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身体メンテナンスを昨日から始めた。だから飲み屋通いは少し控える、などと言ってはみたものの、なかなかねえ。新宿で東京奏楽舎の合わせが終わっての帰り道、こういう時でなければ行けないからと代田橋へ。
“たきどぅん”は何故か今日もお休み。
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提灯に明りが灯っているが、これは“たきどぅん”のものじゃない。
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お隣の“SABANI”の提灯。
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前々から一度は来なければと思ってはいたのだが、なかなか来る機会のない沖縄タウンで“たきどぅん”をスルーするわけにはいかない。だから今日は“SABANI”初体験には絶好のチャンスと、そそくさと中に入った。サバニとは古くから沖縄の漁船のこと。
若いお客さんでいっぱい。
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“たきどぅん”では滅多にこんなことはない。そりゃそうだよね。若い女の子を連れてくるのなら、その女子が特にコアな“沖縄病”にでも罹っていない限り、男子はこっちの店を選ぶだろう。
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プリン体のビールは避けて、まずはこんな飲み物から。
シークァーサーのサワー。
効果は不明。気持ちの問題。
ホッピーと同じように「ナカ」と「ソト」を別々に注文できる。最近できた商品らしい。
“たきどぅん”で出しても似合いそうな代物。でも二番煎じはやらないね、きっと。

お通しはパパイヤのキムチあえ。
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もひとつお通し。
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なんだかわかんないけど、なかなか美味。ほんちゃんの肴が楽しみになる。最近、数人で飲みに行くと、2~3種類のお通しを出す店があるけど、これって一種の宣伝なんだな、きっと。

石垣牛のたたき。
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アップ。
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モズクのヒラヤーチー。
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小麦粉だけのヒラヤーチーじゃあ金取れないという意気込みを感じるね。
ソーミンチャンプルーを頼んだら、「うちのは変わってますよ」ときた。望むところだ。こちとら本場モノと違うなんて単純にケチつける客じゃない。
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なるほどね。海ぶどうって、左程に美味いものだとは思わない。でも一種の流行で、いろんな店が色々と工夫を凝らしているけれど、あんまり成功した例を見たことがない。しかし、これはなかなかである。といっても海ぶどうがメインということではなくて、このソーミンチャンプルー、フーチバーが入っていて結構匂いがきついのだが、海ぶどうがフーチバーの癖を消すことなくこの料理をさわやかにしてくれている。それにしても嫌な人は嫌かもしれないが、ボクは丸である。
紅芋のポテトサラダ。 ん?なんか変だね。芋がかぶってない?サツマイモの焼いもみたいな。
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でも、「紅芋サラダ」じゃなくて「紅芋のポテトサラダ」は言いえて妙。

タコそば。タコライスの沖縄そば版。
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交ぜて食う。
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メニューは豊富である。メンテナンス中の身にはつらいねえ。
確かにベタな沖縄を期待したら「違う」ってなことになるのかもしれないが、決して沖縄を裏切ってはいない。好印象である。

オーナー店長の野崎洋平さん。頂いた名刺にはサバニの絵、肩書きは「舵取」とあった。
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年に何度も沖縄へ行くらしい。自分なりに感動した沖縄を伝えたくて店を始めたのですという言葉に納得した。

泡盛も豊富である。
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お勧めを聞いた。「僕が好きなのは……」といって出てきた酒がこれ。宮古島限定の豊見親。メニューにはない。
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「僕が」というのがいい。客は、客観性より店主の主観と独断を信頼するものだ。信頼すれば、酒はさらに旨くなる。

「舵取」の野崎さんに、正直に“たきどぅん”の話をしてみた。あちらは沖縄のお客さんが多い、住み分けができればいいと野崎氏は言った。それに対して、あっちへ行くお客さんもこっちに来る、ココのお客さんだってあちらにも行く、そんな風になればいいんじゃないのとボクは言った。

