過去ログ

あなたは現在、2008年10月の過去ログを見ています。
本日、日曜日の昼下がり14:00から、楠定憲氏が上野の東京文化会館小ホールに御出演されました。
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“室内楽はいかが?”Vol.12 「ショパンの手紙」
チェロの三宅 進氏と、ピアノの崔 善愛さんのコンサートです。

三宅さんは
http://lince.jp/juninho/acorns_48th.html
とか
http://lince.jp/juninho/gauche_10th.html
で、山猫合奏団に参加してくださっています。

楠氏は、曲の合間にショパンの手紙を読みました。





田中寺公演の画像を掲載しました。
《田中寺公演記事へ》

しんゆり芸術祭2009の詳細が発表されました。
とりあえずご紹介します。
http://www.shinyuri-art.com/pdfs/080911geijyutsusai_info.pdf

Topページのアドレスは
http://www.shinyuri-art.com/
です。

M.A.P.after5情報に「山猫合奏団」の隠しカテゴリーを作成しました。
http://lince.jp/hito/mapinfo/yamaneko/


セロ弾きのゴーシュ
日時:2008年10月11日(土)午後6時30分
場所:神楽坂田中(でんちゅう)寺
料金:3000円

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語り:楠 定憲 高山正樹
チェロ:大島 純
piano:加納麻衣子

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たくさんの方のご来場、ありがとうございました。
今回、山猫合奏団に参加してくださった加納麻衣子さんのお顔のお写真、ならびにプロフィール、そしてコンサートの曲目はOfficial_informationにてご紹介しています。

本堂と畳、それとピアノとチェロが、これほど相性がいいとは、ビックリでした。演奏者も、とても気持ちよく弾くかせていただくことができました。

楽長さんの役は、久々に高山正樹が担当しました。
子ネズミと第一バイオリンの役は、高校生の時に演劇部だったという加納麻衣子さんにお願いしてしまいました。
蛇腹のホースを使って子ネズミの小さな声にエコーをかける、この方法が定番になる予感があります。

今回、かのまいさんの参加で、たくさんの発見がありました。この経験を生かして、“セロ弾きのゴーシュ”を、さらに奥行きあるものにする努力をかさねていきたいと思います。

今後このような新しい共演者を迎えての演奏の機会も増えていくことと思います。その度に、新鮮な発見があることでしょう。“セロ弾きのゴーシュ”は、今後も進化していきます。
またのお越しを、心からお待ち申し上げております。本日は本当にありがとうございました。

また、このような演奏の機会を与えてくださった田中寺の御住職、秦様並びにお手伝いくださった方々、そして山猫合奏団を田中寺さんにご紹介くださった調律の新井吉一さんに、改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございました。

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「過去の公演記録」にコメントを投稿して頂けるように設定を変更いたしました。公演終了次第、終わった公演の記事を「今後の公演情報」から「過去の公演記録」へ移動いたします。
皆様の暖かいメッセージをお待ちしております。
(山猫合奏団一同)
《過去の公演記録》


神楽坂、田中寺に続き、Official Site に桶川の会場案内地図を掲載しました。
昭文社のご協力を頂きました。ありがとうございました。
《桶川公演Official情報》



オツベルと象
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(神楽坂の公園にて)
シューマン作曲「トロイメライ」を聴いた。「子供の情景」全曲を聴こうと探したのだがCDが見つからなかったのですが、幸い「トロイメライ」の入っているピアノ演奏集がありました。いろんな作曲家の曲が入っています。    
高山氏からのコメントもあって、ひさしぶりにちょいと聴いてみようかと思い立ち、かけてみたのですが、聴いているうちにこのタイトルがうかびました。

たとえ話は人間が物語る時のおおいなる手段?方法?言葉がうかばない。いずれにしろ想像と不可分であるでしょう。
グリム、イソップ、アンデルセン、小川未明、名のある作家だけでなく、昔話や民話や夢の話などほとんどがたとえ話のようにおもえます。
たとえ話が子供じみているとか子供の世界だけの読み聞かせだなどとおもっていると大間違い。
イソップは知恵の宝庫だし、アンデルセンは人生(生死)とはなにかを考えさせてくれます。
むつかしいことはわかりませんが、仏の教えもそれにあたるのではないかと。
まあそんなわけで宮沢賢治にはいきつきませんでしたが今日のところはご容赦を。
(楠 定憲)



高山正樹のグチ…
楠氏と電話などで話すと、すぐにも記事を投稿するようなことをノタマウので、そんじゃあよろしくねと電話を切るのですが、一向に音沙汰なし。その繰り返しです。で、結局わたくし高山正樹が、こうしてちょっかいを出すことになるわけですなあ。もう、おまえさんのややこしいはなしなんか聞きたくない、ごもっともでございますが、ちょいとご容赦を。

宮沢賢治の、「小岩井農場」の一節です。

 これがじつにいいことだ
 どうしようか考えているひまに
 それが過ぎて滅くなるということ

まさか、そんなこと目論んでいるわけじゃないよね、楠さん。
それから、こんなのもあります。

 世界ぜんたい何をやっても間に合わない
 その親愛な近代文明と
 新な文化の過渡期のひとよ
 (雨中謝辞)

時間が無いんですよね、楠さんにも、そして、僕にも。
僕は、ちょっと気になって、そっと掌を眺めてみたのです。

 ところがおれのてのひらからは
 血がまっ青に垂れている
 (空明と傷痍)

こいつはえらいことだ、そうして僕は、なぜ僕の血が青くなってしまったのか、その原因をご教授願おうと、宮沢賢治さんを訪ねたのですが、逆に、山猫合奏団の皆様への宿題を頂いてきてしまったのです。
それは、「作品第1003番」であります。

 色のついた硝酸がご用ですか…
 …いいえ、わたくしの精神がいま索ねて居ますのは
 第六交響楽の水に落ちた木の陰影の濃度を測定する
 青い試薬がほしいんであります…

さて、どうなりますことやら。
(2008/10/5:高山正樹)