※本記事は新ブログへ移行するにあたって若干の改稿を加えました
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Bar“土”では、今日からこんな上映会をやっています。
西山正啓監督の“知花昌一沖縄読谷平和学”
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今日の沖縄タイムスにその記事が出ていました。
朝刊か夕刊かって? 愚問です。今年の3月から、夕刊は廃止されました。
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結構でっかい記事です。

パラダイス通りから土のある路地に潜り込むと、それらしき人たちとすれ違います。
ああ、青年座の飲み会がお開きなのかな……
土の扉を開けると、案の定、制作の紫雲さんがお勘定の最中です。顔見知りの方々と言葉を交わして、最期に津嘉山さんと挨拶して、カウンターに座りました。

「儀間さんは」
「バスの時間があるから帰りました」
「残念」
「青年座は打ち上げもココでやるって?」
「どうかな、でも津嘉山さん気に入ってくれたみたいで嬉しいなあ」
「津嘉山さんが涙を拭いたおしぼり、どうしたの」
「洗わないでとってあるさ」

青年座の飲み会は上映を終えたあとからのはずだから、上映会が終ってずいぶん時間が経っているはず、でもお店の中は、その熱気が、まだ残っているような感じでした。

カウンターの向うでは、今日の主人公、知花昌一さんと西山正啓監督がグラスを傾けながらゆんたくしています。何やらコアな話しが聞こえてくる。

日の丸焼き捨て、象の檻。お名前はよく存じています。内ゲバのことは定かではありませんが。今は読谷村の議員さん。何我舎(ぬーがやー)という民宿も経営。想像していたよりもずっと体のでっかい方でした。
ごうさんが書いた「知花昌一のこと」

お二人のゆんたくにお邪魔させてもらいました。とはいうものの、結構酔っていて、話しの細部までよく憶えていないのが情けないのですが。
「左翼」、「右翼」。最近の「ネトウヨ」「ネトサヨ」なる納豆のような軟弱な輩のことではなく、しかし右左の単純なカテゴリーでは語り尽くせない情念の如き思索。知花さんの通って来た過去は、きっと大きな体でなければ歩く事の不可能な道だったに違いないと、僕はひとり妄想していたのです。
きっと同じことが津嘉山正種という役者にも当てはまる。だが、その体の大きな津嘉山さんが、森口豁氏のフィルムを見て嗚咽したのだ。
「映像の力ですね」といった僕に、
「いえ、記録の力ですよ」と、西山さんは言われました。
津嘉山正種氏が嗚咽した日

記念に。左、知花昌一さん。右、西山正啓監督。
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「ねえ、ごうさん。日の丸ない? 日の丸バックにして撮りたいんだけれど」
酔っ払いのアイデアとしては面白い。
だが、そんなもの(?)、あるわけない。
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