12月 4日木曜日: 門前仲町方面のこと
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
地図関連業務の取引会社に出向きました。
そういえばわりと近くに門仲天井ホールがあります。
そういえば、門仲天井ホールから、来年1月までの催し物のチラシが束で送られてきました。
そういえば、門天の黒崎さんに、宣伝しますねと言っておきながら、まだご紹介できずにいます。
というわけでとりあえずホームページのご紹介でお茶を濁します。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~monten/
そういえば、先日ご紹介しましたが、来年の4月11日に、門仲天井ホールで三笑亭夢丸さんの公演を行うわけです。ということならば、地図関連業務の取引会社で、皆さんにお知らせでもしておけば、何人かは観に来てくれるかな、なにしろ手打ち公演だものなあ、なんて思ったのですが、なんとも気分が乗らずに宣伝するのはやめました。それどころじゃないって感じです。営業マンとしては失格ですね。でもねえ…
不景気って、やなもんですね。
そう考えると、沖縄の「かんからさんしん」って、やっぱりすごいなあと思います。
みなさん、「かんからさんしん」、ご存知ですか?
筑紫哲也氏が「広告批評」2008年8月号に寄せた文章から…
「凄惨な沖縄戦が終って収容された住民たちが先ず始めたのが、米軍支給の缶詰やパラシュートのひもを用いての『カンカラ三線』だった」
(「私が沖縄にこだわりつづけるワケ」)
謹んで筑紫哲也氏のご冥福をお祈りします。
そういえばわりと近くに門仲天井ホールがあります。
そういえば、門仲天井ホールから、来年1月までの催し物のチラシが束で送られてきました。
そういえば、門天の黒崎さんに、宣伝しますねと言っておきながら、まだご紹介できずにいます。
というわけでとりあえずホームページのご紹介でお茶を濁します。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~monten/
そういえば、先日ご紹介しましたが、来年の4月11日に、門仲天井ホールで三笑亭夢丸さんの公演を行うわけです。ということならば、地図関連業務の取引会社で、皆さんにお知らせでもしておけば、何人かは観に来てくれるかな、なにしろ手打ち公演だものなあ、なんて思ったのですが、なんとも気分が乗らずに宣伝するのはやめました。それどころじゃないって感じです。営業マンとしては失格ですね。でもねえ…
不景気って、やなもんですね。
そう考えると、沖縄の「かんからさんしん」って、やっぱりすごいなあと思います。
みなさん、「かんからさんしん」、ご存知ですか?
筑紫哲也氏が「広告批評」2008年8月号に寄せた文章から…
「凄惨な沖縄戦が終って収容された住民たちが先ず始めたのが、米軍支給の缶詰やパラシュートのひもを用いての『カンカラ三線』だった」
(「私が沖縄にこだわりつづけるワケ」)
謹んで筑紫哲也氏のご冥福をお祈りします。
10月28日火曜日: ほんとうの強行軍の記憶
沖縄に関わっていると、人と人の「つながり」ということを改めて思うのです。
高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。
巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)
その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
⇒《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)
ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。

和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。
でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。
確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。
識名壕へ入る入口。

もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。
女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。
本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。

これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。
和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。

遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。
夕方、大城立裕先生のお宅にお邪魔して…
そして夜。
国際通りからちょっと入った竜宮通りという路地に見つけた「小桜」というお店。

「小桜」とは、M.A.P.がプロデュースする三笑亭夢丸さんの落語の題名。気になったのでカシャと一枚。
大城立裕先生のお誕生会でお世話になった「じんじん」へ。

沖縄特有のおしぼりコースターです。

ちょっと疲れているみたいな高山の様子を見て、ママが体に優しいメニューを作ってくれました。すごくおいしかったのです。

ありがとうございました。
ななしん屋でママに再会。

三線を借りて定番の安里やユンタをやってみた。
何もしないという歌い方。テクニシャンの高山正樹には、これがなかなか出来ないのです。その奥深さに、高山は、真剣に三線を習おうと心に決めたのです。
⇒《前回の「ななしん屋」の記事》
そして「土」へ。

ごうさん。結婚おめでとう。今奥さんのお腹にいるお子さんが二十歳になったとき、ごう(のん)さんは80歳か。日本一かっこいい80歳になってください。
⇒《前回の「土」の記事》
他にもいくつかお話したいことがあるのですが、それは後日ということで…
高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。
巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)
その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
⇒《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)
ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。

和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。
でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。
確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。
識名壕へ入る入口。

識名壕の中から見た入口。

四角くシルエットに見えるのはウガミ(拝み)の場所です。帰り際に、先生がお線香を供え、手を合わされていらっしゃいました。
もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。
女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。
本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。

これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。
和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。

遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。
夕方、大城立裕先生のお宅にお邪魔して…
そして夜。
国際通りからちょっと入った竜宮通りという路地に見つけた「小桜」というお店。