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本当は、店に入って「いの一番」に頼んだものはこれだった。
今年の2月に深夜のテレビ番組で紹介されていた“どぅる天”。いつかこいつを食べてみたいと思っていたのだ。しかし画像がピンボケで申し訳ない。衣を割って中のドゥルワカシーも撮影したのだが全然使えない。
結論。おいしい。ドゥルワカシーはやっぱり“じんじん”のあの素朴で深い味がいいのだが、これもありである。
また必ず来ると決めた。その時にあらためて“どぅる天”と中味のドゥルワカシーを撮影して紹介しよう。

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お店の女の子。鼻眼鏡になるのが印象的。おいしいとメガネが落ちるんですよ、なんて大村昆のコマーシャル、知らねえだろうなあ
残念ながらこの画像もピンボケでした。
また今度ね。

しかし、こういうネタがあるから、身体に悪くても居酒屋通いはやめられないのだ。明日の朝飯を抜けばいいや。

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甲州街道から明大前駅への道、すずらん通りを入ってすぐ右側に“宮古”という沖縄料理の居酒屋がある。
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真っ赤で目立つ。ここのところ毎日のように自転車で脇を通っているから気になって仕方がなかった。あさやさんにもあそこにあんな店があるぞなんて言われたし。

5時まで待って田嶋くんと入店。
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苦い。いいねえ、夏バテ解消。宮古ではゴーラという。
アップ!
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血だってサラサラになりそうだ。

しかし、一向に痩せない。もう少し若い頃は、芝居の本番に合わせて痩せるなんざ簡単だったのに、近頃すっかり新陳代謝が悪くなったのか、燃費のいい体になってしまった。
健康のためのダイエットなんてくそ食らえだが、役柄に合わせて痩せるのが苦しくなったのはちとツライ。

とはいえ、食いたいものを我慢するというのはポリシーに反する。今日だけは芝居のことは忘れちまおう。あさや先生ご勘弁を。

宮古焼き。
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いわゆるオムそばのそばを沖縄そばの麺にしたやつだな。宮古島の料理というわけではなくて、ここ“宮古”という店のアイデア料理らしい。それにしてもカロリーは間違いなく高い。

ソーメンチャンプルー。
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麺がちょっと違う。普通のソーメンより黄色くて水分が少ない感じ。理由は不明。小生はべちゃっとしてなくて好き。

島ダコの掻き揚げ。
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美味いねえ。しかし油だからねえ。

ゴーヤーとナスの味噌炒め。
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もう油だらけ。最高! 体に悪いものが美味いのだ!

でも本番前です。明日は朝食を抜いて帳尻を合わせる予定。

8月25日水曜日: 首里製麺の沖縄すば

残念ですが、刈り取りました。
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でも嬉しいニュースもあります。長男から四男まで、四つのゴーヤーを実らせた後、まったく雌花をつけなかった沖縄タウンで貰った苗に、新しい実が出来ました。
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色々ある今年のゴーヤーですが、思い起こすと去年のこの日のゴーヤーは、まだほんとに小っぽけな赤ん坊が一個だけだったのです。それと比べたら、今年はなんと優秀なことか。

他にも新しい命が生まれています。
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もっとないかなと探していたら、また切らなきゃいけないのを見つけちゃった……
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明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

このところ、こんなふうに朝まず事務所でゴーヤーを眺めて、そして自転車乗って代田橋へというパターンが毎日続いています。
午前中2時間稽古して昼休みというのも毎日同じです。
今日は沖縄タウンの首里製麺に行きました。
頭からゴーヤーが抜けない僕が注文したのはゴーヤーチャンプルーのセット。
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小盛りの沖縄そばが付いてます。それにミニソーキをトッピング。
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この店のソバは「沖縄ダシ」か「首里ダシ(この店オリジナル?)」のどちらかが選べます。「首里ダシ」の方がちと高い。今まで何度か来ました。そして何故かいつも「首里ダシ」を頼んでいました。感想はその時にも書きましたが、「おいしいけれどネイティブな味とは違う」。でも、それでいいんだと思います。おいしければ問題なし。ただ、これが沖縄の味であるかのように知らないお客さんに喧伝している感じが少し気になったのですが。
さて、セットのソバは「沖縄ダシ」しかないみたいで、初体験でした。

