夜、沖縄の金城君から第2回目の沖縄通信が届きました。
第1回の沖縄通信は、宇夫方路女史の代わりに画像を撮影してもらって、コメントつけて送ってくれたものでしたが、今回はお任せです。)
でも、今回送られてきた画像のうち数枚が開けず、再送願っているので、残念ながら本日はご報告できません。

今までの「沖縄、見つけた!」というカテゴリーの名前を「沖縄のことを…」に変更して、そのサブカテゴリーに「沖縄通信」を追加しました。

不発弾処理や米兵の犯罪や開発による自然破壊のニュースが、毎日のように沖縄の地方新聞に載っているということは、沖縄以外でも、多くの日本人がよく知っていることです。いや、「よく知っている」というのは御幣があるかもしれませんね。そうしたニュースのひとつひとつが「中央」で報道されることは、ほとんどないのですから。しかし、沖縄の現状は多分そうなのだろうなあということは、たくさんの人が知っているはずです。
(もちろん、知らない人もたくさんいますよ。でもね、そうした人たちは現在の日本の外務大臣の名前も知らないという人たちです。)

沖縄の置かれている状況はわかっている、でも沖縄の未来は一向に見えてこない。この閉塞状況に、多くの日本人が無力感に包まれているということなのかもしれません。

僕は、20年ほど前の数年間、沖縄の地方紙を読んでいました。過去からの連続を確認するために、それ以前の縮刷版も購入しました。また大手新聞も数紙を入手し、沖縄関連の記事全てを切り抜いてスクラップにしました。日々怒りながらその作業を続けたのです。けれど、まるで賽の河原、状況は全く変わる気配を見せない。とうとう精根尽きて、スクラップ作業を放棄しました。(切り抜きだけはまだ続けていますが。)
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正直に言えば、今どんなに不発弾や米兵犯罪や自然破壊という沖縄のニュースに触れても、無力感に勝るような感情が湧いてくることがないのです。

この、「無力感」という言葉で沖縄を捉え始めると、それは沖縄だけのことではないというふうに思えてきてしまいます。日本人全体が、何か巨大な状況に押さえつけられて、身動きが取れないでいる。もしかすると、それが大多数の「良心的」な日本人の感覚なのではないでしょうか。
それでも、ひとつひとつの具体的な事件を報告し続けることは、とても重要なことでしょう。そういう活動をしていらっしゃる方々に、僕は深い敬意を表したいと思います。

ただ僕は、この“M.A.P.after5”で、その報告をするつもりはありません。なぜなら、それは知ろうとすればいくらでも知ることができることでしょうから。その報告は、例えば沖縄タイムスや琉球新報のサイトをはじめ、たくさんの発信基地に任せようと思います。

M.A.P.は、「無力感」に苛まれて澱んでしまった目を、つまり僕の目を覚まさせるような報告を、「沖縄通信」に期待します。
でも、それはいったいどんなものになるのか、僕にはわかりませんが、例えば、どんなにアンテナを立てていても、決して東京までは聞こえてこないようなニュースだとか、共同通信から送られてくるような写真ではなく、現地の目が捉えた画像だとか、ステレオタイプの意見とは全く違う視点からのコメントだとか……。

さてさて、今後「沖縄通信」としてどんな情報がやってくるのか、楽しみにして待つことにしましょう。