10/05/23
: 大江健三郎の評論を朗読するということ
【大川端語りの会】
カテゴリ: 沖縄のことを…
1月24日以来、“そら庵”での語りの会。

ブログあたりで、即日あっさりと語ることは、どうやらできそうにない。
ややこしい話しは、だからいつものように、後日追記することにする。評判悪いこの「システム」、もう開き直っている。

左から、河崎卓也さん、そら庵の奥様、武順子さん、そしてどなたなのか残念ながらお名前を聞き損ねた謎の美女……
大江健三郎公認のファンクラブがあるということを、今日はじめて知った。

西口さんです。つい先日、大江氏とお会いしたという。携帯に納められたツーショットの画像を見せていただいた。
文章はとことん納得いくまで何度でも推敲を重ねる。
「携帯でヒョイとメールを送るなんてもってのほかです」
大江健三郎語録だそうな。おっしゃる通りです。だから僕も後日追記するのです。
だが、その結果、文章はこねくり回され、結果“M.A.P.after5”は、分かりにくくてなかなか読んでいただけないブログになる。トホホ。
こらこら、文豪大江健三郎と一緒にしては、ファンクラブの方々に叱られます。
それでも僕は
無闇に段落を変えたり
行を空けたり
そんなことは絶対にしない
のだ
ともかく
後日追記します。
大江健三郎氏の書斎には、尊敬する川端康成氏の写真が飾られてあるということ以外の、ややこしいことついては。
(大江健三郎「文学者の沖縄責任」の脚注を告知記事よりこちらに移動しました。)
【関連参考】
《河上肇舌禍事件》
1911(明治44)年4月3日、京都帝国大学助教授の河上肇が沖縄を訪れ「新時代来る」と題して講演。その中で、沖縄の歴史および文化を日本の歴史と対比し、その独自性を強調し、沖縄の非国家主義的性格を賞賛。それが思想的事件に発展した。
《1971年沖縄毒ガス兵器撤去》
《葛西善蔵と広津和郎》
葛西善蔵は近辺にいる実在人物を題材にして彼らをこき下ろすような小説を多く著した。葛西の「遊動円木」は広津和郎がモデルだとされる。広津和郎は評論にて暗に抗議した。葛西善蔵の臨終に際しても、広津和郎は枕元で難詰したという。
(「さまよえる琉球人」については告知記事に画像を追加しました。)
それから《WANTED》
どうして今日の朗読会をお知りになられたのか……

