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7月26日火曜日: 痩せた猫と……

《7月26日(火)》
あの大震災から138日目……
沖縄ツアーの記事に即日記事なんてない。全て日を改めて投稿している。でもツイッターくらいならなら出来るかなと思っていたのだが、それもなかなかママならない。

ところで、カミサンの実家のテレビの写りが極めて悪い。ほんの少し風が吹いたり、ちょっと雨が降ったりすると全く写らなくなる。電波状況のテストをやってみたら電波がすこぶる弱い。二階の義理の弟の方はちゃんと写っているらしいので、たぶん分波が上手くいっていないということなのだろうけれど、なんで地デジに移行する前に対処しておかなかったのか、という至極当たり前のことが、ここ沖縄では通用しない。とりあえずアナログで見えている、それでいいではないか、見えなくなったらその時考える。こういうことに用意周到な人とテーゲーで行き当たりバッタリの人、いったいどっちが人間的なのか、そういう面倒な設問が沖縄にはゴロゴロと転がっているのだが、それに躓くには、どうやら何か資質が必要らしい。

全国の話。地デジ移行後の問い合わせが20万件だそうである。それについて白石准が「あれだけキャンペーンをしてきていたのに写らなくなってから焦る人たちが理解できない」と呟いた。

【そこで僕はこんなふうに呟いた】

10:08
沖縄では地デジ移行後電波が強くなるという話が。ところが映らない。問い合わせるしかないという現状。

これ、カミサンの実家での本当の話。でもそれをみんな信じていたのかというと、どうもそうでもない。そんなハナシもあったかねえという程度。だから、決して威張れたことではない。

准ちゃんから返信が来た。「それならわかるけど準備をしないで今頃なぜ映らないと訳の分からない質問をしている人たちのこと」。いやさ、だからよー、と、沖縄っぽく呟いてみる。
実際、この日の沖縄タイムスには、地デジ移行後に問い合わせする困ったちゃんが沖縄にはたくさんいるという記事が掲載されていたのである。ただ、沖縄特有の事情も、併せて報告されていた。
(※切り抜いてきたのだが見当たらない。見つかったらあらためて追記する予定)

ともかく、この感覚がどうも説明しにくくて、ましてや140字でどうなるものでもなく、次にようにリツイートしておくことにしたのだが……
11:02
そりゃその通り。でもさ、沖縄にいると感じる「中央」の遠さ。「何万人が問合せ」とメディアは一言で括るけど、その中にはいろんな事情の人たちもカウントされているのでは思ってしまう。

……しかし、これじゃあ、伝えたいことの10%だな。

そこでその気持ちを埋め合わせるために、三つばかり他人様の呟きをリツイートした。

中国の高速鉄道事件について。
「まずは運休し事故原因を突き止め、改善策を発表しろという上から目線の日本人。けど、同じ事が日本の原発にも言えるのでは?」

泡瀬干潟の問題について。
「仮に埋立に経済的合理性があったとしても、壊したら元通りにはできない自然と経済的合理性、将来に必要なのはどこにでもある人工物より自然。」

そしておまけ。
「沖縄のバスは手を挙げないと止まらない。タクシーは挙げなくても止まる」

いずれも、自分がこうだと思っている感覚の根拠を疑ってみようというハナシなのだが、自分の感性をとことん追求するのが芸術家だからなあ……

さて、“山マヤー一族”のことは気にはなるが、今日は小休止。
カミサンの土産物選びに付き合って国際通りへ繰り出すことにした。

那覇の猫はみんな痩せているのである。
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一方、小生は……
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詳細後日。


《5月13日(金)》
東日本大震災から64日目……
沖縄タイムスに掲載された山之口貘さんのエピソード。
「詩よりは舞踊がうまい」と紹介され、女形の貘さんが浜千鳥を踊ったという記事。

それを読んで僕は
【ツイッターで呟いてみた】

9:50
へえ、そんなことあったんだ。岡本太郎の「踊る島」を思い出した。

9:57
6月4日、成城学園前の成城ホールで行われる宇夫方路の琉球舞踊公演に皆様是非お越しのほどを。大城立裕氏、ふじたあさや氏はじめ、あちこちから寄せられた祝辞を掲載するパンフは読み応え十分。変な宣伝だけど。

10:09
きっと菅直人が問題なのではない。なんとかしなければならないのは官僚(東電・自民党・マスコミも含めて)の狂った良心。悪意がないから性質が悪い?


