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カテゴリ: 《過去のノート》
シーシュポスは、いつ果てるともない作業を繰り返す。目的のない絶望的な行為、それと比べてしまえば、「恩讐の彼方に」の市九郎のやる仕事など、さほどでもなく思えてくる。中途半端という物足りなさ。戯曲の「恩讐の彼方に」では感じなかったことを、小説の形式で読んだらそう感じたのは何故なのか。
言葉が全く存在しなくても、舞台は成立するのかもしれない。しかし小説は、言葉を並べること以外に方法を持たない。沈黙を表現したい時、俳優は言葉を放棄して黙っていることも出来るが、小説家には無言は許されない。とりあえず、「沈黙」、と言葉を書き落としてみる。すると途端に沈黙は破られてしまう。厳密を欲する小説家が失われた沈黙を取り戻す為には、言葉を洪水のように垂れ流すより他に、もはや手段を持たない。沈黙は言葉の喧騒によってしか表現しえないものとなる。しかし、完全なる沈黙を手にいれることは、永遠に不可能なのだ。
だとすれば、例えば「シーシュポスの神話」を、小説の過剰な言葉によって想起させられるということを、どう理解すればいいのだろう。敢えていうならば、「不条理」などという概念によって「発見させられてしまった」状況とは、実は幻想であって、本来の人間の生活とは全く没交渉の空虚な概念ではないのか。しかし、これも所詮言葉の遊びである。
言葉の合理性は、ややもすると、その時の正確な思いや感じ方を無視して勝手に離れていく。
それを引き戻すのに、やっきである。

それと同じことなのかどうか分からないのだが、坂口安吾の文体の姿が、その内容と、ちっともそぐわない。坂口安吾の文体はあまりにも整いすぎていて乱れない。揺れない。それが「俗悪なるものの極点」なら、あまりにもつまらない。彼は堕ちたのではなく、昇天したのではないかと疑う。仮に行き着くところが同じなのだとしても、安吾は、俗悪なるものにまみれていない。それが、文体に出る。

だが、実の気持ちが極点で揺れていると、きっと文章など書けない。もしかすると、実の気持ちが極点で揺れているから、揺れぬ言葉しか書けないのかもしれない。揺れぬ言葉だけが、実の揺れている自分を救う唯一の手段なのかもしれない。しかし、であるとするなら、小説の言葉は真実を伝えないし、自分を真に救ってくれることもない。
宗教によって救われることを「よし」とするなら、宗教による救済が真の救済だというなら、それはまた別のはなしだが。



カテゴリ: 《過去のノート》
(ドストエフスキー「地下室の手記」)
「賢い人間が本気で何者かになることなどできはしない、何かになれるのは馬鹿だけだ、などと。さよう、十九世紀の賢い人間は、どちらかといえば無性格な存在であるべきで、道義的にもその義務を負っているし、一方、性格を持った人間、つまり活動家は、どちらかといえば愚鈍な存在であるべきなのだ。」
「ぼくが自分を賢い人間とみなしているのは、ただただ、ぼくが生涯、何もはじめず、何もやりとげなかった、それだけの理由からかもしれないのである。」
「もし世の賢い人間の第一の、そしてただ一つの使命が饒舌であるとしたら。つまり、みすみす無の内容を空のうつわに移しかえることでしかないとしたら。」
                     
神は殺された。運命もなければ歴史もない。もう、この「地下室」には何も無い。ただ限りない逆説があるだけだ。カントの名が使われても、それは逆説を引き立たせる香辛料、それ以上の意味はない。ここには弁証法という「不断のプロセス」はあるが、発展は無い。「あまのじゃく」という、〈内容〉の無い人間の〈形式〉があるだけだ。だがそれは、確かに逃れられない人間の真実だ。その逃れられない〈どうどうめぐり〉から逃れるために、ドストエフスキーは〈傍観者〉となって「手記」を書いた。
全ての「生」に共通した内容が唯一「悪」であることに気づいてしまった臆病者は、自殺も出来ずに、そして〈何者でもない傍観者〉となる。しかし〈何者でもない傍観者〉などという曖昧な場所に、人は長く居られない。それでもなお「悪」を嫌う者は、例えば小説家になる。〈傍観者〉から〈饒舌家〉へ。正しくは〈積極的に傍観しようとする傍観者〉から〈饒舌であることに消極的な饒舌家〉へ。あるいは〈誰からも愛されないことを願う真の怠け者〉から〈誰からも愛されようとする偽の怠け者〉へ。

(別役実「象」)
「もう僕たちは何もしてはいけないんです。何かをするってことは、とても悪いことなんです。静かに寝てる事です。」

(サガン「悲しみよ、こんにちは」)
セシルとは、罪悪感を持たぬ十八歳の少女フランソワーズ・サガンの分身。
「アンヌはものごとをはっきりとさせ、父や私だったなら、わざと聞き流してしまう言葉にも意味を与える、といった人だった。」
「そして(彼女は)後でこう言うのよ『私は自分の責任を果たした』なぜって何もしなかったからなのよ。もしもあの人が自分の生まれた境遇から、街の女になったとしたら、それなら彼女は偉いと思うわ」 

語るべきは〈地下室の住人〉に就いて。何も生み出さず、形づくらない芸術家、あるのはただ空想という名の芸術。誰からも愛されようとする饒舌家ではなく、「万人に勝利した」と信ずる、傍観者という名の、真の芸術家の、その可能性に就いて。
しかし……。
 「自分のために愚にもつかぬことまで望めるという権利、自分のためには賢明なことしか望んではならないという義務にしばられずにすむ権利」
「人間がいまだに人間であって、ピアノの鍵盤ではないことを、自分で自分に納得させたいために」
「たとえ行先はどこであろうと、自分の道を切り開いていくものなのだ」
「人類の目的」は「不断のプロセス、生そのもののなかにこそ含まれているのであって、目的それ自体のなかには存在していない」……
シクロフスキーは言う。「これは絶望の分析であって、理想の拒絶ではなかった」と。しかし僕は思う、何もかもが、〈傍観者〉から〈犯罪者〉への、「あさましいただし書き」ではないのか……。
「せめて一人だけでも、現実に生きている実在の人間を持っている必要があった」
〈芸術〉という名の〈殺人〉。〈殺人〉という名の〈芸術〉。

(太宰治「秋風記」)
「ひとことでも、ものを言えば、それだけ、みんなを苦めるような気がして、むだに、くるしめるような気がして、いっそ、だまって微笑んで居れば、いいのだろうけれど、僕は作家なのだから、何か、ものを言わなければ暮してゆけない作家なのだから……」

ところで僕は何者でもない。外の見えぬ地下室から一歩も出ることなく、そのうえ想像力さえ持ち合わせぬこの僕は、〈単なる傍観者〉にすらなれない。この僕の地下室には、たとえ幻覚でさえ「ぼた雪」の降ることなど決してない!

