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《2010年7月25日最後の仕事?》
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オープンしたのは2007年8月10日だった。結構話題になっていたと思う。
僕らが初めておきなわ堂を訪れたのは2008年の7月11日、それから2年である。「おきなわ堂」のカテゴリをあらためて読み返すと、なんとなく奥歯にモノの挟まったような感じなのである。
去年の2月10日に独立。4月27日にはテレビに出たりして、金城さん、頑張ってるなあと思っていた。

お店のスペースが、以前の半分になった。

沖縄関連の本なら古本・新刊、なんでもある、そういう当初のコンセプトは、もしかすると見直さなければならないのかもしれない。しかし、古本に関しては、榕樹書林じのんという老舗が余りにも強い。

それなら、新刊で勝負だ。おきなわ堂は古本屋さんらしくない明るいお店なのだから。だがそれも、那覇にジュンク堂ができて、県産本コーナーにも大きなスペースを充てている。巨大書店と勝負するのはなかなか厳しい。
雑誌にいたっては沖縄は買取が基本らしく、売れなくても返品ができない。2冊仕入れるか3冊にするかと悩まなければならない。沖縄の書籍販売の利ざやは、「内地」に比べて極めて小さい。たった1冊の売れ残りが、利益を消し去ってしまう。
客は、そんな事情なんか知らないから、品揃えは重要なのである。「品切れです」「取り扱っていません」などは、なんともよろしくない。売れないと分かっていても、置いておかなければ「郷土書大型専門店」の肩書きは名ばかりということになってしまう。

それなのに、金城さんは、我々M.A.P.のために、何かできないかと気にかけてくれている。人が好過ぎるよ金城さん。しばらくは「おきなわ堂」のために何が出来るのか、それだけを考えよう。
僕たちも、「おきなわ堂」のために何か出来ないか、考えてみたい思っている。

さあ、飛行機の出発時間が迫ってきた。レンタカーを返さなければいけない。
そうだ、これまで黙っていたが、実はこのレンタカー屋さんがおもしろいのだ。たった二人でやっているのだが、沖縄の特殊事情にあった方法で運営している。その結果、ものすごくリーズナブル。知りたい?でも教えてあげない。ネットで紹介して、もしお客が増えてしまったら、肝腎な時に我々が借りられなくなってしまうもんね。

おきなわ堂にお客さんが増えても、僕らはちっとも困らないから、M.A.P.は「おきなわ堂」を宣伝します。その宣伝する材料を作ろう。
単純に「内地」のやり方を沖縄に持ち込んでもうまくはいかないのだ。金城さんとは、いろいろ相談をしたいのだけれど、もう時間です。

また来ますからね、金城さんの笑顔を見るために。

旅の続きへ


◆最近、日記みたいにしてブログを書くことに益々嫌気がさしています。
それで一ヶ月くらい遅れて記事を書くなんてことが恒常的になってきました。

遅れて書く記事のほうが一生懸命書いているのですが、遅れた記事はあんまり読んでいただけないようです。
こんな記事を書きましたと告知しても、そこからのワンクリックが面倒、それがブログの世界なのかな。
でも、僕はこのままいきます。

◆しかし、販売サイトとなるとそうはいかない。このワンクリックが命取り。文章も短く簡潔に。それはそれでわかるのですが、それだけに支配される世界って、好きじゃないなあ。

◆ツイッターなんてクソ食らえです。

◆おきなわ堂さんがいしだ文栄堂さんから独立しました。というわけで、「おきなわ堂」というサブカテゴリーでまとめていたものを、「おきなわ堂」と「いしだ文栄堂」のふたつに分けました。
 ⇒[subcate.おきなわ堂]
 ⇒[subcate.いしだ文栄堂]
それから、新しく「沖縄のこと」というカテゴリーの中に「沖縄の古書店」というサブカテゴリーを作りました。
 ⇒[subcate.沖縄の古書店]
でも「おきなわ堂」さんは新刊本も扱っているので、「沖縄の古書店」からは外しました。
「沖縄の古書店」の下にさらに「じのん」というサブカテゴリーを新しく作りました。
 ⇒[subcate.BOOKSじのん]
じのんさんは沖縄の古書店の老舗です。

なんとも全く内容の無いことばかり書いているようですが、分類するだけという学問も、結構重要なのです。
読みもしない書物に埋もれているだけで幸せ、みたいな、一見コレクターっぽい人って、最近はあまり流行らない。澁澤龍彦なんて持ち出したら、異常だと思われそうです。

