2009年10月30日
ゴーシュの畑からトマトをとってお土産に持ってきた三毛猫、こいつはオスなのかメスなのかということも謎ですが、ともかくゴーシュは、今までその大きな三毛猫を五、六ぺんみたことがあるということについて、なんで五、六ぺんなのかというおはなしを前回しました。
続いてやってきたのはカッコーです。
(ちなみに、ドイツの南部地方の古い方言では、カッコウのことを“Gauch”というらしい。“ゴーシュ”は、この“Gauch”から作った名前だという説もあるのです。)
ゴーシュはドレミファを教えてくれとしつこくいうカッコーに、こう答えます。
「うるさいなあ。そら、三べんだけ弾いてやるから、すんだらさっさとかえるんだぞ」
なんで三べんなんでしょう。これもなんだか納得がいかない。一度で十分でしょうに。
ところが、何度も声を出して読んでいるうちに、あることに気がついた。
そら、さんべんだけひいてやるから、すんだら、さっさと、かえるんだぞ
このSの発音の並びが、実に気持ちがいいのです。そう思ったら、さんべん以外にはないじゃないですか。さんべんの次はさんじゅっぺんまでSの音は出てこないのですから。
いかん。完全に罠にはまっている。
おまけ。
ネズミの親子の最後の場面。
「こどもをさきにたててでていきました」のててでての並びも気持ちいいんだよねえ……
ネズミの親子の場面の謎は、また次回。
続いてやってきたのはカッコーです。
(ちなみに、ドイツの南部地方の古い方言では、カッコウのことを“Gauch”というらしい。“ゴーシュ”は、この“Gauch”から作った名前だという説もあるのです。)
ゴーシュはドレミファを教えてくれとしつこくいうカッコーに、こう答えます。
「うるさいなあ。そら、三べんだけ弾いてやるから、すんだらさっさとかえるんだぞ」
なんで三べんなんでしょう。これもなんだか納得がいかない。一度で十分でしょうに。
ところが、何度も声を出して読んでいるうちに、あることに気がついた。
そら、さんべんだけひいてやるから、すんだら、さっさと、かえるんだぞ
このSの発音の並びが、実に気持ちがいいのです。そう思ったら、さんべん以外にはないじゃないですか。さんべんの次はさんじゅっぺんまでSの音は出てこないのですから。
いかん。完全に罠にはまっている。
おまけ。
ネズミの親子の最後の場面。
「こどもをさきにたててでていきました」のててでての並びも気持ちいいんだよねえ……
ネズミの親子の場面の謎は、また次回。
(楠さん、僕はあくまで代理だよ:高山正樹)




白石准 さんのコメントです。
そういえば、そういうことを感じた最初の作品が「オッペルと象」(さいきんは、オツベルとひょうきするようになったみたいだけどね)ののっけから音楽が聞こえてきた感じがしました。
賢治には興味ないっていつも言っているんだけど、僕も実はそのころから賢治の罠にはまっていたのかもしれません。
意味を伝える言葉の役割の他に「言葉の持つリズム」を心地よく思うというのは、完全に音楽の領域みたいだからね。
ドレミファソラシドをさんべん弾くことに意味をなすために、僕が作曲したあの曲は、作品全体でもっとも「印象の薄い」ナンバーになっていると思いますが、僕の中の「そのつもり」というのは、ゴーシュだけが聞いていた「メロディーは一緒でもハーモニーが違えばそして、音の長さが気分が変わる」ということで、なげやりに弾いているようで実は丁寧に弾いてみたが、「違います、違います、そんなんでないんです」と言われるから、怒ってしまうという、演出なんです。
だから、やる気なしにひいて、「ドレミファ」の真髄について、その後に自分の確信が揺らぐというのはあまりに、単純すぎて、それなりに真面目に音楽に取り組んでいるけど、あと一歩(というには、楽長に怒られすぎだけど)なにかが足りないのがゴーシュであり、やっぱり才能はそのくらいセンシティブじゃないと、最後みんなが口あんぐりあけるくらいの演奏をする才能が隠れている人物には思えないのです。