09/01/18 : 《1983年9月20日の愛しいノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
福田恆存曰く
「ヨーロッパの近代小説は個性を発見し、個性を描きだし、個性的であろうとめざしてあげくのはてに個性を見失ってしまった。」
「個性的であるためには芸術家にならなければならない。」
「ヨーロッパ人にとって精神を否定するのは、やはり精神です。」
ヨーロッパ人以外にとっても、精神を否定するものは、やはりヨーロッパと同じように精神であるとしても、その精神は、未だ自己を否定するほどの苦悩を経験していない前近代的精神という事なのか。
「個人主義の限界点に到達して個性とは何かを探ろうとしている苦悶の表情には切実なものがあり、それがわれわれの心をうった。」
「心をうった」とは、なんとも妙な浪花節、要するにこれこそが東洋的、日本的不純物で、「限界点」に到達できぬ障壁ではないのか。福田恆存が、僕の中にも存在する。自戒。
「ヨーロッパの近代小説は個性を発見し、個性を描きだし、個性的であろうとめざしてあげくのはてに個性を見失ってしまった。」
「個性的であるためには芸術家にならなければならない。」
「ヨーロッパ人にとって精神を否定するのは、やはり精神です。」
ヨーロッパ人以外にとっても、精神を否定するものは、やはりヨーロッパと同じように精神であるとしても、その精神は、未だ自己を否定するほどの苦悩を経験していない前近代的精神という事なのか。
「個人主義の限界点に到達して個性とは何かを探ろうとしている苦悶の表情には切実なものがあり、それがわれわれの心をうった。」
「心をうった」とは、なんとも妙な浪花節、要するにこれこそが東洋的、日本的不純物で、「限界点」に到達できぬ障壁ではないのか。福田恆存が、僕の中にも存在する。自戒。