しかし、物事を徹底して体系的に捉えるためには、この博物誌的な「性癖」は不可欠な要素です。しかしながら、中途半端なコレクションでは、かえって偏向のもとになるだけ、この道で一家を成すためには、かなりの覚悟と忍耐が必要となる。これが今の若者には出来ないんですねえ。
長くて時間の掛かるものに耐えられない若者達。薄っぺらで一面的な世界を語るなら、ツイッターで十分なのでしょう。

“じのん”の店長の天久さんが、インターネットに面白いことを書いています。ワンクリックが面倒でなければ、一度読んでみてください。
 ⇒http://www.jinon.ginowan…
「私が『仕事は古本屋でいい』と決心したワケ」という文章が上から8番目あたりにあります。

◆そんなわけで、今日の僕は、過去の記事を整理して、Site_Mapやその他資料室っぽいページをちょこちょこといじくっていました。
ワンクリックが面倒でなければ、どうぞ覗いてみてください。
 ⇒M.A.P. Site Map
 ⇒うんちく記事一覧
 ⇒Blogで紹介した書籍リスト
(全て暫時更新中です。)

◆ワンクリックで思い出しました。
人気ブログランキングってつまらないものなんですが、ずいぶん前に、しばらく毎日の記事にバナーを貼っておいたら、ベスト10間近までいったことがあるのですが、あほらしいのでサイドバーに追いやってしまいました。それからランキングは下がり続け、現在は100位以下みたい。

そこで一週間限定の実験です。
ワンクリックが面倒でなければ、ちょっとクリックお願いします。
人気ブログランキングへ


◇ああ、勘違いしてる。ワンクリックが面倒なのではなく、文章がややこしいから読んでくれないわけよ。
◆おっしゃるとおり・・・

帰り際、久しぶりに“じのん”さんに寄りました。
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店長の天久さん、お顔は“M.A.P.after5” 初登場です。
(おきなわおーでぃおぶっくのブログでは既に出演済み。⇒08/9/15の記事

天久さんに、是非とも「カンゼーク」のことについて伺ってみたかったのです。
何故「金細工」と書いて「かんぜーく」と読むのか。

「やはり『かな』が訛って『かん』になったのではないですか」
「それがね、沖縄語辞典には『金』という意味の単語で『かん』という音が使われている言葉がひとつも載ってないのですよ」

天久さんは、さっそく売り場の本棚から「沖縄語辞典」を取り出して調べ始めました。

「ほんとですねえ。いや知らなかったなあ」

そして天久さんは、この先の探索の道を拓いてくださいました。沖縄で古書店一筋の天久さんでなければ、なかなかできないことです。それは・・・
いやいや、残念ながら、この先は、今はまだお話しすることはできません。

この“BOOKSじのん”さんには、沖縄にお住まいの学究的著名人が多数出入りしています。そんなわけで、ここに来るとインターネットでは発表できないような情報に色々と出会えるのです。その他にも掘り出し物が・・・・・
うー、しゃべりたい、でも我慢します。知りたい方は、東京の喜多見あたりで一杯やりながら・・・。

さて時間切れです。これからレンターカーを返して空港へ向かいます。「カンゼーク」と「クガニゼーク」のことも、ここらで一旦小休止となりますが、天久さんのお陰で、またまた沖縄に来る楽しみがひとつ、いや、ふたつほど増えました。

「わかったら僕にも教えてくださいね。とっても気になるから」

もちろん、ご報告に来ますとも。
でも、今度はいつ来れるのかなあ・・・


というわけで、今年の沖縄の旅はこれで打ち止め、長々とお付き合い、ありがとうございました。

いつもの“おきなわ堂”今日も新商品入荷です。
 ⇒Natural Life
 ⇒中華

去年の7月に初めておきなわ堂の記事を書いた時、レジ周りの画像をご紹介しましたので、今日は残りの全貌をご紹介しましょう。
レジの手前にある売り場。CDなども置いてあります。
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おきなわ関連雑誌~県産本
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県産本~沖縄関連古書
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市町村史等~沖縄関連古書
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沖縄の古書店然とした古書店の2大巨頭は“じのん”さん“榕樹書林”さんで揺るがないかもしれませんが、新しい古書店の“おきなわ堂”だからこそできることがきっとあるはず。M.A.P.は今後もそれを応援していきたいと思っています。
やっぱり、考え続けること、そこからしか始まりません。金城さん、頑張りましょうね!

