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《9月10日(土)》
大震災から184日目……
昨日、山猫合奏団の「お問い合わせフォーム」からこんなメッセージが届きました。

金芝河「南」で検索してやってまいりました。
読みたい人はご一報をと(3年ほど前ですが)ブログに書かれていらっしゃったのを見て、メールさせていただきました。

実は私も一時期、学校での音楽・演劇公演に携わる仕事をしておりましたことがありまして、勝手ながら親近感を覚えてしまい、お言葉を真に受けさせていただいた次第です。

門仲天井ホールは音響も素晴らしかったので、なんとか存続してほしいです。(微力ながら、署名には参加しました)

とりとめないですが、「雨」の情報を教えていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。


署名欄には内山誠さんというお名前が書かれていました。掲載可否に「可」のチェックを入れてくださってあったので、ご紹介させていただくことにしました。たぶん最後の「雨」は、「南」の間違いだと思われるのですが、もしそうでなければ内山さん、ご指摘ください。

実はこの記事は9月27日に書いています。コメントを頂いた9日から既に3週間近く、ずいぶんとお返事が遅れてしまい、大変申し訳なく思っております。

このM.A.P.after5なるブログは、時系列が無茶苦茶で、大変読みずらいとかねがねアチコチからチクチクと言われておりますが、当方はめげることなく、平気で数週間遅れ、酷いものは数ヶ月、さらには年単位遅れて記事をアップするというやり方を貫いております、というか陥っております。
いろんなところでいろんな方にお会いして、写真を撮らせていただいたりして、「今日のこと、記事にさせていただきたいのですが」などとお願いをして、「楽しみにしています」なんて有難いお言葉をいただきながら、いつまでたっても記事がアップされない、さぞ不愉快な思いをされた方も多いのではないかと、申し訳なく思い、深く反省もしているのですが、どうにもならないのです。

ただただ時間がないのです。ならば記事を簡単にするとか(だいたい長ければ長いほど読んでなんかもらえないわけですから)、どうでもいいことは書かずに飛ばしてしまえばいいのに、それがどうしてもできない神経症。連続性のなかで物事をきっちりと繋ぎながら考えていかなければ、どうにも気がすまないという性癖があるらしく、簡単に済ませることがなかなか出来ないのです。
でも結局、その所為で暫定記事だらけ、かえって歯抜けの櫛状態で、朋友は冷たく去っていくばかりであります。

まあ、読者がいっこうに増えない理由は、記事の並びのややこしさよりも、ややこしい記事を書いている小生自身のややこしさが原因であることは重々承知しております。

「南」は韓国の詩人金芝河の著作ですが、それを“社長とは呼ばないで”という個人的なブログのひとつの記事の中で、ちょっとした小道具として使ってみたのです。その記事はこれです。
 ⇒“「作家の日記」と大説「南」”(2008年6月19日)

頂いたコメントから察するに、内山さんはサイト全体あちこち覗いてくださった御様子、普通なら直帰するような記事なのに、有難いやら恥ずかしいやら、大変恐縮であります。

“「作家の日記」と大説「南」”という記事は、“社長とは呼ばないで”の中の「三太郎」というカテゴリの記事のひとつで、実は小生、我ながら密かに一番気に入っているカテゴリが「三太郎」なのです。その一連の文章の中に、“社長とは呼ばないで”を書き続ける意味のようなものを、そっともぐりこませています。どうか一度お読みください、なんてお薦めするような代物でもありませんけれど。

できることならば、大説「南(ナム)」のような世界を、僕もまた僕なりに構築したいという大それた願望があって、当初は“社長とは呼ばないで”にそれを託し始めたのです。それがいつしか、このM.A.P.after5を含むサイト全体で「大それた願望」を実現したいと思い始めました。

たぶんそうなったのは、具体的な「現実」とどう立ち向かうのかという「誠実な課題」と無関係ではありません。しかしそれは、「現実」を表現世界にどう取り込むのかという「野望」と鏡像関係にあります。もしかすると、共犯関係と言った方が適切かもしれない。