「大江健三郎の文章は大嫌いなんですが、途中から食いついてしまって、そんな自分に腹が立って腹が立って」
そんな最高にうれしい批評を下さった美しき女性、何かあったらご案内を差し上げますといいながら、お名前さえきちんとお伺いもしませんでした。
もしこのブログをお読みくださったなら、是非とも御一報くださいますよう、心よりお待ちしております。
なお大江健三郎ファンクラブの西口さんは、なんと久米明さんの生徒さんでいらっしゃいました。
⇒“おきなわおーでぃおぶっく”の「ノロエステ鉄道」のページ
【追記】
音楽の素養のない普通の人は、初見の楽譜から瞬時にメロディーを読み取ることなど出来るものではない。それでも知識で楽譜の読み方を知っていれば、一個一個たどたどしく音符を確認していくことによって、なるほどこんな曲なのかと理解することもできる。
果たして適切な喩えではないかもしれないが、大江健三郎の評論は、読者にとって、楽譜のようなものではないのかと、今回の実験を通じて新発見したような気分になっているのである。
大江健三郎の文章が分かりにくい、難解だ、果ては悪文であるとまで言われる所以は、初見で理解することが不可能に近いということによるのではないか、そう思えてきた。大江健三郎の書いた文章を、きちんと理解しようと思えば、今読んだばかりの箇所に何度も立ち返って、読み直しながら進まなければならないのだ。ある単語と、それを形容するセンテンスが、とてつもなく離れていたりするので、その関係をまず解析してからでないと、文章全体の意味を理解することができない。そんな大江の評論を読書する作業は、まるで音符を一個一個確認してからでないと、繋がった音の総体としてのメロディーが聞こえてこないという、義務教育的な楽譜の読み方に似ている。
実は大江健三郎の文章は、論理分析をしてしまえば、極めて明解で分かりやすい文章なのである。しかし、努力して読書をするなんて考えられない者には、大江の文章はいつまでも難解で、そんなものを読みたいなどとは決して思わないだろう。読んですぐ理解できる文章がいい文章なら、大江のそれは間違いなく悪文の代表である。
もしも、論理分析という面倒な作業を他人がやってくれて、その分析された論理を適切に表現してくれるような朗読者が現れれば、厄介な作業から開放された受け手は、大江の文章が如何に分かりやすく、極めて平易な文章であるかのように思わされ、その時はじめて、難解であるがゆえに大江嫌いとなった読者(受けて)にも、「大江健三郎」を理解する扉が開かれるのだ。それはあたかも、音楽の一般聴衆が、楽譜の難解さとはおよそ無関係に、実際の演奏を楽しんでいることに、とても似ているではないか。
つまり、まったくもって朗読に向かないと思われがちな大江健三郎の文章が、実は朗読されることによってこそ広く理解されうる文章であった、オーディオブック向けの題材であった、この発見が、今回の実験における成果だったのである。
しかし、大江の文章の論理を適切に朗読することは、左程容易なことではない。重層的な修飾関係を正しいイントネーションによって表現するためには、高い朗読技術が必要となる。音楽的に言えば、かなり広い音域を出す能力が必要なのである。
⇒このことに極めて関連した記事(宮澤賢治考より)
このことの重要性と困難を、朗読者(そういう人種がいればの話だが)たちはきちんと認識していない。そうして多くの朗読者が、基本的な技術を省みずに、自慰行為を垂れ流しているのである。
⇒朗読の形而上学
この地点に立って初めて、大江健三郎は何を語り、何を読者に伝えんとしたのかという、もっとも大切な課題と、受け手は対峙することになるのだ。
本来ならば僕は、朗読などという形式のことではなく、「文学者の沖縄責任」という評論に書かれた内容、広津和郎の「さまよえる琉球人」についてこそ、語るべきであったのである。
それを語るためにこそ、いずれ、再演したいと思っている。
ブログあたりで、即日あっさりと語ることは、どうやらできそうにない。
ややこしい話しは、だからいつものように、後日追記することにする。評判悪いこの「システム」、もう開き直っている。
左から、河崎卓也さん、そら庵の奥様、武順子さん、そしてどなたなのか残念ながらお名前を聞き損ねた謎の美女……
大江健三郎公認のファンクラブがあるということを、今日はじめて知った。
西口さんです。つい先日、大江氏とお会いしたという。携帯に納められたツーショットの画像を見せていただいた。
文章はとことん納得いくまで何度でも推敲を重ねる。
「携帯でヒョイとメールを送るなんてもってのほかです」
大江健三郎語録だそうな。おっしゃる通りです。だから僕も後日追記するのです。
だが、その結果、文章はこねくり回され、結果“M.A.P.after5”は、分かりにくくてなかなか読んでいただけないブログになる。トホホ。
こらこら、文豪大江健三郎と一緒にしては、ファンクラブの方々に叱られます。
それでも僕は
無闇に段落を変えたり
行を空けたり
そんなことは絶対にしない
のだ
ともかく
後日追記します。
大江健三郎氏の書斎には、尊敬する川端康成氏の写真が飾られてあるということ以外の、ややこしいことついては。