傍観者たる目を持つことが芸術家としての良心だと言いながら、一方で自分の創造する作品によって自己の全的実現を果たすというのはどういうことか。いかなるものも見る者によって違って見える、そしてそれが個性だなどと薄っぺらな事を言うのだろうか。僕はそんな虫のいい芸術家になりたい訳ではない。真の傍観者は、もっと苦渋に満ちているはずなのだ。
(ドストエフスキー「地下室の手記」)
「誇張癖」……「人をたぶらかす行為は、けっこう感傷癖と両立するものなのだ」

そして・・・

(芥川龍之介「文芸的な、余りに文芸的な」)
「地獄は炎の中に『したことの後悔』を広げているように、天国は『しないことの後悔』に充ち満ちている」
            
カテゴリ: 社長のつぶやき
ここのところ毎日のように、人に会うために出かけていく。ちょっと時間が開いたりすると、本屋に立ち寄ってみたりする。考えてみれば、ここ何年もこんなことなかった。ひたすらデスクに向かっての仕事、出かける時間どころか、本を開く時間すら全くなかった。会社なんか始める前は、一日ずっと古本屋で過ごしたりしていたのに、である。
だが、気になる本が昔と少し違う。入口あたりに平置きされてあるビジネス本など、以前なら全く見向きもしなかったのに、今はそれを手にとってみたりするようになった。
「たった今、同じことを考えている人間が、世界中のどこかに3人はいるのだから、思い立ったらすぐ行動することだ」とか、「経営者は非情になれ」だとか、いったいこんな本、誰が買うんだろう、手にとってパラパラ斜め読みはするが、決して買うことはない。だが、買わない理由がきっと昔とは違う。昔なら「こんなバカバカしい考え方なんか」と、ハナから相手にしなかった。今は「こんなわかりきったことを今さら」と思って買わないのである。

人生に正解などない。ビジネスのやり方にも正解はない。しかし、そこには雲泥の差がある。
人生を降りるのも、ひとつの人生である。しかし、ビジネスから身を引けば、それはもうビジネスではない。ビジネスから身を引く決断は、ビジネスにおける決断ではなく、人生における決断なのである。
このことは、何もやめるやめないという最後の決断の時だけに言えるはなしではない。ビジネスをやっていればちょくちょくやってくることだ。ビジネスのやり方に正解はないが、しかし不正解はあるのである。思い立っても行動せずに機を逃すとか、非情になれないで判断を誤るとか、ビジネスに反するようなこだわり方をして必要なことができなくなるとか、要するにこれはビジネスの放棄で、だから不正解なのである。しかし、だからといって、それが人生の不正解であるかどうかは別の問題なのだ。
もし、ビジネスに反するようなことにこだわりを持つなら、きっとビジネスから降りるほうがよい。
ビジネスなら生き延びなければならない。しかし、生き延びることから逸脱する人生は、十分ありうるのであるから。

たぶん世の社長の多くは、ビジネスから降りるタイミングをいつも謀っている。別の人生を生きるためにか、あるいは人生から潔く降りることを選択するためにか。
反対に、命を賭してビジネスの世界で生きようとする者もいる。だがそれは、死を覚悟することにおいて、もはやビジネスの決断ではない。それは、人生の決断なのである。
あるいはまた、人生の正解に背いて、ビジネスの正解に従って生きることを決めるということもありうるわけで、それもまた人生の決断と言えるのかもしれぬ。
要するに、何でもありということか。おおげさな話しに赤面してオチをつけずにはいられない。これこそ江戸の庶民の粋というもの。
龍頭蛇尾。



何かの〈きっかけ〉があって〈傍観者〉になったのではない。だいたいが〈傍観者〉になったのかどうか、それが定かでないし、それまで〈傍観者〉でなかったのかというと、それもよくわからない。つまり、何が変わったというわけではないのだ。きっと、〈傍観者〉という〈言葉〉をどこからか拾ってきて、いいもの見つけたとばかりに、都合よく使い始めただけのことなのだ。確かに、直截的に語ろうとすると、いらつく現実が〈谷底〉にはたくさんあったから、〈傍観者〉というレッテルを自らに貼りつけて、〈山のてっぺん〉で蟄居した振りをして、読書三昧の生活を正当化することができれば、すこぶる楽だったに違いない。少なくとも表面的には。
(1994/5/31)
時系列で読む


7月27日日曜日: 《1984年3月1日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
演劇関係誌の整理をしていた。そうしたら無性にいらついてきた。役者の書く文章は、役者とはいかに薄っぺらかという証明。
例えば「わたしが芝居を始めた理由」みたいな特集。だいたいこういう企画自体がそこはかとなく「胡散臭さ」を醸し出しているのだが、こんな特集が組めてしまうのは、編集者の思惑通りにまんまと乗っけられて芝居がかった文章を書いてしまう役者たちがいるからだ。「俺が今こうしている理由」、そんなこと実のところ容易に分かるはずなどないだろうに、大層な理由を簡単に語りだす役者の能天気さ加減。思い込みの強い阿呆のカタログを見ているようだ。

「モルグ街の殺人」を、推理小説といって侮ってはいけない。
「巧妙な人間はつねに空想的であり、真に想像的な人間はつねにかならず分析的である。」

僕は傍観者でいい、傍観者がいい、そう思ったらイライラはどっかに行っちまって、なんだか心が落ち着いてきた。
「よくある病気で人は死ぬ」、詰まらない小説読んで、どうということのない言葉見つけて、〈なるほど△〉なんて語尾あげて感心したりしている。

再び「モルグ街の殺人」
「深遠なものは、われわれがそこに真理を求めている谷底にあって、山のてっぺんにはないが、真理が見つかるのは山のてっぺんでなのだ。」
再び〈なるほど△〉。でも、「山のてっぺん」とは一体どこのことなのか……。

カテゴリ: 《過去のノート》
宮島新三郎は「薮の中」評の中で「色慾にあらざれば貞操、それはオール・オア・ナッシングの境だ」と言った。概念とはきっとそういうものなのだ。「痴人の愛」のナオミも「カインの末裔」を読んでいたのだし、「狭き門」のアリサも「物問いたげな表情」をしていたのだ。ナオミの色慾と、アリサの貞操とは、身を寄せ合って隣あっている。それを引き裂くように「オール・オア・ナッシングの境」が引かれるのだ。しかしそれは、「形而を越えし女性」(ボードレール)に対する冒涜なのだ。
それなのに、どうして僕はナオミよりもアリサの方に魅かてしまうのか。女性をこよなく愛したボードレールの、信用おけない正直な優しさが、むしろナオミの肩を持つからなのか。




カテゴリ: 《過去のノート》
1984年2月2日
「美徳と愛とが解け合っているような魂があったとしたら、それはどんなに幸福なことだろう! 悲しいかな、美徳というものはただ愛に対する抵抗だとしか思われなくなる……」
「アリサ! 君は、なぜ自分で自分の翼をもぎ取ろうとするのだ?」
「主よ、あなたが示したもうその道は狭いのです。二人ならんでは通れないほど狭いのです」
「さようなら、愛するお友達。これからあの《勝りたるもの》が始まりますの」
(ジイド「狭き門」)

感動している。なぜだか、ひどく。
「アリサ…」と呟いてみる。
ジュリエット、君は何故身を引いたのか。

トーマス・マン曰く、「ジッドは正しいと信じたことを宣言した。彼は純粋なモラリストであった。彼は精神の好奇心の極点を持ち続けていった。彼の好奇心は懐疑主義となり、この懐疑主義は創造力と変わってくる……、不安、創造的な懐疑、無限の真理探求、……」
懐疑が創造を生むのなら……、今はどうでもいい。
「アリサ…」と呟いてみる。

1984年2月8日
(だがアリサはいない……。)

三界六道
 三界-欲界、色界、無色界
 六道-地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上

自分の心の他には三界は無い。三界の現象は全て衆生の心のあらわれである。

「三界一心と知った上は、何よりもまず笑うことを学べ。笑うことを学ぶためには、まず増長慢を捨てねばならぬ」
(芥川竜之介「俊寛」)

捨てず、学ばず、それでいて僕はこのごろ笑いすぎている。だから酒乱になる。そう考えると笑えない。すると笑っている奴のほうが偉く見える。だが、ということは…、そうなると……。
喧噪の底でだらだらと時間は流れていく。