夕方、誰かのこんな呟きを見つけて、考え込んでいた。
「アーティストの人って、論理的な判断するために存在してるわけじゃないですからねぇ」

そうして、俯き加減で出掛けていく。

【宣伝活動報告その3】
もちろん、闇雲に回っているわけではないさ、かつての「オルグ」ほど、無神経にはなれない。

東京駅。新丸ビル。
“東京うりずん”
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満員で入れず。

歩いて神田へ。
“やいま”
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スナックパインサワー。
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タマナーチャンプルー。「タマナー」とはキャベツのこと。つまり玉菜。
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なぜかカレーとナム。
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新富町。
“仲宮里”
イカスミの塩辛を乗せた島どうふ。
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モズクと島どうふの和え物。
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ジーマミドーフ。
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そして代田橋。沖縄タウン。
新しいお店、“てぃんさぐぬ花”
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もうお腹一杯であったけれど……
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広告の成果等はあらためて……

しかしこれって、アーティストのやることじゃあないよな……
俺って、誰なんだろう……


日本橋高島屋で時間を潰して、やっと夕方になりました。宇夫方路女史と東京奏楽舎の桃原くんと、新富町で待ち合わせ。雨の中、三人連れ立って仲宮里に向かいます。10月20日以来、10日ぶりです。

御挨拶して、それから軽く食事をして帰るつもりが、肝臓ノーダメージと言われたわたくし高山正樹、ついつい頼む泡盛のロック。
泡盛ロック

お酒を頼めばお通しが出てきます。クーブイリチー。
クーブイリチー

宇夫方さん御注文の沖縄ソバ。
沖縄ソバ

桃原くんの好物、フーチャンプルー。
フーチャンプルー

そして僕はプリン体汁、じゃないイカの墨汁!塩なしで頼みました。
イカの墨汁
やっぱり少し薄い。味ではなく墨がです。僕のカミサンが東京で作る墨汁も同様、沖縄のあの濃厚なイカ墨は東京では手に入らないのかもしれません。でも、おいしかった。ご馳走様でした。

今日はあまり時間がないので、これで失礼します、そういってレジへ、ふと見上げると藤木勇人さんの色紙。
有名人の色紙
沖縄語録だって。

「だからよー」
「なんでかねー」
「であるわけさ」

沖縄語にうるさい方々は、これはウチナーヤマトゥグチであってウチナーグチではないと眉間に皺を寄せられることでしょう。でも僕は、それは少し違うと、奄美にルーツを持つ藤木勇人さんと、実際に会って話をしてから思うようになりました。きっと藤木さんは全て分かっていて、敢えて「ウチナーヤマトゥグチ」を「ウチナーグチ」だと言っている。この色紙を見て、あらためてまたそう思ったのです。
 ⇒藤木勇人さんと会った日のこと

だから、僕も語録にいくつか付け加えてみましょうね、っと。

「しましょうね」
「じょーとーさー」
「だーはずよ」

桃原くんは横浜生まれ。沖縄の言葉も宮古の言葉も全くしゃべれません。お亡くなりになったお父様も、いわゆる「標準語」しか使われなかったそうです。田舎に帰っても、御兄弟がいわゆる方言を使っているのに、お父様は標準語で受け答えをされて、一切「方言」は使われなかったようです。つまり、聞き取れるけれど(そしてたぶんしゃべれるにもかかわらず)「標準語」しか話さなかった桃原くんのお父様。「桃原」は「とうばる」と読むのですが、かつてお父様は「ももはら」と名乗っていらしたと桃原くんから聞きました。

沖縄の言葉、それに対して、きっといろいろな人がいろいろな思いを抱いているのだろうなあ。

藤木勇人さんは弟みたいな人、そう仲宮里の奥様はおっしゃいました。

最後に奥様と桃原健一くんとで記念撮影です。
“仲宮里”の奥様と桃原健一くん
「頑張ってね、ウチナーンチュはみんな応援してくれるさー」

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新富町にある沖縄料理店“仲宮里”に伺いました。
仲宮里の入口
去年の三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川公演の際には、仲宮里のご主人に大変お世話になりました。今年も11月13日の公演のご案内をさせて頂こうとやって来たのです。

