Home > 合奏団メンバー > どんぐりと山猫(木管x5)
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《木管五重奏参加予定メンバー》
1961年(昭和36年)2月5日、東京都江戸川区に生まれる。
15歳よりファゴット(バスーン)を始める。
日本大学習志野高校・東京芸術大学器楽科卒ファゴットを故・三田平八郎、中川良平、フリッツ・ヘンカー、岡崎耕治の各氏に、室内楽を中川良平氏に師事。
聖徳大学付属中・高校また東邦音楽大学・同短期大学講師を経て、現在「財団法人 ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉」に所属。

白石准の合奏版“どんぐりと山猫”では96年以来何度も山猫合奏団のメンバーとして演奏している。


井出詩朗
《木管五重奏参加予定メンバー》
日本人離れした伸びやかで明るい音色を持つ現在日本を代表するホルン奏者の一人。

1962年北海道千歳市生まれ。5歳よりピアノ、中学1年よりホルンを始める。高校入学と同時にホルンを市川雅敏氏(札幌交響楽団)に師事。1981年国立音楽大学入学。
ホルンを大阪泰久、千葉馨の両氏に師事。1984年大学在学中に東京佼成ウインドオーケストラに入団。1985年国立音楽大学卒業。同年5月、第1回ヤマハ新人演奏会出演。
同年11月第2回日本管打楽器コンクールホルン部門第3位。

1988年新日本フィルハーモニー交響楽団に移籍。同年11月第5回日本管打楽器コンクールホルン部門第2位。
1989年7月、第21回国際ホルンシンポジウム(ミュンヘン)に招待され、千葉馨氏とジョイントリサイタルを行う。
1990年には第1回パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)に参加。ホルンをH・スィーナン(LSO)に師事。
1999年には世界中のオーケストラで活躍するPMFの卒業生から選抜され結成されたオーケストラPMF10(テン)にも選ばれ、国内ツアーを行う。

新日本フィルにおいてたびたびソリストとしてモーツァルトやR.シュトラウスの協奏曲を共演する。
またこれまでに、東京佼成ウインド、フィルハーモニー・ボンその他全国各地のオーケストラ、吹奏楽団等で協奏曲を多数共演する。

室内楽の分野ではJapan North Brass(金管五重奏)を主宰。東京ホルンクラブ、クニタチ・フィルハーモニカーアンサンブル、その他多数室内楽プロジェクトにも参加している。現在(財)新日本フィルハーモニー交響楽団首席ホルン奏者を務める傍ら、国立音楽大学、東京ミュージック&メディアアーツ尚美、トリフォニージュニアオーケストラ等で後進の指導にも精力的にあたっている。

白石准とは新日本フィルハーモニーで出会い、独奏との共演も重ねている。



菊地秀夫氏
《木管五重奏参加予定メンバー》
桐朋学園大学卒業。
クラリネットを二宮和子氏に、室内楽を鈴木良昭、三善晃の各氏に師事。1993年現代音楽演奏コンクール「競楽II」にて、内山厚志氏とのデュオで第2位入賞。
96年ダルムシュタット音楽祭で奨学生賞受賞。

卒業後アンサンブル・ノマドのメンバーとして活動。
ライヴやジャズミュージシャンたちとのコラボレーションなども行い、幅広い活動を展開している。

山猫合奏団には、一度初めて白石准がClarinetを使ったときの合奏版“どんぐりと山猫”に参加、様々なClarinetを持ち替え、自在に演奏した。

《木管五重奏参加予定メンバー》
木ノ脇道元
フルートを武田又彦、金昌国、細川順三の各氏に師事。

92年秋吉台国際現代音楽セミナーにて招待演奏、94年夏にダルムシュタット国際現代音楽祭に参加、ファーニホウのレクチャーにて《Unity Capsule》を、受講生コンサートにおいて川島素晴氏の《Manic Psychosis》を演奏し奨学生賞を受賞。 