7月24日木曜日: 実験的二人称小説

カテゴリ: 社長のつぶやき
お前は、それでも、社長としてやるべきことの全てができない。
月末だというのに、歌なんか歌っているから、金の計算ができない。
お前の平均睡眠時間は3時間半なのにそれでも。
ひらがなのじっけんなんかやっているから、憎たらしい。
お前は好きなことやっているらしいと、好きなことやっている者が、聞こえぬように呟く。そっちから見ると、どんなふうに見えるのだい。アホらしいはなしだね、そう思えれば、救いもあるのだが。
金なんか、ないほうがいい。
誰もが、他人のような素振りして通り過ぎてゆく。いったい誰のために、どんな思いで仕事を工面してきたか、みんな知らんぷりして、やはり他人のような素振りで通り過ぎてゆく。
おきなわが救ってくれるかもしれないと、必死に楽しんでみる。どうやらお前は好きなことやっているらしいと、好きなことやってもいない自分勝手な者たちが、ちょうどお前に聞こえるか聞こえないかくらいの呟きで呟く。
金は、だからあるほうがいい。
断じて言うが、誰よりもお前は考えている。誰よりも命をすり減らして考えている。
もしかして、君は本当に地図が好きなのかい? そうかそれならなんとかしてみよう。騙されていることがわかっているのに、お前はやっぱり誰よりも地図を思い浮かべて、君の地図の明日について思いをめぐらしている。例えば、誰もやってこない一人っきりの日曜日の事務所の中で、鳴るはずのない電話を見つめているのだ。鳴らぬ電話は通じないと思い込んでいるのはいったい誰なのだろう。
潔く諦めてしまえば簡単な話。
金は、だからあるほうがいいが、それは君に限ったことではないというわかりきったことを、わからないわからずやがいるので、きっと金なんか、ないほうがいい。欺瞞の笑顔は、暴かれた時、惨たらしいから、断固として金なんか、ないほうがいい。
何度でも断じて言う、誰よりもお前は誰かの金のことを考えている。くれぐれも言っておくが、他人の人生を抱えられるわけないのだが、お前は何人かは抱えられるのかもしれないなんて勘違いしている。
それがうっとおしいというのなら、黙って消えてみるのがいい。君か、お前が。
それにしても、君は男の子なのだから、君のことを心配するなど失礼なことなのだから、どうぞ黙って消えてみるがいい。
とにもかくにも至極当たり前の話だが、男の子ならみっともないことはやめた方がいいということだ。お前か、君か。
たったひとりの片腕が見つかれば、お前はきっと、いつでも黙って消えることができるのにと、お前はいつも愛されたがっている。



カテゴリ: 社長のつぶやき
今日、僕は歌手デビューした。
(厳密に言うと、ずっと昔、どこかの会社の社歌などをレコーディングしたこともあるし、一昨年のクリスマスにはホテルのディナーショーでホワイトクリスマスなんか歌っちゃったりしたこともあるのだが)
「どこかで声楽のお勉強されたのですか」なんて言われたりして、一切そんなことしてないので、うれしいよりも申し訳ないやら恥ずかしいやらで、とっとと逃げだしたいのに、酒とうまい食い物から離れられない意地きたなさ。

そのうちに、どこからか幻聴が聞こえてきたのだ・・・

箱根の山の悲劇的機関車は「なんだ、こんな山、なんだ、こんな山」
碓井峠を下る喜劇的機関車は「タカポコ高崎、タカポコ高崎」
斉藤緑雨の感性、斉藤緑雨の感性、斉藤緑雨の感性、というリフレイン・・・
ギャラは、全て会社に入れるのです。
「なんだ、こんな山、なんだ、こんな山」・・・
これって、三拍子か?



7月22日火曜日: タコ社長考

カテゴリ: 社長のつぶやき
寅さんには興味がない。タコ社長のほうが、きっとずっと「偉い」。
確かに、寅にしか見えないものはある。しかし、タコ社長は、寅の10倍見て、そして考えている。
寅もタコ社長も孤独だろう。しかし、孤高なのは寅ではなく、タコである。なぜなら、寅さんは、タコ社長よりはるかに愛されている。
「つらい」のは、寅よりはるかにタコ社長である。
10倍見ることを止めて、3倍くらいにしておけば、タコ社長も鬼になれる。だがそうなったら、「男はつらいよ」に、鬼になったタコ社長の出番は、まず、ない。


7月21日月曜日: ひらがなのじっけん

カテゴリ: 書斎で書くこと
ひらがなのじっけん。
ほんとうのことをいわないでいると、らくにくらせることをおぼえた。
ほんとうのことはかこのことにして、そっときみのまえにおいておく。
ほんとうのことはつかれるので、かこくらいがちょうどいい。
でも、いきているうちにかたるかこというものはいかにもいかがわしくて、
だからぼくのかこは、ぼくがしぬまでかこになりきれない。

かこのけいけんじょういうのだが、いくらしにたいといっても、
じっさいにしんでみせるまでは、だれもしんじてはくれない。


7月20日日曜日: 《1984年3月8日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
現実を括弧に入れた美しさ。他者との没交渉の感動。だが花は散る。現実をくくっていた括弧が外れて、芥川は「生活」に殺されたのだ。そして、もう花は咲かない。

「死ぬまで生きていなければならない」
  ……ショウペンハウエル。
「死ぬのが恐ろしいというだけの事が、あの人を無理に生きさせる力を持っているだろうか!」
  ……ドストエフスキー(罪と罰)。
「生きてきたのが悲しくて、生きているのが悲しくて! 彼女が泣いているのだと、気がつかないのか馬鹿野郎! 膝頭打合うほどにわななかせ、特に彼女が泣く故は、明日も亦生きねばならないその故だ! 明日も、明後日も、いつまでも、生きねばならないその故だ! 僕らの誰もがすることさ!」
  ……ボードレール(仮面)。

みんな、おんなじ事、言ってやがる。



カテゴリ: 《過去のノート》
1984年2月18日
「当世の通人はいずれも個人として考えれば、愛すべき人間に相違あるまい。彼らは芭蕉を理解している。レオ・トルストイを理解している。池大雅を理解している。武者小路実篤を理解している。しかしそれが何になるんだ? 彼らは猛烈な恋愛を知らない。猛烈な創造の歓喜を知らない。猛烈な道徳的情熱を知らない。猛烈な、――およそこの地球を荘厳にすべき猛烈な何物も知らずにいるんだ。」
(芥川龍之介「一夕話」)
朽ちた道標。〈右〉「通人」へ 〈左〉……「?」、欠損。「猛烈な物」は、〈左〉の先にあるのか、〈後〉にあったのか……。

1984年2月19日
芥川龍之介「三つの宝」。
〈左〉……、
「もっと広い世界」
「ただ我々はその世界へ、勇ましい一隊の兵卒のように、進んで行くことを知っているだけです。」
しかしそこは……、
「もっと醜い、もっと美しい、――もっと大きいお伽話の世界!」
〈お伽話〉ではなく、〈もっと大きいお伽話の世界〉とは一体何の喩? 道標の前で、立ち尽くす独りの〈兵卒〉。

カテゴリ: 《過去のノート》
ボードレールの創造した「新しい戦慄」(ユーゴー)も、今はもう新しくない。神の国から一歩も出なかった彼の『叛逆』。彼は「おお悪魔よ」と、やはり〈祈る〉のだ。
それから、古いもの、もうひとつ……
 「――ああ! 主よ! 願わくは、授け給え、
  わが心と肉体とを嫌悪の情に駆られずに眺め得る力と勇気を!」
                          (シテールへの或る旅)
なるほど、力と勇気と、そして〈祈り〉が必要なのだ、そんな事、とうに分かっているさと、僕は平然としている。何も解決していないのに。
 
午前中『悪の華』の残りを読み終える。堀口大学の訳に不満、といって原典を読めるわけでもなし。マネの画集を開いて、「ローラ・ド・ヴァランス」と対面するが、それほど美しいとも思わない。真実を伝えない言葉。つまり完全に自立している言葉・・・

午後、忘れてきた手帳を取りに稽古場へ行く。途中、昼過ぎのその時間にしては妙に混んでいる電車の中で、『悪の華』の余韻を引きずりながら、芥川の「犬」という一篇を読む。芥川は、犬が嫌いだったはずだが……
渋谷の駅を出る。大勢の人が、様々な表情をして歩いている。すると変だ。視覚異常でも起こしたのだろうか、街の人々が原色でもって鮮明に浮き立ち始めた。取り囲む風景はというと、ビルも、歩道橋も、人々と不思議に調和しながら、やっぱり原色なのだ。澱んでいるはずの空も例外ではない。
なるほどそうか、生活が見えないのだ。彼らの抱えている苦悩は、けっして知り得ないということを、彼らはよってたかって僕に思い知らせようとしているのだ。今なら、皺だらけの農夫に出会っても、きっと原色で見えるに違いない。そういえば、今日はすっかり春めいている。ほら、ボードレールの「声」が聞こえる。
「そなたの夢を大事になさい、賢者は狂人ほど見事な夢は見ていない!」
だが、どうやらこれは夢ではないし、だいいちそれに、僕は狂人などという御立派なものではなかったらしい。

