宮島新三郎は「薮の中」評の中で「色慾にあらざれば貞操、それはオール・オア・ナッシングの境だ」と言った。概念とはきっとそういうものなのだ。「痴人の愛」のナオミも「カインの末裔」を読んでいたのだし、「狭き門」のアリサも「物問いたげな表情」をしていたのだ。ナオミの色慾と、アリサの貞操とは、身を寄せ合って隣あっている。それを引き裂くように「オール・オア・ナッシングの境」が引かれるのだ。しかしそれは、「形而を越えし女性」(ボードレール)に対する冒涜なのだ。
それなのに、どうして僕はナオミよりもアリサの方に魅かてしまうのか。女性をこよなく愛したボードレールの、信用おけない正直な優しさが、むしろナオミの肩を持つからなのか。