同年秋、ピアニスト大井浩明氏とのデュオ"Duo Dogen"で、東京現代音楽祭室内楽コンクール〈競楽〉で第1位となる。

受賞の翌年、同世代の作曲家への委嘱作品のみのコンサートを東京文化会館において開催、好評を博す。
98年第八回出光音楽賞受賞、アリオン音楽賞奨励賞受賞。

白石准の“どんぐりと山猫”には合奏版で何度も演奏し、他の作品、八王子車人形のために書いた‘天の岩戸’(“セロ弾きのゴーシュ”の‘何とかラプソディ’の原型を含む)や、‘ノジーフ物語’(相模湖の水の汚染を食い止める啓蒙的芝居の音楽を1998年に白石准が作曲し、山猫合奏団創立メンバーの早川潔氏とともに演奏した)でも共演、白石准の作品演奏では欠かせないFlute奏者である。

近年は作曲家としても活動の場を拡げている。

楠
愛媛県に生まれる。
春秋座・青芸・かかし座での客演を経て、白石・高山・大島各氏と出会い共演を重ねる。

また現在も、劇団あとむでの俳優活動で全国各地をまわっている。

出演作品、白石准作曲楽劇“どんぐりと山猫”・“セロ弾きのゴーシュ”・“注文の多い料理店”・“オツベルと象”(予定)・劇団あとむ「あとむの時間はアンデルセン」・「風を見た少年」・「気のいいイワンと不思議な小馬」。

白石准とは、1976年にともに玉川大学に在学中に知り合い、プーランク作曲の“仔象ババールの物語”を通じて初めてナレーションとPianoという編成に手を染める。

白石准のデビュー作、“どんぐりと山猫”は楠定憲の存在があってこそ、書かれた。
それ以降、30年を遙かに超える共演を続けている。

最近では白石准を劇団あとむに誘いそこでも共演をしている。


《木管五重奏参加予定メンバー》
篠崎隆
東京芸術大学大学院終了。
1988年 1999年に文化庁在外研修員としてベルリンおよびチューリッヒに留学。スイス・ビール市歌劇場管弦楽団と共演、ベルリン及びスイス各地においてオーケストラ、室内楽等数多くの演奏家活動を行う。

オーボエを鈴木尚雄、小島葉子、H.シェレンベルガー、P.フックスの各氏に、室内楽をF.リーム女史に師事。また、イングリッシュホルンに関する楽曲の発掘や編纂に力を注いでいる。(財)東京交響楽団 オーボエ・ソロイングリッシュホルン奏者。

白石准とは、東京交響楽団で知り合い、その後Trio J.P.S.(白石准は離脱したことにより、現在は別名の団体になっている)でも共演、まだ山猫合奏団としての実績はないが、白石准の“セロ弾きのゴーシュ”の中の‘なんとかラプソディ’をOboeで演奏して貰ったたことがある。
白石准
東京生まれ。作曲家の父白石顕雄に音楽の手ほどきを受けた後、小林仁氏にピアノを師事。
しかし、音大には進まず、玉川大学では演劇を専攻し、劇音楽の作曲に目覚める。

学生時代より様々な演奏活動をしていたが、1985年、東京渋谷の西武劇場で行われていた現代音楽祭、"MusicToday"を主宰していた作曲家の武満徹氏に見いだされ、突如代役でアメリカの作曲家、フレデリック・ジェフスキーの夕べにて、作曲家と二台ピアノの作品を演奏し、各方面の絶賛を浴びピアニストとして本格的に認知されるようになる。

それ以降、弦楽器、管楽器、打楽器、声楽と、分野を問わず国内外の著名な独奏者、独唱者との共演を重ねている。

特に、NHK交響楽団の首席トランペット奏者の津堅直弘氏とは20年をこえるコンビを組んでいることは有名で、独奏のみならずかつて彼が率いていたThe Trumpets5のピアノを担当し、各々のCDのピアノを担当している。