稽古場で、つまらぬ挨拶を交わしていたら、渋谷の街は、またいつものように灰色のフィルターに包まれてしまった。さて、早いとこ家へ帰って、書見でもいたそうか。

そして・・・

ボードレールの「信天翁」……。
「僕は信じない、不徳の母が知識だとも、美徳が無知の娘だとも」

ある一線を越えると、言葉は決して真実を語らなくなる。全てが忘れ去られてしまったように、ただ甘美な詩を歌うだけだ。
いつか手帳に「忘却に就いて」と書きとめた。以来その課題はいっこうに進展しない。「紺珠」に「忘却の河」について書き付けるのは矛盾だし、「紺珠」を「忘却の河」に流すには、まだまだ苦悩が足りない。プラトニックなレズビアン、何故だか「道学先生プラトン」がしかめ面する〈レスボス〉も、「果しなく悩みつづける苦悩の故にそなたの罪は赦される!」 
ボードレールには!印が多くていけない。




カテゴリ: 《過去のノート》
梶井基次郎「冬の日」。
「それは、たとえば彼が半紙などを忘れて学校へ行ったとき、先生に断わりを言って急いで自家へ取りに帰って来る、学校の授業中の、なにか珍しい午前の路であった。そんな時でもなければ垣間見ることを許されなかった、聖なる時刻の有様であった。」
……基次郎は天才である。

梶井基次郎は、何故、詩ではなく小説を書いたのか。そうした区別が無意味だというならばこう言い換えてもいい、彼は何故、より小説的な手法によって書いたのか。
基次郎は〈詩〉よりも、もう少し語りたかったのではなかったのか。〈詩〉の世界から〈論理〉へのわずかな傾斜。もしかすると、これこそが「幻想としての理想」が現実と関係しうる唯一の在り方ではないのか。

〈詩〉を憧憬しながらも、より論理的なことばを採用せずにはいられぬ性癖、そういうふうに言えば、例えば別役実の戯曲にもそれはいえるのかもしれないが、しかし別役の場合、基次郎とは逆に、〈論理〉から出発して、そして限りなく〈詩〉の世界へ近づいた、その結果のように見える。だからそれは、〈理想〉よりもはるかに〈あきらめ〉の色が濃いのである。
だが、夭折した基次郎に、僕は〈あきらめ〉を感じない。死を覚悟した者の現実世界への限りない憧れ。そこに〈あきらめ〉などない。だから、悲しい。
なるほど、太古、叫びから生まれたばかりの、いまだ言霊を失わぬ《ことば》こそ、それとは知らず、〈論理〉へ向けて一歩を踏み出した《希望》だったのではなかったか。




カテゴリ: 《過去のノート》
「どうもこういう問題になると、なかなか哲学史の一冊も読むような、簡単な訳にゃいかないんだから困る」
芥川龍之介の「路上」は未完のまま終わっている。〈ほんとうの愛とは〉〈偽りのない愛とは〉、その答えを、芥川は「路上」のようなリアルな小説の中で具象化してみせることができなかった。
芥川の信ずる愛の形、それは辰子との出会いの瞬間に、もうそれ以上発展のしようのない形で完結していたのだ。それに続くであろうリアルな生活は、芥川にとっては、きっと手におえないものだったのである。

23時35分。静寂の中。そうだ、僕らの時代には音楽があるのだ、あるはずなのだ、ふと強烈のそう感じたのだ。しかし、静寂の中、いかなる音も僕の耳には聞こえてこない。今の僕にとって、音楽とは、何ら具体性を持たない単なる概念であるらしいのだ。

その夜〈白日夢〉を見た・・・

彼女は60年代的モラルを持っていた。だから、当然の様に、処女などといういかがわしい肩書きは、できるだけ早いところ捨ててしまいたいと思っていた。ところが、その「真面目さ」が、かえってその実現を遅らせていた。
何かが熟した。その時、偶然にも彼女の前にいた男。彼女はその男を利用した。男もまた、利用されることを理解していた。
「男と寝る」という彼女の行為は、それのみ単独で完結した意味を持ち、だからこそ価値もある筈だった。ところが、彼女は彼を愛してしまう。不覚であった。彼女はそういう自分自身が許せなかった。彼女の意志で選んだ確かな行為が、「愛」という淫靡で不確かなものに汚されたような気がしたのだ。
彼女は、悩んだ。
男は、そんな彼女に惹かれ始める。
結局彼女は、平凡な恋に堕ちた。彼女は肉体と精神の安易な慣れ合いを認めてしまったのだ。
彼女の顔からはすっかり険が消えていった。彼女は美しかった。
彼女は幸福だった。
男は、彼女から、出会った頃の、あの特別な魅力が消えているのを感じた。

7月15日火曜日: ひらがなのかくめい

カテゴリ: 書斎で書くこと
太宰治「かくめい」の全文。

「じぶんで、したことは、そのように、はっきり言わなければ、かくめいも何も、おこなわれません。じぶんで、そうしても、他のおこないをしたく思って、にんげんは、こうしなければならぬ、などとおっしゃっているうちは、にんげんの底からのかくめいが、いつまでも、できないのです。」

ところどころ漢字である。よく眺めれば眺めるほど、この使い分けが完璧に見えてくる。これ以外、他には考えられないと思えてくる。

石川啄木に「ローマ字日記」というものがある。内容が内容だけに、ローマ字を使って書いた啄木の意図は別のところにあったのだろうが、結果的に、この日記はローマ字で読まれることによって、その「凄み」が増す。
ひらがなにも、同じようなことがいえる。ローマ字もひらがなも、それによって読者は一音一音粒立てて読むことを強いられ、否応なしに停滞させられるのである。読者は斜め読みすることができない。これは、英語では考えられないことなのかもしれない。
きっと、朗読にも、同じ効果がある。時間を支配するのは、読み手ではなく送り手側なのである。ただ、「ひらがな」や「ローマ字」は、その企みが隠されてあるから、読者は、この時間の流れの責任は、自分にあるのだと錯覚する。しかし、朗読は露骨だ。だから、時に、嫌われる。

(ここに、日本におけるオーディオブックのヒントがある。)

「詩」の隠喩にも、きっと、同じことがある。

ふたたび、だざいの「かくめい」。
僕は、だざいの「ひらがな」の「たくらみ」に、まんまと、ひっかかっている。
「こうしなければならぬ」と「おっしゃっている」「じぶん」とは、いったいだれのことなのか、そこに、ひっかかってしまっている。

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7月14日月曜日: 夢のかけら

カテゴリ: 書斎で書くこと
文藝家協会で勉強したこと。著作権料について。
他人の文章を引用した場合、その出典を明らかにし、さらにその引用した文章より長い評論(当然引用文を除いて)であれば著作権料は発生しない。厳密なルールに従えば、たとえ長編小説の全文を引用しても、それより長い評論を付ければよいということになる。

加藤君の「ゆめのかけら」の全文。

 かけらがかけたらかけらがふえた
 かけた分だけかけらがへった
  (『もしここが北極点でも僕は南にいかない』加藤彰仁)

なぜ加藤彰仁は、「分」だけ漢字にしたのだろうか。残念ながら、最後にきて統一を失ってしまったと言わざるを得ない。

これで著作権料が免除されました。

冗談。でも加藤君、なんで「分」を漢字にしたのか、今度会ったらその深い理由を教えてね。

一冊の詩集からたった一遍の詩をひっぱり出してきて、なんだかんだ語るのはフェアじゃない。だが、大御所の作品を若い無名の青年が批評しようものなら、立場はあっという間に逆転する。下手なことを書けば、つぶされるのは青年の方だ。