さて。
うーん……、「首里ダシ」一本にすればいいのに……

沖縄についてなんにも能書きを言わないようなお店なら、これもあってよいと思うのですが、少なくともこのスープを「これが“沖縄ダシ”だ」みたいに売るのはどうかなあと、この日の僕は思ってしまったのでした。でも、もしかすると、今日は僕の口の方がおかしいのかもしれません。なんと表現したらよいのでしょうか、全く体を動かしていない日に、いつも食べているものが、少し塩辛く感じるみたいな、そんな感じ。
もう一度必ず近い内に来て、今度は普通に“沖縄ば”を頼んでみようと思っています。その時はご主人ときちんと話してみよう。久保頼野先生に御報告するのはその後で。
(文責:高山正樹)
 ⇒久保頼野先生その1
 ⇒久保頼野先生その2


※実はこの記事、8月の19日に書き始めたのですが……
今日(24日)と明日(25日)の画像がないのです。その原因は、デジカメをなくしたから。
 ⇒どうして無くしたのかを書いた明日の記事を読む
時系列が無茶苦茶でごめんなさい。。

まずはこの日、つまり今日、もうお昼。まずはソバを食べに行くことにしたのです。那覇の久米にある玉那覇ウシ商店へ。
しかし、さて、その画像がありません。どうしよう……

(……と思案しているうちに、10月になってしまいました。)
しょうがない、もうこうなったらなんとかしましょう。
まずはネットで玉那覇ウシ商店を検索して、よさげな画像のあるブログ記事へのリンクを貼っておくことにしました。
 ⇒http://blogs.yahoo.co.jp/kitamae_suba…

この玉那覇ウシ商店ですが、今はもう大阪に引っ越してされてしまった長島さんに教えてもらったお店。一日50食限定の手打ち麺で値段もすごく安い。女性ばかりのご家族でやっていらっしゃるようですが、これで生活していけるのかと心配になるくらいでした。
それ以来、沖縄へ来る度、時間があれば食べに来ました。個人的には、今まで食べた沖縄ソバの最高峰です。通常、沖縄ソバは油麺ですが、ココは生麺で、そのコシがすばらしいのです。

前回来た時、たまたま麺を練っているところに行き合わせました。そこで僕が「一日50食では大変でしょう」と、余計なことを口走ったのですが、「本当はもっと作りたいのだけれど、50食が限界だ」と、正直に答えてくださいました。

ところが、今日は少し違っていたのです。まず値段が上がっていました。「諸物価の値上がりにより」というような張り紙がしてありました。でもそんなことはどうでもいい。もっと高くてもいいのです。そうではなくて、楽しみにしていたコシが、残念ながらなかったのです。何が原因なのか、それはよく分かりません。生麺は扱いが難しいというハナシも聞くし。

次回、もう一度挑戦しよう。今度はきちんと「カタメで」とお願いしてみようっと。
今日のところは画像がなくてよかったのかも、です。

旅の続きへ

《追伸》
去年の2月の長島さん
長島さんへ。
山猫合奏団を沖縄に呼ぶために、あんなに一生懸命手伝ってくださったのに、当時はなかなか実現困難で、やっと沖縄に来れたのに、そうしたら長島さんがそこにいないなんて、神様は何を考えているのでしょうか。本当に残念です。

いつの日か、長島さんの住んでいらっしゃるすぐそばで、山猫合奏団の公演が出来ることを切に願っています。その時は、是非ともご家族みなさんをご招待したいと思っています。
そんな日が、一日も早く訪れますように。
(10月4日記)


恩納村のホテルに泊まっています。
朝食の後、ゆっくり新聞を読みます。
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山猫合奏団関連の記事をいくつか見つけました。記事の内容は山猫合奏団のOfficial_Blogでお読みください。
 ⇒http://lince.jp/lince/topics/sinpookiji…