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11月19日木曜日: “おきなわ堂”にて

おきなわ堂へ。
新100店シリーズ入荷。
 ⇒みんなの社会科見学
 ⇒テイクアウトグルメ
宇夫方隆士氏の「詩画集」も、さっそく置いてくださっています。
nullそれから……
古いガイドブックです。
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100円で投げ売りしても、当然売れない。(沖縄では……)
関連記事を読む

ここ沖縄堂は、M.A.P.の、小さなミステリー誕生の拠点です。

9月27日日曜日: あっちこっちへ

今回の沖縄出張の一番の目的は、石鹸の森山さんに会うこと。
うるま市の、いつものA&Wです。
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M.A.P.で売り出すために、新しい石鹸を考えてくださっている森山さんと、どのような石鹸にするかの相談です。
そのために、楽天市場沖縄mapで、既存の「森の和(和み)」を使ってみてアンケートに回答していただくという企画を立てました。
沖縄mapの「石鹸」のページ
そうしたら25名募集のところに何と1000名を越える御応募があってびっくり。
ところが、アンケートの締め切りを今日のこの日に間に合うように、少し急いだ日にちに設定した所為なのでしょうか、残念ながら回答をお送りくださらない方々がたくさん。なんだかなあ。再度期日を延長してお願いのメールを送ってあるのですが、さてどうなりますことやら。
第2回のモニター募集も検討しているのですが、このままご回答をいただけないようでは、やり方なども考え直さなければいけません。
ともかく、詳しいことはお話できませんが、現在、新製品をよりよいものにする為に、森山さんご夫婦も一生懸命研究を重ねてくださっています。今しばらくお待ちください。

ちょっとした用事があって、“BOOKSじのん”さんへ。
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店長の天久さんがお留守だったので、また今度。

※余談ですが、“BOOKSじのん”のホームページに、最近高山正樹がいつも参考にしている「沖縄大百科事典」についてじのんのご主人が書かれた文章が掲載されています。
店長の天久さんが過去に書いた文章のページ
「沖縄大百科事典」の関連記事を読む

それから、今回ももちろん“おきなわ堂”にも行きました。
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100店シリーズは楽天市場沖縄mapで大人気。
沖縄mapの「100店シリーズ」のページ

在庫切れの本と、また新しいものも仕入れて、さっそく楽天市場沖縄mapにアップしました。
「おきなわの器」と「いろはにふぉと」。
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それから「LOVE!SPAM」というレシピ本。
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もちろんM.A.P.販売サイトでも買えますよ。
おきなわの器いろはにふぉとLOVE!SPAM

“おきなわおーでぃおぶっく”のCDは…
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大城立裕先生の色紙と並んでます。
関連記事を読む(金城君の初コメントあり)

昨日、比嘉光龍さんがバイブルだと言っていた「沖縄語辞典」を発見。
間違えてはいけないので、さっそく光龍さんに電話。
「後ろに政府刊行物販売所一覧が載ってるページがありますか? なら大丈夫、それです!」
さっそく購入しました。

沖縄語辞典

国立国語研究所編、発行は財務省印刷局。初版は昭和38年。平成10年に沖縄県の人々や研究者の要望に答えるかたちで第8刷が刊行されるとアッという間に完売、そして平成13年に、若干の変更を加えられて刊行されたのが、この第9刷なのです。
光龍さんが持ってるのは、第8刷かな9刷かなあ。

店長さんのお話によると、この辞典、光龍さんが沖縄のメディアで紹介してから、よく売れているのだとか。
「光龍さんは、あの格好(甚平姿)で、よくおきなわ堂にもヒョコッといらっしゃるんですよ」

店長さん、こんど光龍さんがいらしたら、おきなわおーでぃおぶっくの宣伝もしてくださいませね。
よろしくおねがいします!

(右は変更される前のものです。)


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創業25周、金城君行きつけの店「あやぐ食堂」のメニューです。
あやぐ食堂のメニュー
食い過ぎた。といって、これ全部食べたわけじゃないよ。

さて儀間進先生、なんとかお元気になられたようで、本日お会いできることになりました。先生行きつけの本屋さんの裏にあるカフェにて。

お会いするなり…
「うまいこと書いていたねえ」
「え…」
先日の琉球新報に書いた小生の拙い文章のことでありました。このお言葉は、少しく弱っていた僕にとって、なによりの薬でした。
「しかしあんなに琉大文学に気を使わなくていいですよ。琉大文学を知っている人なんて殆どいないのだから」と素敵な笑顔。
「琉大文学」のことなんか一言も書いていないのに、恐れ入りました。
「第三の目が必要なのです。それがないと立体にならないからね。」
儀間先生。今のお言葉、肝に銘じます。そしてこの上ないエールとして受け取らせていただきます。ありがとうございました。

