《高山正樹による「宮澤賢治考」のプロローグ》
(「音を楽しむ雑記帖」が寂しく閉鎖されたため、記事をこちらに移しました。楠さん、お邪魔しまーす。ああ、若葉荘を思い出す。注:若葉荘とは、30年前、白石、楠、高山が住んでいたアパートの名前である。)


宮沢賢治の“セロ弾きのゴーシュ”で、ゴーシュが毎晩練習している水車小屋に最初に訪れた三毛猫が、ゴーシュに向かって「ひいてごらんなさい」とリクエストした曲は、ロマチックシューマン作曲の“トロメライ”でした。

グーグルを使って「トロメライ」を検索すると、「もしかしてトロイメライ」と注意してくれます。
ヤフーだと、「トロイメライ ではありませんか?」とご丁寧なお言葉。
ましてやロマチックシューマンなどという作曲家は存在しません。
正解は、言わずと知れた(と、クラシック通の方ならおっしゃるでしょうが)ロベルト・アレクサンダー・シューマンのトロイメライです。

ドイツの作曲家、R・A・シューマンは、20代の終わり、1838年に「子供の情景」という小品集を作曲しました。その7曲目が、“トロイメライ”です。

 1:異国から
 2:珍しいお話し
 3:鬼ごっこ
 4:おねだりする子供
 5:みたされた幸福
 6:大変なこと
 7:トロイメライ
 8:暖炉のそばで
 9:木馬の騎士
 10:きまじめ
 11:こわいぞ
 12:眠る子供
 13:詩人のお話

「トロイメライ(Träumerei)」はドイツ語の「トラウム(夢、英語のドリーム)」の派生語で、「夢を見ること」、つまり「夢想に耽る」とか「空想する」といったような意味があります。

シューマンは生涯で8人の子供を持つことになるのですが、シューマンがピアニストのクララと結婚したのが1940年ですから、1838年のシューマンにはまだ子供がありませんでした。
余談ですがシューマンの8人の子供の人生は様々です。8人目の子供はシューマンが天才と認めて見出したブラームスの子ではないかと、晩年のシューマンは疑っていたようです。
子供の自殺、自らの自殺未遂と精神病などなど、46歳の若さで亡くなるまで、結婚後のシューマンの一生は決して幸せなものではなかったのかもしれません。しかしそれだけに、子供が大好きだった若きシューマンが、まだ見ぬ子供を夢想して作曲したトロイメライの限りなく美しい旋律は、シューマンの生涯を知れば知るほど聞く者の心を打つのです。

小品集「子供の情景」は演奏するだけなら決して高度な技巧は必要ではなく、むしろ易しい。けれども、「聴かせる」演奏をしようとしてその構造などを分析しはじめるととても複雑、つまり第一印象とは大違いで、トロイメライのいい演奏をするのは容易なことでないらしいのです。きっと、技術でごまかせないからこそ、その分、ピアニストの心がむき出しにされてしまうのかもしれませんね。

後にシューマンは「子供の情景」について、こどものための曲ではなく、大人のために作曲したのだと言っています。

宮沢賢治は、どんな思いで「ロマチックシューマン作曲のトロメライ」という小道具を“セロ弾きのゴーシュ”の中に持ち込んだのでしょうか。
(最近の山猫合奏団では「シューミャン」とか「トロミャライ」とか三毛猫に言わせてウケを狙っていますが。)
「夢」、「へたくそ」、「子供」、そして「おとな」。
なんだか、色々な想像が湧いてきませんか。

でもこの先は、楠定憲氏の持ち場、そのうち書いてくれるでしょうから、それをゆっくり待ちましょう。
(2008/8/28:高山正樹)