目の前は海。あんまり天気はよくなさそうですね。
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見える大きな建物はムーンビーチホテル。つまりその向こう側にムーンビーチが広がっているのです。
ちょっと手前にはルミさんのお店“フラワーショップ華絵”が見えます。
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今回のツアーの宿は全て恩名村のライオンズクラブが用意してくださったのですが、それはルミさんの大きな尽力があったからこそなのです。旅費を出してくださった名護市民会館同様、ルミさんがいなければ、やはり今回のツアーはきっと実現しませんでした。高いところから見下ろしながらではありますが、ほんとに感謝感謝、合掌です。

でも、こんなに高い場所なのに、残念ながらこのホテル、ネットがつながりません。向こうに見えるムーンビーチホテルのロビーには自前のPCをネットに繋げる設備があるらしい。そこで高山正樹は、PCを持ってそこまでトボトボ歩いて行きました。

その間、宇夫方路女史は、ルミさんの車に乗せて貰って、明日から山猫合奏団全員で合宿するペンションの下見に行きました。
こんなとこ。
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もちろんここも、ライオンズクラブのメンバーのお一人が提供してくださったのです。すでに冷蔵庫には肉がたくさん。お米も、レトルトカレーもある、何から何まで、本当にありがとうございます。内部の様子はいずれ。

結局、高山正樹はメールなどをチェックするくらいしかできませんでした。ブログの更新もお預けです。
※じゃあこの記事は何だってか?つまりこの記事は、ずーっとあと、8月3日に書いているのです。

すごいスコールが降ってきた。そんな中、沖縄市のコリンザへ出発です……

……到着。
コリンザに入ると、お弁当やら飲み物やら、買って飲み食いできるスペースがあります。そこに、うるま市の物産品を販売しているコーナーもあって、森山さんの石鹸も販売されていました。

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やっぱり人気らしい。M.A.P.販売サイト楽天市場“沖縄map”では、さらに進化した本土向けスペシャル版が買えるんですよ。
お得なお試し版もあります。

さあ、山猫合奏団の会場入り口の看板です。
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こんな客席。
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受付はキジムナーのスタッフの皆さんがやってくださるのですが、私たちはグッズを売るからね。準備しなくちゃ。
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気がつけばもうお昼。雨は止んでいるので、表に出てみることにしました。
街が寂しいのは昨夜と同じ、シャッター通りが続きます。でもところどころとっても賑っているのも昨夜と同じ、そういう店にアメリカーがいるのもやっぱり同じ。ただ違うのは、夜と違って昼だから初めてでも気楽に入れる感じ。

ここに決めました。
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沖縄で最初のタコスのお店。チャーリー多幸寿。沖縄で最初ってことは日本で最初ってことですかねえ。それは不明です。
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キジムナーフェスタのポスターとAサインバーの標識。
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 ⇒Aサインバーの記事を読む
お店は観光客と思しき人たちで一杯でした。
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しかし……
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重かった……
沖縄県は男性メタボ率第一位。

その頃、楠定憲氏と大島純氏は沖縄そばを食べていたらしい。
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(楠定憲氏撮影のスナップ写真)
旅の続きへ

《7月17日-4》
トミヒサさんに、色々と高江の説明をしてもらっていたその時、ふとすぐソバの木になにやらゴソゴソとうごめくものが。
なにやらゴソゴソとうごめくもの
キノボリトカゲ。トミヒサさんが教えてくれました。環境庁指定の絶滅危惧種です。
キノボリトカゲ

トミヒサさんたちは、ここで寝泊りしているわけではないのですが、突然ブルドーザーがやってきた時、身体を張って工事を阻止するために、昼間は毎日ココに詰めているのです。
テントの様子1 テントの様子2
今日は地元の方はいらっしゃらないようでした。
そんな仲間の一人の青年が、このテントのすぐソバで撮影したという動画を見せてくれました。
ビデオカメラに写ったノグチゲラ
ノグチゲラです。沖縄県の県鳥。開発による生息地の破壊、また人為的に持ち込まれたジャワマングースなどに食べられて、その数は減少し、1972年に国の天然記念物、1977年に特別天然記念物、1993年には国内希少野生動植物種に指定されるという「輝かしい」経歴を持った鳥です。そうした生き物が、ココでは簡単に見れるのです。撮影した動画は、いずれネットにアップするとのこと。

