その一瞬間の全き静寂の後、寄せた波が返す時の音ように、体育館には緩やかな笑いのざわめきが起こりました。それは何故か。今壇上に立っている男に、心ならずも妙に引きつけられてしまった、そしてそれが、今この場に集まっている全員の共通の状態だということに、静寂を作り出した張本人の一人ひとりが、やはりほぼ同時に気づかされたのです。生徒集会には、およそ場違いな集中力の集合体が生み出した静寂、その緊張が自嘲的な笑いによって解きほぐされた瞬間でした。
しかし、彼らの壇上の男に対する興味が失われたわけではありません。
僕は、解放された笑いのざわめきがおさまるのを、静かにじっと待ちました。いまや、完全にリラックスしながらも、なおこの僕にしっかりと目を向けている聴衆、表現するものにとっては、ほぼ完璧なシチュエーション。僕は、おもむろに語り始めたのです。

何をしゃべったのか、あまり良く憶えてはいません。いずれにしろ、たいした話をしたわけではありません。しかし完璧なシチュエーションがあれば、たいていの話は大ウケします。
東京都立駒場高校は、保健体育科などもあり、体育については特に力を入れている学校でした。そんなわけで、それまでの古い体育館兼講堂は取り壊され、当時の都立高校にしては不釣合いなほど立派な体育施設が新しく建てられました。その中の大体育室で、生徒総会はとりおこなわれていました。
僕は、その舞台に立っていました。しかしそれは、体育室の一辺の壁を穿っただけの極めて貧弱なもので、殆ど演台にしか使えない代物だったのです。ぼくは、そのとってつけたような舞台を、ちょいと茶化してみたのです。
間口何歩、奥行き何歩、大またで歩測しながら、こんな狭い空間で、芝居なんかできるか。
聴衆はやんやの喝采。保健体育科の生徒たちも笑っていました。要するに、ちっとも真剣な話じゃなかったということです。
大きな予算で都が建設した施設。それが出来上がっちまってから、それについて生徒会で文句言ってみたところで、どうかなるものではありません。生徒総会とは、今度の文化祭をどうするかとか、放課後の校庭の使用について、どのように各運動部に割り当てるかとか、そういう地道なことを取りまとめて決める機関です。僕のパフォーマンスは、単なる余興でした。聴衆は、僕の悪ふざけに付き合って楽しんでいただけです。

生徒総会を取り仕切る2年生、生徒会長だったか、書記だったか、さすがになかなか優秀な男でした。僕に好き勝手にやるだけやらせておいて、区切りのいいところを見計らって、彼は僕にこう言ったのです。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
たしかに彼は優秀でした。それが証拠に、この彼の言葉にも、笑いと喝采が起こったのですから。
しかし、彼は誤算していました。彼がもし政治家になりたかったのだとしたら、こう言うべきだったのです。
「ありがとうございました。ほかにありませんか。ないようですね。ずいぶん時間も押してしまいました。ごめんなさい。これで散会とします。」
そして、僕を舞台の真ん中に置き去りにして、そそくさと退場する。そうすれば、君の大勝利だったのだ。しかし、残念ながら君は、僕の大ウケの演説に影響されて、柄にもなく、ちょっと余計なことを言ってしまったのだ。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
飛んで火に入る夏の虫。君は、僕の闘争心に火をつけた。僕は、この戦いに何の不安もありませんでした。完全なシチュエーションに置かれた聴衆を味方につける術は、君より僕のほうがはるかに秀でているのだから。実生活の人間関係は苦手だとしてもです。

《その3》へ続く