去年は宇夫方路ひとりでの訪問でしたが、この日は高山正樹も同行しました。
一年もご無沙汰しておいて、またぞろお願いのある時だけ伺うなんて、大変虫のいい話なのですが、この一年間を振り返ってみれば、殆ど間断なく何かがあって、どうにもここまで出向いて来る時間を作ることができず、とても申し訳なく思っています。

今日は短い時間でしたがお料理を堪能することができました。

まずは一昨日も忠兵衛で食べたイカ墨ソーミンチャンプルー。もちろん、塩なしでとお願いしました。
イカ墨ソーメン
忠兵衛はイカ墨を和えたものでしたが、仲宮里ではイカ墨を練りこんだソーメンを使用。沖縄から仕入れているのだそうです。
イカ墨を使った沖縄料理のサブカテゴリを作りました。
定番、ゴーヤーチャンプルー。スパム入りと聞いて、これも塩なしで注文。
ゴーヤーチャンプルー
ついでにゴーヤーチャンプルーのサブカテゴリも作成。
最近よく見かけるようになった紅芋コロッケ。こちらでは紅芋4個に田芋2個を加えてのワンセットです。
紅芋と田芋コロッケ
この田芋コロッケは初体験でした。さすがに沖縄の方たちが多く集まるお店ならではのチョイスです。

この日もたくさんのお客さん。その半分くらいは沖縄の方ではないかとお見受けしました。
壁にはこんなポスターが。
上原康恒世界チャンピオン獲得30周年記念パーティーのポスター
上原康恒(やすつね)とは、1980年に30歳にしてWBA世界スーパーフェザー級王座に着いた沖縄出身のボクサーです。あの具志堅用高は1955年の生まれですから、上原康恒さんは具志堅さんより5歳年上ということになります。プロデビューも2年早かったのですが、沖縄出身初の世界チャンピオンという栄誉は、残念ながら76年にジュニアフライ級王座となった具志堅用高さんに取られてしまいました。でも、上原康恒さんもデビュー前から世界チャンピオン確実といわれていたボクサーですから、きっとたくさんのウチナンチュが熱烈に彼を応援していたことは想像に難くありません。81年、2度目の防衛戦に破れて世界王座を失い、そのまま引退した後も、たくさんのファンが沖縄の誇りである上原康恒さんを応援していらっしゃるのでしょう。
世界チャンピオン獲得30周年記念パーティー。グランドプリンスホテル赤坂、20,000円か、すごいなあ。そして、11月14日、深川公演の次の日だ。きっと準備も大変なんでしょうねえ。今年の奏楽舎深川公演は、沖縄がルーツの桃原健一くんを前面に押し出して沖縄の方々にご案内してみようと思っているのでが、状況は厳しい?
近々桃原くんと一緒に、またご挨拶に来ようと思います。

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本記事は新ブログへ移行しました。
 ⇒新ブログへ

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島豆腐の冷やっこ
ゴーヤーチャンプルー
ゴーヤーチャンプルーのアップ
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あうんのシーサーの説明
第一夜に続き……
狛江市中央公民館第4会議室。

西山正啓監督が撮った沖縄
~その原点と今~
【連続上映会】第二夜
《ゆんたんざ未来世シリーズ》
チビチリガマから日本国を問う!(2010年/106分)

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第二夜が終わって総括するなどと言ったけれど、とても総括などできそうにありません。ただ、とても観客が少なかったということ。私たちの力が足りなくて、西山監督には申し訳ない気持ちで一杯です。
何度でも言います。私たちは特定の主義主張を支持するつもりはありません。ただ、知っていただきたいだけ。そのあと、あらためて考えていただければそれでいい。そんな思いでたくさんの方々とお会いしてきました。でも、私たちが一生懸命拡げようとしてきた輪とは、いったいどんなものなのでしょうか。