はなしがそれた。

僕は加藤君の詩を批評しようなんて思っちゃいない。加藤君の名誉のために言っておくが、この「ゆめのかけら」だけを取り出して茶化しては申し訳ない。加藤君の言葉は、僕が語るようなシャレではない。きっと、もっと大切なものだ。ただ、この詩が今の僕に妙に符合していて、僕はそれを面白がって、相変わらずシャレてみたくなったのだ。

いったい人は最大いくつの夢を持つことができるのだろう。
夢がふたつになったみっつになったと喜んでいたが、みっつの夢をテーブルに並べてパズルみたいにくっつけてみたら、なつかしい最初の夢の形になった。なんだかつまらなくなって、みっつのかけらを、それぞれ煎餅砕くみたいに粉々にして、しまいには星の砂くらいになったそいつらをかき集め、瓶詰にして出窓に飾ってみたまではよかったけれど、それでも飽き足らず、すりこぎなんか持ち出してゴリゴリやっていたら、いつのまにか風に吹き飛ばされて、みんな無くなっちまった・・・

大江健三郎は谷川俊太郎の詩を絶賛したのだが、谷川俊太郎はダンプカーに突っ込まれたような気がしたんだとか。

夢丸さんの落語の題名が、そういえば「夢のかけら」だったっけ。

深夜、帰り支度をして、電気の消えた事務所を見回したら、オイラのかけらが、夜光虫みたいに青白く光って、そこいらじゅうに散乱していたんだ・・・


7月13日日曜日: もしもしカメよ

カテゴリ: 三太郎
もしもし、三太郎クンですか。どうしたの、最近ちっとも現れないじゃない。

ちょいとね、忙しいんですわ。映画ばっかり観てるんですよ。1日5本。

ウソつけ。じゃあ4本にして遊びに来い。

またそうやって、苦しい時にボク呼ぶの、やめてくれます? 苦しい人と遊んでもおもしろくないんだもん。
もういい加減らっきょの皮むき、やめたらどうですか。曼荼羅作るって言うけど、言葉と、音楽と、ビジネスと、それにおまけみたいにいくらオキナワをくっつけてみたって、曼荼羅なんかできませんよ。結局、からっぽ。

誰が曼荼羅なんて言ったよ。いい加減なこと言うな。

そうでしたっけ。ともかく、映像が入ってないじゃないですか。曼荼羅は映像です。

お前は小説家になる夢、捨てたのか!

1日10本も映画観てるとね、本読む暇なんか全然ないんですよ。つまり、ひとりの人間にできることは限られてるってことです。社長さん、あなたのやろうとしてることは多すぎる。でも曼荼羅作るには余りにも足りない。
わー、なんでボクったら、今日こんな真面目なこと言ってるんだろう。
そうだ、夢は、結婚です。耳掻いたら、鼻から血が出た。うんこが歩く沖縄の話、知ってます?
ようやく詩的な感じになってきましたか。もしもし、聞いてます?もしもしカメよ、カメさんよ、琉球亀の甲羅の上に野糞した。うんこを振り払おうとがんばっていくら急いで歩いても、背中のうんこは乾くまで絶対に離れない。死ぬまでの時間をよく考えておかないとねえ。うんこ背負ったまま亀甲墓に入る羽目になったら、ご先祖さま大迷惑。
結婚しようよって映画、観そこなっちゃったなあ。もう、やってないのかなあ。明日に続く。THE END

このお電話はお客さまのご都合により・・・・ガチャン。ツー、ツー、ツー。


カテゴリ: 《過去のノート》
夢を見た。
少女が居た。少女には一人の弟があった。父親は小柄だががっしりした体格だった。母親は「母」という相貌と「母」という性格を持っていた。祖母はきっと少女を愛していた。五人の家族は、公園のある遠い街へ移り住むために、一台の小さな車に体を寄せ合うようにして乗っていた。
運転している父親が、ハンドルを握ったまま肩越しに子供たちに告げる。
「もしお前たちが、あの公園を気に入らなければ、すぐにも住み慣れた街へ戻ろう」
少女は思った。
(だったら、気に入らないと言ってしまおう。そうすれば全部終われるんだから……)
それはとっても簡単なことに思えた。

しかして、遠い街のその公園は、少女にとって全く気にいるものではなかった。
(素敵な公園だったら良かったのに、そうしたら「気に入らない」と、あっさり言えたのに……。)
少女は、〈けしの花〉の咲き乱れるその公園を、必死に気に入ろうとした。

夢の中の少女は、僕の意志のようだったが、僕は確かに傍観していたのだ。

朝方、また別の夢を見た。
その薄暗い山荘は沢山の人間で混雑していた。僕は誰かを探していた。あの少女が必死に公園を気に入ろうとしていたように、僕は誰かを必死に探していたのだ。だが、探している人の顔を、僕はどうしても思い浮かべる事が出来なかった。
人々は僕に全く無関心のようだった。そして、それは一種の平安だった。

ガルシンの、「赤い花」の、「罌粟(けし)」の花の、その象徴の、意味・・・

「これまでは推理や憶測の長い道程を経て到達したことを、今では直覚的に認識する。哲学が作り上げたものを、僕は現実的に把握したのです。」
夢もまた現実か。心理学は「現実」を扱うのか。しかし……。

大江健三郎の「鳥」。
「睡気は現実の一部ということだ、《現実》は鳥たちのように柔らかくせんさいな感情をもっていない。かれのごく微細な合図だけでたちまち消えさって行く《鳥たち》にくらべて、《現実》は決して従順でなく頑固にかれの部屋の外側に立ちふさがっていて、かれの合図をはねつける。《現実》はすべて他人の匂いを根強くこびりつかせているのだ」
「おれはこのやりきれない生活を少しの幻影もなしにくらしていくことになるのだろう、しかも気違い女にまといつかれながらだ、ああなんというやりきれない生活だろう」

「毎日ただこの感触を感触として生きていたら
 ずいぶん楽しいことなんだが」
そうだそうだと、僕は賢治を読んでいたんだ。
「潮汐や風
 あらゆる自然の力を用いつくすことから一歩進んで
 諸君はあらたな自然を形成するのにつとめなければならぬ」
精神を肉体に還元する可能性について、なるほどこういう言い方もあるのかと、そうかそうかと、僕は賢治を読んでいたんだ。
夕方、開け放った窓から、涼しい風がやってきた。
「諸君はいまこのさっそうたる
 諸君の未来圏から吹いてくる
 透明な清潔な風を感じないのか」
そうして、僕は感動していたんだ。感動しながら「密室の美学から開放された詩人」賢治を、僕は読んでいたんだ。だが、密室に閉じこもった詩人なんているんだろうかと、僕は「密室の美学」を始めてしまったんだ……

(宮沢賢治に大地と農業があったように、例えば晩年のバイロンにはギリシア独立戦争があったのだ。多くの詩人たちが恋の詩を残したのは、彼らが恋をしたからなのだ)…

やがて夜が更けてくると、僕はますますつまらない言葉で考え始めていたんだ。
(愛し合い、理解し合い、尊敬し合うという単純なこと……)
つまり、これが〈肉体を持たない言葉〉という奴なのだ。そうは判っていても、僕は夜の密室にすっかり閉じこもっちまったんだ。
(傍観者とは勇気ない人の意ではなく真の善の体現者ではないのか)
というふうに。




カテゴリ: 《過去のノート》
カントの「純粋理性批判」を読み始めて、以来、見る(?)夢は言葉ばかりの夢。盲目の人は、いったいどんな夢を見ているのか。
太宰治「盲人独笑」に回答あり。
他人の見た夢を見ることはできないが、君が聞いた夢なら、僕にも理解できそうに思える。

