09/04/26 : 《1984年5月13日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
強者には、弱者の苦難は絶対に分からない。弱者に強者の苦しみが分からぬように。
誰もが、弱者であったことがある。だが、人は自分が弱者であったことは憶えていても、そのときの苦しさを忘れ去る。誰にも、弱者となる時がある。人は、そのことを知っているくせに、忘れたフリをして生きている。
かつての苦しさの記憶を忘却し、やがて訪れる苦しさに対する創造力を捨てることが、弱者が強者になるための唯一の道なのだ。
弱者は、強者によって殺される。強者になって、弱者を殺し続けながら生きていく苦しさに耐えられない者は、弱者であるより他に生き様はない。
はたして、この絶望的な苦しさを抱えながら、弱者の棲家から強者の領域へ移り住むことは可能なのだろうか。
善悪の問題ではない。孤独に生まれ孤独に死んでゆくそのわずかな隙間に表出する、時間という名の、神には理解不能な概念についての考察である。
誰もが、弱者であったことがある。だが、人は自分が弱者であったことは憶えていても、そのときの苦しさを忘れ去る。誰にも、弱者となる時がある。人は、そのことを知っているくせに、忘れたフリをして生きている。
かつての苦しさの記憶を忘却し、やがて訪れる苦しさに対する創造力を捨てることが、弱者が強者になるための唯一の道なのだ。
弱者は、強者によって殺される。強者になって、弱者を殺し続けながら生きていく苦しさに耐えられない者は、弱者であるより他に生き様はない。
はたして、この絶望的な苦しさを抱えながら、弱者の棲家から強者の領域へ移り住むことは可能なのだろうか。
善悪の問題ではない。孤独に生まれ孤独に死んでゆくそのわずかな隙間に表出する、時間という名の、神には理解不能な概念についての考察である。