(大江健三郎「文学者の沖縄責任」の脚注を告知記事よりこちらに移動しました。)
【関連参考】
《河上肇舌禍事件》
1911(明治44)年4月3日、京都帝国大学助教授の河上肇が沖縄を訪れ「新時代来る」と題して講演。その中で、沖縄の歴史および文化を日本の歴史と対比し、その独自性を強調し、沖縄の非国家主義的性格を賞賛。それが思想的事件に発展した。
《1971年沖縄毒ガス兵器撤去》
《葛西善蔵と広津和郎》
葛西善蔵は近辺にいる実在人物を題材にして彼らをこき下ろすような小説を多く著した。葛西の「遊動円木」は広津和郎がモデルだとされる。広津和郎は評論にて暗に抗議した。葛西善蔵の臨終に際しても、広津和郎は枕元で難詰したという。
(「さまよえる琉球人」については告知記事に画像を追加しました。)
それから《WANTED》
どうして今日の朗読会をお知りになられたのか……
「大江健三郎の文章は大嫌いなんですが、途中から食いついてしまって、そんな自分に腹が立って腹が立って」
そんな最高にうれしい批評を下さった美しき女性、何かあったらご案内を差し上げますといいながら、お名前さえきちんとお伺いもしませんでした。
もしこのブログをお読みくださったなら、是非とも御一報くださいますよう、心よりお待ちしております。
なお大江健三郎ファンクラブの西口さんは、なんと久米明さんの生徒さんでいらっしゃいました。
⇒“おきなわおーでぃおぶっく”の「ノロエステ鉄道」のページ
【追記】
音楽の素養のない普通の人は、初見の楽譜から瞬時にメロディーを読み取ることなど出来るものではない。それでも知識で楽譜の読み方を知っていれば、一個一個たどたどしく音符を確認していくことによって、なるほどこんな曲なのかと理解することもできる。
果たして適切な喩えではないかもしれないが、大江健三郎の評論は、読者にとって、楽譜のようなものではないのかと、今回の実験を通じて新発見したような気分になっているのである。
大江健三郎の文章が分かりにくい、難解だ、果ては悪文であるとまで言われる所以は、初見で理解することが不可能に近いということによるのではないか、そう思えてきた。大江健三郎の書いた文章を、きちんと理解しようと思えば、今読んだばかりの箇所に何度も立ち返って、読み直しながら進まなければならないのだ。ある単語と、それを形容するセンテンスが、とてつもなく離れていたりするので、その関係をまず解析してからでないと、文章全体の意味を理解することができない。そんな大江の評論を読書する作業は、まるで音符を一個一個確認してからでないと、繋がった音の総体としてのメロディーが聞こえてこないという、義務教育的な楽譜の読み方に似ている。
実は大江健三郎の文章は、論理分析をしてしまえば、極めて明解で分かりやすい文章なのである。しかし、努力して読書をするなんて考えられない者には、大江の文章はいつまでも難解で、そんなものを読みたいなどとは決して思わないだろう。読んですぐ理解できる文章がいい文章なら、大江のそれは間違いなく悪文の代表である。
もしも、論理分析という面倒な作業を他人がやってくれて、その分析された論理を適切に表現してくれるような朗読者が現れれば、厄介な作業から開放された受け手は、大江の文章が如何に分かりやすく、極めて平易な文章であるかのように思わされ、その時はじめて、難解であるがゆえに大江嫌いとなった読者(受けて)にも、「大江健三郎」を理解する扉が開かれるのだ。それはあたかも、音楽の一般聴衆が、楽譜の難解さとはおよそ無関係に、実際の演奏を楽しんでいることに、とても似ているではないか。
つまり、まったくもって朗読に向かないと思われがちな大江健三郎の文章が、実は朗読されることによってこそ広く理解されうる文章であった、オーディオブック向けの題材であった、この発見が、今回の実験における成果だったのである。
しかし、大江の文章の論理を適切に朗読することは、左程容易なことではない。重層的な修飾関係を正しいイントネーションによって表現するためには、高い朗読技術が必要となる。音楽的に言えば、かなり広い音域を出す能力が必要なのである。
⇒このことに極めて関連した記事(宮澤賢治考より)
このことの重要性と困難を、朗読者(そういう人種がいればの話だが)たちはきちんと認識していない。そうして多くの朗読者が、基本的な技術を省みずに、自慰行為を垂れ流しているのである。
⇒朗読の形而上学
この地点に立って初めて、大江健三郎は何を語り、何を読者に伝えんとしたのかという、もっとも大切な課題と、受け手は対峙することになるのだ。
本来ならば僕は、朗読などという形式のことではなく、「文学者の沖縄責任」という評論に書かれた内容、広津和郎の「さまよえる琉球人」についてこそ、語るべきであったのである。
それを語るためにこそ、いずれ、再演したいと思っている。

かわさきさんのコメント
大江健三郎ファンの方がわざわざ聞きつけていらっしゃるのですから、今後の開催も意外と上手くいくかもしれませんね。
実験ということですが、今回のテキストにとってはごく自然の当たり前の読み方のように感じられました。
題材の選択が実験、というより冒険だったのでしょうか。