いやいや、どうも語りすぎました。これは“社長とは呼ばないで”の世界、ここではこのくらいでやめておきます。

さて、お問い合わせいただいた金芝河(キム・ジハ)の「南」はこれです。
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大説「南」は、1983年、文芸雑誌「海」の4月号に凡そ70ページにわたって掲載されました。しかしそれは、膨大な「大説」のごく一部にしか過ぎません。大説「南」は、第一部「水山(スサン)」、第二部「巫夫(ミブ)」、第三部「出関」から成り、それらはそれぞれ三場に分かれ、一場はまた三景ずつで構成されているのですが、「海」に掲載されたのは、この内の第一部・第一場・第一景のみです。

和田春樹氏の解説によると、この「第一景」は、「1982年12月25日発行の奥付をもって、ソウルの創作と批評社から出版されようとした」が発行当日に発行禁止処分となり、全冊が「断裁」されたとのことです。
「辛うじて救われた少部数のうちの一冊が東京に届き、日本語訳として、ここにはじめて世に出ることとなったのである。」
その後の大説「南」の出版事情など、小生不勉強でよく分からず申し訳ありません。

反共法により投獄された金芝河ですが、その後は神秘主義的なものに傾倒したり、最近は左派を徹底的に批判したりという噂を聞いています。その思想的な変遷はどうあれ、金芝河の大説「南」の第一景は、今から30年前、悶々と悩んでいた二十代の若造を興奮させたことは事実です。

「ありとあらゆる人間、ありとあらゆる民衆、ありとあらゆる衆生、ありとあらゆる鬼神に ありとあらゆる宇宙まで 生きるにゃ生きたがまっこと生きたのじゃないゆえに ありとあらゆるものどもを あまねくまことに生きさせる真生命が まさしくこの韓半島、それもちょうどこの南の地 南朝鮮から生ずるという 神秘で不思議な伝説 奇異かつ言語道断な予言が絶えることなく伝えられ」

若造は、「このちっぽけな俺の中にも全宇宙に匹敵する世界が内蔵されていて、一生かけてそれを表出させることができるのかもしれない」と勘違いをしました。その悪夢から、未だ目覚めることが出来ずに、脳みその中に三太郎という分身を住まわせているのです。ただ重要な鍵は、この大説「南」の「第一景」以降の、未読である膨大な26景の存在なのかもしれないと、今にして思っているのです。

内山誠さま、よろしければご連絡をくださいますよう。
(高山正樹 拝)


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夜、また京都から画像が届いた。
今日もまた一言だけ。
“京都新聞”

「新聞、何を取ったらいい」
「さあ、東京新聞の系列なんてないよなあ」
「京都新聞は?」
「わからない、自分で調べてごらん」
「うん」



三十数年の時を隔てて……



【この日呟いたこと……】

21:49
あの頃の鳩山・松本・菅・鉢呂。「抱かれたくないタレントNo.1」程度の世論と低俗なマスコミが、ガチンコ力士たち(すごく弱いけど)を次々と土俵から引きずり下ろしていく。なんだか気分は千秋楽。

22:19
「低俗なマスコミ」という言い方は取り消します。そういう言い合いに嫌気が差していたはずなのに、あまりの虚しさに思わず……。何故だか、津嘉山正種さんが嗚咽したことを思い出しています。

 ⇒津嘉山正種さんが嗚咽した日のこと


《9月9日(金)》
大震災から183日目……
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昨日の朝、見落とした子供。
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しゃぼん玉飛んだ、屋根まで飛んだ、屋根まで飛んで、壊れて消えた……

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川崎の新百合ヶ丘へ。
待っている間に、駅前にて。
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切れたもの、繋げるために……。
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たとえこのまま消えてしまったとしても、魅力的なミステリー。

なんでもいいから、時々写真撮って送りなさい。それで、父は安心するのだから。
食べるもの、気をつけるんだよ。

そうして、一枚の画像が届いた。
今日の鴨川。「鴨川デルタ」と一言だけ注釈がついていた。
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【この日呟いたこと……】

17:22
「死の町」発言がなんで不穏当なの?この国、狂ってきたらしい。

17:37
国が決めた暫定基準値を安全とするか否かは個人で判断すべきもの。数値を示さず、ND(不検出)なんて誤魔化す現状で、福島を応援しよう的な販売促進企画には首を傾げるが、そこで買うも買わぬも個人の勝手。しかし抗議した人たちを「心無い」と評したフジTVのニュースのコメントは酷かった。

