブログ記事

旧暦1月20日、二十日正月(ハチカソーグァチ)
正月行事の最終日。仏壇に田芋練り(ターンムニー)を供えるところが多い。
辻町ではジュリ馬が行われた。その起源は不明だが、辻遊郭の豊年と商売繁盛を祈るお祭りである。「ジュリ」とは遊女のこと。「尾類」とも書く。『沖縄大百科事典』によると「獅子とミルクを先頭に、各楼から選ばれたジュリが板を馬首に象った<ジュリ馬>を前帯にはさみ、装いも美しく遊郭内を練り歩いた」とある。

今年も辻町の町内会主催で開催。昔のように大々的にできない原因は「遊郭」。


踊っている人たちのウチナーカンプーとジーファーがいいですなあ。


2月18日金曜日: 後生の正月・正月十六日

旧暦1月16日、後生の正月
去年は「十六日祭(ジュールクニチー)」と紹介した。そしてこんな記事を書いた。

久米村:ポーポー(沖縄のお菓子)などを持って墓参りをする。
首里:墓参りする。一年間に不幸のあった家では、ミージュールクニチ、あるいはミーサという。
那覇:前の年に亡くなった家族の冥福を祈る。
天久:ミーサ。那覇に同じ。
小禄:ミーサー。那覇に同じ。昔は三年間毎年続けた。


つまらない記事である。今年はもう少しなんとか、と調べ始めたら、大変なことになって、どうやら今日中に書き終わることはなさそうだ。
2011年版の“この日何の日沖縄篇”について、2月2日の記事に「リアルタイムでアップできるのでは」と書いたばかりだというのに、たった3週間足らずでもう挫折した。
それどころではない。今年のトゥシビー(新暦1月3日、旧暦2月5日)も、旧暦12日のアマウェーダーも書きそびれている。

ともかく、なんだかんだと忙しいのだ。それなのに、こうまでしてブログを書く意味なんてあるのかな、とも思いつつ、続けている。まあ、もう少し頑張ってみよう。

“社長とは呼ばないで”にいたっては、1年以上も間が開いてしまったが、それもなんとか再開するつもりである。

後生の正月についても、こうなったらゆっくり書く。

【3月3日に追記】
まずは……
 ⇒「今年のトゥシビー」を追記しました。
 ⇒「今年のアマウェーダー」を追記しました。

そして……
『沖縄大百科事典』より

後生の正月:(グショーヌソーグヮチ)沖縄諸島では旧暦1月16日の〈正月十六日〉をいうことが多いが、本島北部の大宜味村では8月10日の柴差、八重山諸島では八月十五夜以降のシツィの祭りにも〈後生の正月〉という。正月十六日には一族そろって墓参りをし先祖供養をしたが、宮古諸島の狩俣ではこの日を〈正月の大祝い(ウフヨー)〉、池間島や伊良部島で〈正月の祝い(ユーイ)〉、また奄美の徳之島で15日の〈小正月〉の晩を先祖の〈年の夜〉(大晦日)とし、翌16日を〈親方祭り(ウヤホーマチリ)〉という例からすると、大正月以前の先祖の正月は小正月だったと思われる。柴差の日を一年中の行事の総括りといい、八重山諸島でシツィの初日を〈年の夜〉(年の晩とも)とよんで〈節振舞(シツィフルマイ〉を盛大にするのは、現世で祝いを怠ると死霊があの世の呪いに誘うため、村里に近づいてくると考えられているからである。この伝承に、収穫祭が生産年の変わり目の正月儀礼であり、死者儀礼ともする古代意識をうかがうことができよう。

正月十六日:祖霊供養の祭り。ジュールクニチーと称し、正月元旦がイチミ(生身)の正月であるのにたいし、グソー(後生)の正月であるといわれている。清明祭が盛んな那覇や沖縄本島中部では、過去1年に死者のでた家、いわゆるミーサ(新仏)の家だけが墓参りをするが、本島北部や宮古・八重山地方では、ミーサに関係なくそれぞれが所属する墓へ行って先祖供養をする。(中略)過去1年に死者の出たばあいを初十六日という。

