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カテゴリ: 《過去のノート》
旅の読書メモ。

「ブレイク詩集」
いつものことだが、翻訳の詩集はきつい。

ハンスと名づけられたぬいぐるみの「息子」を持つ小此木啓吾。
「この社会のなかで、ある子どもはどうして登校拒否にならずに学校に通い続け、ある女性はフリーセックスをしていても神経症になることはないのか」
なるほどその通りだなどと、危うく騙されるところだった。まず、ハンスの物語でも書けばいいのに。

活字に反応して神経症のフリをする。僕の精神とは、いったいどのようなモノなのか。

ガンに侵された老フロイトの言葉。
「ボンヤリするくらいなら痛みのさなかでものを考える方がましだ」

知識だけで形成された虚構のアイデンティティー。ハンスの方がマシか。

大江健三郎。
「良い警官より、つまらない小説家が尊敬されたりするのはまちがっている」
良い警官とは、神経症などには決してならぬ実弟のこと。

この旅で、萱野茂氏に会う。

カテゴリ: 「アイヌ」のこと
過去のノートの、1985年の8月26日に記した文章の後に、何をどう反省したのか、「特筆すべきことが無かった」はずの一週間の出来事を、僕は箇条書きにメモしている。

22日 新潟泊
23日 小樽へ
24日 積丹半島神威岬、特筆すべき美しさ
生うに丼、1300円、特筆すべき旨さと値段
    余市ニッカウ井スキー、試飲、蛇足
25日 札幌入

そして、さらに続けて、躊躇したような乱雑な書き込み。

19日 萱野茂「アイヌの碑」、自画自賛、駄作、あくまで読み物として

当時の僕に、正しい批評眼があったとは思えない。そんな僕の勝手な落書きを、ここで無責任に公開することは、もしかすると許されることではないのかもしれないが、これはあくまでも自らの未熟を報告するためのこと、どうかご容赦いただきたい。
いわゆる「観光アイヌ」としても働き、長老のアイヌ式の葬儀を、参列者からの白い目の中で記録し、失われていくアイヌの民具を買い集め、それらを展示する資料館を建設し、そういうふうに単純に並べてみれば、もしかするとアイヌの同胞たちから批判されかねない半生の、その苦労を綴るその語り口を、当時の僕は「自画自賛」と感じ、読み物としては「駄作」だと規定したのである。
萱野氏の半生に横たわる「ほんとうの出来ごと」に対して想像力を働かせることをせずに、「自画自賛」としか感じ取ることができなかった僕に非があることは間違いない。

といいながら、「駄作」などと言い放ったのと同じ間違いを、再び犯すかもしれないと恐れつつ、僕は今、萱野茂氏の「アイヌの碑」について、こう思っている。
萱野さんは、離れていった愛する同胞たちに向けて、必死に弁解していたのではないだろうか。「これが僕の本当の気持ちだったのだよ」と。
そう思って改めて「アイヌの碑」を開くと、やさしい文体で書かれてはいるのだが、僕はそのいたるところに深い悲しみを見つけ、涙なしに読み進めることが出来ないのである。

実際にお会いした萱野茂氏が話した「日本語」は、氏の著作の言葉とは全く違い、独特に滞り、独特に躓き、決してネイティブな「日本人」が扱う日本語とは思えなかった。何故そうだったのか、僕は、一生忘れ得ぬ萱野さんの「独特な声」を思い出しながら、いつかゆっくりとそのことについて考えてみたいと思っている。

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11月10日月曜日: 《1985年7月16日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
R.D.レインはいう。日常的な精神は、身体と意識の平和な共存を信じている。しかし、真実を見透かす分裂病者は、身体と意識の馴れ合いに安住できず、結果、正常な「身体化」は失われ、そのかわりに「非身体化-自己と身体の分離」が訪れるのだと。
分裂病者は、見慣れぬ自分の身体に、「にせの自己」を注入する。彼らの生は、自己が崩壊する恐怖と不安の中でおこなわれる壮絶な演技である。

