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《8月6日(土)~7日(日)》
長く居座った大迷惑台風もようやく去った様子。高橋進さんと那覇で食事をすることに。井上真喜ちゃんも呼んで、パラダイス通りの“CHIKI”に行くことにしました。
ところが……
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「え?どうして?」
真喜ちゃんも、“CHIKI”が閉店したのは知らなかったらしい。

ともかく、仕方ありません。店を変更しました。
久しぶりの“苗”です。
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さっそく“かつを飯”を注文。初めて撮影。
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あんまり上手く撮れなかったけれど。
このお店、何を食べてもおいしいのです。ついつい沖縄っぽくないものを注文してしまいます。
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高橋さんと話したハナシは後日報告。

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なかじんさんも呼んじゃいました。なかじんさんに“CHIKI”のことを聞いたら、なんでもご主人の御親戚の事情だとか、残念だけれどしょうがないですね。
[subcate.なかじんさん]

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“苗”の名物ご主人


白石准と楠定憲は無事羽田に到着したらしい。
さて、なかじんさんと高橋さんはお帰りになり、しかし、我々が乗る飛行機が那覇を発つ午前4時までにはまだだいぶ間があります。
こんな時はやっぱりパラダイス通りです。

ななしん屋でしっかり時間を潰して、ボチボチよき頃合。
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[subcate.ななしん屋]

井上真喜ちゃんは最後まで付き合ってくれて、空港まで送ってくれました。
大々感謝であります。
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このお礼は次回必ずね。でも、今度はいつ来れるのかなあ。
まさか避難なんて、そうじゃなければいいのだけれど。
途端になんだか憂鬱になってきたのでした……。

ともかく、2011年の沖縄ツアーは以上をもって無事(?)終了です!長い間ご愛読ありがとうございました、って、まだ暫定記事ばっかりですけどね。

旅の始まりの記事へ(順番に読むことが出来ます)


《8月6日(土)-3》
FM世田谷“せたがやじーん”以来のラジオ生本番でした。

すいません、ちょっと先を急いでいるので。とりあえず画像だけ。
パーソナリティーの高橋進さんと記念撮影。
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 ⇒高橋進さんのブログ記事
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後日、諸々必ずお話しします。


《8月6日(土)-2》

第46回琉球古典芸能コンクール。

後日書きますが……
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【この日久しぶりに呟いた3連発……】
16:23~54

琉球新報ホールで舞踊コンクールを見ています。新人賞の女踊り。一切拍手禁止、妙な緊張感。

今FM局からのお迎えを待っています。本日6時から糸満のFMタマンの生放送に出演。打ち合わせ無しのぶっつけ本番です。

生放送の後、那覇で2時くらいまで飲んで、深夜4時発のスカイマークで東京へ戻ります。沖縄の皆さま、大変お世話になりました。又来ます。



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11月 1日火曜日: 台風の中を出陣

《8月6日(土)-1》
あの大震災から149日目……
朝6時半、天気予報によると、なんとか今夜の飛行機は大丈夫そうなのだが、しかしいっこうに台風の勢いは収まる気配を見せない。
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嘉手納の銘菓を食べながら……
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こんな感じ。
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本日の予定。
白石准と楠定憲は、今夜の便で東京に帰る。それまではここでしっとり過ごすらしい。致し方なし。
宇夫方路はもう少し明るくなったら、家元の稽古場へ行く。実は本日、関りえ子琉球舞踊研究所のメンバーが、コンクールの新人賞を受けるのである。そのための最後の稽古とコンクール本番の手伝いに琉球新報ホールへ行かなければならないのである。
そして小生、高山正樹は、宇夫方女史を稽古場まで送り、そのまま取引先廻りである。数件回り終えたら糸満までレンタカーを返しに行き、那覇に戻ってコンクールの本番を見ようと思っている。