17:48
何年も前からスーパーに勤めていた友達が賞味期限や産地偽装は業界の常識だと言っていた。息子は、あるスーパーを抱える会社に就職内定したのだが、会社の人から同じことを言われたという。「でも、うちは絶対にやらないって言っていた」という。全てさらけ出さなければ、再生なんかきっとない。

18:00
では本題です。来年、琉球新報社主催の琉球古典芸能コンクール三線の部の新人賞に挑戦することにしました!あー、言っちゃった!僕、安冨祖流です。課題曲は伊野波節。しぇんしぇいは新城亘先生、あー、ほんとに言っちゃった。知ーらねっと。

18:07
なんだか自分の呟きに自己嫌悪。やっぱり140字って、苦手なようです。

22:16
懸命に勉強し、自ら考え、何が分かり何が分からないのかが見えてくると、確固たる覚悟が生まれます。それは芝居も三線も原発も同じことだという気がしてきました。今日、ふじたあさや・新城亘両先輩と話をしてそう思ったのです。ふたりとも原発の話なんかしなかったけどね。




【おまけ】
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特に意味はなし。



《9月5日(月)》
大震災から179日目……

【この日呟いたこと……】

11:24
五日間ネットから離れた。すると世の中の出来事が見えなくなった。その隙間をポケットの中の線量計が埋めた。「顕著な変化なし」だが僕の機種で計れるのはγ線のみ。α・β線は分からない。目の前の食物の正体も不明。精進落としの刺身をつつきながら、僕はそんなことを考えていた。

12:43
腎臓癌の術後しばらく自然食にしていた。仕事に復帰して、仕方なくコンビニ弁当も食べるようになったが、食後いつも気持ちが悪くなった。一ヶ月くらいで慣れた。まだ転移はしていない。直ちに健康に影響などないし、たとえあっても原因なんか分からない。

18:09
疲れが溜まっていて、免疫力を回復するためには保養が必要。というわけで、ボーっとなでしこジャパンの試合をテレビで見ているんだが、女子サッカーって、歓声がないとこんなにつまらなかったんだ。

18:47
実は放射線で壊れた細胞を修復するために保養が必要と言いたかったのだ。喉の調子が一ヶ月経っても戻らない。色々調べたが、放射線の影響の可能性を100%否定しきれないのでいる。α線?β線?因みに、線量計を入手して以来、書斎のベランダで計るγ線の値は、0.1μSvを下回ったことがない。




沖縄からの客人は、僕の書斎に泊まってもらった。そのために徹底的に掃除をした。客人は昨日沖縄に帰った。そこであらためて線量を計ってみたのだが……
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0.11μSv/h、ちっとも変わらない。やはりこのほんのちょっと高めの線量は、建物の素材に由来するものなのか。しかしそれって自然線量なのか人工線量なのか。
 ⇒安全デマか煽っているのか《自然線量を考慮しないと……》
だが、元来放射線自体は、それが自然線量だろうが人工線量だろうが、そこに質的な区別は全くないわけで、よく言われる「一年間に許容される人工放射線量」というのは、人間の健康を考えての絶対的な指標ではなく、人間が寿命で早死にするのは問題にならないが、人為的なことで寿命を縮めることは許されないという倫理規定のようなものなのである。

各地の原発は完全に放射線を管理できているわけではない。ほんのわずかかもしれないが、チビチビとおかしなものを漏らしている。しかしそれをいちいち気にして、不安がったり怒ったりするストレスは、間違いなく漏れている放射線より健康に悪影響を及ぼす。だからそんなちっぽけなことは忘れているほうが体にはいいに決まっている。しかし、原発関係者が「だからいいでしょ」と言うとしたら、それこそ「盗人猛々しい」のである。

例えば1000円盗まれたとする。その犯人探しに時間がかかるとしたら、その時間どっかでアルバイトしたほうがずっといい。しかし、だから犯人をほったらかしにしていいという法はない。本来、犯人は捕まえなければならないのである。

