null
稽古の話はさておき…

勇んで沖縄タウンへ。
しかし、何か変なのです。ごく普通のお肉屋さん、喫茶店、純和風の居酒屋、焼き肉屋さん…、沖縄関連のお店がとっても少ないのです。酒屋さんは確かにたくさんの泡盛を店頭に並べてあったりしますが、特に品揃えに驚くと言うほどでもありません。中華食堂でも沖縄焼きそばのメニューがあったりしますが、ただそれだけのこと。

もう少し奥にはきっと何かあるだろうと歩を進めたのですが、あっという間に商店街は終わってしまいました。
最後は靴屋さん。その店先。
null
これで打ち止め。(というか、沖縄サンダルって、はじめて見た。)

あーあ、これから毎日沖縄タウンで楽しめるとワクワクしていたのですが、なんだか拍子抜け。

でも、今日はここ沖縄タウンで、沖縄料理を肴に一杯やると昨日から決めていたのです。M.A.P.沖縄取材班としては、このまま意気消沈して退散するわけにはいきません。

沖縄タウンの中心は、商店街の真ん中のちいさな市場、その屋根付きの路地の中に、沖縄風居酒屋が2軒並んでいます。そのうち一軒は木曜が定休日、となれば選択肢はもう他にはありません。

null

お店の名前は“たきどぅん”
「たきどぅん」とは竹富島の意味だと説明あり、でも正確には「竹富」のこと。ただ現在の竹富島は一島一字(竹富)なので、竹富島全域が「たきどぅん」ということで問題なしです。

引き戸を開けて中に入りました。まだ5時過ぎという時間の所為もあるのでしょうか、お客様はひとりもいません。

竹富島の家庭料理を食べさせてくれるようですが、特に沖縄本島と変わったメニューがあるわけでもなさそうです。

じーまみ豆腐と…
null

軟骨ソーキと…
null

パパイヤのチャンプルー。
null

ちょっとひねくれた注文ですね。
正直言って、ズドンとゴーヤーチャンプルーあたりから行くという気分にならなかったのです。

ところがです。注文した一品一品が、実にいい。沖縄の家庭料理の王道って感じ。つまり、本物なのです。
他にお客様がいないのがこれ幸い、“たきどぅん”のおかみさん、富本たけみさんに声を掛ければ、気軽に、でもじっくりと話が始まりす。
まず、ここ、沖縄タウンの話題から。

「なるほどねえ」
「ははあ、そういうことか」

4年前、沖縄タウンが出来た当初はすごく話題になって、とってもたくさんのお客さんが訪れた。きっと、その時が勝負だったのです。その機を逃せば、残念ながら後はジリ貧。なぜ、そんなことになったのか、いろいろと伺いましたが、そのあたりの事情は、私たちがブログでとやかく言うことではありません。

話を聞いても、ただ呻るだけ、ならば不景気な話は止めにして、沖縄談義、泡盛談義。そうなれば、ただただ楽しい。とっておきの泡盛を、奥から探し出して飲ませてくださったり、裏メニューを教えてもらったり。

と、その時、店の前を通り過ぎる一人の女性…
たけみさんが、彼女の後ろから声を掛けた!
「あんた、あとで寄りなさいよ」

それから数分後、やってきたのはラジオ沖縄東京支社にお勤めの山川夏子さんでありました。いきなり、宇夫方路と、何やら込み入った話が始まりました。
null
山川夏子さんは、FM沖縄の山川悦史さんの遠い親戚。
大城立裕先生とも面識がある。
宇夫方路の琉球舞踊の生徒さんの片野さんはFM沖縄の山川さんとは従兄弟同士。
つまり夏子さんと片野さんは親戚。
また片野さんのお母様は、立裕先生の奥様と親友の間柄。
ということは夏子さんの親戚が大城立裕先生の奥様と親友っていうことじゃないの?
はあ、そういうことですねえ。
それ以外にも、いろいろな方が共通の知り合いでした。要するに、沖縄はやっぱり狭いなあということです。

夏子さんのお母様は茨城県出身。50年前に沖縄にお嫁に行った。なんたって復帰前。沖縄のしきたりなんて全くわからない。でも、ヤンバルの親戚はみんな気さくで、しょうがないさあと明るく許してくれた。ところが、首里のお年寄りはそうはいかない。ものすごく厳しくて怖かった。交わす言葉は標準語、ウチナーグチで話そうものなら無礼者と叩かれた。もしかすると、敬い言葉が間違っていたからなのかも知れません……
きっと、いろんな苦労があったのでしょうねえ。

沖縄の男は働かない、頼りにならない、そんなイメージがあるけれど、本当はそうじゃない。ここぞと言う時に現れて、悪者をやっつけて、後はまた、何もなかったようにいつもの調子、まるでテレビの変身ヒーローみたいな存在なのだと夏子さんは言います。

子供の頃、近所に国吉さんというスーパーオジイがいた。遊んでいる子供たちを、一日中遠くから眺めてボーっと座っている。でも夕方になると、オジイの傍にはいくつものハブの頭が並んでいた。はじめて見たときは、なんでこのオジイ、イチゴなんか並べているのか、と夏子さんは思った。オジイは、子供たちをハブの毒牙から守ってくれていたのです。
また、国吉オジイは、遺骨の収集も名人だった。骸骨を見つけると、そこいらで遊んでいる子供たちを集めて、お経を唱えさせた。その頃、仏教の経文を唱えられるなんて、相当な御身分だったのかもしれません。
もちろん、不発弾だって出てきたでしょう。でも、きっとスーパー国吉オジイは、それもうまく処理していたに違いありません。

null

これから一ヶ月、ここ代田橋で稽古。沖縄タウンはちょっと残念だったけれど、でもこの「たきどぅん」に通うことを、仲良くなった富本たけみさんと約束したのです。だから、夏子さんとも、きっとスグに再会できますね。

記念撮影。
null
左から、たけみさん、夏子さん、宇夫方、お客さん、そしてたけみさんの幼馴染でお店のパートナー。料理担当、名前は訳あって内緒? お客さんはみんなマスターと呼んでます。

気がつけば、あっという間に11時。
「また、来まーす!」