お目当ての出番が終わったら、また糸満へ。急遽糸満のコミュニティラジオの生本番に出演することになったのである。そして深夜のスカイマークで帰るという予定。

ああ忙しい。

午前8時、風雨は相変わらずだが、だいぶ明るくなってきた。ということで僕らは出発。津堅さんにはマンションをお貸しいただいて、本当に助かりました。感謝感謝です。

一階ロビー。土嚢で水の浸入を防いでいる。
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しかし、町はすごいことになっている。
道の真ん中からは水が噴き出しているし……
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街路樹は倒れているし……
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取引先でのお仕事については後日報告ということで。
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11月 1日火曜日: 台風の散歩は迷惑だ

《8月5日(金)》
あの大震災から148日目……
那覇のビジネスホテル。
朝、目が覚めてトイレに行こうとベッドから降りると、足が冷たい。なんだと思ったら、床に敷かれたカーペットがビショビショに濡れている。

どうやら横殴りの雨がサッシの隙間からしみ込んできているらしい。特にガタついた窓ではない。つまり、沖縄の台風恐るべしなのである。
小さな部屋である。大きな荷物を入れておくような棚がないので、荷物は床に放り出してあった。たまたま窓から離れた入り口の方に置いてあったから助かったが、あと小一時間もしたら、着替えから紙の資料まで、大変なことになっていたに違いない。

今晩も宿泊予定のホテルである。部屋を変えて貰おうとフロントに電話を入れた。しかし、どの部屋も同じような状況らしい。

事の顛末は後日書けることを書こうと思うが、結局、今日も飛行機が飛ばずに東京へ帰れない白石准と楠定憲と、みんなで那覇にある前NHK交響楽団首席トランペット奏者、津堅直弘氏所有のマンションに転がり込むことになったのである。

いたる所で信号が壊れている。
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殆どの店が閉まっているが、ただ一軒、地元のスーパーが営業していて助かった。
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ここで買出しをしてマンションに篭る。
それぞれが、持参したPCをいじくる以外やることがない。
沖縄で10階以上のマンションなんて滅多にない。避難しているらしい船が見える。
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夜になるとますます恐ろしい感じになってきた。
なんとか窓に当たる雨のすさまじさをカメラに収めようとするのだが、なかなか上手くいかないのである。
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「このくらいの台風、どうってことないさ」と、壁に掛けられた津堅のトランペットが笑っていた。
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それにしても時速数キロとは。犬の散歩じゃないんだから、いくらなんでももう少しスピード上げられないもんかいなあ。


《8月3日(水)-2》
名護での本番は夜である。少し時間があるから、今年も、宇夫方女史と高江まで行ってみることにした。日本は震災でとてつもないことになって、みんなそちらにばかり気を取られているが、高江はもっとずっと前から大変なことになっているのだ。

途中、再び辺野古の海を通る。しっかりと写しておこうと車を停めた。
大浦湾は近づく台風の影響でざわめいている。
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しかし、その波が砂浜までやってくることはない。
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波は沖合いのリーフに当って砕け、轟音は風の音にかき消されてここまでは届かず、白波のスローモーションを、まるで別世界の出来事のように眺めるのみである。
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海は、台風の大きさを知らせているはずなのだが、この島のことを知らぬ旅人には、その警告はなかなか理解できない。
 ⇒寄せる波が破壊し返す波が奪い去る

一年ぶりの高江。是非とも去年の記事も読んでいただきたい。
 ⇒高江のこと知っていますか?【米軍海兵隊の北部訓練場】
 ⇒ヤンバルの高江は自然の宝庫《キノボリトカゲ・ノグチゲラ》
 ⇒高江で見つけた看板の表と裏【マングース対策事業で仕掛けたられた罠】
 ⇒危機一髪!アメリカ海兵隊から逃げる

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「お久しぶりです」
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でも、なんだか今日は騒がしい。たくさんの車が並んでいる。
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なんでも、車でバリケードを張っているのだという。
防衛局の職員がウロウロしている。
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彼らはこうして車をチェックし、場合によってはナンバーを撮影して、あとで駐車違反などで摘発するのだと聞いた。
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「やり方が陰湿だよ」