7月10日木曜日: 傍若無人な表現者に。

カテゴリ: 社長のつぶやき
「大切なお客様」が来る。しかし「お客様」によって大切さに差があるわけではないのだから、どんな人が来ようと、その方が「お客様」なら、同じように「おもてなし」すればいいのだが、なかなかそうならない。

元来、僕は権威っぽいものが大嫌いで、誰に対しても傍若無人であることによって自分の立場を支えてきたところがあるらしい。多分、社長でもなんでもなかった頃、人様が認める権威なんてものとは僕は全く無縁であったし、傍若無人であることによって一番損をするのはいつだってこの僕自身であったから、それでよかったのだと思うのだ。
ところがいつのまにか「社長」なんてものになってしまって、相変わらず傍若無人に振舞っていると、あんなに嫌いであった権威が、いつのまにかまとわりついてくる。(といっても、ずいぶん丸くなったねと、結構言われたのはもう20年も前のことだから、「社長」になった頃の「傍若無人さ」からは、もうだいぶん毒気が抜けていたはずなのだが。)

もし僕に傍若無人のかけらもなければ、この会社が生まれることは決して無かったはずである。そしてこれからだって、この会社で何かをしでかそうと思えば、今しばらく傍若無人でいることも必要なのだ。実るほどナヨッとなる稲穂の喩え、きっと、どこからか「社長」たるもの温和になるべきなのだろうけれど、いったいどのあたりから角を落としていけばいいのかという見極めをする才覚が、僕には欠如しているらしいのである。

「大切なお客様」が来て、それなりの「おもてなし」をするなんて、若い頃の僕には考えられなかった。なにしろ僕のところに、「大切なお客様」が来ることなどなかったのだから。
「大切なお客様」が来たらそれなりの「おもてなし」をしなければならないと今の僕が考えているのだとしたら、それはきっとビジネスだからなのだ・・・
こう言ってしまうと、「大切なお客様」に対して、まったくもって失礼な話である。

要するに全く違う次元の話を、ごちゃごちゃにしているからいけないのである。たとえ「会社」のために傍若無人さが必要だったのだとしても、僕は「会社」を作るために傍若無人に振舞っていたわけではない。たまたまなのだ。しかし「社長」であることを受け入れてしまってからというもの、一本道ではないのである。はっきり分裂していることを意識しないと、本当にごちゃごちゃになってくる。

会社の戦略として、傍若無人に決断していかねばならないこともある。
表現者として傍若無人であり続けたいとも思うが、それは「社長の戦略としての傍若無人さ」とは別のものだ。
いずれにしても、どちらも「大切なお客様」とは関係のない話。

「大切なお客様」が事務所にやってくることになった。躾けの厳しい世界で、半世紀も活躍されてこられた方である。それなのに事務所の玄関には靴が乱雑に置かれてあった。
「ありゃ、まずいでしょ」と気がついて直してくれた人がいる。そのことを社員に伝えて注意した。ところが、乱雑に置かれてあったのは僕の靴で、社員の靴はみんな下駄箱の中にいつものようにきちんと納められていて、「大切なお客様」が来る前にはきちんと靴を揃えておかなければと注意を払ってもいてくれたようで、ただ先に直した人がいたというだけのことだったのだ。つまり注意されるべきはこの僕なのであった。情けなくもあり、有難くもあり、である。

もうひとつのこと。30年近く前のこと。
ある有名歌手とコラボした。その打ち上げのこと。
座敷の外の廊下には、劇団員たちの履物が、それこそシッチャカメッチャカになって散乱していた。トイレから戻った劇団の長老が、その靴を整えていた。それを、やはりトイレから戻った有名歌手が見かけて、若手の劇団員たちに向かって突然怒鳴ったのだ。
「お前らはなんだ!~さんに靴を揃えさせて、恥ずかしくないのか」

若手の劇団員たちは、朝早くから荷降ろしを始め、数時間かけて仕込んで、某歌手の劇場入りを待つ。公演が終われば彼はとっとと宿へ帰れるが、当然若手にはバラシがあって、23時を過ぎて宿に入るということも稀ではない、そんな毎日が続いた後のツアーの打ち上げで、すでにかなりみんな酔っ払っていたのである。某歌手は、ずっと劇団の代表となんだか偉そうな話をしていて、若者に声を掛けるなんてことも全く無かった。それぞれが勝手に飲んでいただけだ。若者が酔っ払えば、並んだ靴を蹴散らかしてトイレに行くくらいのことがあっても致し方のない状況、そんな中で、彼は突然怒鳴ったのである。いっぺんに酔いも醒めたのか、みんなうつむいて黙った。
若手の劇団員たちのギャラは生きていくだけでやっとというカスカスの額、有名歌手がいくら貰っていたのかは知らないが、2倍や3倍でおさまるはずはない。そういう世界だといえばそれまでのことだが、なんだか僕はムショウに腹がたった。彼が、いやらしい権威にしか見えなかった。そして僕は、傍若無人にも、その某歌手の権威に向かって、食ってかかったのである。

何が正しかったのかを語るつもりはない。そこから僕は何も変わっていないと思うだけだ。権威は、相変わらず大嫌いなのだ。ただ、まとわりついてくる権威をどうしたらいいのか、その始末に困っている。
少し違うことがあるとすれば、少し丸くなった分だけ、権威とは関係なく、大切なお客様に敬意を表す余裕が、僕にも少し持てるようになったということなのだが、一方で、傍若無人な表現者にとっとと早く戻りたいと、切実に思ってもいるのである。

きっと、その日がもうすぐやってくる。


カテゴリ: 《過去のノート》
「太宰君には清潔なる弱さがあった。これは芸術家でなくては断じてもつことを許されない弱さである。けだし、この弱さは地上に於ける善の性格にほかならない」石川淳

本当にそうなのだろうか。太宰治は付き合いにくい男だったらしい。つまり「善」も「弱さ」も投射された影なのであって、90度違えて見れば一体何が映るのか。しかし何が映ろうとも、「善」と「弱さ」の真実を疑う理由にはならないということ。

思想とは結局のところ極めて個人的な体系なのだ。〈私〉とは「局面の集合としての全体」なのであって、つまり「矛盾の総体」なのだ。
自分の思考を体系化してみる。そうすると無数の自己矛盾に出会う。
「〈私〉とは統一無き全体なのだ」という苦い発見は、各々の局面へと逆照射され、僕は金縛りとなる。

自己矛盾の拡大は認識の拡大、つまりは統一の為の一里塚だと、お前は本当に納得しているのか。お前は、再び夏を受け入れることができると、本当に信じているのか。



7月 8日火曜日: たくさんの過去を束ねて

カテゴリ: 書斎で書くこと
許したと言われたからといって、人は戻ってこない。
いったい何をもって、人は人を許したり許さなかったりするのだろう。
罪を償えば許されるのかもしれないが、しかし罪が消えることはあるまい。きっと、許されても消えない罪があることを知っているから、許されても、人は戻ってこない。

再びのこと。いったい何をもって、人は人を許したり許さなかったりするのだろう。
お互いに許さないと言う。どちらが正しのか。きっとどちらも正しい。そして、どちらも罪を背負っている。
何度でも言う。人間とは、そのようにしか生きられないのだ。

どうしても許せぬことがあるというなら、お前はそれを永遠に許してはならない。それがお前の正しい「行き方」なのだから。しかし、お前が許さないというその相手もまた、お前を許すことはないだろう。どちらの方が正しいのか、決着などつける必要はない。どう転んでも、お前の「正しさ」が消えるわけではない。

僕は君を許したと言う。しかし、いくら許してもその罪が消えないのなら、許す許さないなどどうでもいい。
俺はあなたを許したと言う。しかし、本当に許されていないのは、いったい誰なのか。