その彼に、希少価値の全くない我々を写してもらいました。
デジカメで撮影する青年 N-4ゲート前の高山正樹と富久さんと宇夫方路
彼の腕が悪いのではありません。主役は背景のN-4ヘリパッド。我々なんかどうでもいいから、画像をトリミングしちゃいました。

ここでは、トミヒサさんはみんなから親しみを込めて(?)チョロキュー、じゃないトミキューさんと呼ばれています。

ちょうどお昼時。チョロキュー、じゃないトミキューさんに案内してもらって“夢欄(ムーラン)”というお店に行きました。
“夢蘭(ムーラン)”
と、いきなりスコールです。
スコールで濡れる椅子
まあすぐに収まると思ったのですが、あんまり激しい雨なので席はビショビショ、もう晴れても、すぐには座れそうにありません。残念ながら眺めのいい席はあきらめて、雨の吹き込まないところへ行ってお食事にしました。
“夢蘭”の建物は殆どご主人の手造りです。今も改築中。屋上のテーブル席に屋根を作っている最中でした。
“夢欄”のご主人と一緒に
沖縄ソバにはもれなくモズクが付いてくる。
沖縄ソバとモズクを食べる
高山正樹は食後にぜんざいも食べました。
ぜんざい
さらに旬のパイン。ご主人のサービスです。ホッペタが落ちそう。
パイン

間もなく、雨はすっかり上がりました。さっきの雨がウソのようないい天気。自然豊かなヤンバルの森を見渡すことが出来ました。
ヤンバルの森
僕は生物多様性についてややっこしいことを書きましたが、要するに人間とはエゴから逃れることはできないよ、きれいごとを聞くと眉に唾をつけたくなるよ、ということを申し上げたかったのです。なにしろ、生物多様性から受けた先進国の恩恵分を、その生物が生息する発展途上国にお金で支払えみたいなことになっているのですから。

しかし、この森を実際にこうして眺めていると、やっぱりこの自然は無条件に守らなければならないという気持ちが沸き起こってきます。この感覚は理屈ではなく、もしかすると、人間の太古のDNAが影響しているのかもしれない、なんて思ってしまうのです。

この後、もうひとつのテントが近くにあるというので、トミヒサさんに案内してもらいました。
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4月25日の東京沖縄県人会総会でお会いした関東沖縄IT協議会の副会長、今井恒子さんからお声が掛かり、今日、沖縄経営者協会・関東沖縄IT協議会合同懇親会で踊ってきました。
音楽もテープではなく、贅沢にも持田明美さんに三線をお願いして、「かぎやで風」と「貫花」を踊りました。「かぎやで風」から「貫花」へ、私の着替えの間に、持田さんには一曲「恋の花」もご披露いただきました。

この日持田先生に開口一番「高山さんは?」と聞かれたので、「お金の計算してます」と答えました。
今日は三線教室琉球舞踊教室などのサークルや、キジムナーフェスタなどのイベントの宣伝もさせていただこうと意気込んで来たのですが、二人とも出し物の準備と片付けで余裕がなく、こういう場合は出演しない別の人が来て、会場でうろうろする必要がありそうです。
持田先生曰く、「高山さん、計算している場合じゃないよ!」

持田先生イベント出演情報
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…
持田さんの参加するユニット“シーサーズ”のyouTube
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…

今井さんからお土産に沖縄そばを頂戴しました。
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持田明美・宇夫方路のコンビ。なかなかいい感じ。持田先生、これから売り出しませんこと?
(宇夫方路)
【24日追伸】
“おきなわの声”の編集長、金城驍さんが懇親会での踊りの写真を撮ってくださっていたので、写真くださいとお願いをしたところ、まだフィルムが残っているからもうちょっと待ってねと連絡がありました。デジタルカメラじゃなかったのね。
というわけで、写真を戴いたら改めてご紹介いたします。