突然今日、ヘリパッド建設工事の準備調査のために現われたのだという。
「もうすぐ台風が来るんですよ。あんたたちがいると、台風の準備しなきゃいけないのに、それができないんですよ。なんで今日来るか。帰ってください!」
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なるほど、そういうことか。今年の旧正月にもそんなことがあったっけ。沖縄の人たちにとって、旧の正月がどういうものか、知った上でのこと。新正月なら日本中から批判されるが、旧正月では多くの日本人は忙しく働いていてニュースにはなりにくい。台風だって、内地のそれとはまったく威力が違う。台風に備えておかないとどういうことになるか、下手すれば命にだって関わるというのに。
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彼らは、本当に日本人なのだろうか。というより、これが日本人の正体なのかもしれない。
しかし、そういう俺は、いったい誰なのだろう。
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今年も夢蘭(むーらん)でお昼を食べることにした。台風は近づいてきているけれど、雨は降りそうもない。でもたとえ雨が降ったとしても、きっともう屋上席にはおじさん手作りの屋根が完成しているはずだ。

あら?
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おや?
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「おじさん、屋根は?」
実はおじさん、ちゃんと屋根を作った。すっごく頑丈なやつ。ところがこの前のでっかい台風の時、それが羽みたいになっちゃって、あんまり頑丈に作っちゃったもんだから、家ごと飛びそうになって、えらくおっかない思いをしたんだそうで。台風が去った後、すぐに取り壊したのだとか。
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「そういうことなわけよ。」
「ふーん」
それにしてもこのおじさん、新城亘先生にソックリじゃありませんか。これから夢蘭のおじさんのことを高江の亘しゃんしぇいと呼ぶことに決めたっと。

お食事は今回もここで。
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今年もパインを頂いた。サービス。
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「ヘリコプター来るの?」
「最近多くなった。真夜中、すごい音でさ。真っ暗だろ。ヘリコプターは明かり点けてないから。家の屋根にライトつけてるんだけど、突然その明かりの中に真っ黒いのが現れるわけさ。恐ろしいよ」
「真夜中、ひでえなあ」
「もう慣れた」

「高江のヘリパッド工事、賛成している人もいるんでしょ」
「農協から金借りてたり、補助金もらってたりするとね、なんとなく反対って言えない」
「みんな反対なんですか」
「基地があったほうがいいなんて誰も思ってないんじゃないかね」
「賛成派の人たちと話したりしないんですか」
「しないさ。でも向こうの集まりに酒もっていったりする、基地の話しなんか何にもしないで一緒に酒飲んでくるだけさ。でもそうしているうちによ、ポロっと本音が出てくるわけさ、ホントは基地なんかいらないってさ」

世界がややこしくなければ、基地など無いほうがいいに決まっている。その至極当たり前なことが、世界がややこしいから、基地のハナシは政談になる。
もともとこのM.A.P.after5なるブログは会社のブログである。政治のハナシはしない、というのが基本方針。それは今も変わってはいない。
ただ、沖縄の基地のことは、日本人の誰もが考えなければならない問題で、それは政治などという表層的なことではないと、僕は確信しているのである。

キジムナーフェスタ開催期間中、どこの会場でも、スタッフの間でも、閉会式においても、沖縄の基地のハナシを持ち出す人は誰もいなかった。もちろん“コザ物語”のように基地に題材を取った作品もあるにはあったが、それは例えば、山猫合奏団が宮沢賢治を作品の材料にしていることと同じレベルのことだ見做される。それはそれでかまわない、というか、それは正しいと思っている。世界の舞台芸術の祭典を、ただ沖縄市という街で開いたというだけのこと、そこに基地問題を殊更に持ち込む必要は全くない。山猫合奏団の僕も、そのスタンスに同意する。

しかしながら株式会社M.A.P.は、様々な沖縄関連の事業を展開している会社である。その代表としては、たとえ沖縄とは無関係な山猫合奏団の公演ツアーとはいえ、ここ沖縄にやってきて、「全ての日本人が考えるべき沖縄の基地のこと」に、一切触れずに帰ることはできないと思っているのである。