「真正な罪」を犯さぬためには「真正ならざる罪」を重ねなければならないという。いったいそれは、どういう意味なのか。

分裂病者は、必死に自己の存在を確かめようとしているのだ。だが僕は、僕の肉体が確実にこの世界に存在していることを認識しているのである。僕にとって、身体と自己を分離させてみる実験は、帰宅時間が来ればそそくさと切り上げることのできる、夕暮れ前のママごとに過ぎない。僕の犯す「真正ならざる罪」は僕の精神の責任ではないと、舞台の上でいくら叫んでみても、僕の精神がコントロールしている僕の身体がこの世界の中にあって「真正ならざる罪」を犯し続けているという責任から、僕の精神は決して逃れることが出来ないのである。

分裂病者は、自己の存在を確かめるために、「罪」であることを知りながら、「真正ならざる罪」を切実に求めているのだが、一方で僕は、「分裂病者」などではなく、「分裂病者」になることも望んでいないのである。
つまり、「真正な罪」を犯さぬためには「真正ならざる罪」を重ねなければならないというロジックは、巷に溢れる「スキゾル」などという流行の造語のような安易さにまみれているのではないか。

僕らは「真正ならざる罪」の意識さえ、真に所有してはいないのである。

役者などという「あり方」に甘えて、分裂病者を装うことを、決して選択してはならないのだと思う。
こんな中途半端な状態では、レインのいう「真正な罪」という概念を断固拒否すべきなのだ。実存主義者のスローガンを、安易に掲げることもやめよう。
そして、あくまでも狂気ではない「分裂者」の道を探るのだ。「役者」などという不誠実な人種から、程遠い場所で、僕は何かを探すのだ。

矛盾している。そんなことはわかっている。だが、思い起こせ。僕は、芝居という武器を持って、この地平のかなたの悪に対して、絶望的な戦いを挑んだのではなかったか。それを目指したのではなかったか。町へ出ろ! そのためにまず、この肉体を自分のものとすることに同意するのだ。その為にこそ、小さな罪を犯すことを、犯し続けることを受け入れなければならないのだ。

グロフスキは、どこへ行ってしまったのか、僕はレインに、自分の欺瞞を暴かれ、自己を空にするというような目論見が、どうやら極めて怪しいことのように思われ、だから僕は、ひとまずグロトフスキについては棚上げすることに決めたのだ…

決めた? 驚いたもんだ。この僕に、まだ「決める」能力が残されていたとは驚きである。

11月 9日日曜日: 決して話さない理由

カテゴリ: 沖縄の、こと
もうオジイオバアとなってしまった沖縄の「父」や「母」が、自分が体験した沖縄戦のことを子供に話して聞かさない理由のひとつについて、こんなことを聞いたことがある。
話してしまったら、子供達の中に、大和に対する憎しみが生まれてしまうだろう。子供達は、これから日本人として生きていかなければならないのに、その日本を憎まざるをえないとしたら、子供達の未来は、とても生きにくいものとなってしまうだろう。だから、実の子供達には、彼らの将来の幸福のために、沖縄戦について、決して本当のことは話さないのだと。

目取真俊氏の発言は、時に過激で、取り付く島のないことがある。
「目取真俊の父親は、息子を連れて自分が沖縄戦で辿った道を歩き、自分の体験について、克明に語って聞かせたらしい」という話を、儀間進氏から伺った。

自分が体験した沖縄戦について決して話さない人が100人いれば、やはり100通りの理由があるのに違いない。どこかから、もう一切詮索などしないことにしましょうね、という声が、聞こえてくる。その言葉に、素直に従える時代が来ることを、心から願う。