今日は、平良とみさんや兼城道子さんのお名前もあがりました。平良とみさんは全国区ですが、兼城道子さんは今はなき「乙姫劇団」の僕が大好きだった間好子さんの跡を引き継いでいらっしゃるお方。
さあ、後は当たって砕けろです。

ではまた、と別れると、儀間先生は本屋さんへ。
僕もちょっと行ってみよう…
立ち読みするふたり
「先生、何かお勧めの小説は?」
「僕、小説は読まないの」
「うふふ…」
じゃあ、「おきなわおーでぃおぶっく」を聞いてください!って、言えばよかったな。
帰りがけに榕樹書林へ御挨拶。ついでに「人類館」納入。
御店主の武石さんの笑顔です。
榕樹書林の武石さん
『大城立裕全集』がありました。
武石さんは「りつゆう」と音読みで呼び捨て。大城立裕先生が文豪であることの証明ですな。文人の号は音読みという決まりがあった名残りかな。政治家伊藤博文は「ひろふみ」、文人伊藤博文は「はくぶん」ということです。

宿に車を置いて、国際通りを“じんじん”に向かいます。
国際通りを歩く

“じんじん”のお通しは、ゆしどうふ。
ゆしどうふ

未来の沖縄を背負って立つ若者3名+沖縄オバア化の止まらない東北岩手の女と、ウチナーヤマトグチを操る年齢不詳の独身美女と、「ヤマトンチュではない、俺は宇宙人だ」と加齢臭を漂わす髭のおっさん。
集合写真
本ブログ初登場のお二人は、まじめにご紹介。
Funny Style代表、新里玲王奈くん。
Funny Styleのブログへはこちらから。
http://funnystyle.ti-da.net/

教育学を専攻していた親川志奈子さん。
あれ、教育学やってたのは琉球大学で?それともハワイで? で、今は何をしているとご紹介すればいいの?
うーん、不手際お許しを。あらためて正しく御紹介するために、是非再会の機会がありますように。
今のところは、ミステリーということにしておきましょうね。

では三日続けての「土」です。
これ表札かね

ごうさんです。
ごうさん

おやすみなさい。
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井上真喜さま。金城くんを首里の家まで、よろしくお願いいたします。
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やはり世界遺産の中城城跡へ。
中城の寒緋桜
お金がかかるからというよりも、もう時間がないので、寒緋桜(カンヒザクラ)を撮影できたから、それでよしとして退散します。
あーあ、桜祭り、行けそうにないなあ。大城先生は、桜祭り行ったのかなあ。

そういえば、中城は文豪大城立裕の故郷です。
だから大城立裕文学碑があるのです。
大城立裕文学碑

おまけ。
ふっと、舞い降りた鳥一羽。
おまえは、本当にイソヒヨドリなのか…
太ったイソヒヨドリ
だとしたら、おまえ、太りすぎだろ…  自己嫌悪。

そのあと、大好きな古本屋“じのん”さんに寄って、伝説の文芸誌、「琉大文学」を見せてもらった。しかし、第三巻の号ばかり、それでも高価なものは一冊4,000円を超える。問題の第一巻第六号からの数号は、いったいいくらで売るのでしょう。
残念ながらお目当てのものがなかったので、代わりに小生の蔵書、「新沖縄文学」のご紹介。
沖縄タイムス社、1970年18号、特集「反復帰論」。
新沖縄文学
(下の新しめの「新沖縄文学」は、ずいぶん前に、“じのん”の前身、那覇の“ロマン書房”で買ったのです。)
「反復帰論」には、大城立裕「文化創造力の回復」と、新川明「<復帰>思想の葬送」が並んでいる……。

葬送といえば、今日は、義父の命日である。
久米島出身の義父は、日本より中国が好きだと言った。それでも、東京の結婚式には来てくれた。皇居に行ってみたいというので案内したが、実は僕も初めてだった。義父は、玉砂利にいたく感心していた。
義父は沖縄タイムスの社員であった。本と酒で暮らす余生を楽しみにしていた。いよいよそんな生活ができるはずであったのに、定年退職して間もなく、心臓の病で倒れた。連絡を受けた妻は、すぐに沖縄へ向かった。那覇空港に降りて、電話を探した。運び込まれた病院で、父ちゃんはそのまま亡くなってしまったのだと告げられた。間に合わなかった。最後に、父ちゃんは「死んでたまるか」と言ったのよと、妻は妹から聞かされた。
もし東京の病院であったなら、口には出さなかったが、その時、僕はそう思った。今はあまり聞かれなくなった「島ちゃび」とは、離島の苦しさを表す言葉だが、僕はその言葉を思い出していたのだ。だが、はたして僕は、沖縄の現実をしっかりと見ていたのか、あるいは沖縄を差別していたのか、今となってはもうわからない。
亡くなった義父の財布には、生涯一度きりの、東京への旅の航空券が、大切に収められていた。僕も妻も、とめどなく涙があふれた。
それから、もう19年になる。

あれ、いつのまにか文体が変わっちゃった。これは、「社長とは呼ばないで」ではありません!