これからも、今のまま進めていっていいのかなあ……。

トボトボと、“中む食堂”まで歩いていきました。
今日も塩ソーキを食し……
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イカ墨の塩辛の乗った豆腐をつつき……
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きっといいんです。今日来てくださらなかった方々にも、みんなそれぞれ生活があり、もちろん事情もあり、そんな中、わざわざ足を運んでくださった方々にただただ感謝すべきなのです。

初登場の鈴木修さんです。
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文学座の研究所にいらした方。共通の知り合いも結構いるみたいです。そんな彼とどうして知り合ったのか、それは追々お話する機会もあるでしょう。
加藤新吉さんに、マージャンの負け5,000円、未払いなのを思い出した……)

今日の酒は菊乃露です。
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何があろうとも、飲み且つ食えば、笑顔になるのが人間の性。
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みんなで笑顔の写真を撮りました。ハンサム・マーキーさん、今日も来てくださいました。でもね……
「普天間の県外移設は初めから無理だよ」
笑ってはいるけれど、沖縄の人たちの思いは単純ではないのでした。

お隣で飲んでいた方々。
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狛江で生地と型紙のお店をやっている皆さんです。笑顔だったのでイチャリバチョーデーの感覚で、写真撮っちゃったのでした。

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カミサンの実家へ。
まずはトートーメーにウートートゥー。
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義母の実家が本部(もとぶ)。だから伊豆味の伊佐さんに頂いたミカンを、お土産に持ってきました。シークァーサーと、それから、えーと、なんだっけかな。
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みんなも「わからん」。

カーブチー。
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沖縄では普通に食べる。種は多いけど、みんなやっぱりこれがおいしいって。

ここへ帰ってくると、いつも思うのです。もうひとつの沖縄がココにはある。どこにも無いココだけの沖縄。これはどうにも説明しにくい感覚です。
お義母さんがいつも作ってくれるイカの墨汁。
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前回の墨汁(おんなじ器だ……)
20数年前、はじめて食べさせてもらった時は驚きました。まだイカ墨のスパゲッティなど見たこともない頃です。
それから数年後、今からちょうど20年前、荒尾美代さんという女性が、イカの墨汁のルーツを探ったという新聞記事を読みました。イタリア旅行中に食べたイカ墨のスパゲッティがおいしかったこと、ある本で知った沖縄の墨汁のこと、それから彼女は、日本中の海沿いの町に片っ端から電話をかけて、イカ墨の料理を探したといいます。すると北陸に一ヶ所、「くろづくり」の塩辛はあったけれど、ポピュラーな料理としては沖縄の墨汁以外にはなかった。いったい沖縄の墨汁のルーツはどこなのか。まず中国を調べたが中国では全く食べない。そこから一年かけて、世界の料理をチェック、するとキリスト教信仰の土地が浮かび上がってきた。ならば長崎にもあるはずだ、そうして見つけたのが生月島の“くろみあえ”。つまり、沖縄のイカの墨汁は、フィリピンあたりから、キリスト教の宣教師と共に沖縄にやってきたのではないか……。
さて、この仮説は正しかったのかどうか、その後の研究はどうなったのでしょう。

今やイカ墨料理はちっとも珍しくないけれど、20数年前の沖縄は、僕にとって今よりずっと異国でした。そしてその異国性は、手懐けられ利用されている現代のそれとは全く違うものでした。でも、沖縄が変わったのではありません。それをいつも教えてくれるのが、この家なのです。

結婚した頃の僕の土産ばなしは、東京のことばかりでした。でも最近は、僕が沖縄で会った人たちの話をすることが多くなりました。今は、その方がずっと話が盛り上がります。
今日は、又吉健次郎さんの話題です。
すると、義理の妹が踊りを習っている時に使っていたジーファーと房指輪が、確かどこかにしまってあるはずと、家捜しが始まりました。そうして見つかったのがこれです。まずは房指輪。null
これは型抜きしたようで、左程のものではないと感じたのですが……

