数えてみると、鳥研11個目の記事です。

これまで鳥研におでんがあることは一度も書いてないことに気がつきました。
鳥研の高田くんは、一本一本ホントに丁寧に鳥を焼いてくれますから、頼んだ鳥が焼けるまで、少し待たなければなりません。だから僕らは、たいがいまずはおでんでビールなのです。
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これがなかなかいけるんですよ。喜多見で一番? というか、喜多見でおでんが食べられるお店って他にあったっけなあ。もちろんコンビニ以外で。駅の北側、交番とローソンの間から入っていく道にあるお店をまだちゃんと開拓していないので、何とも言えないのですが。

おでんでビールしていたら、青年に声を掛けられました。
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「いつかどこかで遭遇するかなと……」
彼、川上浩クンというのです。M.A.P.after5を読んで、ココ“鳥力中央研究所”の常連さんになったらしい。へえそうなんだ、なんとなく嬉しいものですねえ。
今までも、MIRROR_BALLの木代さんとか、mixiのHN“sattin”さんとかね、そういう人に出会うと、放置状態の喜多見情報のサイトも、ボチボチ何とかしなくちゃと思うのでした。

で、今日出会った浩クンですが、“かまとら”というバンドを組んでいるのだそうで。将来はそれで食べていきたいんだって。目標はあの竹中労が絶賛した“たま”。
ところで浩クンは竹中労がどんな人物だったのかって、知ってるかなあ。共産党に入党し、山谷で肉体労働をし、何度も逮捕され、共産党から追い出され、琉球独立党を支援し、背中いっぱいの刺青、そして晩年、右翼の野村秋介と親交があった竹中労。ただ一人で歩いたとんでもない人生。

どうでもいいですね、そんなことは。

しかし、浩クンの父親じゃなくてよかった。うまいからといって売れるわけじゃない。努力が報われるわけじゃない。神様がサイコロを振っているみたいな理不尽な世界だからねえ。親はたまらない。

それにしても、どうしてバンドなの。ソロじゃないの。なぜ?確かに音楽はみんなでやれば楽しいんだけどさ、考えてみると、女性のソロはたくさんいるけど、最近、男のソロって滅多にいないねえ。孤高の生き方って、流行らないのかなあ。ねえ、どうしてなんだろう……
「次、またどこかで会うまでに、考えておきますよ」

浩クンが帰る前に記念撮影しました。今日も新しい女の子が働いていたので、その彼女も一緒に。
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彼女は、どうやら地道に生きていきそうです。
それにしても毎回来るたびに違う子がいるような気がするなあ。でも聞けば、そんなにコロコロ変わるわけではないらしい。そうか、僕らが来るのは一、二ヶ月にいっぺんくらいだからねえ。

今日もたっぷり鳥の研究しました。頃合を見計らって、スープが出てきます。
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さあ、ボチボチ行こうかな、と、そのとき高田くん、「シャモ食べますか?」
食べますとも。でもどうして?
お客さんが食べたいというので、奥久慈シャモを一羽買って、それが少し余っているのだそうです。
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旨い!
こっちは分かりやすい世界。旨けりゃ客は喜ぶ。間違いなしです。
「焼いたのも食べ較べてみます?」
もちろん!
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手前が奥久慈シャモ。向こう側がいつもの岩手の十文字。十文字だって十分おいしいのですが、しかし奥久慈シャモはすげえ。値段は4倍だって。

「常連さんは有難いんですけどね。でもしょっちゅう来れば飽きるでしょ。そうすると、特別な要求が出てきたり……」
確かにね、選民意識っていうのかな、常連さんとすればそういうのが嬉しいんだよね。だからまた来る。でも、それが過ぎると、今度は一見さんがよりつかなくなる。難しいですねえ。
「うちのメニューは頻繁に来るお客さんを想定していないんです。一ヶ月に一度来るお客さん向け。」
なるほどね、おもしろいなあ、それって。しかし、一日10人なら、300人に月1回行きたいと思わせなければいけないわけで、決して簡単なことじゃないですよね。

一ヶ月に一度くらい来て、時々今日みたいに思わぬツマミにありつける、キンメの刺身とか牡蠣の燻製とか。これ、いいんじゃないですか。

高田さん、又、来るね、一ヵ月後くらいにさ。

しかし、竹中労と軍鶏って、どこかイメージが重なるなあ……