盗まれた1000円をどう考えるのか、これが池田信夫の煙草や交通事故と原発を比較するくだらない理屈の一面の正体である。
しかし事態は、もはやそんな倫理規定の議論をしている場合ではないところまで切迫しているらしい。それを頭から馬鹿にしていた池田信夫は二重の阿呆。今や、誰もが盗まれた額面1000円の、本当の意味を測りかねている。

一週間前の予告の通り、後編が始まった。
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これについては、後日。

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この話も後日、宇夫方女史から。


(※この記事は11月10日にアップしました。)
《9月2日(金)》
大震災から176日目……

沖縄の情報を流しているツイートをいくつかフォローしている。そのひとつから、こんなツイートが流れてきた。
「宜しくお願いします⇒ゆたしく、うにげ~さびら」
つまり、日本語の「宜しくお願いします」を、ウチナーグチで言うと「ゆたしく、うにげ~さびら」だというのである。
どうでもいいかなと思ったのだが、でもちょっと興味があって、返信してみたのである。

【呟いてみた】
12:07
正しくは「ゆたさるぐとぅうにげーさびら」沖縄語を話す会の国吉しぇんしぇいは「こうして本当の美しいうちなーぐちが間違っていく」と嘆いています。さて…


すると、先方から返信が来た。
「方言は大切にしていきたい沖縄の文化のひとつ。正しく伝えていきたいものですね♪ありがとうございます♪」

この記事は11月10日に書いている。実は小生、「よろしく」は「ゆたしく」ではなく「ゆたさるぐとぅ」でなければならないと、「国吉しぇんしぇい」のように頑なに考えているわけではない。ウチナーグチを勉強し始めて、どんどんと「ゆたしく」だって構わないと思い始めているといってもいい。ともかくそう簡単な話ではない。いずれきちんと追記したいと思うが、とりあえず関連したことを書いた記事にリンクを貼っておこう。
 ⇒(ハイサイとハイタイのこと)
 ⇒(藤木勇人氏の色紙)
 ⇒八重山では「ゴーヤー」ではなく「ゴーヤ」ですという話題
 ⇒オジイ・オバアとタンメー・ウスメーのこと
……と、重要な記事を暫定のママにしていることに気がついた。
2010年7月23日の記事。
 ⇒お久しぶりの儀間進先生

いやいや、早いところなんとかしないと、忘れそうだ……

【追伸】
数日後、定期的に自動配信でもしているのだろうか、「宜しくお願いします⇒ゆたしく、うにげ~さびら」というツイートが、全く変更されることなく流れてきたのであった。


11月10日木曜日: 日常……(再投稿)

《8月29日(月)》
大震災から172日目……
赤ん坊たち。
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いかん、擬人化することはやめようと決めたんだ。


11時19分。本日の事務所の空間放射線量。
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0.07μSv/h。


【何故か呟きたくなった……】
18:50
昔。毎晩僕は眠りの中で自分が癌であることを忘れた。朝「癌?いやな夢……」スーッと意識がはっきりするにつれ「夢じゃない、俺は癌なんだ」と思い知らされた。そんな毎朝の目覚めが怖かった。今、多くの人が、考えたくないことを朝の来ない夢の中へ追いやろうとしている。

分かりにくい呟きだ。
2009年の6月のこと、ある人の死が契機になって、僕は“社長とは呼ばないで”にひとつの記事をアップした。
 ⇒乗り越えてはいない
そうか、僕はこの文章の要約を呟いたのだ、と、呟いた後に気がついた。
これ、流行の言葉で言えば、正常性バイアスってやつだ!


夜8時帰宅。
やっぱり気になる我が書斎のちょっと高めの線量。
入る前にドアの外で調べてみた。待つこと5分。0.11μSv/hから動かない。
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因みに、鍵にくっついている飾りはサーターアンダギー。
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言われなきゃなんだか分からない。
さて、中はどうなんだ?
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おんなじだ。ということはこの建物全体が高いのか。建材が原因?だとすれば気にすることはなく、ひとまず安心なのだが。

ある人のツイッターで、金城実さんのTV出演情報を知った。BSをつけてみる。
鶴瓶のなんとかという番組。結局今日は金城さん、出てこなかった。
予告編。
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どうやら来週の後編にお出ましらしい。
ナレーションは久米明さん。声は建材、じゃない御健在。ひとまず安心。
だが、洒落ではなく、訓練された俳優の声って、まるで強固な建材のようだななんて思いついて、ひとり部屋の中でニヤニヤしていた。