「小桜」とは、M.A.P.がプロデュースする三笑亭夢丸さんの落語の題名。気になったのでカシャと一枚。
大城立裕先生のお誕生会でお世話になった「じんじん」へ。

沖縄特有のおしぼりコースターです。

ちょっと疲れているみたいな高山の様子を見て、ママが体に優しいメニューを作ってくれました。すごくおいしかったのです。

ありがとうございました。
ななしん屋でママに再会。

三線を借りて定番の安里やユンタをやってみた。
何もしないという歌い方。テクニシャンの高山正樹には、これがなかなか出来ないのです。その奥深さに、高山は、真剣に三線を習おうと心に決めたのです。
⇒《前回の「ななしん屋」の記事》
そして「土」へ。

ごうさん。結婚おめでとう。今奥さんのお腹にいるお子さんが二十歳になったとき、ごう(のん)さんは80歳か。日本一かっこいい80歳になってください。
⇒《前回の「土」の記事》
疲れた…。
あした朝、東京へ帰ります。

あした朝、東京へ帰ります。

他にもいくつかお話したいことがあるのですが、それは後日ということで…
9月23日火曜日: “もんじゃ”をカチャーシー
もんじゃです。

カチャーシーは、お馴染みの沖縄の庶民の踊りです。カチャーシーには「かき回す」という意味があるんです。“もんじゃ”と“カチャーシー”、なんだかビビッときませんか。
宇夫方の、沖縄の太鼓の師匠、知名文子先生です。

岐阜県での催しに出演しての帰り道、沖縄へ戻る前に東京に寄って遊ぼうっと、お仲間と月島もんじゃツアーです。

安冨祖流三線の金城清雄先生と知名先生のお弟子さんの笠原真理子さん。
そこに宇夫方路が合流。お店の人が「自分で焼きますか?」
金城先生、やるやると言って焼き始めたのですが、説明を聞かずどんどん焼いちゃうので途中でお店の人に取られてしいました。
それじゃあ私に任せなさい…


私、商売間違えたかしら?
そして最後は日本地図。

北海道はないし、九州もないし、その代わり沖縄だけはやけにでかいし、というより、食べもので遊んではいけません。
というか、ほんとにおいしかったの?
このあと、ちゃんとぐちゃぐちゃにして、残さず食べました。
こんなふうに、ほんとの日本も、偉い人もそうじゃない人も、沖縄も本土も北海道も、クラシックも落語も、宝塚のトップスターもどっかの無名役者も、訴えた人も訴えられた人も(これ「雨にも負けず」を意識してます)、右も左も何もかも、名札なんか捨てちゃって、みんなカチャーシーして仲良くなれば、どんなに住み良くなるかしらと、ほんとに考えている今日この頃なんです。
でも、そうなったら、江戸っ子の気風(きっぷ)とかウチナンチュの心とか、いったいどうなっちゃうのかなあ…

カチャーシーは、お馴染みの沖縄の庶民の踊りです。カチャーシーには「かき回す」という意味があるんです。“もんじゃ”と“カチャーシー”、なんだかビビッときませんか。
宇夫方の、沖縄の太鼓の師匠、知名文子先生です。

岐阜県での催しに出演しての帰り道、沖縄へ戻る前に東京に寄って遊ぼうっと、お仲間と月島もんじゃツアーです。

安冨祖流三線の金城清雄先生と知名先生のお弟子さんの笠原真理子さん。
そこに宇夫方路が合流。
金城先生、やるやると言って焼き始めたのですが、説明を聞かずどんどん焼いちゃうので途中でお店の人に取られてしいました。
それじゃあ私に任せなさい…


私、商売間違えたかしら?そして最後は日本地図。

北海道はないし、九州もないし、その代わり沖縄だけはやけにでかいし、というより、食べもので遊んではいけません。
というか、ほんとにおいしかったの?
このあと、ちゃんとぐちゃぐちゃにして、残さず食べました。
こんなふうに、ほんとの日本も、偉い人もそうじゃない人も、沖縄も本土も北海道も、クラシックも落語も、宝塚のトップスターもどっかの無名役者も、訴えた人も訴えられた人も(これ「雨にも負けず」を意識してます)、右も左も何もかも、名札なんか捨てちゃって、みんなカチャーシーして仲良くなれば、どんなに住み良くなるかしらと、ほんとに考えている今日この頃なんです。
でも、そうなったら、江戸っ子の気風(きっぷ)とかウチナンチュの心とか、いったいどうなっちゃうのかなあ…
9月10日水曜日: 青田いずみさんと新宿「かりゆし」へ
9月3日に観に行った「海の一座」の主演女優の青田いずみさんと話がしたくて、新宿の「かりゆし」に行きました。
「かりゆし」のママさんは山城ルミ子さん。