独奏でも、プーランクやモンポウといった普段あまり取りあげられない作品などをたびたびとりあげ、数々のすばらしい共演者とともに、意欲的な自主企画、"白石准のピアノの部屋"は昨年110回目を越えた。

TV朝日の『題名のない音楽会』は主に黛敏郎氏存命中のころのシリーズで独奏者としても何度も出演した。

作曲家としてもたびたび劇音楽や古典芸能の人形劇との仕事も重ねているが、「語りと音楽」で構成された、宮沢賢治の原作に基づく“どんぐりと山猫”は、70回を超える再演を重ねていて、2005年には"セロ弾きのゴーシュ"(もちろんゴーシュは演奏、台詞、ともに委嘱してきた大島純)、そして人形劇団ひとみ座のメンバーのために"注文の多い料理店"を書き下ろした。

その後、“注文の多い料理店”は高山正樹の歌唱力を活かした作品として2008年夏に生まれ変わりました。

2007年に名古屋の人形劇団むすび座のために"ジョディと子鹿のフラッグと"を作曲した。

2011年には新作“オツベルと象”を、2人の語り手(楠定憲、高山正樹)、そして象の象徴をTuba(古本大志)で、そして独特の文体のリズムをJazzBass(稲垣護)とPiano(白石准)で包むというスタイルで作曲している。

Musicalでも、CandideやWestside Storyを始めとしてオーケストラプレイヤーや稽古ピアノとして多数の作品に、2010年には、SHE LOVES MEやGuys and Dollsで、稽古ピアノから参加し、本番では指揮をしながらKeyboardを演奏する立場になった。

そしてバレエでも、マシュー・ボーンの「ザ・カーマン」、アダム・クーパーの「危険な関係」ではキーボードを、そしてレニングラード・キーロフバレエ団のペトルーシュカのピアノ独奏者をつとめたように、ピアノ奏者としてだけでなく、シンセサイザー奏者としても数多くの話題作に関わるなど、実に幅広く活動を展開している。

オーケストラの鍵盤奏者としても新日本フィルハーモニーを初めとして在京だけでなく地方の団体でも多数活動してきている。

http://shiraishijun.jp



高山正樹Profile
修羅場が語れなくても、啖呵が切れなくても、講談は務まるらしい。
だから、故小金井芦州は講談師を嫌った。彼は「最後の講釈師」と呼ばれた。
その芦州に出会って、3日で芦晃という名を頂戴した。

弟子になったつもりなどないのに、弟子を取らない芦州が弟子を取ったと話題になった。
芦州の前座で、修羅場を語った。本牧亭の売店のおばちゃんに、久しぶりにいい修羅場を聞かせてもらったと褒められた。

酒の席で、若手の講談師に、役者の片手間に高座に上がることを責められた。普段は饒舌な芦州が、ただ黙って聞いていた。

その日、芦州の元を去ることに決めた。以来、一度も芦州とは会わなかった。

齢50を過ぎて、白石准との作品を売る気になった。今、僕のプロフィールは、芦州との思い出だけでいいと思っている。
(“山猫合奏団”をプロデュースする “M.A.P.” 代表)

なお、ナレーション等のお仕事のご依頼がありましたら、下記サイト(JAMBO)よりどうぞ。ボイスサンプルもあります。コンサートでは聴けない声が聞けるかも。
http://www.jambo.co.jp/japanese.htm

*****
楠定憲と同じく、最初の個人的共演は、プーランクの“仔象ババールの物語”であった。
その後、“どんぐりと山猫”も多数共演した後、1996年、山猫合奏団の初演で語って以来、様々な編成の“どんぐりと山猫”を経験、“セロ弾きのゴーシュ”でのカッコウはもちろん、“注文の多い料理店”ではその歌唱力を存分に発揮し、それで味を占めた白石准は2011年の新作、“オツベルと象”に於いても、また歌として書かれている白象の台詞を担当させられている。


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