演劇関係誌の整理をしていた。そうしたら無性にいらついてきた。役者の書く文章は、役者とはいかに薄っぺらかという証明。
例えば「わたしが芝居を始めた理由」みたいな特集。だいたいこういう企画自体がそこはかとなく「胡散臭さ」を醸し出しているのだが、こんな特集が組めてしまうのは、編集者の思惑通りにまんまと乗っけられて芝居がかった文章を書いてしまう役者たちがいるからだ。「俺が今こうしている理由」、そんなこと実のところ容易に分かるはずなどないだろうに、大層な理由を簡単に語りだす役者の能天気さ加減。思い込みの強い阿呆のカタログを見ているようだ。

「モルグ街の殺人」を、推理小説といって侮ってはいけない。
「巧妙な人間はつねに空想的であり、真に想像的な人間はつねにかならず分析的である。」

僕は傍観者でいい、傍観者がいい、そう思ったらイライラはどっかに行っちまって、なんだか心が落ち着いてきた。
「よくある病気で人は死ぬ」、詰まらない小説読んで、どうということのない言葉見つけて、〈なるほど△〉なんて語尾あげて感心したりしている。

再び「モルグ街の殺人」
「深遠なものは、われわれがそこに真理を求めている谷底にあって、山のてっぺんにはないが、真理が見つかるのは山のてっぺんでなのだ。」
再び〈なるほど△〉。でも、「山のてっぺん」とは一体どこのことなのか……。