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「愛」など、どこにも無かった。だから、「苦しさ」の感覚だけが辛うじて僕の「精神」を「肉体」につなぎ止めていたものだった。その「苦しさ-肉体」を媒介として、「風景-外界」と交信し得る可能性が僕にもあった。しかし、「苦しさ」までも手放してしまった僕は、外部との通路を、完全に失ったのである。僕はそれに気づいていたのか。いや、そうではない。「愛」や「苦しさ」以外にも、世界と交渉する手段はいくらでもあるのだという事を、僕は知っていたのか。きっと気づこうとせず、知ろうとせず、甘えていたのではなかったか。



考えれば考えるほど苦しくなった。問題は、ユートピアの無い事ではなく、どうやってこの苦しみから逃れるかということだった。
「もはや普遍的な真理などどうでもよい、僕は、僕自身が救われることのみを切実に望んでいる。そして、もしかすると、あらゆる哲人が求めていたものも、結局のところ、自らの救済でしかなかったのではないのか」
思索の森へ続く道は、迷宮の入り口に思えた。しかし、辛うじて生きて歩ける道らしきものも、そこ以外には見つからなかった。