すると、「日常」という言葉が、ふいに思い浮かんだのだった。
(高山正樹)


宇夫方女史から、この日の報告が届いた。

私がお世話になっているオフィス成城保険の懇親会が、今晩ありました。久しぶりにみんなの顔が揃いました。世田谷支社の担当の方も見えました。そして成城学園前のイタリア料理のお店で、みんなで食事をしました。
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8月17日のS社での記事もそうなのだけれど、今までなら書かなかった類の話題。なぜそんな報告をアップしたのか。
これから、こうした仕事の報告が増えるということかというと、そうではなくむしろ逆で、今書いておかなければ、今後書く機会がなくなってしまうかもしれないから、それで書いた記事なのだ。

いつまでも変わらないと無意識に信じている日常は、いつだって少しずつ変質していっているのであって、そして、なんの予告もなしに突如弾けるのだ。地震のように。



11月10日木曜日: 演劇と居酒屋の関係

《8月17日(水)~18日(木)》
ここをステージにして芝居やったらおもしろそうだな。
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登戸の、とある居酒屋の、フロアの一角にある漁船を思わせるボックス席である。

しかし店は満席に近い。たくさんの客が飲み食いしている。例えばこのような店の店内でわざわざ芝居をやる経済的なメリットは全くないだろう。余裕のあるオーナーが面白がってくれれば話しは別だが、しかし観客に集中力を要求する芝居は、客に酒の量を減らし箸を止めるよう要求する。それを避けるために、軽いコントや音楽に近づけてしまえば、それはもう芝居ではない。言ってみれば、芝居と酒は、どうにも食べ合わせが悪過ぎるのである。

芝居を既成の劇場以外の空間で上演しようとする試みは、60年代からずっとあった。だがそれで儲かったなんてハナシは終ぞ聞いたことが無い。というより、彼らの目的は金ではなかったわけで、魅惑的で刺激的な磁場を作り、そこで挑戦的で破壊的な事件を創出することが、たぶん時代の思索的実験だったのだ。俳優は、全ての常識と対峙した犯罪者であり得た。そして自足していた。

ひとたび、例えば劇場(店)の利益とか、町の活性化などという健康的な方針に芝居屋が協力しようとすると、純粋に劇的な要素たちは、そうした方針には無関心になろうとする。そして、劇場や街との関係が希薄になっていく。今の、多くの舞台がそうである。
確かに、その法則を逆手に取って、劇場や街を有機的に脚本に取り込むことが出来れば、違う展開がありうるのかもしれない。しかし演劇と場の関係の濃密性と、その一般化・簡易化とは常に相反するのであるから、純演劇的満足と経済性は常に反比例することになるわけで、それに俳優がどこまで耐えられるのか、つまりそれはどのように質を保つのかと同義なのだが、きっと課題はそこらあたりにある……。

全てはミステリー。
(高山正樹)


この日、M.A.P.の経済をひとり支える宇夫方女史は、受注先の会社で、朝からじっとPCの前に座っていたらしい。

【文字通りM.A.P.after5的報告】
S社のOさんが企画した勉強会が編集部の6階で行われました。同じ仕事を受注している4社のうち3社の担当者が出席。そのうち1社は大阪の会社で、豊橋で仕事をした時に御一緒した方でした。
長い研修の後、会社近くの居酒屋で懇親会がありました。
この業務のS社の担当は女性が多いのですが、飲みに行くことはほとんどないそうです。忙しすぎるのではないかしら。
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今度は個人的な飲み会しましょうとお誘いしたら「ぜひ!」というお返事。今年中にお誘いしたいものです。
(宇夫方路)


「これから河岸変えて、忠兵衛に行こうと思ってるんだけどね」
「行く行く」
「女性の担当者も一緒?」
「まさか」
「そうだよな」
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このソーキ、うめえ。
かつて、つかこうへいはプロ野球がライバルだと言ったが、現代の演劇のライバルは居酒屋やレストランのような気がする。

日が変わって0時17分。
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左から、宇夫方路、忠兵衛のご主人、神野美奈実海浩気
企みは、犯罪の匂いがするほうが面白いと僕は思うのだが。

