10/06/13
: 大田實少将が自決した日
【旧海軍司令部壕慰霊祭】
カテゴリ: 沖縄のことを…
6月13日、旧海軍司令部壕慰霊祭
第4海上護衛隊司令官兼沖縄方面根拠地隊司令官大田實少将は、1945年6月6日、海軍次官に宛てて、かの有名な電文を打つ。
……沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ
県民に対し後世特別ノ御高配ヲ賜ラんコトヲ
そして6月13日未明、幹部数名とともに旧海軍司令部壕内にて拳銃で自決する。
今年は第40回の慰霊祭である。

息子、大田英雄氏はその著書『父は沖縄で死んだ』の「あとがき」にこう書いた。
「沖縄戦で“鉄の暴風”のもと県民四人に一人の生命が奪われ、いままた在日米軍(専用)基地の四分の三をその背に負わされている沖縄は、そのうえ身近に核の恐怖にさらされている。こんなひどいことが、許されてよいはずはない。」
1989年の文章である。
第4海上護衛隊司令官兼沖縄方面根拠地隊司令官大田實少将は、1945年6月6日、海軍次官に宛てて、かの有名な電文を打つ。
……沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ
県民に対し後世特別ノ御高配ヲ賜ラんコトヲ
そして6月13日未明、幹部数名とともに旧海軍司令部壕内にて拳銃で自決する。
今年は第40回の慰霊祭である。
息子、大田英雄氏はその著書『父は沖縄で死んだ』の「あとがき」にこう書いた。
「沖縄戦で“鉄の暴風”のもと県民四人に一人の生命が奪われ、いままた在日米軍(専用)基地の四分の三をその背に負わされている沖縄は、そのうえ身近に核の恐怖にさらされている。こんなひどいことが、許されてよいはずはない。」
1989年の文章である。
