ロシアの文豪レフ・トルストイの民話集(有名なのは「イワンの馬鹿」)の中に「人は何で生きるか」という貧乏な靴職人の一家と神様から三つの課題を解いてこいと人間世界にやって来たダメ天使のでてくる作品があります。人が生きていくうえで大切なことは何かを述べている物語です。その中でいちばん大切なのは「愛」なのだそれも人の心に湧き出て来た「愛」であり、「思いやる心」であり、実際に手を差し伸べることでありその心はみんなの中にあるのですと結んでいます。
 トルストイは敬虔なキリスト教信者だからこういう作品を書いたのだと言われるかもしれませんが、トルストイは当時のロシア正教を痛烈に批判しついには破門をされています。そんな彼が本当に伝えたかったことは何か?想像をめぐらせるしかありません。
 わたくしめはこの「人は何で生きるか」を参加している「劇団あとむ」で劇化しています。このところ上演する機会が多くありがたいです。劇化が決まり最初読んでいるときなんとか「わかろう」としていたんだけどある時ふと「おもしろみ」を感じたのです。それはこれは「なぞなぞ」ではなかろうかと。それともうひとつ「そうなんだよね」という言葉が浮かんできました。深刻ぶって考えてもなーんにも気づけない。それより特別のことではないみんなの中にもあることなのさ、それを解くのさ。と思ったら実におもしろくなりました。

 賢治さんは浄土真宗を信仰していた宮沢家を日蓮宗に改宗させるほど法華経を深く信仰していました。作品の中(雨ニモマケズ、春と修羅等々)にもそれはあらわれています。それよりも賢治さんの何事に対してでも懸命に関わる行動はある種のおもしろみを感じてしまいます。懸命さよりもそのの先にある楽しみや喜びこそが大切なんだよと本当は言いたかったのではと思ってしまいます(農民芸術概論綱要、ポランの広場等)。
 なんとなくトルストイと賢治は遠くないと思っているので書こうとしたけどダメでした。そのうちに。

 ところで「二匹の竜」という賢治の書いた作品のこと知っている方がいらっしゃいますか?そんなのないよでも結構です。教えて下さい。