もう何も語る必要はないのだから、ぷいっと出ていってしまえばいいのだ。そして、知らぬうちに、そっと戻ってくればいい。消えぬ罪を抱えたままに。

本当にこのわたくしが戻りさえすれば、貴方がたもお戻りになられるのでしょうか?
おやめなさい、そんなふうにお考えになるのは。

今日、僕は、たくさんの過去を束ねて、そうして思い出しているのだが。
僕は、沖縄の芝居を書き始めるのです。それは来年のことか。それとも15年前のことなのか。

「ユルスって、どういうことなのですか?」
南国の少女が、じっとこちらを見つめながら、僕らに、そう問いかけている。



カテゴリ: 《過去のノート》
「疲れているし、やらなければならないこともいろいろあるし……」
そう言ってあいつの誘いは断った。
それなのに、Aに誘われてノコノコ下北沢まで出かけていった。
彼女の話は相変わらず自分勝手だ。自分自身に嘘もついている。そう指摘すればそれはわかっていると言う。所詮愚痴だ。その愚痴を聞いてやって、それで少しでも気持ちが晴れるというならそれでいい。彼女にしたってそれ以上の事を僕に期待してはいまい。
「冗談じゃないわよ、だんだん腹がたってきた。あんなにつくしてやったのに、あいつのおかげでどれほどあたしが苦しい思いをしてきたか、それにくらべたらあたしの二年間の間違いくらい、大きな気持ちで許してくれたっていいじゃない。自分のこと棚に上げてさ、どうして男はよくて女はいけないの、冗談じゃないわよ。」
寂しかったこと、苦しかったこと、そんなそれまでの話を、全部ご破算にするかのように、冗談めかして言った彼女だったが、その声には説得力があって、それまでのどんな深刻な話しより、ずっとリアリティーがあったのだ。男の理屈を反古にする力。開き直った女の、実に魅力的で堅牢なるレトリック。
〈不用意に抱かれた女は無罪放免、ならば不用意に抱いた男の罪の重さは・・・〉

おとといの事。あいつと飲んでいた。
「この前、Aと寝たよ」
唐突にあいつがそう言った。だがすぐに
「止めよう、世界の話をしよう」
これについてはそれだけのこと。あいつの体のどこを探しても、もう〈力〉など残っていなかった。

「なんか、すっきりしちゃった。カラオケいこうよ。」
〈俺に何ができるというのか。お前さんは、徹底的にあいつの「女」なのだ・・・〉
「ああ、今日のところはどこへでもお供しましょう。(それが男の責任だというのなら)」





カテゴリ: 《過去のノート》
今夜どこかで会おうと、ずっと前にAと約束してあった。彼女からの電話で会う場所を決めることになっていたが、それが断りの電話になった。

おとといのこと。
三人とも黙っていた。少なくとも僕にとっては、沈黙は苦痛ではなかった。何も考えてはいなかったが、空虚でもなかった。
「つまんないでしょ、あたしたちと飲んでも。」Aがぽつりと言う。
「そんなことはない。」と、僕は正直に答えた。
「こいつは、いろいろ考えてるんだよ。」と、あいつが言う。
「いや、それも違う。」
「そう言うと思った。わかってて言ったんだよ。」
〈相変わらず、おまえはいつもそうやって俺を利用する〉
僕はトイレにたった。そして放尿しながら考えた。
〈あいつの沈黙も空虚ではなかったということか。つまり、あいつと俺とは似通った場所にいたという訳だ。ことさら何も無いが、それでいて空虚でもない場所。空気のようなものだが、空気を感じているわけではない。しかし理屈で空気の存在を理解してしまっているという絶望感。男の理屈。辛いのは結局彼女なのだ。女は、きっといつだって具体的な場所で悩んでいる。女にとって、空気は理屈ではない。〉

彼女としては大声で僕に愚痴りたいこともあったのだろうが、おととい、ひょんなことで三人で飲むことになってしまって、もしかしたらその時の僕の沈黙が、すっかり彼女の気分を萎えさせたのかもしれない。結局、あんたもあっち側の人なのねというふうに。
僕は女ではないので、半分くらいは当たっている。



カテゴリ: 社長のつぶやき
ここ半年が勝負だと思っています。
とてつもなく忙しいが、自分が蒔いた種なのだから仕方ありません。

なかなか認知されない、それもまた致し方なしです。
認知されればされたで、別の難題が降りかかってくるのに違いありません。会社のOfficial Siteを作ることが、吉と出るのか凶と出るのか、ともかく、自分の本当の顔を隠して、営業用の言葉を駆使することも、ボチボチ考えなければならないということなのでしょう。

こういうことを書いてしまうからいけない。しかし、まだまだ検索エンジンがソッポ向いているうちに、言いたいこと言ってしまおうと無責任に考えています。言いたいことを言い終わるまでは、直帰率の高い怪しいサイトのママにしておきます。

50も過ぎると、時々終わりを考えます。若い頃考えた死とは違います。過去だけで残った人生を生きるのも悪くないとも思うのです。

定年を迎えた世代には、自分史を書き残したいという人が大勢いるのだと聞きます。あんまり気の利いた趣味だとは思いませんが、しかし若者がブログを書くのとどこが違うのでしょう。僕も人のことは言えません。
過去は後悔に満ちています。死を準備する者たちは、きっと後悔だらけの過去を少しでも違ったものとして、自分の人生も捨てたもんじゃなかったと、自分自身にか、残した子供たちにか、信じ込ませるために粉飾した自分史を紡ぐのです。
一方ブログを書く若者は、今日の後悔は今日のうちに片をつけておかないと、明日を生きることができないほど耐性が欠如しているということなのかもしれません。
僕は、いったいどっちなのだろう。

過去のノートを、このブログらしきものの埋め草にしているのですが、実は使える文章は2割もいいところです。その他は危なっかしくて、公開できる代物じゃない。ちょいと修正すれば使えそうなものもあるが、そんな苦労するくらいなら、新しくでっち上げた方がはるかに早い。
使えない大量の過去の文章を眺めていると、今の若者はブログで満足できているのだろうかと思えてきます。誰にも読ませない日記でなければ吐露できない叫びというものが、君たちにはないのかと。他者を意識して冷静に書くことが大事だなんて、嘯(うそぶ)いてはいけません。なんでもありのおかしな掲示板のはなしをしているのではない。前にもどこかで言いましたが、書くとは、自分の中の他者に向けたギリギリの行為ではないのかと思うのです。まずはその自己検証をしないで、雰囲気のあるお行儀のいいポエムな言葉(本当の詩からはほど遠い言葉)を、ブログとやらに並べたてているたくさんの人々。もしかすると、彼らは僕よりもはるかに大人だということなのでしょうか、だとすれば僕は恥じ入るしかありません。

なんだか今日は、妙にほんとうらしいことを書いています。

僕は、過去の文章をこのブログらしきものの埋め草に使っているうちに、ひとつ確認したことがあるのです。僕は、忘れたい後悔を忘れようとしているのではなく、忘れていた後悔を思い出し、改めて後悔し直してみようとしているのだ、ということ。
明日とあさって、ふたつほど、過去のノートをそっと貼り付けて記事にしてみようと思っています。埋め草に使うことなど全く考えてはいなかった過去をふたつ。数ある後悔のうちの、ひとつのちいさな後悔が生まれる前のふたつの日記。
検索エンジンがソッポ向いてるうちに、ずっと後悔であったのだということを、極めて私的に、君にまず伝えておこうと思うのです。現実は時にとても希薄なのだから、会ってしまえば、きっと茶化して、もういいさ、もう忘れちまおうってなことになりかねないから。小さな後悔を僕に残して去った、ふたつのあの時のように。


7月 4日金曜日: 《1983年9月2日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
北海道を走っていると、頻繁に自衛隊の隊列に出会う。昨日、大韓航空の民間機がソ連機に撃ち落とされた。

かつてブレヒトは、自らの時代について、「階級と階級、民族と民族との間の偉大な戦いの行われている時代」と言った。
しかし、今やいかなる戦いも「偉大」ではない。
ブレヒトの時代。マルクスを生んだドイツ人。

