【沖縄からの第6報】

クニさんに紹介してもらった三線屋さん、識名の湖城恵永さんのお店に行きました。
ご報告していなかったのですが、前回の旅の1月13日にもお伺いしていたので、今回は2回目の訪問でした。
湖城さん御夫妻です。
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もうしょうがないからネタバラシしちゃいましょっと。
実はM.A.P.で三線を売ることにしたのです。そのためにいい三線をずっと探していましたが、いよいよその実現の日が近づいてきました。

前回お邪魔した時、「三線を売るなら勉強しないさい、平日の昼間ならいつでもいるから聞きに来なさい」、そう言ってくださったので、さっそく今日、あつかましく教えて頂くために来たのです。

丁度いらしていたお客様。
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このおふたりの会話はバリバリのウチナーグチで、ちんぷんかんぷん、ちっともわからない。それを画像の向こう側のお客様が察して、私のために言い直してくださるのですが、それもさっぱりわからない。
これからこういう方たちと商売の話をしなければならなくなるかもしれないのに、どうしましょう。早く沖縄語を覚えないと。

野球帽を被った方は野村流古典音楽保存会の比嘉先生。
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先生はきっとヤマトゥンチュにも教えているのではないでしょうか、私には一番良く話がわかりました。

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ともかく、みなさんは、棹の材質や、天(頭のところ)の形など、一つ一つ丁寧に教えてくださいました。

棹の部分が何の木でできているかで値段がかなり違う。
うちで紹介する三線の棹を、3種類選んで頂きました。
“黒木”と“カマゴン”と“ゆし木”。
色が黒い方が値段が高いのです。もっと高いのになると「八重山黒木」というのもあります。

天にもいくつも種類があるのですが、ポピュラーな真壁(まかびー)型と知念大工(ちねんでーく)型の2種類をまず扱うことにしました。
「勉強してだんだんふやしていけばいいさー」
 ⇒楽天市場“沖縄map”天用袋のページ

左が知念大工型、右が真壁型です。
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他にも色々あるのですが、今日はこれくらい。

又寄らせてもらいます。よろしくお願いいたします。

そして、比嘉先生に車で新都心まで送ってもらっちゃいました。
比嘉先生、ありがとうございました。
きっとまたどこかでお会いできるような予感……


後日勉強してみました、高山正樹が……。

『沖縄大百科事典』
サンシン〔三味線〕:三線とも表記。14世紀ごろ中国から伝承したと伝えられるサンシンは、(中略)15、6世紀にはすでに民俗楽器としてかなり普及したものとみられる。(中略)中国の〈三絃〉が大型4尺(約1.2m)以上、小型3尺(約91cm)、日本の〈三味線〉が3尺1寸(約94cm)であるのに対し、沖縄の三味線は2尺5、6寸(約77cm)で最小型である。

【型】(※『沖縄大百科事典』の複数項目をまとめました。)
(1)南風原型:沖縄の三味線の祖型とされる。南風原某の作。2尺5寸6分(約78cm)。心の正面に3個の穴。天(てん)の曲りは浅く扁平で大きい。棹は細く、心は荒削りとなっている。野坂(のさか)は大きく曲り野丸(のまる)は半円形。
「往古南風原なるもの三絃を製し、其の韻声嫋々として絶えず、世の三絃と音声相異なるなり」(『琉陽』)
※南風原型の分派:拝領南風原型・翁長親雲上(おながぺーちん)型
(2)知念大工型:1710年、知念某の作。2尺5寸7分(約78cm)。天の曲りは深く、天面の中心にはかすかに盛り上がった稜線がみられる。野(の)の下部は広くなり、鳩胸(はとむね)は大きく盛り上がり丸みのある筋がある。棹は太い。野丸から鳩胸にかけて天面と同様にかすかに稜線がみとめられる。野坂は短く、野丸は卵のとがった形の丸形。
(3)久場春殿(くばしゅんでん)型:南風原型の系統で久場春殿の作。2尺5寸9分(約78cm)。天面の曲りは浅く扁平。棹は最も太く、野の上部から下部にかけてしだいに広く太くなり野丸と鳩胸との区別がない。(つまり鳩胸がない。)心のつけ根に階段が施されてある。
(4)久場の骨型:久場春殿の作。2尺5寸1分(約76cm)。天面の曲りは浅く扁平、鳩胸がないのも久場春殿型と同じだが最も細棹で好対照。横から見るとクバ(ビロウ)の葉柄に似ているのでこの名がついた。型は自然で雑作がなく、技術的にはもっとも原初的とみることができる。
(5)真壁型:真壁里之子(サトヌシ)の作。形は優美。天は中絃から曲り糸蔵が短い。ケージョー(開鐘)と固有名のつく名器はこの型に限られている。開鐘とは夜明けにつく寺院の鐘のこと。遠くまで響き渡ることにちなんでつけられた。18世紀初頭、王府は真壁里之子(里主)が作った真壁型だけに〈~開鐘〉と固有名をつけて王と貴族が重宝した。開鐘は五開鐘、または十開鐘ともいわれ、他に開鐘に準ずるものが十数丁あったという。戦災によって大半が失われたので戦後は准開鐘も含めて開鐘と呼んでいる。
※真壁型の分派:宇根親雲上型
(6)平仲知念型:平仲某の作。知念大工型であるが型がはっきりしないのはこの型に多い。
(7)与那城(よなぐすく)型:真壁里之子と同時代の与那城の作。天は糸蔵の先から曲がり、範穴(のろあな:カラクイ穴)はやや下方にあけられている。太目の棹。糸蔵は大きく鳩胸も大きい。
※与那城型の分派:小与那城型(与那城型を細身にした型)・江戸与那城型(別名糸蔵長といい江戸上りのときに道中弾きした)・佐久の川与那城型(弟子の佐久川の作で細身で心は八角)・鴨口与那城型(鳩胸を横から見ると鴨の口に似ている)
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【材料】
棹材は黒檀(黒木の芯材、沖縄産が最上品)・紫檀・イスノキの芯材。仕上げは黒漆塗り。胴材(チィーガ)は桑の芯・槇・楠。胴張材はビルマ・インドシナ・タイ・ボルネオなどに産するインドニシキヘビの皮。(中略)絃材は絹の撚糸(よりいと)。ナイロン製は余韻が短い。手掛け(ティーガ)は昔は緞子などを用いた。(中略)蛇皮線(じゃびせん)・蛇味線(じゃみせん)とは呼ばない。