太宰治「僕はね、お道化を演じて、そうして人に可愛がられたのです。でも、あの淋しさはたまらなかった。空虚だった。」
アンドレ・ジイド「愛サレテイナカッタノデスカ?」
太宰治 「どうかな、でもそう思い込んではいた。」
別役実「誉められるけれど、決して愛されない人間でした、僕は。」
太宰 「いずれにしても、そんなことはどうでもよくなっちまった。十六才になったらカタリと変わった。悪の存在が、困難な問題がわかったんです。」
ジイド「ツマリ、愛ノ問題デハナイトイウコトデスネ。」
太宰 「それもどうかな。ともかく、そうしたら毎日不機嫌になった。知恵の実を食べると、人間は笑いを失うものらしい。」
ジイド「ソレハ私モソウ思イマス。マコトニ幸イナルカナ、己ガ幸福ヲ知ラバ、トイウノハ、べるぎうすノ句デスガ、シカシ私ハ、マコトニ幸イナルカナ、己ガ不幸ヲ知ラザリセバト言イイタイノデス。」
太宰 「でもね、それだけじゃ当たり前過ぎてつまらない。その先があるんだ。僕は戦おうと思ったのです。知恵の実は孤独の他に怒りをも教えてくれたのだ。」
ジイド「ソシテマスマス愛カラ遠ザカル……」
別役 「陰険な精神は武器になるのですよ、きっと。」
ジイド「主ハ、微笑ヲモッテ正義ヲナセトオッシャッタ。」
太宰 「そうできれば爽快でしょう。だが僕は正義ではなく真理の話をしているのです。真理の発見は人間に爽快な快楽など決して与えやしない。知恵の実は苦しいものなのだ。」
別役 「あなた、ことさら演技していませんか。あなたの愛しているのは本当に知恵なのですか、それともそういうあれではなくて……。」
太宰 「たぶん、僕には不幸を愛する傾向があるんだね。」
別役 「あの『地下室の手記』をお薦めします、ドストエフスキーの。」
ジイド「本当ノ幸福トハ何ナノデショウ。かとりっくカ、ぷろてすたんとカ、ソレガ問題デス。」
太宰 「そんなものですかね……」
別役 「よくわかりません……」
ジイド「……何カ答エテクダサイ。何事ヲモ為サザルハ罪ヲナシツツアルナリデス。」
太宰 「そう言われてもね、僕はニーチェではないし、だからヒトラーでもナポレオンでもないんだ。」
別役 「ラスコーリニコフも、結局ナポレオンにはなれませんでした。だから『罪と罰』   はだめなんです。」
太宰 「まわりくどい批判ですな。だが、少なくとも僕は男だ。」
別役 「そういうのが芝居がかってるのです。」
太宰 「じゃあ、君は何? 芝居屋じゃないのかね」
別役 「違うのです、少し。例えば、あなたとか……。」
太宰 「淡々とした本物の幻滅……」
別役 「そういう展開、たとえば、つかくんとか……。」
太宰 「行き着く所は絶対孤独。」
別役 「いいえ、いきつくところは地下室なのです。」
ジイド「ソノ前ニ、マズハ狭キ門デス。」
太宰 「後は、自殺か、それとも阿呆か。」
ジイド「自殺デス。」
別役 「いいえ、やはり地下室です。」
太宰 「わが友の、笑って隠す淋しさに、われも笑って返す淋しさ。」
ジイド「何デスカ、ソレ。」
太宰 「僕ね、昔日記にこんな事書きました。近頃の僕の生活には悲劇さえない。」
別役 「確かに、それが一番悲劇かもしれません。」
ジイド「ソノトオリデス。」
太宰 「神様が高笑いしちゃいないかね。」
ジイド「ツマリ、問題ハ生活トイウコトデスカ?」
別役 「すきません?」
ジイド「ハァ?」
別役 「つまり、おなかはすくものなのです。」
太宰 「なるほど、そういう展開ね。」
別役 「ですからね、おなか、すきませんかっていったんですけれどね。」
ジイド「スキマシタ。」
太宰 「日常生活に即した理想が一番だ。」
ジイド「ハイ。」
太宰 「生活を離れた理想は十字架へ行く道なんだ。」
ジイド「ソレハ気ニイリマセン。」
別役 「まあ、この人が言ったのはそういうあれじゃないんですから。」
太宰 「確かに腹へりました。人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢を惹き起す。」
ジイド「ぱすかるデスネ、ソノ言葉ニ免ジテ許シテアゲマス。」 
別役 「大袈裟です……」
太宰 「行きましょう。」
別役 「そうしましょう。」
ジイド「ハイ。」
(これは、かの「ゴドーを待ちながら」ではない。従って、彼らは何の躊躇もなく去っていってしまった。「生活の尻尾」とやらをぶらさげて。太宰治氏曰く、「ニヒルと食欲とは、何か関係があるらしい。」)

大喝采のうち、静かに幕が下りてゆく……

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