“狛食”にお昼を食べに行ったけど、閉まってた。だから道を隔てた向かい側の“中む”でお昼を食べることにした。

中む食堂のランチ。
沖縄そば、680円。
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小鉢は西表の石垣君のお母さんが送ってくれた瓜の煮物。
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冬瓜に似ているが冬瓜ではないらしい。冬瓜より若い感じ。
冬瓜の日は4月10日だよ)

昼限定のデザート。
さんぴんブリュレ、380円。
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美味しかった~。
前もって注文すれば夜でも食べられます。

夕方、西山監督の映画の上映会を宣伝しに、あらためて“狛食”へ。
そうしたらびっくり、奥様の康子さんがリュウマチになってしまわれて、今歩くこともママならないとのこと、とっても心配です。そのために沖縄からお母様がいらしていました。お名前は福本ちえ子さんです。
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福本さんは前にもお話しましたが、いわゆる「ひめゆりの生き残り」の方のお一人でいらっしゃいます。

沖縄の福本さんのお宅は桑江知子さんの実家とお隣同士で、康子さんと桑江知子さんは姉妹のように育ったのだそうです。昨日お母様は品川パシフィックホテルに桑江知子ショーを観に行かれたのだとか。康子さんにはとっても申し訳ないけれど、けっこう楽しんでいらっしゃるご様子でした。明日の上映会のご案内もしましたが、釈迦に説法、もしかすると東京に来てまで、沖縄の現実を描く映画をご覧になる気にはなかなかならないかもしれませんね。
(宇夫方路)


「ところで“中む”に上映会のチラシを張ってもらった?」
「あれ、もうチラシ、渡してたんじゃなかったっけ」
「上映会をやる資格ないんじゃないか」

沖縄から遠く離れた東京で、沖縄の方々の切実な思いを、私たちは本当に共有できているのでしょうか。上映会などを企画しているにも関わらず。あやしいものです。

でも、「沖縄の方々の切実な思い」って何なのでしょう。
4月25日の県民大会に、またぞろ9万人は集まっていないという話もあり、集まって来たのはいわゆる左翼系の運動家たちで、地元の商店の人たちなどは商売にならずに迷惑していたというまことしやかな話もあり、あるいは、確かに地元の人たちの多くはさほど盛り上がっていないようだが、それは色々としがらみがあるからであって、実は大きな声をあげてくれる運動家たちに、ひそかに期待しているのだという話もあり、いやそれどころか、基地だらけの沖縄、58号線以外に抜け道などなく、こういう日の渋滞は想像を絶し、その渋滞につかまって読谷にたどり着けなかった人を数に入れれば9万人をはるかに上回るのだという話もあり、いったい何が本当なのか、東京にいてはさっぱりわからないのです。

そこで、東京から嘉手納へ帰った宮城文子さんに電話で聞いてみることにしました。するとみんな結構盛り上がっているとのこと。その答えは、ちょっとうれしくて、でもこれからの沖縄の人たちのことを考えると、諦めや憎しみがたくさん生まれそうで、だからちょっと心配で、なんだか複雑な気持ちなのでした。

それから、義母にも聞いてみました。
「なるようにしかならんから」
特に基地について、身近な誰かと話をするようなこともないようでした。
例の人間の鎖(※)の時、たまたま傍を通ったそうです。
「すごかったさあ」
※(朝日新聞HP:5月16日より)「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を『人間の鎖』で包囲し、無条件返還を求める運動があった。土砂降りの雨の中、主催者発表で1万7千人が参加。基地を取り囲む約13キロの輪を完成させた。」
これについても、実は輪は繋がらず、途中数百メートル途切れていた箇所があったとか、日本全国から運動家がやってきて、地元は迷惑だったとかいう類いのハナシも、インターネットでは多く見られます。