気になったのはジーファーです。null
誰かが踏んずけたのか、曲がっているのですが、ずっしりと重い。
姪っ子は、興味なさそうに漫画を読み耽っています。
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なかなかいい形をしているように思います。
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刻印がふたつ。なんだろう。
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下の方の刻印は、文字が書いてあるようですが、最近老眼が進んで、全く読めません。
姪っ子に頼むと、あっさり「シルバー」。
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なんだって!
「すいません。このジーファー、ちょっとお借りできませんか? 明日、健次郎さんのところへ、これ持って、もう一度行って来ます。」
もしかするとこの家には、たくさんのお宝が隠されているのかもしれない。
やはり世界遺産の中城城跡へ。
中城の寒緋桜
お金がかかるからというよりも、もう時間がないので、寒緋桜(カンヒザクラ)を撮影できたから、それでよしとして退散します。
あーあ、桜祭り、行けそうにないなあ。大城先生は、桜祭り行ったのかなあ。

そういえば、中城は文豪大城立裕の故郷です。
だから大城立裕文学碑があるのです。
大城立裕文学碑

おまけ。
ふっと、舞い降りた鳥一羽。
おまえは、本当にイソヒヨドリなのか…
太ったイソヒヨドリ
だとしたら、おまえ、太りすぎだろ…  自己嫌悪。

そのあと、大好きな古本屋“じのん”さんに寄って、伝説の文芸誌、「琉大文学」を見せてもらった。しかし、第三巻の号ばかり、それでも高価なものは一冊4,000円を超える。問題の第一巻第六号からの数号は、いったいいくらで売るのでしょう。
残念ながらお目当てのものがなかったので、代わりに小生の蔵書、「新沖縄文学」のご紹介。
沖縄タイムス社、1970年18号、特集「反復帰論」。
新沖縄文学
(下の新しめの「新沖縄文学」は、ずいぶん前に、“じのん”の前身、那覇の“ロマン書房”で買ったのです。)
「反復帰論」には、大城立裕「文化創造力の回復」と、新川明「<復帰>思想の葬送」が並んでいる……。

葬送といえば、今日は、義父の命日である。
久米島出身の義父は、日本より中国が好きだと言った。それでも、東京の結婚式には来てくれた。皇居に行ってみたいというので案内したが、実は僕も初めてだった。義父は、玉砂利にいたく感心していた。
義父は沖縄タイムスの社員であった。本と酒で暮らす余生を楽しみにしていた。いよいよそんな生活ができるはずであったのに、定年退職して間もなく、心臓の病で倒れた。連絡を受けた妻は、すぐに沖縄へ向かった。那覇空港に降りて、電話を探した。運び込まれた病院で、父ちゃんはそのまま亡くなってしまったのだと告げられた。間に合わなかった。最後に、父ちゃんは「死んでたまるか」と言ったのよと、妻は妹から聞かされた。
もし東京の病院であったなら、口には出さなかったが、その時、僕はそう思った。今はあまり聞かれなくなった「島ちゃび」とは、離島の苦しさを表す言葉だが、僕はその言葉を思い出していたのだ。だが、はたして僕は、沖縄の現実をしっかりと見ていたのか、あるいは沖縄を差別していたのか、今となってはもうわからない。
亡くなった義父の財布には、生涯一度きりの、東京への旅の航空券が、大切に収められていた。僕も妻も、とめどなく涙があふれた。
それから、もう19年になる。

あれ、いつのまにか文体が変わっちゃった。これは、「社長とは呼ばないで」ではありません!

さて、本日の珍道中はここまで。わたくし、亡き義父にお線香を手向けるため、妻の実家へと参ります。
当然のことながら妻の実家はずっと沖縄タイムスを購読。従って、先日の琉球新報のわたくしめの記事を、皆さんは読んでいらっしゃいません。というわけで、その新聞を、義理の弟の奥方が、勤務先の古新聞の中から探して出して持ってきてくれました。
それをバアちゃんは、そっとトートーメーにお供えしました。
トートーメー
19年間、毎朝毎夕届いた新聞は、まずここに供えられます。もしかすると、琉球新報がここに置かれたのは、はじめてのことなのかもしれません。来月からは夕刊がなくなります。不況と、インターネットの所為。
とうちゃん、淋しいだろうなあ。

イカの墨汁です。
イカの墨汁
「おかわりしなさい。」
「はい」
でもすごいカロリーなんだよね。また太る、心臓にもいいわけない。
でもやめられない…… 
自己嫌悪。
旅の続きへ



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高山正樹 Masaki Takayama
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