09/03/12 : 《1985年9月17日の旅のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
今日から秋田に入った。
「義務」という意識を、強迫的に持つことによって、辛うじて行為を選び取っている……、そんな印象を、目の前に放り出すように書いてみると、なんとも中身が抜けてしまって、不誠実だという気がする。おかしなことだ。誰に読ませるつもりもないのに、自己完結した行為なのに、何に対して不誠実だと感じるのか。だいたいが書かねばならぬなどと思うこと自体がおかしいのだ。
「強迫的」などと、心理を分析するようなことをするから、空っぽになってしまうのだ。心理学的分析を一切回避して、ひたすら論理的に考えるべき事柄がある。問題は、どうやって論理をエゴイズムから解放させるかである。まずはできるだけ大きな全体を準備して俯瞰する。そして今語ろうとしている論理にアクセントがあるかどうかを確認することだ。論理的に考えるべきテーマであると主張するだけのアクセントがあるかどうか、それ以上に強いアクセントを持った課題が、俯瞰した全体の中に存在しないかどうかを確認することが重要なのだ。
アイヌのことは明日。
「義務」という意識を、強迫的に持つことによって、辛うじて行為を選び取っている……、そんな印象を、目の前に放り出すように書いてみると、なんとも中身が抜けてしまって、不誠実だという気がする。おかしなことだ。誰に読ませるつもりもないのに、自己完結した行為なのに、何に対して不誠実だと感じるのか。だいたいが書かねばならぬなどと思うこと自体がおかしいのだ。
「強迫的」などと、心理を分析するようなことをするから、空っぽになってしまうのだ。心理学的分析を一切回避して、ひたすら論理的に考えるべき事柄がある。問題は、どうやって論理をエゴイズムから解放させるかである。まずはできるだけ大きな全体を準備して俯瞰する。そして今語ろうとしている論理にアクセントがあるかどうかを確認することだ。論理的に考えるべきテーマであると主張するだけのアクセントがあるかどうか、それ以上に強いアクセントを持った課題が、俯瞰した全体の中に存在しないかどうかを確認することが重要なのだ。
アイヌのことは明日。