白旗を握りしめ、掘った穴に息をひそめて涙ぐむ。



7月 3日木曜日: 《1983年9月1日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
現実と想像の世界を幾度往復してみても、その異なった次元は決して作用し合うことはない。僕の生活は、結局何も変わらない。とめどなく、苦々しい。
ブレヒトの原理はひとつの局面でしか通用しない。しかしそれは行動の原理である。僕にはこの原理が無い。それでも毎日生きている。腐った生活である。死なぬ限り逃れられない。

「俳優はあらゆる気質を自分の中に育てあげなければならない。その矛盾性によって生かされなければ、役は生きてこないからだ。」(ブレヒト)

もしかすると、俳優であるということを素直に受け入れてみれば、納得のいく行動の端緒が見えてくるのかも知れない。

「歌は語れ、語りは歌え」と言ったのは古川ロッパであったか。いまだ歌は語るものであるのかもしれぬが、昨今、語りは歌ってはならないのだ。
ブレヒトの叙事的演技。あるいは後期ブレヒトの弁証法的演戯。「こんな事があった……」という「歌う」ことから最も遠い「意識的演技」。
だが、《「歌わないようにする事」とは「もっと巧みに歌う事」だ》、という程度の芸談風「へ理屈」が、結局現実の限界なのだという気がするのだ。

矛盾とは、生命の危機のことだ。演技している自分を客観的に俯瞰している自分・・・そんなもの、矛盾ではない。芸談に過ぎない。




7月 2日水曜日: 認知してもらうために。

カテゴリ: 社長のつぶやき
まずは「商品」を作る。作ったらその次、いかに認知してもらうか。
歩くしかない。そして、会って聞いてもらうしかない。

しかし、今の時代、インターネットというやつを、どうやら無視することはできないらしい。
いい小説を書いたからといって売れるわけじゃない。文藝家協会で聞いた話。
「今は売り方なんだよね、ネットでどう宣伝するか」

インターネットで告知する方法を考える、こいつは歩く必要がない。じっと一日中デスクに座ってPCと格闘していればできること。知識とセンスがあれば、誰かと会話する必要もない。歩くより、はるかに楽な仕事だ。

そんなことないですよ、それなりに大変です・・・
そうかなあ。間違いなく、歩いて人に会うより、ずっと楽だろう。ほんとに人と会うことのできる人って、どのくらいいるんだろうか。

インターネットには世界中の歩きたくない怠惰で半端な連中が集まってくる。そして困ったことに、彼らの中には、ほんとうに有能な連中がゴロゴロいるのだ。そんな連中と勝負して、インターネットの世界で、どうやったら商売になるだけの人を集めることができるのか。

ホームページなるものを作ってみた。ブログなるものも、商売のために始めてみた。しかし、さあ俺はここにいる、殺せるものなら殺してみろと叫んでみるのだが、誰も振り向かない。敵の後姿さえ見たことがない。

人気のホームページにするためには、人間のやることなのだから、やっぱり人間的な魅力がなくっちゃねときたもんだ。こういうことやっちゃいけないだとか、人気のブログに共通する要素はどうだとか、雑誌がそんな特集組んだりなんかして、どうやらインターネットの中で好かれる人間になるためには、定型のパターンに従うことが必要だということらしくて、なんともつまらない話だ。

違うのである。雑誌なんか信じては、成功はおぼつかないのだ。

舞台に立てば、観客をひきつける術は知っている。いい脚本があればの話だが。しかし、インターネットという舞台はどうも勝手が違う。雑誌の特集なんかじゃ、お客様の気持ちを考えるという単純なこと、みんな同じだと、もっともらしいこと書いてあるんだが、やっぱり違う。マルクスは言った。量が増大していくと、ある時をもって質も変化するものだと。ほら、こんなところでそんなものを持ち出すから、誰も読まないブログになる。

検索エンジンに認知させる方法、まるで宇宙語だ。
でも、ゲームとしては結構おもしろい。このあたりが、どうもやっかいなのだ。

amazonに、サイトの特徴を勝手にあちらで判断して、関連する商品を自動的選んでくれるというアフリエイトのシステムがある。きっとこれも検索エンジンみたいなのが絡んでいるのだろう。おもしろいから、ちょいとサイドバーに貼り付けてみよう。はたして検索ロボットは、当サイトをどのように認識しているのか。(わけのわからないことばだらけ。この文章を親父に見せたら、完全にボケたかと沈没するに違いない。)

やっぱり違うのである。しかし、どうしていいのかわからないのだ。

インターネットは間違いだがテレビならいいのか。テレビまでがダメで、舞台ならOKか、そんなわけはない。いや、こいつは話がズレてしまった。善悪の話をしていたわけではない。
ともかく、何かが違うのだ。

紙飛行機を飛ばす高校生を振り向かせることと、巨大なシステムの向こうにいる顔の見えない大勢の人々に気づいてもらうことと、いったい何が違うのだろう。

教訓。政治家と社長は、弱った神経を見せてはいけません。

御心配なく。今日のわたくしの言葉は、すべて嘘なのですから。

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カテゴリ: 書斎で書くこと
切った爪がどこかへ飛んでいって、それがいくら探しても見つからない。
ままよ、忘れちまえと思うのだが、やっぱりなんだか気になって、読んでる本の内容が、ちっとも頭に入ってこない・・・
と、たった今のことを書いてみる。
書く? 書いちゃいない。キーボードを打つ行為のことを、どういうふうに表現すればいいのだろう。

きっと、世の中の多くのブログは、こんな風に自らのちっちゃな神経症をネタにして、そこから始まる連想ゲームで、それっぽい雰囲気を醸し出していくらしい。

まるで、自分はそうじゃないと言いたげだ。やめておこう。

こうやって、行を開けるのも、なんとも気持ちが悪い。

30年前の高校の出来事について、ちょいと仕事の合間にちょこちょこやっつけた。4回目を仕上げて読み返したら、1・2回目と3・4回目の文体がすっかり違っていたので、ありゃりゃと思って、さっさと直してほったらかした。いまさっき、また改めて読んでみたのだが、直したとこ直さないとこ、なんだかめちゃくちゃになっていた。こんなことなら直さなきゃよかったとブツブツひとりごちしながらまたいじくったのだが、いっぺん崩れた文章は、ちっとやそっとじゃ整わない。こいつは、切った爪が見つからないより、はるかに始末が悪い。
しかし、時間が無いから、ままよ、である。

M.A.P.after5の7月16日の記事について。なんでそれが7月1日に書けるのか、要するにそのくらい嘘っぱちのブログだということなのだ・・・
それでも、どうしても今日、書きたいことがある。
M.A.P.after5の7月16日の記事について。
昨日まで、無味乾燥だったM.A.P.after5情報、それもまた仕組まれたブログなのだが、それがあのたった1枚の写真で、すっかり雰囲気が変わってしまったのだ。又吉健次郎おじいの姿。実は、あの方は大変な人なのだが、今はそんなこと語らない。そんなことではなくて、たった1枚のスナップのこと、健次郎おじいの、あの暖かい存在感は、いったい何なのだろう。
過去だ未来だ、嘘だまことだと、様々な手練手管を使って、虚飾の巨大な宇宙を創造するのだという企て、いや本当にそんなことできると思っているわけじゃないが、少なくとも、そのようにしか人間は生きられないのだという理屈を、あっさりと飛び越えて、健次郎おじいは、確かにそこにいる。哲学的な言葉を、敢えてやけくそで使ってしまうなら、健次郎おじいは、即自存在として、揺るぎなく「ある」のだ。大きいというのではない。決して迫ってはこない。誰でも快く受け入れてくれるであろうことを誰も疑わない、いわば、人間として、あるべくしてそこにある、という「生き方」。

ここなのだ。ここに、「沖縄」という「罠」がある。

だが、今日はこれ以上語るまい。今日の、この僕の感覚も、ひとつの神経症なのかもしれない。この雰囲気に心地よく流されていくことを、僕は今のところ、やはり断固拒否をしておく。
とはいうものの、たった一枚のスナップの、又吉健次郎おじいは、やはりとてつもなく素敵で、今日の僕を、うれしくさせているのだ。そのことを今日、どうしても書いておきたかったのである。