本公演は終了しました。たくさんのご来場、ありがとうございました。

わが街コンサート in 椎名町
日時:2010年2月10日(水) ①14:00開演 ②19:00開演
場所:一音会バッハはうす 3階ホール
(西武池袋線椎名駅 北口徒歩5分 Tel:03-5966-9114)
料金:大人 4,000円、子供 1,000円
主催:たのしいな町プロジェクト(Tel&Fax:03-3554-2242)

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◆チェロとピアノ
 ・カミーユ・サン・サーンス作曲「白鳥」
 ・ギャスパール・カサド「親愛の言葉」
   チェロ:大島 純  ピアノ:白石 准

◆アンドレ・カブレ作曲「ラ・フォンテーヌによる三つの寓話」
 1:カラスと狐 2:蟻と蝉 3:狼と羊
   ソプラノ:人見 共  ピアノ:白石 准
   語り:楠 定憲/高山正樹

   ~休憩~

◆《山猫合奏団》 “セロ弾きのゴーシュ”
   チェロ:大島 純  ピアノ:白石 准
   語り:楠 定憲/高山正樹

 ⇒Official_Site記事へ

なお、人見共さんの珠玉のプロフィールはこちらの記事に……
 ⇒http://lince.jp/lince/oldnews/mitudan…

40名で一杯という会場に、2回合わせて100名ほどのお客様においでいただきました。お越しくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

いつものことですが、今回も、来てくださった方々に、このOfficial_Blogにコメントしてくださいとお願いをすることも、次回公演のご案内をすることも、またまた忘れてしまいました。困ったものですが、それもこれも、一期一会こそを大切にしているからだと、妙な納得の仕方をしています。

公演の画像等を追記掲載しましたが、そうするということもお知らせしないので、どのくらいの方にご覧いただけるものなのか、若干不安を感じながら、本記事の続きに、当日の画像、及び「演劇的メッセージ」を掲載しましたので、どうぞご覧ください。

あらためて、お客様ならびに、人見輝也様、一和多文江様はじめ、ご尽力くださった皆様に感謝申し上げる次第です。
(M.A.P.代表 高山正樹)


この日のこと……
C・W・KYOKOさんが撮影してくれました。
(彼女の作品をPost Card にして楽天市場“沖縄map”で販売中です。)

続々と。
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白いピアノ…
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人見輝也氏。
開演の挨拶をする人見輝也氏
白鳥。
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サービス。
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カサド。
人見共
人見共さん。
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狐か、蟻か、狼か……
楠定憲
カラスか、蝉か、か弱き羊か……
高山正樹
そして“セロ弾きのゴーシュ”
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【新しい試みに関する演劇的メッセージ】
音楽的なことは、白石准が自身のブログにて書くでしょうから、ここでは役者の側からいくつか申し上げてみたいと思います。
山猫合奏団の歴史は、まだその名前が生まれるはるか前、白石准の音楽活動の一ページであった“仔象ババールの物語”の初演から数えれば、もう30年になります。
その長い間、山猫合奏団は、客観的にみれば殆んど100%音楽の場で活動してきました。それがM.A.P.がプロデュースするようになって、活動の場が広がる気配が出てきました。昨年のしんゆり芸術祭への参加が、その最たるものでしょう。
その日のことを、白石准は歴史的な一日と表現しました。後に白石准は、そう語ったことについて「営業的な意味で」というような注釈をつけたりしていますが、しかし演劇的な立場から考えると、表現的にこそ大きな転換点であったと思えるのです。
それまで、やはり音楽的な思考が自分たちの作品を考える尺度の基本であり、演劇的なアプローチは、常に補足であったと言わざるを得ませんでした。
ところが、昨年のしんゆり公演から、山猫合奏団は、演劇的にも厳しい批評にさらされることになりました。

とはいえ、山猫合奏団が白石准の発想をその基底としている限り、特に新作の創造過程においては、音楽的な事柄が先行することは当然です。でも一方で、参加する役者は、今までのように音楽の世界に遊びに来た門外漢として受身でいるわけにはいかなくなったのです。
もちろん、これまでだってただの傀儡であったわけでありません。申し上げたいことは、今後は音楽に匹敵する高いハードルを、演劇的な要素についても自らに課していかなければならないということなのです。
ただし、当然のことながら、そのことによって、今までの音楽的価値を一分(いちぶ)たりとも損なうことがあってはなりません。そうなったら、山猫合奏団はその存在価値を失うでしょう。

今回の新しい試みに関して、未だ日本人の知らない巨大な鉱脈がここにあるかもしれないと感じています。そう僕が言えば、白石准は30年前からそう思っていたと言うに違いありませんが、僕は僕で、演劇的にかなり深い意味でそう感じているのです。
それについてはとても一言ではお伝えできませんが(何しろ共演者にも伝えられていないのですから)、このサイトにおいでくださっている音楽に造詣の深い方々が興味を持ってくださるならば、いずれどこかでご報告したいとも思っています。
 ⇒関連するメッセージのある記事

手前味噌ではありますが、今回の新しい試みは大変成功したのではないでしょうか。ただし、かつての山猫合奏団ならば、という注釈つきで。
はたして我々は、白石准が発想した音楽的表現の「高み」まで演劇的要素の部分も引き上げることができていたのかどうか、それを冷静に検証しなければなりません。白石准が音符ひとつひとつの音を、深い感性の場所で丁寧に選び出しているように、我々は言葉をも扱っていたでしょうか。

今回の「ラ・フォンテーヌによる三つの寓話」は、音楽的には、初演として合格点で十分満足していながら、あえて演劇的には不十分であったと、僕は今後の我々自身のために述べておきたいと思うのです。

演劇的にも高めていく、これは“セロ弾きのゴーシュ”にもあてはまることです。むしろ“ゴーシュ”でこそ考えなければいけないことかもしれません。
今までの我々にはなかなか聞こえにくかった演劇的批評をも的確に拾い上げて、それを我々の作品に反映させることは、今後ますます必要となるでしょう。
何よりも、30年間言葉を操ってきた専門家として、山猫合奏団での演劇的表現を徹底的に構築する、それが出来たとき、我々は真にジャンルを越えたボーダレスな表現を獲得しようとしているのですと、全世界に向けて宣言できるのだと思うのです。

今年のしんゆり芸術祭は“セロ弾きのゴーシュ”で参加します。5月4日まで、あまり時間がありませんが、演劇的にもどこまで高められるのか、挑戦したいと思っています。

《追伸》山猫合奏団の新メンバーに関してひとつふたつのご報告、間もなくです!