なんだか家族みたいだな。
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でも、間もなくお別れ。
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いえいえ悲しくなんかありません。うれしいことです。
行き先はこちら。大槻紀子さんです。
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明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

さて、長らくお待たせしました。
あらためて、大槻紀子さんのご紹介です。

大槻紀子
イラストレーター・エッセイスト
東京生まれ、神奈川育ち。
1993年、河原淳氏が主宰するイラストハウスで学び、翌1994年から本格的に活動開始。沖縄、バリ、奄美など南の島と音楽をこよなく愛する。
ユニークな視点のイラストルポを雑誌やウェブで発表。「おきなわ歳時記」(インターネットウルマ)、「沖縄ごはんを食べよう」(月刊よみがえる)、「どきどきバリ紀行」など
「THE BOOMのコンサートパンフ、宮沢和史MPB2など音楽関係へも作品を提供。
また残波岬ロイヤルホテルのランチョンマットのデザインなど、水彩、切り絵、ペン画を使い分け、ジャンルにとらわれない活動を展開。
趣味は沖縄のエイサーと唄三線。


例えば、大槻さんの書いたゴーヤー。
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いいでしょ。ゴーヤーを育てているから分かるのですが、ゴーヤーをよく知っていなければこれは書けません。大槻さんのイラストは、すべてきちんとした知識と愛情に裏打ちされている、だからこそ人を惹きつける力があるんだろうな。
※このゴーヤーのイラストは、インターネットウルマ(今は“ウルマックス”に受け継がれています)に大槻さんが連載していたエッセイルポ「おきなわ歳時記」の“ゴーヤーの日”のものです。

他にも色々とご紹介しようかと思ったのですが、出し惜しみすることにしました。だって、それはミステリー。

でも、高山正樹が気に入ってるキャラクターを、ふたつばかり切り取ってご覧頂きましょうか。
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おや、大槻さん。その髪止め、西岡美幸さんの壷屋焼ではありませんか。
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なんだかおもしろいコラボをしてみたくなってきたぞ!


実は今日、6月1日、かりゆしウェアの日なのです。

制定されたのは2007年のこと。例のクールビズは沖縄からみたいなスローガンとともに「かりゆしウェアを世界へ広める会」なるものもその時に発足されたらしい。安倍普三とか小池百合子とかの影もチラホラ。

かりゆしウェアは、沖縄ではワイシャツとネクタイに代わる正装。いずれにしてもお役所などホワイトカラーの服装でもあるわけで、大和に尻尾を振る行政に近い連中が着ているものだからと、かりゆしウェアを忌み嫌うウチナーンチュもいるらしい。

確かに、かりゆしウェアを着て、スラックスに革靴、髪型もきっちりという沖縄のビジネスマンスタイルは、僕もあんまり好きではありませんが、かりゆしウェアとと半ズボンに島ぞうりというのは実に楽で涼しくて、小生お好みの格好です。

アロハとどこが違うのかというと、かりゆしウェアの定義は、沖縄で縫製されることという一点だけ。それで沖縄っぽい柄なら問題なしなのです。

大槻さんのデザインでかりゆしウェアを作ってみたいのだけれど、沖縄で縫製というところがネックですねえ。

【全く関係のないことを書いてみたくなりました】
在特会の資金源が安倍晋三氏であるとある方から聞いたことがあります。真偽の程は全くわかりません。本当のことならば驚くべきことだし、逆に嘘だとしたら、そういう情報がまことしやかに耳に入ってきて記憶にインプットされるというのも実に気持ち悪いことであると言えそうです。
え? 在特会とは何かって?「在日特権を許さない市民の会」のことです。

ネットで「在特会 youTube」と検索すればいくらでも出てきますが、ここでは同じ状況を双方の側が編集した京都で起きた出来事の動画をご覧ください。





《ネットで見つけた同志社大学の板垣竜太氏の話》
在日の人々を批判し植民地支配を正当化する主張は今やネットに蔓延している。在特会の主張はそうしたネットで見られる誇張された事実のつまみ食いである。
日本では「韓国併合」から100年経っても朝鮮人蔑視が続く。拉致問題から関係ない在日への攻撃を黙認する雰囲気も広がっている。フランスでは移民排斥を唱える極右に、市民団体が「私の友人に手を出すな」と呼びかけて対抗した。今や日本が、多様性に開かれた社会になれるかが問われている。


市民団体は、いわゆる「左」の人たちのものでした。しかし、在特会の特異性は「右」でありながら、「市民団体」を標榜しているということです。それは少し恐ろしい。市民が知らず知らず国家権力の側に立っていくという状況は決して健康的ではないという気がします。(ちなみに在特会は官僚機構と対立する小沢一郎を告発し続けています。ややこしいですねえ)

在特会の主張がどうであれ、彼らが思わず叫ぶ差別的言動は稚拙と言われても仕方がありません。しかし、それをネットに氾濫する情報を元にした一面的感情的独善的な判断に影響された行動というふうに見れば、それは「市民団体」にありがちなもので、その危うさは「右」も「左」も関係がないと感じる今日この頃なのです。

いくらなんでも脱線しすぎですけねえ……。
大槻さんゴメンね。