三太郎。
今のところは、この程度で許して欲しい。いずれ僕のところに、確固たる確信が訪れたなら、また少しづつ、話してみようと思っているから。

アイヌについても、ボチボチと少しづつ…



カテゴリ: 三太郎
前略。
お久しぶりでございます。ほぼひと月ぶりですなあ。
相変わらず、なかなか先へ進まないご様子。「ほんとうのこと」に、あまりにもこだわり過ぎていらっしゃるようで。

あなたのお好きな儀間進オジイは、たしか二つの負い目があるとおっしゃったのではないですか?あなたは、そのうちの「戦争体験がない」という、ひとつめの負い目だけは語ったが、しかしふたつめの負い目についてはどうしようかと躊躇している。このまま進まぬ物語に付き合わされるのはかなわない、だからオイラが代わって発表しましょう。ばっさりと。

儀間進氏曰く
「私には負い目がふたつあります。ひとつは戦争体験がないこと、そしてもうひとつは、琉大文学をクビにならなかったことです。」

どうです? すっきりなさったのでは? そんな怖い顔でオイラを見ないでください。あなたはmixiという、開かれてるんだか内輪なんだかよくわからない場所の、「沖縄の独立を考える」なる「コミュ」とかなんとかいうところに、既にこんな文章を書き込んでいらっしゃるではありませんか。

《mixiへのコメント》
「アイヌ」という言葉は、本来「人間」という意味であったと記憶しています。「シサム(隣人)」である大和と出会うまで、「アイヌ」にとっての他者は、多分「自然」であったのだと思うのです。「アイヌ」にとってのアイデンティティーは、偉大なる他者としての「自然」を鏡にして、そこに自分たちの姿を写し出すことによって、確かに成立していたのではないでしょうか。「人間」という名のアイデンティティーです。
ところが「不幸(?)」にも「シサム」と出会ってしまった時から、「シサム」という他者の名前は、「シャモ」という憎しみを帯びた言葉に変貌し、元来人間を意味した「アイヌ」という言葉は、「シャモ」と区別された「自ら」を規定する呼び名となったのです。
僕は、「沖縄」を考える時、いつも普遍的な地表に導かれていってしまいます。人が、他者と出会い、そして理解し合うとはどういうことなのか。「わたし」は「あなた」を本当に理解できるのだろうか、というふうに。
新川明氏の反復帰論はご存知でしょうか。彼は沖縄独立論者として自分が規定されることに異を唱えます。「独立論」の先には、結局、国家が存在するから。新川明氏は、遠い遠い彼方に「国家」という枠組みのない世界を見据えて、今現在、沖縄はどうあるべきかを、模索し続けてこられたように思うのです。
一方で、新川明とは対極にいる作家・大城立裕氏と、今僕は仕事をさせていただいています。大和の言葉で、基地内で開かれる「カクテル・パーティー」の親善の欺瞞を告発し、沖縄に始めて芥川賞を齎しました。氏のあり方もまた、我々がとやかく言うことの出来ない、沖縄のひとつの選択であったのだろうと思うのです。
50歳にして、今僕は、たくさんの沖縄の方々と出会い、たくさんの勉強をさせてもいただいています。
そうして今、僕は、妻の故郷である「沖縄」を通して、僕のなかの「大和」を、問い続けているような気がするのです。
(2008/10/18)


あなた様がこの書き込みをされた途端、それまで盛り上がっていた議論が、ピタリとストップしてしまいました。あなたのお言葉は、いつも周りに冷や水を浴びせて沈黙を生み出します。それは「ほんとうのこと」と関係があるのでしょうか。それとも…

新川明氏は、琉大文学を「クビ」になった方。儀間進氏は、今も時々新川明氏とお会いになるという…

これについてはオイラの出番はここまで。この後の続きはお任せいたします。

そして、もうひとつのほんとうのこと。誰にも言えないほんとうのこと。それは言わぬが花、それこそはミステリーということにして、もういい加減に先へお進みになられることを期待しております。

お誕生日、おめでとうございます。誰も祝ってくれないあなた様への、オイラのお祝いのメッセージでした。
えへへ…



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