08/07/14 : 夢のかけら
カテゴリ: 書斎で書くこと
文藝家協会で勉強したこと。著作権料について。
他人の文章を引用した場合、その出典を明らかにし、さらにその引用した文章より長い評論(当然引用文を除いて)であれば著作権料は発生しない。厳密なルールに従えば、たとえ長編小説の全文を引用しても、それより長い評論を付ければよいということになる。
加藤君の「ゆめのかけら」の全文。
かけらがかけたらかけらがふえた
かけた分だけかけらがへった
(『もしここが北極点でも僕は南にいかない』加藤彰仁)
なぜ加藤彰仁は、「分」だけ漢字にしたのだろうか。残念ながら、最後にきて統一を失ってしまったと言わざるを得ない。
これで著作権料が免除されました。
冗談。でも加藤君、なんで「分」を漢字にしたのか、今度会ったらその深い理由を教えてね。
一冊の詩集からたった一遍の詩をひっぱり出してきて、なんだかんだ語るのはフェアじゃない。だが、大御所の作品を若い無名の青年が批評しようものなら、立場はあっという間に逆転する。下手なことを書けば、つぶされるのは青年の方だ。
はなしがそれた。
僕は加藤君の詩を批評しようなんて思っちゃいない。加藤君の名誉のために言っておくが、この「ゆめのかけら」だけを取り出して茶化しては申し訳ない。加藤君の言葉は、僕が語るようなシャレではない。きっと、もっと大切なものだ。ただ、この詩が今の僕に妙に符合していて、僕はそれを面白がって、相変わらずシャレてみたくなったのだ。
いったい人は最大いくつの夢を持つことができるのだろう。
夢がふたつになったみっつになったと喜んでいたが、みっつの夢をテーブルに並べてパズルみたいにくっつけてみたら、なつかしい最初の夢の形になった。なんだかつまらなくなって、みっつのかけらを、それぞれ煎餅砕くみたいに粉々にして、しまいには星の砂くらいになったそいつらをかき集め、瓶詰にして出窓に飾ってみたまではよかったけれど、それでも飽き足らず、すりこぎなんか持ち出してゴリゴリやっていたら、いつのまにか風に吹き飛ばされて、みんな無くなっちまった・・・
大江健三郎は谷川俊太郎の詩を絶賛したのだが、谷川俊太郎はダンプカーに突っ込まれたような気がしたんだとか。
夢丸さんの落語の題名が、そういえば「夢のかけら」だったっけ。
深夜、帰り支度をして、電気の消えた事務所を見回したら、オイラのかけらが、夜光虫みたいに青白く光って、そこいらじゅうに散乱していたんだ・・・
他人の文章を引用した場合、その出典を明らかにし、さらにその引用した文章より長い評論(当然引用文を除いて)であれば著作権料は発生しない。厳密なルールに従えば、たとえ長編小説の全文を引用しても、それより長い評論を付ければよいということになる。
加藤君の「ゆめのかけら」の全文。
かけらがかけたらかけらがふえた
かけた分だけかけらがへった
(『もしここが北極点でも僕は南にいかない』加藤彰仁)
なぜ加藤彰仁は、「分」だけ漢字にしたのだろうか。残念ながら、最後にきて統一を失ってしまったと言わざるを得ない。
これで著作権料が免除されました。
冗談。でも加藤君、なんで「分」を漢字にしたのか、今度会ったらその深い理由を教えてね。
一冊の詩集からたった一遍の詩をひっぱり出してきて、なんだかんだ語るのはフェアじゃない。だが、大御所の作品を若い無名の青年が批評しようものなら、立場はあっという間に逆転する。下手なことを書けば、つぶされるのは青年の方だ。
はなしがそれた。
僕は加藤君の詩を批評しようなんて思っちゃいない。加藤君の名誉のために言っておくが、この「ゆめのかけら」だけを取り出して茶化しては申し訳ない。加藤君の言葉は、僕が語るようなシャレではない。きっと、もっと大切なものだ。ただ、この詩が今の僕に妙に符合していて、僕はそれを面白がって、相変わらずシャレてみたくなったのだ。
いったい人は最大いくつの夢を持つことができるのだろう。
夢がふたつになったみっつになったと喜んでいたが、みっつの夢をテーブルに並べてパズルみたいにくっつけてみたら、なつかしい最初の夢の形になった。なんだかつまらなくなって、みっつのかけらを、それぞれ煎餅砕くみたいに粉々にして、しまいには星の砂くらいになったそいつらをかき集め、瓶詰にして出窓に飾ってみたまではよかったけれど、それでも飽き足らず、すりこぎなんか持ち出してゴリゴリやっていたら、いつのまにか風に吹き飛ばされて、みんな無くなっちまった・・・
大江健三郎は谷川俊太郎の詩を絶賛したのだが、谷川俊太郎はダンプカーに突っ込まれたような気がしたんだとか。
夢丸さんの落語の題名が、そういえば「夢のかけら」だったっけ。
深夜、帰り支度をして、電気の消えた事務所を見回したら、オイラのかけらが、夜光虫みたいに青白く光って、そこいらじゅうに散乱していたんだ・・・