» 続きを読む

《8月25日(木)-3》
事務所に戻ることはせず、今日はそのまま自宅へ帰る。
そして、まずは我が書斎を調べてみることにした。特に意味はないが、喜多見の事務所と同じように、線量計は三線の上に乗っけてみた。すると……
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0.12μSv/h、なんてことだ、狛江の本部とこの書斎と、自分の足元で一番高い数値が出た。どちらも鉄筋のマンションである。

ここでもベランダに出て計ってみた。
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室内を徹底的に掃除をしてみよう。それでもし数値が下がればそれでよし、下がらなければ下がらないで原発が原因ではないということになるわけだから、原発由来の見えないα線やβ線の存在を気にする必要がなくなる。と、考えてみたのだが、さて、正しい考察なのかどうか。

いずれにしても、この程度の数値で何を神経質な、である。この数十倍の線量の中での生活を余儀なくされている人たちにとっては、僕の考察など、耐えがたきママゴトに見えるだろう。だが、自らの置かれた状況を出来うる限り自分の手のひらに乗せておくことなしに被災地を気に掛けてみたところで、その眼差しはきっと虚ろである。程度の差がどれほど大きくとも、我々も被災者なのである。それを忘れて、支援などないと、今の僕は思っている。

「書斎の数値」という表題に、あえて「僕の」と付け加えてみた。

【そして呟いたこと】
16:31
いまのところ原発ばかり気になって、ツイッターはその情報収集という意味合いが強くなってしまっています。本意ではないのですが。


原発のことなんか全く気にしていない宇夫方女史は、この日も2箇所で琉球舞踊を教えていた。
 ⇒M.A.P.琉球舞踊教室の専用ブログ
どなたかのお土産……
沖縄東村のマンゴー


《8月21日(土)》
あの大震災から164日目……
宇夫方女史は川崎市幸区の小倉神社のお祭りで踊っている。
琉球舞踊専用ブログの記事
M.A.P.after5には“川崎市”のカテゴリがあるのだから、こっちでも何か書かなければと思うのだけれど、さてどうしようかなと考えている。
《アーカイブ》
  ⇒雌花と小倉神社の夏祭り(2009年8月22日)
  ⇒琉球舞踊専用ブログの記事(2010年8月22日)
2010年の時は、M.A.P.after5の方には全く書かなかった。文字通り“後の祭り”。

【この日呟いたこと……】

16:54
一切塾など行かず高校と大学に入り、大学は3年の時にたった一社だけ受けた会社からあっさり内定を貰った息子と、一人京都で最低限の仕送りで学生生活を続ける娘。親がなくても子は育つ、というか、親があっても子は育つというか、誇りと、そして感謝。

17:00
親が子供を思う心なんて、そんなナイーブな話じゃない。様々な情報を自分なりに調べ、分析すればするほど、事態は切迫している。3月末に開いた家族会議を再び開こうか。そして西へ、南へ、の方策を本気で練ろうかと思うのだが、しかし……。僕には家族すら動かす力がないのだ。

17:27
雨に濡れバイクでバイトに向かう息子とすれ違う。内定を貰った息子に移住を勧めても、将来の生活と、彼女と、友達のために彼は拒否するだろう。わかった。何年か後、お前が結婚を考え、子供を作りたいと思った時、また相談しよう。だがそれまで、息子ともども移住できる力を持ち続けていられるかどうか。


そして“後の祭り”にならなければいいのだが……


文部科学省が公表している全国のモリタリングポストの放射能濃度一覧を見ることができるサイトがある。
 ⇒http://atmc.jp
最近ちっとも動きがなかったので、しばらく見に行くことはなかったのだが、久しぶりに覗いてみた。すると……
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東京は新宿。
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なるほど、一昨日のあの雨の夜か。
0.08μSv/h、数値としちゃァたいしたことはない。しかしやっぱり気持ちが悪い。そして、何度でもいうが公式に計っているのはγ線のみ、問題のα線とβ線は埒外。

ある程度予測できているはずなのに、政府(あるいは官僚?)は、事前に予報を発表することはしない。なぜなら、我々は国家のために統計的な死を背負わされた棄民だから。

一昨日のデータをいくら眺めていても“あとの祭り”である。


《8月19日(金)》

雨だけど……
雨だから……

新宿の“かりゆし”へ。

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混ぜる前のタコライス。
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 ⇒混ぜた後のタコライスの記事へ

