2008年12月01日
生まれつき盲目の人が絵を描いている。風景画を。海の絵だった。鳥も飛んでいた。
筆は使わずに指で色を重ねていた。描き上がった絵を見たが、まさに海辺の景色である。
テレビ番組だったので、見た方もいらっしゃるでしょう。
絵も上手いし、すごいなあと思いつつ見るのをやめてしまったのですが、どうしてそんなことが可能なのかと思ってしまったのですよ。
彼(男性でした)は視覚での記憶は全てにおいてないわけです。なのに・・
以前読んだ佐治晴夫さん(理論物理学者)のエッセイのなかに全盲の方から聞いた話があったのをおもいだしました。引用します。
「白い杖を持つのは他者に目が不自由であることを知らせるためで、杖なしでも歩けます。」
佐治氏は驚かれたのですが、続けて曰く
「まわりの空気の流れの変化を全身で感じとることから周囲の状況がわかるのですよ。」
不思議です。がそれはわたしが自然現象に鈍感になっているからそう思ってしまうのでしょう。
宮澤賢治の「心象風景」は「わかる」ことよりも「感じる」ことと再確認するしだいです。
リズムを感じ・色彩を感じ・大きさを感じ・ドキドキを感じ・不思議を感じ・温度を感じ、それを楽しみ表す。
鈍感でいることは不幸な世界をつくってしまうような気がします。
筆は使わずに指で色を重ねていた。描き上がった絵を見たが、まさに海辺の景色である。
テレビ番組だったので、見た方もいらっしゃるでしょう。
絵も上手いし、すごいなあと思いつつ見るのをやめてしまったのですが、どうしてそんなことが可能なのかと思ってしまったのですよ。
彼(男性でした)は視覚での記憶は全てにおいてないわけです。なのに・・
以前読んだ佐治晴夫さん(理論物理学者)のエッセイのなかに全盲の方から聞いた話があったのをおもいだしました。引用します。
「白い杖を持つのは他者に目が不自由であることを知らせるためで、杖なしでも歩けます。」
佐治氏は驚かれたのですが、続けて曰く
「まわりの空気の流れの変化を全身で感じとることから周囲の状況がわかるのですよ。」
不思議です。がそれはわたしが自然現象に鈍感になっているからそう思ってしまうのでしょう。
宮澤賢治の「心象風景」は「わかる」ことよりも「感じる」ことと再確認するしだいです。
リズムを感じ・色彩を感じ・大きさを感じ・ドキドキを感じ・不思議を感じ・温度を感じ、それを楽しみ表す。
鈍感でいることは不幸な世界をつくってしまうような気がします。
(楠 定憲)