何度でも言うが、このことは山猫合奏団とは全く関係のないことである。また、普天間や辺野古をどうすべきかについて、たとえ僕の意見がどうであれ、M.A.P.after5で、つまり会社として何かを言うことも避けたいと思う。ただ見たこと聞いたことの事実だけをご紹介するのみである。それでも、その「事実」の切り出し方が、ある方向に傾いてしまっているということがあるかもしれない。それについてそうではないと確信を持って反論する自信はない。気になったことしか目に入らず聞こえてこないということは十分にある得ることだろう。しかし、決して意図的に事実を選り分けるようなことはしていないと、申し上げておきたいと思うのだ。

もうひとつ、沖縄の基地が福島と決定的に違うことがひとつある。原発はそこに住む人々が拒否すればやってくることはなかった。(そうではないと主張する人たちがいることも承知している。が、沖縄とはやはり違うと思う。)だが沖縄の基地は、どんなに沖縄の人々が反対だと言っても、日本人から押し付けられてきたのである。沖縄県人もまた日本人ではないかという者には、沖縄の歴史を学ぶべきだと言おう。その歴史を知ってもなおそう主張する者どもとは、僕は決別しても構わないと、あの3.11以来公言することにした。
「沖縄の基地についてとてもあれこれ言えないよ」という一見良心的な日本人たち。しかし、沖縄県に対して強権を発動し続ける政府を選んできた責任は、そういう君たちにもあるのだ。そういう君たちにこそ、沖縄の人たちは苛立っている。その「君たち」の中に、僕も含まれている。

何度でも言う。「オキナワ」は「政治」ではない。日本という国に生きる人間ならば決して避けてはならない「何か」であると、せめて何も出来ない僕は言い続けようと思っている。
[subcate.基地のこと・戦争のこと]

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「また、必ず来ます」
「ありがとーねー」

帰り道、こんな看板を見つけた。
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沖縄やんばる海水揚水発電所。去年は全く気がつかなかった。見ていたのかもしれない。でも気に留めることなどなかった。3.11まで、エネルギーという重大かつ緊急の課題が、人類の眼前に横たわっているということにあまりにも無頓着だった。

揚水発電所とは夜間電力需要の少ない時に水を高い場所へ汲み上げておいて、その水を昼間落下させて発電しようというもの。発電施設いうより蓄電施設と言うべきものなのである。
普通は川の上下にダムを二つ作って揚水発電所を建設する。ここ高江にある揚水発電所は海水を使う世界唯一の揚水発電所らしい。作るダムは上だけ、下のダムは広大な海である。

しかし、揚水発電所が蓄電目的である限り、10のエネルギーを作るために、倍の20近い電力を使わなければならないのだ。一般家庭の電力料金を節約しようというような話をしているのではない。水を汲み上げるために必要な電力はどこから来るのか。もし枯渇寸前の化石エネルギーが必要だとしたら、膨大な建設費(もちろんエネルギーもだが)を使って建設すべき施設なのだろうか。

そんな発電所が、ひっそりとここ高江にある。なぜ高江なのか。

去年も撮影した入り江。
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色も波も違う。

さあ戻ろう。なかなか変わらない気分だが、なんとか切り替えて。


《8月4日(木)~5日(金)》
夜、マスターにお礼しなければと“うりずん”へ。

詳細は後日、まずはざっと報告。

入嵩西康文さんもいらっしゃいました。
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今夜も宇夫方女史は踊ります。
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お客さんたちも最高に楽しそうです。
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もちろん仕切っているのは新城亘先生。
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“うりずん”のオーナー土屋さんの実に楽しそうな笑顔。

亘先生を中心に、女性のお客様たちを交えての恒例の記念撮影。
その1
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あれ、なんで楠さんいるの?
その2
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まあ、准ちゃんまで。
そうなんです。ふたり、台風で帰れなかったんです。

だから、詳細は後日。


それから“土”へ行って……
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“ななしん屋”に行って……
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[subcate.ななしん屋]
そして午前様。

次の旅の記事へ


10月31日月曜日: お仕事、お仕事

《8月4日(木)-5》
那覇で2件。
まるで、プロデューサーみたい。
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まるで商売人みたい。
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黙って待っていたって、どうにかなるもんじゃないという当たり前な話。
そのうちに、ものすごく腹が立ってくるだろう予感。