義母は、ずっと基地の中で働いていました。義理の妹が踊りをやっていたのですが、その道具などは、基地の中の作業場で米兵に作ってもらったこともあったようです。一方で、戦果アギヤーの端くれでもあったということは前にもお話ししました。
 ⇒戦果アギヤーのこと
まるで人ごとのように「すごかった」と言った義母ですが、続けて、こうも言ったのです。
「涙が出たさあ。なんにもできない自分が恥ずかしかったさあ」
僕は、この義母の気持ちを大切にしたいと、今、心から思っているのです。
(高山正樹)

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3月 4日木曜日: 琉球舞踊教室と沖縄そば

厚木の教室に来ている山田さんと安藤さんは沖縄出身のご姉妹です。お二方ともこちらへお嫁に来ました。先日、お母様のトゥシビーのお祝いがあって、沖縄に行ってこられました。そして今日、その時の引き出物のお菓子をわけてくださいました。
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トゥシビーとは今年の干支の人のお祝いです。今年のトゥシビーは旧暦の1月8日(新暦2月21日)でした。
 ⇒トゥシビーについての記事を読む
お祝いのお菓子をいただいて、「あやかって」ということですね。
「あやかーり」
「あやかーゆん」

あやかってね、あやかりますって感じでしょうか。

この3月から、厚木教室が第1第3木曜日、終わるのが午後5時。狛江の教室が毎週木曜日の午後7時からなので、なかなか忙しいのです。
稽古が終って、みんなで中む食堂に沖縄そばを食べに行くことにしました。
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でも、稽古が終わってからは、たーみー(金城さん)はダイエット中なので沖縄そばのような重いものは食べません。ゴーヤーのおひたしでお付き合い。
それにしても量が多くて、りえちゃんとすゞ子さんは食べきれませんでした。

例の、極辛石垣仁ラー油のラベルです。
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石垣君の手作りと聞いて、みんな「売ったらいいのに~」
そしたら石垣君、「売ったらまずいでしょう~」
確かに!
(宇夫方路)


代田橋の東放学園。
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スタジオでの稽古は今日が最後。

ということは、代田橋沖縄タウンにも、もうなかなか来られなくなるということ。
ならばお昼はそこで食べよう。
あれ、やけに人が多い。
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あ、そっか。昨日の17日は“沖縄そば”の日。
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『沖縄大百科事典』「沖縄そば」の項より抜粋。
「麺は平打ちのうどんに似て小麦粉で作り、ゆでて油をからませる。昔は灰汁(あく)の上澄みを使ってねり平打ちにしていたが、現在はほとんどみられない。」
木炭のはなし

日本の全国生めん類公正取引規約には、そば粉が30割以上使われていないと「そば」と表示してはならないとある。だから小麦粉100%の沖縄そばの「そば」はこれに抵触しているとして、復帰して4年後、1976年に名称の変更を余儀なくされた。
しかし「そば」は琉球王国の宮廷料理。したがって「そば」は伝統的な呼称だったのだ。粘り強い折衝を重ね、1977年10月17日、ようやく「沖縄そば」という名前の使用が許された。許された? おかしな話。県内のみ許可。なんともお役所仕事。
翌78年のやはり10月17日、名産・特産扱いという裏技を使って、ようやく全国で「沖縄そば」の名称使用が可能となった。
(といっても本土への移出認可は1987年でありましたが。ちなみに元来宮廷料理の「沖縄そば」は明治になってからも一部のお金持ちの食べ物でした。庶民も食べるようになったのは戦後のこと。)

1997年、沖縄生麺協同組合が10月17日を「沖縄そばの日」とした。

というわけで、イベントを今日18日の日曜日にやっているわけだ。
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こんなプログラム。
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おや、“たきどぅん”もやってる!
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「イベントのある時は昼も開けるのよ」、だって。
今日だけソーキそば1000円が850円。八重山そば700円が500円。
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店頭では油味噌とジューシーとポークたまごのおにぎり販売中。全部買いました。おいしかった。ご馳走様。
それから、たいがいいつも“たきどぅん”より混んでいるお隣のお店。
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ちょっとおしゃれ。
残念ながら、入ったことがないのでコメントできません。今度、是非お邪魔したいと思っているのですが。

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高山正樹 Masaki Takayama
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