そういえば、ななしん屋のママが「宮古には正月や清明祭(シーミー)より大切な“後生の正月”というものがあるんだよ」と言っていたっけ。
 ⇒2009年2月の沖縄の旅2日目の夜のこと
「宮古」のカテゴリーを作りたい、でも、きっと僕には、まだその資格はない。


旧暦1月7日、七日の祝(ナンカヌスク)
久米村:ナンカノシュク。七草雑炊(ナナクサジューシー)を霊前に供える。
首里:七日の節供(ナンカヌスク)といって雑炊(七日粥)と酢の物を供える。
那覇:七日祝(ナンカヌスク)である。七草を入れた雑炊をご霊前に供える。
(※那覇の項を担当執筆した方は、子供の頃経済的な理由でやらなくなったそうである。)
真和志:七日(ナンカ)の祝(シュクー)。年の夜(ユルー)に飾った、仏壇、神棚、床、火の神、および門の芯松(シンマーチー)、色紙など一切を取り下げる。晩に、御仏壇に雑炊飯を供える。
小禄:豚のコー引きといって豚小屋を拝みに行く。
(以上すべて『那覇市史』資料篇より)

『沖縄大百科事典』では……
七日節句(なのかのせっく)
【奄美】〈ナンカンセク〉という。奄美諸島では、床の間、先祖棚などに飾ってあった供え物を下げて雑炊(七草がゆ)を作って食べる。また地域によっては、この日に天から鬼が降りてくるとか、正月料理を食べて肥満した人間を、夜、鬼が食べにくるとかいう伝承があり、雨戸をたたいたり、鉄砲を天に向かって撃ったり、ホラ貝を吹きたてたりして、村中いっせいに騒ぎたてた。
【沖縄】〈ナンカヌシュク〉という。各家夕食時に火の神、仏壇に雑炊、汁を供える。地域により祈願目的に相違があり、折目であることを報告するだけ(与那原町板良敷)、豊作を乞う(石川市)、正月豚の初七日でその厄を払う(本部町備瀬)など。七日の祝いの料理は豚肉雑炊を供えるところが多いが、那覇市久米村のように七草雑炊というところもある。竹富島ではこの日を後生(グショー)の正月だとして墓地へいくのを忌む。読谷村宇座那覇市泊与那城村伊計のように、この日に正月飾りを取り払うところもある。

たぶん、これごく一部です。はあ、もう大変。
これが沖縄なのです。

今晩は“ゆんたくの会(沖縄語を話す会)”です。勉強しているのは首里の言葉です。那覇の言葉とはニアリーイコールです。ヤンバル(沖縄本島中部)とは…… 勉強不足でよくわかりません。
これが沖縄なのです。


丸屋さんのカテゴリを作ったからというわけではないのですが、今日もお昼は丸屋さん。それも何故かまたカレー系。
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メンチカツカレーです。

しかし、この記事、必要か?
丸屋さん、いつもお客さんいっぱいだから、宣伝の必要もないし。

【3月3日に追記】
今日は今年の初牛(旧暦1月6日)です。
だから今日はアマウェーダー
正月初午の日、田植えのはじめにアマウェーダーを歌って五穀豊穣を祈願します。
南城市玉城字百名にある受水走水(ウキンジュハインジュ)は、沖縄の稲作発祥の地とされていて、その親田(ウェーダ)では今もこの行事が行われているようです。
南城市のホームページによると、今年も行われたようです。
 ⇒受水・走水で親田御願(ウェーダウガン)
ホームページでは今日の様子が報告されていました。
稲を運んだツルが落ちたとされる場所などで拝みを行ったあと、3人の男性が親田で田植え。
その後、祝毛(ユーエーモー)と呼ばれる場所に移動し、東西南北に向かって拝しました。
祝毛では参加した住民が「エー アマウェーダーヨー 米ヌ湧上ユイ」と、稲作の発祥や米作りの行程を歌った「天親田のクェーナ」を歌いながらお供え物や神酒を楽しみました。


これで今日の記事が整いました(?)。

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高山正樹 Masaki Takayama
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