08/11/18 : 岐路
カテゴリ: 社長のつぶやき
子どもが大きくなり、芝居だけではどうにも食えないことに気がついて、そうして始めた仕事が忙しくなって、なかなか芝居が出来なくなった。
それでも四年ほど前、殺人的に忙しい仕事の合間をぬって稽古を重ね、舞台に立った。
自分から出てもいいよなどと言っておきながら、実際に出演を打診されると、結構迷った。アマチュアのサークルで芝居をやるわけではない。仕事帰りにちょっと稽古に参加するというわけにはいかない。プロなら、稽古以外の時間に、やっておかなければならぬことがある。
当時、まだ法人ではなかったが、仕事の量は、今と変わらなかった。そして、あらゆる業務で、最終的に僕が関わらなければ片がつかないという状況であった。むしろそういう状況を変えるためにこそ、芝居に出るのも悪くないのではないか、そうみんなに言われて、出演を決めた。
はたして、結果はどうであったのか。
朝、誰よりも早く事務所に入った。稽古にぎりぎり間に合う時間まで机に向い、促されて慌てて飛び出した。少し体を絞る必要もあったから、稽古場まで自転車で通った。3時間程度の稽古を終えると、そそくさと稽古場を出て、夜の町を事務所に向かって自転車のペダルを踏んだ。事務所に戻れば、やらなければならない仕事が山積みになって待っていた。
世間を風刺する演出家は、世のおじさんたちを、ポンチ絵のように語った。親会社のサラリーマンたちの顔が浮かんだ。全くもってその通りだとほくそ笑む自分と、素直に受け入れることのできない歳とった自分が共存していた。
一方、事務所ではどうだったのか。納品期日に間に合うかどうかの瀬戸際だというのに、延々と喫煙して談笑する者たちに苛立った。やはり俺がいなければケリがつかないのだろうかというふうに。
きっとその時から、僕は住み慣れた芝居の世界からも、アルバイトの延長のようだったビジネスからも、はみ出してしまったのだと、今にして思うのである。
僕はあの時、どちらかを捨てるべきであったのかもしれない。しかしそれができなかった。捨てたいのはビジネスであった。しかし、生きていくためには、ビジネスがどうしても必要であった。
それでも四年ほど前、殺人的に忙しい仕事の合間をぬって稽古を重ね、舞台に立った。
自分から出てもいいよなどと言っておきながら、実際に出演を打診されると、結構迷った。アマチュアのサークルで芝居をやるわけではない。仕事帰りにちょっと稽古に参加するというわけにはいかない。プロなら、稽古以外の時間に、やっておかなければならぬことがある。
当時、まだ法人ではなかったが、仕事の量は、今と変わらなかった。そして、あらゆる業務で、最終的に僕が関わらなければ片がつかないという状況であった。むしろそういう状況を変えるためにこそ、芝居に出るのも悪くないのではないか、そうみんなに言われて、出演を決めた。
はたして、結果はどうであったのか。
朝、誰よりも早く事務所に入った。稽古にぎりぎり間に合う時間まで机に向い、促されて慌てて飛び出した。少し体を絞る必要もあったから、稽古場まで自転車で通った。3時間程度の稽古を終えると、そそくさと稽古場を出て、夜の町を事務所に向かって自転車のペダルを踏んだ。事務所に戻れば、やらなければならない仕事が山積みになって待っていた。
世間を風刺する演出家は、世のおじさんたちを、ポンチ絵のように語った。親会社のサラリーマンたちの顔が浮かんだ。全くもってその通りだとほくそ笑む自分と、素直に受け入れることのできない歳とった自分が共存していた。
一方、事務所ではどうだったのか。納品期日に間に合うかどうかの瀬戸際だというのに、延々と喫煙して談笑する者たちに苛立った。やはり俺がいなければケリがつかないのだろうかというふうに。
きっとその時から、僕は住み慣れた芝居の世界からも、アルバイトの延長のようだったビジネスからも、はみ出してしまったのだと、今にして思うのである。
僕はあの時、どちらかを捨てるべきであったのかもしれない。しかしそれができなかった。捨てたいのはビジネスであった。しかし、生きていくためには、ビジネスがどうしても必要であった。