うぶが琉球舞踊をはじめて舞台で踊ったときのパートナーなのです。
ライブでは娘のあやちゃんとの競演、三線と歌声が心に響きます。

あやちゃん、大きくなったね。26歳にして琉球舞踊の教師なのです。
飛び入りで、踊らされちゃった、普段着で。

青田いずみと高山正樹はコアな話をしていた…
「大和の役者が沖縄の人を演じることについて」
最後はカチャーシー、青田さんもうぶも踊り狂ったのでした。


青田さん、あやちゃん、ママ、素敵な夜をありがとう。
いよいよ沖縄です。
《追伸》
高山正樹と宇夫方路がずいぶん前に出ていた芝居に青田いずみさんは去年まで出演していたのです。それも宇夫方がやっていたのと同じ役。
そして、おきなわおーでぃおぶっくの新企画は青年座の「人類館」なのですが、今回の「海の一座」の演出が青年座の磯村純さん。
青田いずみさんとも「おきなわおーでぃおぶっく」で何か一緒にできたらいいなあっと、ちょっと真剣に考えてます。
ちなみに山猫合奏団の楠さんが所属する劇団あとむの演出家、関谷幸雄氏は青年座と縁が深いのです。
まだあります。もともとこの「海の一座」は文化座がやっていた舞台。文化座はよく沖縄関連のお芝居もやるのですが、「ハブの子タラー」という舞台などで踊りの指導をした関りえ子さんは宇夫方路の琉球舞踊の師匠、実は関さんは高山正樹の奥方の親友で、その縁で高山が宇夫方に紹介したのです。
なんだか、色んなところで繋がっているんですねえ。
「かりゆし」のママさんは山城ルミ子さん。

うぶが琉球舞踊をはじめて舞台で踊ったときのパートナーなのです。
ライブでは娘のあやちゃんとの競演、三線と歌声が心に響きます。

あやちゃん、大きくなったね。26歳にして琉球舞踊の教師なのです。
飛び入りで、踊らされちゃった、普段着で。

青田いずみと高山正樹はコアな話をしていた…
「大和の役者が沖縄の人を演じることについて」
最後はカチャーシー、青田さんもうぶも踊り狂ったのでした。


青田さん、あやちゃん、ママ、素敵な夜をありがとう。
いよいよ沖縄です。
《追伸》
高山正樹と宇夫方路がずいぶん前に出ていた芝居に青田いずみさんは去年まで出演していたのです。それも宇夫方がやっていたのと同じ役。
そして、おきなわおーでぃおぶっくの新企画は青年座の「人類館」なのですが、今回の「海の一座」の演出が青年座の磯村純さん。
青田いずみさんとも「おきなわおーでぃおぶっく」で何か一緒にできたらいいなあっと、ちょっと真剣に考えてます。
ちなみに山猫合奏団の楠さんが所属する劇団あとむの演出家、関谷幸雄氏は青年座と縁が深いのです。
まだあります。もともとこの「海の一座」は文化座がやっていた舞台。文化座はよく沖縄関連のお芝居もやるのですが、「ハブの子タラー」という舞台などで踊りの指導をした関りえ子さんは宇夫方路の琉球舞踊の師匠、実は関さんは高山正樹の奥方の親友で、その縁で高山が宇夫方に紹介したのです。
なんだか、色んなところで繋がっているんですねえ。
7月31日木曜日: “狛江”で見つけた“与論島”
……カテゴリーを飛び越えて
どうも、このサイト全体が境界線のあっちへ行ったりこっちに戻ったり、なんとなくチャンプルーなのかなと思います。
7月26日土曜日のこと。狛江の夏祭りで遭遇しました。
ん? 三線と与論ドーナツ? サーターアンダギーか?

これはほっておけない。取材開始。
東京に住んでいる与論島出身者の仲間達。お祭りがあるっていうと、どこへでも出向いていくんだって。与論島は沖縄じゃなくて鹿児島県なんだけどね。
翌日の日曜日にはステージで創作エイサーをやるって言ってました。残念ながら行かれなかった。
どこかのお祭りで彼らを見つけたら、教えてください。
狛江は喜多見のお隣。
与論は沖縄のお隣。
カテゴリーを飛び越えて……
7月26日土曜日のこと。狛江の夏祭りで遭遇しました。
ん? 三線と与論ドーナツ? サーターアンダギーか?

これはほっておけない。取材開始。
東京に住んでいる与論島出身者の仲間達。お祭りがあるっていうと、どこへでも出向いていくんだって。与論島は沖縄じゃなくて鹿児島県なんだけどね。
翌日の日曜日にはステージで創作エイサーをやるって言ってました。残念ながら行かれなかった。
どこかのお祭りで彼らを見つけたら、教えてください。
狛江は喜多見のお隣。
与論は沖縄のお隣。
カテゴリーを飛び越えて……