報告は後日。


《8月4日(木)-3》
いくら気分が沈んでも腹が空く情けなさ。大失恋でもすれば食欲もなくなってげっそり痩せる。つまりこの空腹は大して悩んじゃいないという証拠。

汚染牛が話題になって早2週間。鶏肉や豚肉が牛肉より安全なんて保障はどこにもないのだが、それでも騒がれれば食べにくい。風評被害とは思わないが、鶏や豚を平気で食って、牛肉だけ食べない人が増えているとするなら、牛肉関係者が風評だといいたくなる気持ちも分からないではない。
「鶏だって豚だって同じように汚染されているだろうに」

義理の弟が、沖縄の食肉を扱う会社に勤めている。沖縄の牛肉だけが汚染の可能性なしと発表されたが、彼はほんとかなあと訝しがった。牛肉の流通はとても複雑で、内地からたくさんの牛肉が沖縄へも入ってきているという。汚染牛に沖縄へのルートがないということは、どうも考えにくいというのである。
「うちの会社でも、内地からたくさん買ってますからねえ」

今回はステーキを食べようと、沖縄へ来る前から決めていた。それは東京あたりではなかなか牛肉を食べる気になりそうもないということがあったからには違いない。しかし、沖縄の肉だって汚染されている可能性があると聞かされても、気持ちは既にステーキになっている。もう汚染なんか関係ない。
「もういい歳だし、一食ぐらいどうってことはない。直ちに健康に影響はない」

北谷に入って、国道沿いで見つけた“アメリカン・アメリカン”というステーキ屋さん。
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“ミセス・マーコのアメリ感・アメリ館3号店”というのが正式名称らしい。
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まずはこんな感じから。
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宇夫方女史はこれ。
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そして高山正樹はこれ。
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こっちの方がよく分かるかな。
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400グラム。直ちに健康に影響が出そうな量である。ライスお替り自由。むろん僕は米兵ではないので、お替りなんて無理である。
食後はこんな感じ。
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この手作りパイがこのお店の売りらしい。沖縄ならではの田芋か、定番のブルーベリーか、2種類から選べる。
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うっぷ……

これで宇夫方1,200円、高山1,500円。沖縄の相場はよく分からないが、このボリュームでこの値段は東京では考えられない。
味ですか?僕、はじめからアメリカンなステーキが食べたかったので、勿論十分満足でした、う、うッぷ……、失礼。

さて、本日の第一の目的地はここです。
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報告は、あらためて次の記事で。僕、その前にトイレ、うっぷ、ああ苦しい……


10月31日月曜日: 再び辺野古2011

《8月4日(木)-2》
遊びは終わり。とっとと南へ向かおう。だが、ちょっと気になることがあって、少し遠回りだが、キャンプシュワブの脇を通ることにした。去年たくさんの人たちが集まって抗議していた場所。今年、何度も通ったはずなのだが、去年たくさんあった横断幕の記憶がない。どうしたのだろう。見逃したのか、そんなはずはないのだが、それをちゃんと確かめたかった。

ここだ。
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やっぱり、何もない。
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みんな、いったいどこへ行っちゃったんだろう。
(去年の画像を再掲)
2010年、座り込む人たちと演説する人とそれに聞き入る支援者たち

※数日後、Yusuke氏から画像が送られてきた。7月の30日、彼は辺野古の海に行ってきたらしい。その時の画像データを送ってくれたのだ。
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おや……? 画像をアップ。
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この黄色い「沖縄に煮え湯を飲ますな」の横断幕、去年キャンプシュワブの前で撮影した時に写っていたのと同じものではないか? そうか、みんな、より工事現場に近いところへ移っていったんだ。それほど、事態は逼迫しているということなのか。


いったい僕は、ここへ何をしにきたのだろう。キャンプシュワブの金網に何も貼られていないことを確かめて、いったいどうしようというのだろう。
「俺は結局、傍観者でしかない」

宿をお世話してくださった“児童養護施設なごみの園”の園長さんにお礼の御挨拶に伺った。
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結局、基地受け入れに賛成されているのか、あるいは反対なのか、僕には聞くことができなかった。
「聞いてどうするのか、ブログのネタ探しか」

僕は気分が沈んでいったのである。


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高山正樹 Masaki Takayama
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