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この日のことは8月9日の記事8月13日の記事とを仕上げたら書きますが……

鈴木雄介が、こんなオモチャを持って来た。
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小生が買わなかったガイガーカウンター。GM-10。
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「雨だけど、どうなのさ……」

縦軸がCPM。横軸が時間。CPMとは“count per minute”、つまり、一分間に検知した放射線の数。ご覧のように毎分4だったり21だったり誤差は激しい。従って長い時間測って平均を出す。それに0.00833をかけるとμSv/hに換算できるらしい。しかしこれは、セシウム137の場合が120CPM≒1μSvであることを根拠にしている。

「で?」

だいたいこの機械がはたして放射線を100%検出しているのかどうか。そうじゃない安物の場合、性能によって割り増し補正して表示しているわけだが、それが正確であるかどうかがわからない。本来製品一個一個について補正しなければいけないのだが、まさかそんなことをやっているとは思えないし。

「だからさ、正しいとしてさ」

真ん中の青い線を見るとだな、おおよそ平均13.5CPMってところだから、13.5×0.00833で0.1μSvってところかな。

「それって割と高いんじゃないの?」

全部セシウム137だったらってことだからね。それにγ線やβ線の違いをどういうふうに補正してるんだかも分からないしねえ。ともかくだ、この程度なら気にするほどの空間線量ではないだろうってことだけは確からしい。それ以上のことは分かりません。それ以上のことを期待してもダメ。まずはこの程度で十分と思えば結構使える。この認識はけっこう重要だな。

※以上の会話はフィクションです。高山正樹がちょっと勉強して追記してみました。

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カチャーシー。
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沖縄の血が騒ぐ?
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岩手の血でも踊る人はいる。
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やっぱり僕は踊れなかったので、せめてこれくらいはと思って、ピースしてみた。
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沖縄が恋しい。放射線を気にしなくて済む沖縄が……


《8月17日(水)》
あの大震災から160日目……

【この日呟いたこと……】

9:07
どうしても言わずにはいられない気分。日本はロシア・中国以下。自由な国民がいてこの状態だから、北朝鮮よりも悪いかもしれない。今、日本で起こっていることを知りながら黙っている人々とは、いったい何者なのか。

9:17
昨日、自由奔放に生きてきた親戚のスーパー爺さんの通夜でした。死に至った直接の原因は誤飲性肺炎。繋がれた管を片っ端からはずしてアッという間に逝ってしまった。90歳代とは思えぬ強力な筋肉でどうしようもなかった。一方オヤジは、何本もの管を受け入れて静かに生き続けている。

9:49
「僕がやりたいことは政治ではない」~芝居をやろうと思った僕の原点を見つめ直しています。時の施政者がおそれるトリックスター。ずいぶん遠いなあ……。まずは政治を政治の外側からの眼で相対化すること……。つまんないなあ、なんか違う。

10:00
親戚のスーパー爺さんは親戚中から「しょうがない奴だ」と言われていた。そんなスーパー爺さんが真面目でいい人を絵に書いたような僕のオヤジを一番尊敬していた。一方僕のオヤジは、スーパー爺さんのことが大好きで、あんなふうに生きたいといつも言っていた。

10:32
沖縄からの情報。本日の琉球新報に山猫合奏団の記事が載っていたらしい。さあ来年の沖縄公演のために動き出そう。そして現代のチョンダラーを目指してみるか。

すると、ツイッターでその記事を紹介してくださった方がいた。
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なんとこの方は、シーサーズの持田明美さんの古くからのお知り合いだった。全く不思議な縁である。

15:08
100歩譲って原発が安全である可能性があるとしても、決定的なことが言えず、日本中、世界中でたくさんの人が必死に考えているという現状の中で、北海道の一知事が再稼動を決めてしまう。狂気だ。その狂気すら止められない日本。



あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、でも、こうして並べてみると、結局原発から始まって原発で終わって、なんだか嫌になってきた。

だから、というわけでもないけれど、ちょいとこれから験直しに出掛けるとしよう。

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高山正樹 Masaki Takayama
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