過去ログ

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オツベルと象
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(神楽坂の公園にて)
シューマン作曲「トロイメライ」を聴いた。「子供の情景」全曲を聴こうと探したのだがCDが見つからなかったのですが、幸い「トロイメライ」の入っているピアノ演奏集がありました。いろんな作曲家の曲が入っています。    
高山氏からのコメントもあって、ひさしぶりにちょいと聴いてみようかと思い立ち、かけてみたのですが、聴いているうちにこのタイトルがうかびました。

たとえ話は人間が物語る時のおおいなる手段?方法?言葉がうかばない。いずれにしろ想像と不可分であるでしょう。
グリム、イソップ、アンデルセン、小川未明、名のある作家だけでなく、昔話や民話や夢の話などほとんどがたとえ話のようにおもえます。
たとえ話が子供じみているとか子供の世界だけの読み聞かせだなどとおもっていると大間違い。
イソップは知恵の宝庫だし、アンデルセンは人生(生死)とはなにかを考えさせてくれます。
むつかしいことはわかりませんが、仏の教えもそれにあたるのではないかと。
まあそんなわけで宮沢賢治にはいきつきませんでしたが今日のところはご容赦を。
(楠 定憲)



高山正樹のグチ…
楠氏と電話などで話すと、すぐにも記事を投稿するようなことをノタマウので、そんじゃあよろしくねと電話を切るのですが、一向に音沙汰なし。その繰り返しです。で、結局わたくし高山正樹が、こうしてちょっかいを出すことになるわけですなあ。もう、おまえさんのややこしいはなしなんか聞きたくない、ごもっともでございますが、ちょいとご容赦を。

宮沢賢治の、「小岩井農場」の一節です。

 これがじつにいいことだ
 どうしようか考えているひまに
 それが過ぎて滅くなるということ

まさか、そんなこと目論んでいるわけじゃないよね、楠さん。
それから、こんなのもあります。

 世界ぜんたい何をやっても間に合わない
 その親愛な近代文明と
 新な文化の過渡期のひとよ
 (雨中謝辞)

時間が無いんですよね、楠さんにも、そして、僕にも。
僕は、ちょっと気になって、そっと掌を眺めてみたのです。

 ところがおれのてのひらからは
 血がまっ青に垂れている
 (空明と傷痍)

こいつはえらいことだ、そうして僕は、なぜ僕の血が青くなってしまったのか、その原因をご教授願おうと、宮沢賢治さんを訪ねたのですが、逆に、山猫合奏団の皆様への宿題を頂いてきてしまったのです。
それは、「作品第1003番」であります。

 色のついた硝酸がご用ですか…
 …いいえ、わたくしの精神がいま索ねて居ますのは
 第六交響楽の水に落ちた木の陰影の濃度を測定する
 青い試薬がほしいんであります…

さて、どうなりますことやら。
(2008/10/5:高山正樹)