さて、本日の珍道中はここまで。わたくし、亡き義父にお線香を手向けるため、妻の実家へと参ります。
当然のことながら妻の実家はずっと沖縄タイムスを購読。従って、先日の琉球新報のわたくしめの記事を、皆さんは読んでいらっしゃいません。というわけで、その新聞を、義理の弟の奥方が、勤務先の古新聞の中から探して出して持ってきてくれました。
それをバアちゃんは、そっとトートーメーにお供えしました。
トートーメー
19年間、毎朝毎夕届いた新聞は、まずここに供えられます。もしかすると、琉球新報がここに置かれたのは、はじめてのことなのかもしれません。来月からは夕刊がなくなります。不況と、インターネットの所為。
とうちゃん、淋しいだろうなあ。

イカの墨汁です。
イカの墨汁
「おかわりしなさい。」
「はい」
でもすごいカロリーなんだよね。また太る、心臓にもいいわけない。
でもやめられない…… 
自己嫌悪。
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午後、FM沖縄へ。
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ここから入ればよかったのですが、ここは関係者専用で、お客さんの入口は違うのかなと、ちょっと勘違いして、ひとつ北側の道に入り込んでしまったのです。
下の画像の一通入口の標識の道です。
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右下のアカバナーの咲いてるところがFM沖縄の敷地です。
ちなみに、正面は米軍Camp Kinserのゲート。裏門という感じ。

で、この一通を入ってしまってどういうことになったかというと、ちょっと地図をご覧ください。《地図を見る》
国立劇場おきなわの北東にFM沖縄があって、その北側には広大なCamp Kinser。その間に細い一通の道路があるのですがお分かりになりますか?その道は国道58号へ抜ける一本道、入ったが最後行くところまで行くしかありません。
FM沖縄の裏手も、多分米軍の敷地のようで、この道の両側ともずっと金網が続いているのです。
ことさら、だからどうだという話ではないのですが、小説「カクテル・パーティー」の時代からずっと続いているのだろう異質なものの存在から与えられる不安感を、ちょっと感じたということでしょうか。
もし地図が無かったら、58号に抜けるまでの不安はもっと大きかったのかもしれません。「カクテル・パーティー」の冒頭に主人公が語るキャンプの中の思い出と通じるものがあるような気がしたのです。

そんなことがあって、ちょっと手間取ったのですが・・・
放送制作部の部長、山川悦史さんにお会いすることができました。
そしたら、既に昨日番組の中で紹介してくださったとのこと、全てがゆっくりのこの島で、こんなテンポで事が進むなんて奇跡です。
FM沖縄は若いエネルギッシュな会社、沖縄の新しい姿、ちょっと淋しい気もしますが、これって本土の勝手な思いですね。

そしてその夜・・・
いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

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右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。

実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。

大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!

そして記念撮影です。
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左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?

そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。

さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。
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うまかったんだなあ、これが。

まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)

沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。

儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・

じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと、井上真喜ちゃんと、再び「土」へ。実は「土」のマスターの「のん」さんから、大城立裕氏の「カクテル・パーティー」が図書館にないというメールが届いていて、ならば「おきなわ堂」の店長さんに持ってきて頂いてそれを届けることにしたのです。初版本だけどちょっと傷ものなので3000円也。
(ほんとうは「のん」さん、大城立裕氏に文句がいっぱいある人、でもだったらまず「カクテル・パーティー」くらい読まなきゃねえ。というか、CD買ってくれればいいのに、なかなかインテリさんの場合、そうはいかないんですよね。私たちが「カクテル・パーティー」を宣伝すればするほど、古書を扱うおきなわ堂さんが儲かるだけ? CDは買ってくれないし、大城先生に著作権料が入るってことも全くないわけだし、あーあ、なかなか難しいなあ・・・)

おまけ:
「のん」さんのメールによると、「のん」さんも「苗」に時々かつお飯を食いに行くし、「島思い」で歌ってるかなちゃんとは多分友達らしいということなので、その函館出身のかなちゃんの写真をご披露します。
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高山正樹 Masaki Takayama
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