わが紺珠、常に獲麟なり。

「私は、純粋というものにあこがれた。無報酬の行為。まったく利己の無い生活。けれども、それは至難の業であった。私はただ、やけ酒を飲むばかりであった。私の最も憎悪したものは、偽善であった。」
(太宰治「苦悩の年鑑」)

「まったく利己の無い生活」などあり得ない。ならば全て偽善だというのか。
いずれにしろ、今の僕には、現実から得る感動が少な過ぎる。

寺山修司は「町へ出よ」と言ったのだが、僕は寺山のこの「嘘」に騙されてみるのもいいかなと思った。僕は哲学から少し離れようと思った。哲学にしか逃れる道はないと、いまだに考えているのだとしても。