又吉健次郎さんがCoccoと対談するという話は、もう去年の11月20日に健次郎さんから伺っていた。決まったら教えるさと言われていたけれど、どうやら対談は終わったらしいという情報が先にやってきた。まあ、予想通りといえば予想通り。こちらも忙しくて、そのままになっていたけれど、今日思い出して又吉さんに電話をしてみた。そしたら……
「ああ、出た出た」
……だって。何がどう出たのかよくわからない。まあ、このテーゲーな感じが又吉さんらしくっていいのですが。

あ、工房またよしのブログに、その時のことが書いてありました。
 ⇒金細工またよし工房日誌
しばらく中断していたブログを再開したんですね。
またまた「かんぜーく」と「くがにぜーく」の話ですが、ホームページのTOPは相変わらず「かんぜーく」のママ。でも再開第一号の記事では「金細工(くがにぜーく)」となっています。ところが次の2番目の記事では、「金細工(かんぜーく)秘話を物語りたげな風情のジーファー」なんて文章があったり、さらに興味深いのは年明け2月の記事に「琉球王朝の金細工(くがんぜーく)最後の職人」とあるのです。

この工房日誌はどなたが書いているのでしょう。今度いろいろゆっくりと伺ってみたいと思います。

沖縄タイムスのサイトにCoccoさんとの対談の動画がアップされていました。
(※いつまで見られるのか分かりませんが。)
 ⇒http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-04-17…

詩画集「幻影」の宇夫方隆士おじいもそうだったのだけれど、健次郎おじいもこの対談の中で「金細工」をやっぱり「くがにぜーく、くがにぜーく」と言っている。テロップは全部「くがにぜーく」となっているのに。又吉さんに聞けば「くがにぜーく」が正しいとおっしゃるのですが、長年の癖がしみついちゃってるようですな。
まあ、この点については、誰がいつからどんな事情で「金細工」を「かんぜーく」と呼ぶようになったのか、もう少しはっきり調べてからにしましょう。(ちょっと近頃多忙で研究が進んでいないのですが、忘れたわけではありません。)ともかく、そのうちどうでもいいみたいなことになってしまうのはいかがなものかとひとりのヤマトゥンチュは思っているのですが。沖縄の伝統や言葉の“現在”には、共通してそういうふうなところがあるのではないか。いい意味でも悪い意味でもちょっとテーゲー?

又吉健次郎さんによると、Coccoとの対談以降、今までとは違ったタイプの人たちからも問い合わせが来るようになったそうです。ああ、ますます「かんぜーく」になっちゃうねえ、きっと。

【12月に追伸】
2010年12月、健次郎さんとCoccoが対談した4月17日の新聞記事の画像を、4月17日の日付で差し込みました。

 ⇒又吉健次郎さんとCoccoの対談

なお、沖縄タイムスは、サイトで記事が見られる期間が比較的短いのでお知らせしておきますが、Coccoのおじいちゃんは沖縄芝居の名優、真喜志康忠さんであります。
そして、真喜志康忠さんは、比嘉光龍氏のウチナーグチの師匠です、と光龍さんのメールにありましたっけ。

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